ザアアアァァァ――――…………
「……やみませんね」
「これでもう三日連続だな」
 雨による水煙で白くけぶる窓の外を見ながら、俺とセイバーはためいきまじりの声をもらした。
 セイバーには初めての、俺たち日本人にはお馴染みの梅雨の季節。この時期に雨が降るのは当然で、しかし当然と知ってはいても、理性で不満は抑えきれない。たまには晴れてくれないものか。
 もっともこの季節が終われば今度は毎日晴れの季節になり、たまには降らないかと思うものなのだが。結局、変化が欲しいだけなのかもしれない。
 空は相変わらず灰色の曇天。いつまでも眺めていても埒があかないし、ちょっと早いけど三時のお茶の用意でも、と後ろを振り向いた時、第三の声が割り込んだ。
「ねえ、シロウー。退屈、退屈、退屈だよー」
 寝転がり、足をぶらぶらさせながら文句を言うのはイリヤ。普段は貴族のお嬢様として礼儀正しい彼女だが、衛宮家にいる時間だけは一般庶民のだらしなさを実践するお姫さまである。ちなみにお手本となったのは、言うまでもなく同じ家に住んでいる虎なのだが。
 今が冬で降っているのが雪ならば嬉々として外に出ていくのだろうが、雨は趣味に合わないようだ。
「シーローウー。こう毎日家の中にいたらやることなくなっちゃう。何か面白い遊び知らない?」
「う〜〜〜ん…………。何かあったかな」
 しばし黙考。家の中でやる遊びはいくらか思いつくが、イリヤの気に入りそうな遊びなどとんと見当がつかない。
 ボードゲームは基本的に土蔵の奥深くへ放り込みっぱなし。あとは季節物のゲームがいくつか。
 しかし季節物のゲームというのは、季節はずれの時期にやると今イチ盛り上がらない。
「あ〜あ…………。晴れたらシロウと商店街へお買い物に行けるのになあ…………」
 残念そうに呟くイリヤの声。たしかに雨が止めばいろいろと――――
「それだ」
「え?」
「シロウ?」
 不思議そうにイリヤとセイバーが聞き返す。俺は土蔵へ道具を取りにいく道すがら、振り向きざまに、
「ちょっと待っててくれよ。二人に日本古来から伝わる、雨がやむおまじないを教えてやるから」


 いらなくなった下着などの端切れを丸め、球状にする。簡単だからとティッシュペーパーなどで作る人もいるが、外に吊す場合は濡れてしまう可能性が高いので、あるならば布の方が材質として良い。
 できた球よりも大きな布で全体をくるみ、頭にする。余った部分は胴体だ。キュッと紐で結び、両者の境界を分ければ、誰が見ても大きな頭とスカートのような胴に分かれた人形の出来上がり。
 そのまま紐で吊すと重心の重い頭が下になってしまうので、胴体の中に隠して重りをつける。
 最後にサインペンで好みの顔を描けばできあがり。
「これは……なんとも愛らしい」
「てるてるぼうず、って言うんだ。明日は晴れますように、ってお願いする時に作る人形でさ。まあ科学的にも魔術的にも効き目はないから、単なる願掛けみたいなもんだな」
 最初にできたてるてる坊主を手にとり、まじまじと見つめるセイバーに説明する。イリヤも興味をそそられたのか、俺の手元を面白そうに見つめていた。
「ねえシロウ、わたしも作ってみたいな」
「ああ、いいぞ。ちゃんとたくさん作れるように材料持ってきたから、遠慮なく作ってくれ。セイバーもやってみるか?」
「え? ……ええ、よろしければ、是非」
 二人に材料を渡すと、イリヤは楽しげに、セイバーは戸惑いながらもしっかりと受け取った。
 手順自体はそう難しいものではない。ただ少しだけ、重りや紐のバランス調整が必要なだけで、そこは俺が手を貸すことで簡単にてるてる坊主は完成した。
 きゅきゅきゅ〜とサインペンで顔が描かれる。この表情に個性というものが出るのだ。
「できた〜〜♪♪」
 嬉しそうに俺やセイバーに見せびらかすイリヤ。てるてる坊主の顔は今の本人と同じく満面の笑顔だ。どちらも楽しそうで、まさに梅雨のじめじめ感を吹き飛ばすような明るい表情。
「…………むむ…………」
 対して、難しい顔のてるてる坊主を難しい顔でセイバーは凝視している。きりりとした眉の人形は凛々しいとも言えるが、人形としての可愛げはゼロに近い。
「……私の作った人形は、なぜシロウの作ったものと違うのでしょうか」
「ちょっと顔がな……。まあ、これはこれで味があっていいんじゃないか?」
「しかし、私はやはり――――」
 言葉を切って、俺の作ったてるてる坊主をセイバーは羨ましげに見る。可愛いもの好きのセイバーのことだから、やはり可愛らしく作りたかったんだろう。
「――それじゃ、せっかく作ったんだから、交換こってのはどうだ?」
「は、はい。そうですね」
 セイバーの表情にパッと明るさが戻る。
 可愛い方のてるてる坊主を渡すと、彼女はそれを愛しげに見つめた後、とても大切そうに腕の中へ抱きかかえた。……俺の作ったてるてる坊主をそんなに嬉しそうに抱きしめられると、かなり照れる。
 思わずセイバーから視線を逸らすと、今度は逆にさっきまでの喜びようが嘘みたいな、仏頂面のイリヤと視線が合った。
「セイバーってばズルいわ。わたしもシロウの作ったてるてるぼうず欲しい!」
「欲しいってイリヤ。同じところに全部吊すんだぞ」
「は? そうなのですか?」
 セイバーまで意外そうな顔をしている。俺、何かおかしな事言ったかな。
 カラリと障子を開け、手に持っていたてるてる坊主を縁側の屋根の下に吊した。
「これはこうやって、家の軒先に吊しておくものなんだ。で、明日が晴れますようにってお祈りする。
 そうそう、明日ほんとに晴れたらこいつに金の鈴をあげて、雨なら首をちょんぎるらしいな」
「なっ…………!? そ、そんな惨いことを!?」
 驚きの声がセイバーから上がった。……まあたしかに、成功したらご褒美がもらえても、失敗したら死刑ってのはひどい話ではある。こんな歌詞がついてるなんて、童謡ってのも結構ザンコクだな。
 衝撃を受けまくっているセイバーに、一応フォローは入れておこう。
「あー、でも別に、必ずそうしなきゃいけないってわけじゃないから……」
「面白そう! それ、わたしがやるわ」
 俺の言葉を遮り、今の話に積極的な前向き姿勢を見せるのは、言わずと知れたしろいこあくまっこ。
 楽しそうに、明日までに鈴とハサミを用意しなくちゃね、なんて言っているのは……えーと、純粋な笑顔と喜んでいいん、だよな?
「待ちなさいイリヤスフィール! あの人形の首を落とすというのですか!?」
「別に無条件で落とすなんて言ってないじゃない。ちゃんとてるてるぼうずが働いてくれたら、逆にご褒美の鈴をあげるとまで言ってるのよ」
「ですが――――」
 空を見て、言い淀むセイバー。そういえば明日の降水確率は80%ってテレビで言ってたっけ。空の色は本物の灰よりなお暗い灰色で、とても明日までに雨がやみそうな気配はない。
「もう、煮え切らないなあ。それじゃ一緒にこれも吊すわ」
 そう言ってどこからともなく、イリヤは一体の人形を取り出す。それは、どこかで、見た、ような――――
「……イリヤスフィール。この人形は、もしやシロウですか?」
「うん。シロウ人形(紐付き)」
 …………うわあ。なんかイヤなトラウマを思い出すなあ。道場でブルマでデッドで虎で。あるいは黒くて四人がかりの書き込みで暗殺帳でお仕置きで。
 まるで俺自身が首をつってるような人形は、たしかに人形の形状が俺であることを除けば、てるてる坊主と紐の付き方がそっくりだ。そうか、てるてる坊主って、こうして見ると恐ろしいものだったんだな。
「さあ、これでどうセイバー。それともシロウのことも信じられない?」
「そんなはずはありません。シロウならばどんな困難でも必ず成し遂げることが出来る。私はそう信じています」
「ならいいわね。明日がどうなるか楽しみだわ」
「ええ、明日の青空が楽しみです」
 セイバーとイリヤは互いに不敵な笑みを浮かべながら、てるてる坊主と俺の人形を軒先へ吊す。俺への信頼を盾に、セイバーはすっかりイリヤに乗せられてしまったようだ。
 ……でも、そのな……。実際に明日の天気を決めるのは俺じゃないぞ?


 ザアアアァァァ――――…………
「………………………………」
「………………………………」
「雨だ〜〜〜♪♪」
 翌朝。
 昨日と同じ、いや、それ以上に勢いを増して、雨はなおも降り続いていた。
 天気予報では今日も晴れ間は見えず、一日中雨が続くだろうと言っていた。問答無用に雨な天気である。
 それは、つまり。
 昨日作ったてるてる坊主が、役に立たなかったという意味でもあった。
 言葉少なに外の雨を見つめる俺とセイバー。対してとても嬉しそうにハサミを取り出してシャキシャキと動かすイリヤ。
 それじゃ早速とばかりにイリヤは軒先からてるてる坊主を下ろして机に並べる。
「それじゃあ殺すね」
 …………そりゃ確かに、どうせ捨てるものだからいいんだけどさ。そこまで楽しそうに人形の首を刎ねるってのも、兄としてイリヤの事が心配になるというもので。
 大きなハサミでブツン、ブツンとてるてる坊主の首は刎ねられてゆく。イリヤの作ったのもセイバーの作ったのも容赦なしだ。
 俺の隣でセイバーは唇を噛みしめ、苦悶の表情でその光景を見つめている。こう、勝負に負けたことが悔しく、てるてる坊主の首が刎ねられることが悲しく、それを止められない自分が不甲斐なくって顔で。
 そしてイリヤの手は、俺の作ったてるてる坊主へと伸びる。すると耐えきれなくなったのかセイバーが叫んだ。
「ま、待ってください! 彼らも頑張ったのです。なにも死罪にすることはないでしょう!?」
「甘いわセイバー。結果が出せなかったら一緒よ。それに今日の天気次第でご褒美か死刑かってのは、セイバーだって納得したでしょう?
 それともなに? セイバーは王様だった頃、騎士が頑張れば味方に損害を出しても罰したりはしなかったの?」
「くぅっ…………!」
 反論できず黙り込むセイバー。
 ――――ブツン。
「あ――――っっ」
 彼女の一瞬の隙をつき、イリヤはさっさと俺の作ったてるてる坊主も処刑してしまった。
「これでラストね」
 そう言ってイリヤが手にとったのは、昨日最後に吊した俺そっくりの人形。
 その時、俺の隣で旋風が巻き起こった。
「ちょっとセイバー! 何するのよ! それ返しなさい!」
「いいえ、たとえ人形であろうとも、シロウを貴女の手で殺されることなど、私には容認できない!」
 俺の隣からイリヤの目の前へ瞬間移動したセイバーは、人間業とは思えないスピードでイリヤの手から人形を奪い取った。
「さっき言ったこと忘れたの!? その人形は役目を果たせなかったのよ」
「たとえそうであろうとも、この人形はシロウなのです。ならば私は全力をもって彼を守ります」
 …………あー、セイバー。本物はここにいるんだけど…………。
 イリヤは毛を逆立てて威嚇するネコみたいなセイバーを見、俺の方をチラリと見、そしてニンマリとした笑みを浮かべた。
「ふ〜〜ん。じゃあそれ、セイバーにあげようか」
「え……?」
「考えてみれば、さっきのてるてるぼうず、セイバーのも入ってたもんね。それをどうするかはセイバーの自由だったのに、わたしが勝手にしちゃったから。お詫びにそれ、あげてもいいわ」
「――良いのですか?」
「ええ。まだ同じのたくさん持ってるし。遠慮しないでいいわよ」
 セイバーは信じられない物を見るような目でイリヤを見ていたが、やがてふんわりと微笑み、人形を抱きしめた。「シロウ、貴方を守れて良かった」と言いながら愛おしそうに人形を抱く姿は、昨日のてるてる坊主を抱かれるよりさらに照れる。
 ――――と、一人外野で頬を赤くしていると、右腕にズンとした重みを感じた。
「…………へ?」
「その代わり、わたしはこっちをもらうから♪」
 見ると、俺の右腕にはイリヤが、まるで人形を抱きしめるようにしがみついている。
「な……!?」
 セイバーもその事に気づいたんだろう。目を見開き、机にそっと人形を下ろすと、再び闘志を剥き出しにした。
「離れなさいイリヤスフィール! 誰が、誰をもらうと!?」
「だ・か・ら、セイバーがシロウ人形を抱いて寝るなら、わたしは本物のシロウと寝るわ。別にいーでしょ? だってセイバー、あんなにシロウの人形を欲しがってたんだし」
「それとこれとは話が別です! シロウを貴女に渡すわけにはいきません!!」
「セイバーってば横暴ーー! 欲張りすぎよ、人形があるんだからシロウはわたしに譲ってもいいじゃない!」
「いいはずがありません!! そも、こちらがあるならそちらはいらぬだろうという考えが――――!」
 喧々囂々けんけんごうごう侃々諤々かんかんがくがくと言い合うセイバーとイリヤ。こっちから見てるとイリヤは半分本気だが、半分は冗談だろう。もちろんセイバーは100%本気。イリヤはそれを知っていて、からかっているようにも見える。
 とはいえからかっていたはずが、いつの間にかイリヤも俺の手を離し、かなり熱くセイバーとの口論を繰り広げている。俺はお茶でも飲もうと机につき――――
「………………あれ?」
 さっきまであった俺の人形がなくなっている事に気づいた。
 ――――――ほんの一瞬だけ視界の端に、俺の人形とそれを絡め取る黒い触手みたいなひらひらが見えて消えたのは、幻覚ということにしておこう。なんとなく怖いから。
 雨は、まだやまない。






 お題その9、「てるてる坊主」。
 好きな人に関わるものは、できるだけ独占したいと思うもの。思いの強弱に個人差はあれど、誰もが持つ感情だと思います。
 ……士郎の場合は思われる相手が多すぎて、大岡裁き並になっているのが問題なのではありますが(笑)




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