――――バササササッ。 鳥のはばたきにも似た、布が風にはためく音。風に身を遊ばせ、自由に動き回るシーツをおさえつけて、物干し竿からはずした。 大物のシーツから順番に取り込んでいると、横ではセイバーが別の洗濯物を取り込みながら声をかけてくる。 「すみませんシロウ、本来は私の仕事なのに、貴方に手伝わせてしまって―――」 「気にするな。こんなにたくさんあるんだから、たまには俺がやってちょうどいいよ」 4日分の洗濯物をかたっぱしから取り込みながら返事をする。 梅雨の晴れ間、たまに気持ち良く晴れた日曜日。グズグズと拗ねているような天気が続いていたから、やけに洗濯物がたまってしまったのだった。 そんなわけで、今日は久しぶりの洗濯日和。休日を全部使いきるほどの勢いで、洗濯に時間を割いた。 …………ただし、衛宮邸での洗濯には、決して侵してはならない不文律がある。 「俺の方こそ、セイバーにいつも洗濯をまかせて、申し訳なく思ってるんだ。今日お返しすれば、少しはつりあいがとれるだろ」 「そんな、シロウはいつも他の家事をよくやっています、これではつりあいが取れなくなるのは私の方です! それに、シロウが洗濯をできないのは仕方のない事なのですから……」 衛宮士郎が一人で洗濯をやらないこと。 これは衛宮邸に女性が住み始めるようになってから、当然のようにできた掟だった。 俺はみんなの事を家族だと思ってるけど、だからって女性として意識してないわけじゃない。……まあ藤ねえあたりは微妙なところなのだが。 だから男である俺にはどうしても洗濯できないものがあるし、彼女たちもそれを俺に洗濯してほしくはないだろう。 遠坂や桜は家に持ち帰ってくれるが、何日も泊まり込む時はやはり衛宮邸で洗濯したがる。それにセイバーはこの家に住んでいるのだから、他に洗濯をする場所はない。 そんなわけで、俺が洗濯をする、あるいは洗濯物を取り込む機会は極端に減らされることとなった。 やたら泊まる人数が多かったり、今日みたいに洗濯物が溜まったりして、洗濯機を2回以上回す日は手伝える事もある。しかし1回しか回さない日の場合、俺にできることはない。 「ですからシロウがこちらに手を出す必要は――――」 「そう言われると手を出しづらくなっちゃうだろ。俺の仕事をとりあげて、退屈でストレス死させるつもりか?」 「いえ、そういうわけでは」 セイバーがもっと休んでいい、と言ってくれてるのはわかってる。でも他人を働かせて俺だけ休んでいるというのは、やはり落ち着かない。 そうこう言っているうちに、洗濯物は全部取り込み終えてしまった。きれいになった洗濯物からは洗剤と太陽のにおいがして、とても気持ちがいい。 セイバーはさっそく洗濯物をたたみはじめた。衛宮邸で1番これらを扱う機会が多いのは、やはり1番家にいることの多いセイバーである。これだけ大所帯の洗濯物をしょっちゅう扱うのだから、セイバーの技術は昔にくらべ、格段に良くなっていた。 俺はその隣でアイロンを引っ張り出す。 ――――と。 「む……シロウ」 「? どうかしたのかセイバー」 「それは、アイロンですね」 「ああ、そうだけど」 答えた瞬間、俺の手にかかっていた負荷がいきなりなくなった。簡単に言うと、さっきまで持っていたものがなくなっている。 そしてセイバーの手には、たしかに俺がさっきまで手にしていたアイロンが。 「シロウ。アイロンがけは私がやります。いいですね」 「そりゃ構わないけど――――」 その、鬼気迫るというか、こっちが驚くぐらいの執着っぷりは何なんだ。 あっけにとられて、セイバーの顔とアイロンを交互に見る。しかしセイバーはそれに答えず、洗濯物の中から自分のブラウスを取り出した。 そろそろ良い具合にあったまっているアイロンを、ブラウスの上において滑らせた。アイロンはなめらかに動き、白いブラウスからしわが消えてゆく。 …………なのになぜだろう。逆にセイバーの眉間にはますますしわが増え、まるで親の仇を見るような顔になっているのは。 ぐいぐい ぐいぐい ぐいぐい セイバーはアイロンをかけ続ける。力をこめて。袖、裾、首回り、ボタンの周囲とそりゃもう徹底的に。 ぐいぐい ぐいぐい ぐいぐい 俺だったらもうとっくに終わらせて、次の服のアイロンがけを始めているだろう。なのにセイバーは、そんな神経質にならなくてもってぐらい小さなしわも見逃さない。 ぐいぐい ぐいぐい ぐいぐい ――――って、焦げくさい! 服! 服から煙が!! 「セイバー! そこまで、もう止めろ!」 慌ててアイロンを取り上げる。さすがにこれ以上やったら、服が焦げてしまうだろう。 だが得物を取り上げられた騎士は、さっきまでの眉間のしわをまた増やし、俺のことをキッ! と睨みつけてきた。 「いきなりなにをするのです、シロウ! あと少しでブラウスのしわを殲滅できたというのに!」 「せ…………せんめつ?」 セイバーらしい言葉ではあるんだけど、日常的ではない言葉だ。猛々しいというか、雄々しいというか、そんな感じ。 彼女はまるで戦場にいる一部隊の将のごとき貫禄で、俺に確認をとる。 「アイロンがけというのは、しわを滅ぼすための作業なのでしょう」 「う〜〜ん……まあ、間違ってはいない、のかな……?」 「桜はそう言っていました。愛する家族のためを思い、しわを衣類からなくす作業だ、と。 ならば衣類とは戦場、いえ、我が領土と同じ。そこからしわという敵を全て追い払わないかぎり、平和な生活は戻ってこないのです。 領土の内に敵が一人でも残っていたら、どんな被害を受けるかわからない。その者は内偵を行うかもしれないし、領土へ放火を行うための者かもしれないのです。一人も自由にしておくわけにいかないのは当然でしょう」 「…………………………………………」 拳を握り締めて力説するセイバーに、返す言葉も思いつかない。 ……そういえば桜が言っていた。アイロンは自分が教えると。ライダーもできると言えば負けず嫌いのセイバーならきっと覚えると。 よくわからないが、そのへんの教え方でなんか行き違いがあったんだろう。ライダーの件で闘志を燃やしてたから戦闘と結びつけて覚えてしまったとか、桜の『しわっていうのは衣類の敵なんですよ』みたいなたとえ話をおおげさにとってしまったとか。 真面目で几帳面で敵に容赦のないセイバーは、しわという敵を滅ぼすためなら手段を選ばない戦法をとったのだ。仮に領土が多少の被害を受けても、敵を滅ぼすことには変えられないという。 ――――しかし実際には領土に被害が出るのは非常に困るわけで。というか、しわはそこまで目くじらをたてるような敵じゃない。 俺は自分のシャツを手にとり、アイロン台の上にのせる。 「セイバー。たしかにアイロンがけは、しわを衣類からなくすための作業だ」 「それは聞きました」 「でもな。それは敵を殲滅するためのものじゃない。 むしろ衣類を労るために、マッサージでしわという疲れをとってあげるのに近い」 「…………?」 セイバーが首をかしげる。 軽く実演してみせると、彼女はおお、と声をあげた。どうやらたとえ話の意味がわかったようだ。 「なるほど。先程までの私のやり方では、しわを殲滅できても衣類のためにならない。 アイロンとは衣類のためにする作業なのだから、しわを取るより衣類を労ることを考える。そういう事なのですね、シロウ」 「そうそう。理解してくれて助かるよ」 これでセイバーも正しいアイロンがけができるようになるだろう。 「では続きは私がやります。もう一度練習したいのです」 「ああ、じゃあ頼む」 シャツを渡すと、セイバーはさっき俺が見せたとおりに、衣類を労るよう丁寧にアイロンをかけ始めた。 その姿はまるで、愛しい子供の髪をなでる母親みたいな優しさだった。
「――――――!?」
「いや本当に、彼女は良い妻、良い母になるのであろうな。良妻賢母、まさに素晴らしい」
お題その15、「本日快晴」。しまった、今回あまりモエがない。 |