ザ――――…… カチャカチャカチャ
水音と食器の触れ合う音が絶え間なく響く。そして時折。
「はい、セイバー。これも頼む」
「任せて下さい」
並んで洗い物を片づける二人の声もまた部屋に響くのだった。
たまには昼食の後かたづけをすると申し出たセイバーに、なら二人でやった方が早いと言ったのは士郎だった。彼女としてはいつも働き詰めの彼を休ませたくての言だったのだが。
ともあれ台所では、士郎が洗った皿をセイバーが拭くという流れ作業ができあがっている。そんな時、ふと作業の途切れる瞬間もあるわけで。
士郎が次の皿を渡すまでのほんのわずかな時間を使い、セイバーは背後を振り返った。
人の気配がなかったのでもしやと思っていたのだが、やはりそこには誰もいなかった。しかし居間では第三の音源であるテレビが賑やかな声の司会者を映している。
「……テレビが点いたままになっていますね」
これは困った。本当なら消しに行くところなのだろうが、あいにく今は手が離せない。後ろを振り返る余裕くらいはあっても、わざわざ居間まで行ってテレビを消すのは無理そうだった。
独り言のつもりで呟いた言葉に、隣から答えが返る。
「ああ、藤ねえあたりがつけっぱなしにしてったんだな。洗い物が終わったら消せばいいから」
「そうですか。ではこちらに専念しましょう」
士郎から渡された次の皿をセイバーは丁寧に拭き始める。
テレビの内容は歌番組のようだ。少し物悲しいメロディがここまで届いてくる。
朝目覚める度に 君の抜け殻が横にいる
ぬくもりを感じた いつもの背中が冷たい
彼女がこの時代に来てからよく聞くようになった別れの詩。
セイバーの生きていた時代、歌といえば伝承歌が一般的だったから、このような叙情的な歌は最初珍しく感じたものだった。
それにしても恋しただの失恋しただのの歌が圧倒的に多いのは、何か意味があるのだろうか?
あの日 見せた泣き顔 涙照らす夕陽 肩のぬくもり
消し去ろうと願う度に 心が 体が 君を覚えている
最後のひと拭き。これでまたひとつ、皿が綺麗になる。
持っていた皿を他の拭き終わった皿の上へ。
その手が、離れるか離れないかの瞬間。
セイバーは後ろから強く抱きしめられていた。
「な――――!?」
一瞬パニックに陥る。
突然抱きしめられて身を強張らせるが、相手が誰であるかに気づき、少しだけ力を抜いた。
しかしいくら士郎といえど、いきなりこんな事をされては放っておけない。
「シロウ、何をするのですか!?」
叱りつけても彼の腕はゆるまず、むしろますます強くなるばかり。
セイバーは焦った。ここは居間から丸見えの台所なのだ。いつ誰がやって来て、この光景を目撃されるかわからない。
「ふざけないでください。いい加減に――――」
怒鳴って、彼の手を振り解こうと、下を見て。
その時気づいた。
――――士郎の腕が、小刻みに震えている。
「……ははは。なにやってんだろうな、俺……」
震えているのは腕だけではない。
あえておどけた、笑った口調を装ってはいるが。
声も、確かに震えていた。
「……どうしたのですか? シロウ」
「なんでもない。なんでもないんだ…………」
それでも腕の力は一向にゆるもうとしない。
困惑したセイバーの耳に、つけっぱなしのテレビの音が届く。
いつかは君のこと なにも感じなくなるのかな
今の痛み抱いて 眠る方がまだいいかな
腕の力はますます強くなる。
それで全てが理解できた。
少し息苦しかったが、セイバーはなんとか身体の向きを変え、士郎の身体を抱き返す。
「…………シロウ」
「うん」
「私は、ここにいます」
「ああ」
「もうどこにも行きません」
「ああ」
「だから、大丈夫です」
「ああ」
瞳を閉じて君を描くよ それしか出来ない
たとえ世界が 僕を残して 過ぎ去ろうとしても
テレビからは切ないメロディが流れ続ける。
その切なさを埋めるように、二人はしばらくの間かたく抱き合っていた。
お題その4、「別れの詩」。先生ー、士郎はこんなに感傷的ではないと思いまーーす。
とはいえ彼も多感な十代の男のコ。あのFateルートエピローグの心境に行き着くまで、葛藤がゼロだったとは言わせない。
「瞳をとじて」は、ジブン的Fate後士郎ソング。うちのセイバー帰還SS書くときは、ずっとこれがBGMでした。なんかこう、歌詞がいちいちしっくり来るのですよ。
元々トリスタン少年たちのうち1人が転校ってネタを考えてたんだけど、「詩」じゃないからと途中でボツにしました。今回書いたコレも、ホントは季節物のお題なんだから、卒業式の曲とかでやるのが正しかったんでしょうけど。なんかうまいのが浮かんで来なかったんだよなあ。……ごまかしごまかし(コラ)
抽象的表現を目指したら、むしろ説明不足になったような気がする…………ゴメン。
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