ある日俺が昼飯を作るためにニンジンを切っていると、廊下の向こうから人の騒ぐ声が聞こえてきた。 「た、大河! やはり私はこのような――――」 「いいからいいから。さ、遠慮せずにレッツゴー!」 声からして、たぶん騒いでいるのはセイバーと藤ねえだろう。しかも駆けてくるような忙しない足音が二つ。セイバーにしては珍しく、廊下を走っているようだ。いや、走らされているのか。藤ねえに。 「お願いです! 頼みますから着替えを!」 「士郎士郎、ちょっと見て見てー♪」 「あのなあ藤ねえ。一人で廊下を走るだけならまだしも、セイバーまで――――」 ………………ざく。 手に持っていた包丁がわずかのタイムラグを置いて床につき刺さる。あと七センチずれていたら、あまりの痛さに目の前の光景は真っ白になり、足には生涯消えぬ傷痕が残っただろう。危ないところだった。 しかし幸いにしてそんな事にはならず、足が無傷だった代わりに生涯消えぬ映像が目に焼きつく。 ―――ということを、しばらくしてから理解した。だってそれくらい強烈だったのだ。 俺の目の前に現れたのは。 「じゃっじゃーん! どう!? 似合うでしょう!」 えっへん、なんて我が事のように胸を張る藤ねえ。その声と姿がどこか遠い。 だって。目の前に現れたセイバーは。 「あの…………シロウ…………」 もじもじと上目遣いにこちらを見つめるセイバー。 胸元では彼女の頬よりなお赤いリボンが揺れ、ブラウスの手首にも同色の縁取りが入っている。 いつもの青いスカートではなく、パリッとした黒のフレアースカート。薄茶色のベスト。 そう。それはまさしく―――― 「お姉ちゃんだって穂群原の卒業生なんだから。昨日古着の整理をしてたら、お父さんがとっておいた昔の制服が出てきたのよー」 ――――だった。 あまりの事に声も出ない。いつか話した制服姿のセイバー。その光景が今ここに。 ああ、これは夢ではなかろうか。 「シロウ!? そんなに強く頬をつねって、何をしているのです!?」 「………………………………いや。 本当に本当なのかと思って。……夢じゃないのか?」 「はあ……とりあえず、夢ではないと」 「そ…………そっか…………」 うまい言葉がちっとも出て来なかった。 ライダーほどではないが、藤ねえもどちらかといえば女性では長身の部類に入る。逆にどちらかといえば女性の中でも小柄なセイバーには、藤ねえのお古の制服は幾分サイズが大きいようだ。 制服自体は古いものでも、その大きめサイズの制服を着てるセイバーは、なんだか新入生を彷彿とさせる。 「あの、大河。やはり着替えさせて下さい。シロウが驚きのあまり固まってしまっています」 「いいのいいの。どうして固まってるかなんて、士郎の顔見ればわかるんだから。ほら、すっかり鼻の下伸ばしちゃって♪」 にしし、という藤ねえのイヤな笑いで、俺は我に返った。慌ててゆるんでいた顔の筋肉を引き締める。 「変なコト言うんじゃない。まったく、遠坂そっくりに笑いやがって。あくまの皮をかぶった虎なんて、もうわけがわかんないぞ」 「あら。わたしがどうかしたのかしら? え・み・や・く・ん♪」 ――――――ぞわり。 セイバーに鍛えられた危険察知能力が、ああこれは死んだなと呟いてくる。なぜかあの弓兵のヤロウにそっくりな口調で。 「ガンド。」 「ぐおおぉぉぉぉ!?」 「どう、思い知った? 口は災いの元なのよ」 これはほんとにタイガー道場行きかと覚悟したが、意外にも遠坂はあっさり一発で引き上げてくれた。どうやら彼女もセイバーの制服姿が気になったようだ。 「驚いたわ。似合うじゃない、セイバー」 「ありがとう凛。しかし……どうにも面映ゆい。実際は私は学生でもなんでもないのですから」 「いいんじゃない? 誰かさんの鼻の下を伸ばす役には立ってるみたいだし」 遠坂もにししと元祖の笑み。さっきの事がある上に事実なのでうかつに反論できない。 「そうだ。セイバー、どうせならほんとにうちの学校に編入してきちゃえば?」 「な……!? わ、私がですか?」 「ええ。必要な書類なんてわりとなんとかなるもんだし。で、書類さえ揃ってれば、後はどうにでもなるものよ」 「ま、待て遠坂、それはっっ!」 「あら? 衛宮くんは反対なのかしら?」 「そんなわけあるかっ! セイバーと一緒に学校へ行けるなんて、嬉しいに決まってる!」 毎朝見送られるだけじゃなく、一緒に家を出て学校への坂を登ったり。 授業中セイバーが音読する英語の長文を聞いたり。 昼食はみんなで一緒に屋上で弁当を広げてワイワイやったり。 夕暮れの中、二人で学校帰りに商店街へ寄って、買い食いをしたり夕食の買い物をしたり。 体育祭、プール、文化祭にテスト勉強。まだまだたくさんあるイベントをセイバーと一緒に過ごせたならどれだけいいか。 力説してしまってから気づいた。まて、これは諸葛凛孔明の罠だ。 案の定ヤツは最高に楽しそうで底抜けに意地の悪い笑顔を浮かべている。後ろでは羞恥からか、小さくうめくようなセイバーの声。 「ふっふーん。それじゃあセイバーを転入させるとしたら、それは士郎の意志ってことで。 魔術師が魔術師に頼み事をする時は、なにかそれ相応の代価を支払うものだっていうのは知ってるわよね?」 「うぐっ…………」 おのれ孔明。姑息な手を。 ちらりとセイバーの方を振り向くと、彼女は頬を赤らめながらも表情だけは冷静に、 「シロウ。元より考えるまでもありません。私にはこの時代の教育についてゆけるだけの知識はないのですから」 「そう? まあそこんところは士郎が必死に悩むとして。 せっかくセイバーが制服を着てるんだから、もっといろいろ遊びましょ」
そして。
お題その6、「制服」。 |