「ただい――――」

 ぼずるっ ガシャーーーン!!

 …………ゴッド。俺なにか悪いコトしましたか。
 帰ってきたらいきなり家の中で爆発が起こるなんて。



「……………………で?」
「で……ですからね…………」
 突発的な犯行に及んだテロリストと、一対一で向かい合う。いつもピンと張った背筋は犯行の後ろめたさからかわずかに丸まり、普段静かで落ち着いている瞳を今は所在なげにうろつかせている。
 割れたガラスは危ないので片づけておいた。後で遠坂かイリヤにでも直してもらおう。交換条件としてなんのかんの言い付けられるだろうけど。
「わ……私とてわざとではないのです。そんなに怒らなくても……」
「怒ってるわけじゃない。途方にくれてるだけだ」
 シュンと反省しているテロリスト・セイバーを見ると、大丈夫と笑って安心させてやりたいところではあるのだが、いかんせん俺にもその余裕がない。
 割れた窓ガラスはあくまで二次被害。一次被害であるところの台所は、朝の平和な風景がウソのように荒れ果てていた。
 きちんとしまっておいた鍋やフライパン、その他調理道具があちこちに散乱し、床といい壁といい調味料と粉々になった食材が飛び散っている。表現は悪いが、バーサーカーに腹を吹っ飛ばされた時の道路に飛び散ったモノを連想させて、あまり気分はよろしくない。
 極めつけは壁に大きくついた黒いコゲ跡。これまたあの火事の黒い太陽を思い出して気が滅入る。
 掃除すればなんとか元には戻るだろうが、半日がかりの大仕事になりそうだ。
「…………で? 台所で風王結界でも使ったのか?」
「む……失礼な、違います。
 …………その、ですね。私も、料理をしてみようと思ったのです」
「……………………はい?」
 一瞬、自分の耳で聴いたことが信じられず、問い返す。
「で、ですから! ……私とて、いつまでも食べる側に甘んじているのは申し訳ない。たまには作る側に回ってみようと思ったのです。
 しかし、この時代の道具は勝手がわからず―――とりあえずいくつか使ってみたところ――――」
 そのうちアレが爆発したのだ、と指をさす。
 その先にあったのは、爆心地であったためもはや使い物にならなくなった圧力ナベ。
 …………まあ、あれも使い方が難しいからなあ……だがどんな使い方をすればこんな爆弾みたいなことができるんだろう。
「それにしてもセイバー、そんなに料理が作りたいのか?」
「無論です。凛も桜も料理ができ、あまつさえ最近はライダーでさえ料理を習い始めているという。私だけ作れないという道理はありません」
「そうか。じゃあ今夜の夕飯は、俺と一緒に作ってみるか?」
「な……? そ、それはシロウが料理を教えてくれるということですか?」
「そうだけど。俺じゃ不満かな」
「いえっ、そんなことは! シロウが師匠となってくれるのであれば百人力です」
 しおれていたセイバーの顔が、元気を取り戻して輝いた。
「よかった。これでも実績あるんだぞ、俺」
「実績……ですか?」
「ああ。桜に料理のイロハを教えたのは俺だからな」
 うちの家事を手伝う、と衛宮邸に来てくれるようになった桜だったが、最初はおにぎりもロクに握れなかった。そんな桜に包丁の使い方、食材の選び方、調味料の入れ方と基礎を全て叩きこんだのは俺である。
「その後、今の技術まで身につけたのは桜の努力だけど。セイバーもがんばれば、俺を追い越すくらいうまくなれるかもしれないぞ」
 特にセイバーは負けず嫌いだから、そのうち家の誰よりもうまくなろうと情熱を燃やしかねない。
 しかしセイバーは難しい顔をした後、
「…………いえ、恐らくそうはならないでしょう」
「? なんでさ」
「私はシロウの料理が好きです。そして、料理をしているシロウを見るのが。
 食事の時、私がおいしいと褒めると、嬉しそうに笑うシロウの顔がとても好きなのです。
 ですから私が料理の練習をしすぎることで、シロウの料理する機会が極端に減ってしまっては困る。シロウは今までどおり、料理に勤しんでください」
 えっへん、と胸を張って誇らしげに言うセイバー。自信満々に言い切るその内容は、本人は気にしていないようだが、聞いてるこっちはかなり照れくさい。
「そ、そうか。うん、良かった。
 じゃ、じゃあとりあえず、台所を片づけるところから始めよう。これじゃ夕飯の支度もできない」
「そうですね。お手伝いします、シロウ」
 なにが良かったのか自分でもわからないが、とりあえず思いついた事を口にしてその場をごまかした。



 セイバーが手伝ってくれたおかげで、なんとか夕飯を作る時間までに台所の掃除を終えることができた。壁のコゲ跡はそのままだが、こちらは手間がかかるので後回しにする。
「それじゃ始めようか。セイバーには肉じゃがを担当してもらおうと思う」
「はい。任せて下さいマスター」
 背筋を伸ばして答えるセイバー。ガシャンと響く鎧の音。
「セイバー。武装してる武装してる」
「あ、これは失礼しました」
 慌ててセイバーは武装を解く。……先行きが少し不安になってきた。
 用意しておいた予備のエプロンを彼女に渡して、食材を食品庫から取り出す。
「おや。シロウと私の前掛けは、対になっているのですね」
「ああ。そうだよ」
 以前エプロンを買いに行った時、二枚で五百円と安かったため予備として買っておいたのだ。まさかこんな使い方をするとは夢にも思わなかった。
 俺のは白地に青のチェックが、セイバーのは青地に白のチェックが入っている。
「素晴らしい。シロウとの一体感を確かに感じます。今ならばどんな料理も作れそうです」
「ははは、そりゃ頼もしいな。期待してるから頑張ってくれ」
 もっとも料理初体験の人間に一番に期待することは、とにかくケガをしないという事なんだが、それはセイバーの意気込みのためにも黙っておいた。
「じゃあまずはニンジンを切ろう。それで包丁の持ち方の基本は―――」
「待ってくださいシロウ。野菜を切るぐらいならば私にもできます」
「へ?」
 驚く俺を後目に、セイバーはスルスルとニンジンの皮を剥き始めた。そして食べやすいサイズに乱切りにする。
 手慣れてるとまではいかないが、危なげなところは全くない。
「へえ。さすが『剣使い』セイバーって感じだな」
 感心する俺にセイバーは少し不機嫌な顔になって、
「む……シロウ。もしや私が『剣使い』セイバーだから、どんな刃物でも使えると勘違いしていませんか?」
「違うのか?」
「当然です。そもそもサーヴァントのクラスというのは、過去の英霊を受肉させやすくするために聖杯が作ったシステムです。そしてそのクラスの条件に当てはまる英霊を召喚する」
 そういえば遠坂にされたな、そんな説明。
「つまり条件に合うから英霊は召喚されるのであり、召喚した英霊を条件に合わせるのではありません。筋力や魔力などは生前より上がることもあるでしょうが、サーヴァントになったからとてスキルが増えるわけではないのです。
 現にギルガメッシュとて第四回のアーチャーですが、彼が弓を使う場面など見たことがないでしょう」
「そっか、あいつの場合はいろんな宝具を打ち出すのが弓っぽいってことなんだ」
 とすると四回目も五回目も、アーチャーのクラスにはずいぶん変則的なのが呼び出されているんだな。
「さらに言うならば、剣と包丁は扱いが全く違います。シロウとて包丁を操り、剣を握っているのですからわかるでしょう」
「うーん……。言われてみればそうだな」
 剣の達人なら包丁の扱いもうまい、ということなら、うちでいつもゴロゴロしている虎は今頃、冬木の町で伝説の包丁さばきを持ってることになってしまう。
「ってことはセイバーは自力で包丁の使い方を覚えたってことか。でもそれっていつなんだ? 王様が料理なんかするのか?」
「そこもまた勘違いです。確かに王であった私は料理などしませんでした。しかし生まれつき王であったわけではない。
 私は即位するまで一介の騎士の子として育ったのです。
 ですから義母上の手伝いで包丁も握りましたし、義兄の従者として針も使っていました」
 ああ、そういえばセイバー、たまに柳洞寺でキャスターの縫い物の手伝いをしてるって言ってたっけ。
 針仕事はキャスターが一から教え込んだのかと思っていたが、元からある程度は使えたのか。たしかに騎士の服が戦闘中に破けたらほっとくわけにもいかないし、縫い物は従者に回ってくるよな。
 ともかくセイバーが包丁を使えるなら、もうちょっと教えられることが増える。
「それじゃ次にいけるか? ジャガイモなんだけど。あ、芽は毒があるから、ちゃんとくり抜いてくれ」
「はい、勿論です。いけます」
 セイバーはこれまた躊躇せずジャガイモの皮を剥き始める。包丁の角で芽をくり抜くのも完璧だ。彼女の時代のヨーロッパにジャガイモはなかったはずだから、俺達が料理するのを見覚えていたんだろう。
 ストトトン、と軽い音。包丁とまな板の触れ合うリズミカルな音を聞けば、もうセイバーに教えることは何もないような錯覚さえした。
 セイバーが材料を切ってくれてる間、俺は米をといで他のおかずを用意する。おかずが肉じゃがだけでは食事として成立しない。
 メインは鮭の切り身にしよう。軽く塩こしょうで下味をつけて準備完了。焼くのは食べる少し前がベストだ。青物が欲しい気もするのでほうれん草をゆでる。おひたしといえばやっぱりほうれん草だな。
 あと、ちょっとたんぱく質が足りないな。冷蔵庫の中には……
「シロウ、ジャガイモはこんなものでしょうか?」
 考えている端からセイバーの声がかかる。まな板の上には上手に切られたジャガイモが山となっていた。
「オーケイ、それで完璧だ。さすがセイバー、覚えが早いな」
「ええ、少しでも早くシロウの役に立つためですから」
 ――――嬉しいことを言ってくれる。それじゃ次の野菜も切ってもらおう。
「じゃあ後はタマネギも切ってくれ。一口サイズで頼む」
「わかりました」
 流しに置いておいた次の材料を手にするセイバー。俺は引き続き他のおかずを吟味する。
 そういえば今日のみそ汁の具をまだ決めてなかったな。みそ汁の中にたまごを入れてもいいかもしれない。だとすると具はにらとか……
「な、こ、これは一体?」
 セイバーのあげた驚愕の声で我に返った。慌てて後ろを振り向く。
「どうしたんだセイバー」
「……シロウ……」
 セイバーの目には――大粒の涙が浮かんでいた。
 手でも切ったのか。手元を覗き込むと彼女の手は幸いにも無傷だった。野菜もきちんと切れている。
 さっき俺が頼んだ………………タマネギが。
「なんだ……タマネギ切ってただけか」
 ほぅと安堵の息をつく俺に、セイバーがなぜか食ってかかる。
「シロウ、何を落ち着いているのです! こ、この事態はどういうことですか!? なぜこの野菜を切ると同時に涙が……!」
「あー、ごめん、セイバー知らなかったのか。タマネギを切ると涙が出るんだ」
 タマネギには硫化アリルという成分が含まれていて、それが目に入ると涙が出る。
 長いこと料理をしてると段々慣れてきて、目がしみる程度にしかならないんだが、初めてタマネギを切るセイバーには効果はバツグンだったらしい。
「前もって気づいてたら、冷蔵庫で冷やすとか水中メガネを用意するとか、色々方法があったんだけど」
「くっ……よもや野菜ごときに泣かされるとは……!」
 セイバーは悔しそうに歯を食いしばり、親の仇のようにタマネギを切り刻む。
 ちゃんと大きさは合ってるからいいんだが……なんだかまな板にヒビが入りそうで怖い。
 しかし気合いで硫化アリルには勝てるはずもなく、セイバーの目に浮かんだ涙の珠はますます大きくなっていった。
「ちょっと待ったセイバー。ほら、そんな涙目じゃ切りにくいだろ」
 歪んだ視界で包丁を使うなんて危なすぎる。
 俺は自分のエプロンでセイバーの涙をぬぐってやった。
「あ――ありがとうございます、シロウ……」
 恥ずかしそうに礼を言うセイバーの頬は、ほんのり紅色に染まっていた。
 そ、そんな顔されると、こっちまで照れるじゃないかっ。
「…………その、なんだ。よければ続きは俺が切ろうか?」
「いえ、これは私が託された仕事です。涙ごときで負けてはいられない。最後まで完遂してみせます」
 勇ましい答えと共に、セイバーは再び仇敵・タマネギに立ち向かってゆく。
 俺が動揺から立ち直る頃には、まな板の上の野菜の山は3つに増えていた。
「いかがでしょう。いつもシロウが作ってくれる肉じゃがに近いサイズには切れていると思うのですが」
「ああ、うまくできてる。じゃあ肉は俺が切っておくから、セイバーは野菜を炒めててくれ」
 鍋に油をしいて、タマネギを炒める。さっきからだんだんセイバーの顔が怖いぐらい真剣になってきた。ここからは手伝いでもしたことがない、未知の領域なのかもしれない。
 ある程度炒められたら次は水にさらしたジャガイモとニンジンと、今切ったばかりの牛肉を入れる。さっと油が通ったら水を加えて煮立てる。
「次は調味料を入れよう。大切なところだから丁寧に頼む」
「調味料……ですか。つまりは味つけということですね…………」
 自信がないのか、むう、とひとつ唸り、セイバーはためらっている。
「大丈夫。俺がちゃんと見てるから。明らかに分量間違えない限り、そうとんでもない味にはならないし」
「…………わかりました。ご指導よろしくお願いします、シロウ」
 セイバーは俺の指示に従い、おっかなびっくり調味料を入れ始めた。手つきは危なっかしいけど、包丁と違い調味料ならそう危険なことはない。
 ある程度入れたら今度は味見。調味料は少な目に入れて、味見をしながら足してゆくのがポイントだ。
 小皿にだし汁をとって一口。
「うーん……ちょっと薄いか。砂糖も醤油もあと少しってとこだな。
 ほら、セイバーも味見してみて」
 残った分をセイバーに渡すと、彼女はそれを飲み干して眉をひそめた。
「……これでちょっと、なのですか? 私にはずいぶん味が薄いように思えます」
「火を止めると味って濃くなるから、こんなもんでいいんだよ」
 砂糖と醤油をそれぞれ大さじ一杯ずつぐらい加え、もう一度だし汁を小皿に取る。そして味見。
「うん、こんなも――――」
「あっ――――!?」
 納得の声を漏らしていると、突然セイバーが俺の言葉を遮った。
「? どうしたセイバー」
「あ、いえ、そのですね……。さ……先程その皿には私が口をつけて……いや、でも、それより前にはシロウがっ…………」
「え? …………あー、それって…………」
 それって、いわゆる回し飲み。
 もうちょっと色っぽい言い方をすると、間接キス。
 さっきは無意識にやっていたが、気が付いてしまうと妙に恥ずかしくて、身動きがとれなくなってしまう。
 キスぐらい直接してるだろう、と言うなかれ。心の準備をしてからするキスと不意打ちにされるキスとでは、心臓の鼓動が倍くらい違う。
 ――――と、そんな事より。
「そそそそそういえば、以前テレビでこのような場面を見たことがあります! 杯を二人で回し飲みする、というものでした!」
「あ、あーあー、そ、そうか。そうだよな、回し飲みなんてよくやってるよな!」
 俺たちは大声をあげてこの雰囲気をごまかそうとする。互いに顔が赤いのは突っ込まない方向で。
「そ、それで、セイバー。杯の回し飲みってどういうシーンだ? よく藤ねえんところでやってそうな、男同士の義兄弟の契りとかってやつか?」
「義兄弟……? いえ、そういう感じはしませんでした。回し飲みをしていたのは男女一人ずつで、おそらくこの国の民族衣装でしょうか? あまり普段見ない型の衣装に身を包んでいました。女性は真っ白な、男性は黒と白の衣装です」
 白い着物の女性と黒い着物の男性が、杯を回し飲み……?
 そ、それってまさか……………………
「セイバー…………それって結婚式の時に飲む三三九度…………」
「え……………………!?」




 ――――一方その頃。
「……ねえ桜。わたしたちの夕食、ホントにあのバカップルの作った料理なの?」
「ふふふふふ……もちろんですよ。あんなラブラブ料理、あの二人の口には一口だって入れさせません。全部わたしたちで食べ尽くしてあげます」
「――――そ。じゃ頑張ってね。わたしは一人分しか食べないから」
「そんなっ、姉さんひどい!? わたしたち、杯もロザリオもなくったって本当の姉妹じゃないですか!」
「ええい離しなさい、体重計の呪いに姉妹の絆はカンケーないのよっ!」
 廊下でそんな会話が交わされていたことを俺が知ったのは、その日の晩のことだった。






 お題その8、「お料理できる?」。
 ホントはおそろいのエプロンで、士郎が後ろからセイバーの手を握り、手取り足取り(足いらない)包丁の使い方講座っつーのを妄想していたのですが、よく考えてみたらセイバーも包丁ぐらいはなんとか使えそうな気がしたので泣く泣くボツに。このネタ、その気になればオプションで、桜にもこうやって教えたのかとひそかにヤキモチやくセイバーっていうのも付け足せたのですが。ああっっ、ホントにもったいないっっっ!!!
 でも当初の予想以上に甘くできたので、己としては十分です。ぐふう(吐血)←鏡花さんは自分で308のダメージを受けた




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