ビュルオオロロッ! 「うぶっ!」 強風にあおられて思わず一歩後ろへと下がった士郎に、無情な声がつまらなさそうに呟く。 「これしきの風でもう耐えられないの? 貧弱なのね。まったく、青年男子として健康的なのは女性に対する欲情だけなのかしら」 「へーへー。悪うござんしたね」 士郎は振り向くこともせず、ぞんざいな答えを銀髪シスターに返した。それを聞いて、シスターの隣の少女が眉をひそめる。 「シロウ。その言葉遣いはあまり感心できません。そもそもどうして貴方は、カレン相手になると言葉も態度も粗野になってしまうのですか」 「う……俺もそれは不思議なんだけどな……」 「気にすることはありません。それにセイバー、わたしもこの方がむしろ好もしいのです」 「……………………」 「……………………」 士郎とセイバーは懸命にも、その発言に対するコメントは避けることにした。 商店街で二人がばったりとカレン・オルテンシアに出逢ったのは、偶然と言えば偶然、故意と言えば故意だった。 江戸前屋でどら焼きを買っている最中、後ろから袖をひっぱられるという、どこかで見たことのあるシチュエーションをどちらの名で呼ぶかは、意見の分かれるところだろう。 セイバーは呆れたため息ひとつつき、 「それにしてもカレン。貴女は何故あのようなところにいたのです? たしか昼間はあまり出歩けない体質ではなかったのですか」 「吸血鬼ではないのですから、その言い方には語弊があります。私は昼間でも出歩けますが、気候条件の厳しい日は少し辛いというだけです。例えば今日のように風の強い日は」 「そんな体を押してまで、商店街へ買い物に来ていたのですか?」 「ええ。貴方たちも買い物に来てくれていて助かりました。おかげで無事帰り着けそうです」 何度も悪魔憑きの霊障を体現したことで、彼女の体にはあちこちにガタが来ている。こんな強い風の中を歩くと、見ている方がハラハラするほど足下がおぼつかない。 実際、ここまで来るのに転んでしまいましたと足の擦り傷を見せられては、ご町内の正義の味方である士郎が申し出をするのは必然だった。 その、付き添いを申し出た士郎は、重そうな両手いっぱいの荷物を不自由そうに持ちながら、なんとか後ろに振り返る。 「でも、メイプルシロップと豆板醤なら、何もここまで来なくたって新都に売ってるんじゃないのか?」 「メイプルシロップはそうですが、その豆板醤は泰山特製豆板醤です。通常の物より遥かに純度の高いそれは、泰山まで行かないと手に入りません」 「…………そうなんだ…………」 もちろん何の純度が高いかなど言うまでもない。 「けど別にカレンが買いに来なくたっていいだろ。教会には他にも人がいるじゃないか。言峰とかランサーとかギルガメッシュとか」 「あの人は一応神父ですから、今日は神父らしくミサの真っ最中です。ランサーには別件を頼んでありますし、ギルガメッシュがおつかいなどできると思いますか?」 士郎とセイバーは顔を見合わせる。 幼年体ならともかく、青年体のギルガメッシュがおつかい。とても想像できない。 なんとなく目的地か目的そのものかを途中で見失い、近くで一番高い品物を買って帰って自慢しそうなイメージだ。なにしろ彼は遠坂凛をはるかにしのぐ、油断・うっかりスキルの持ち主である。 町中を抜け、三人は公園にさしかかった。目の前には深山町と新都を繋ぐ、大きな赤い橋が見える。 士郎がふう、と一息吐いて気合を入れ直し、改めて手の中の荷物を持ち直すと、後ろから心配げなセイバーの声がした。 「シロウ。やはり私もいくらか持ちますから――――」 「いや。セイバーはカレンについててやってくれ」 「しかし今日私がシロウと一緒に来たのは、荷物を持つためだったのでしょう?」 一人で持ち運ぶには少々重い量の買い物をするからと、荷物持ち要員としてセイバーを連れてきたのだが、セイバーはカレンが突発的に転ばないよう手を引いて付き添うことになってしまった。そのため結局荷物は士郎一人が持っている。重いのも当然だった。 セイバーの片手にカレンの荷物、もう片手には自分の手と彼女の両手を独占したカレンは、繋いでいるセイバーと自分の手を見て、 「やはり私では不満なのねセイバー。ええ、貴女は本当は、衛宮士郎とこうして買い物帰りに手をつなぎたかったのでしょう。それこそチャー○ーグリーンのように」 「な……!? なんて事を言うのですか! わ、私はそんなこと一言もっ!」 「いいじゃない隠さなくても。どうせなら貴女の方から誘ってみたら、案外簡単にOKしてくれるかもしれないわよ? ねえ衛宮士郎」 「そこで俺に振るのか!?」 たった一言であたふたする士郎とセイバーを、カレンは意地の悪い笑顔で見つめる。 「私は騎士です! 騎士が人前で臆面もなく手を繋ぐことなどっ……!」 「そんなものは関係ないと思うけど。…………もうすぐはーるですねえ♪」 「彼を誘ってみませんか♪ ……って、はっ!?」 思わずノッてしまった士郎が、しまったという顔をする。おかしなところで意味もなく気の合う二人を見せつけられて、セイバーが激昂した。 「シロウ!! 貴方まで私を愚弄する気ですか!!」 「落ち着けセイバー、誤解だ!」 叫び合う二人だが、お互い両手がふさがっているため手が出ることはない。それでは誰が見てもバカップルの痴話ゲンカだろうとカレンは思った。 冬木大橋は大きな存在感を見せつけながら、橋を渡ろうとする人や車を迎え入れる。普段からこの橋を歩いて渡る人間は少ないが、今日は尚更だ。 橋の上に上がったとたん、ただでさえ強かった風がなお強くなった。 「わぷっ!?」 カレンの髪をまともに顔に受け、セイバーがおかしな声を出す。 士郎もなんとか少女二人の風除けになろうと位置を苦慮するが、いかんせんそのためには少年の体は小さすぎ、風は強すぎた。 セイバーがカレンと自分の体を支えようと奮闘しながら、風音に負けないよう叫ぶ。 「それにしても、どうして今日はこんなに風が強いのでしょう?」 「ああ、天気予報で今日は春一番だって言ってたからな」 「「春一番?」」 異国の少女たちには耳慣れぬ言葉だったようだ。声をそろえて士郎に聞き返す。 「春の最初に吹く強い風。これが吹くと、この国では春が来たって証拠なんだよ」 「なるほど、春を告げる風というわけですね。しかしっ……季節感や風流を感じるにはちょっとっ……」 風流や典雅の達人・佐々木小次郎ならば、こんな強風にも風情を感じられるのだろうか。いや今はそんな時ではないとセイバーは思った。 なんだかんだと彼女もカレンの風除けになっているため、気を抜くと足がよろけてしまいそうな強風は、セイバーの全身にも容赦なく吹きつける。 「くっ……! これしきの風で……!」 負けるわけにはいかない。 気合いを入れて一歩、また一歩。ようやく橋の終わりが近づいて来た。 士郎が一度足を止め、二人の方を振り向く。 「大丈夫か? セイバー、カレン」 「はい。あと少しですから頑張りましょう。シロウ」 セイバーは彼に笑顔で答え―――
お題その3、「春一番」。ちょっと季節的には遅いけど、来年に回すよりは書いちゃえーと思いまして。 |