やたら照りつける太陽が、今日も暑くなることを伝えていた。
ひたすらに暑いこんな日は、できれば外出などしたくない。
そんなことを考えてしまうあたり、俺はもう若くないのだろうか。まだ20歳にもなってないのに。
「…………あづ」
思わずもれた自分の気持ちを耳にして、よけい憂鬱になった。当たり前の事を言って現状を認識してしまうと、もう現実逃避で逃げることすら許されない。
「シロウ、大丈夫ですか?」
前を歩いていたセイバーが俺を気遣い、歩調をゆるめて隣に並んでくれる。正直言ってありがたいが、同時に放っておいて欲しいとも思う。なぜならこんなに心配そうな顔で問われると、イヤでもやせ我慢しなくちゃならなくなるからだ。
しかしセイバーは本気で俺のことを心配してくれる。ならば、やっぱり意地でもやせ我慢するべきであって。
「大丈夫。普段鍛えてるんだから、これくらいどうってことない」
「そう。ならもうしばらく付き合ってもらえそうね。そろそろ3時だから休憩にしようと思ってたんだけど、おやつは買い物の後にしましょうか♪」
嬉しそうな声が前方から聞こえてくる。恨めしげに視線をやると、そこには相変わらず赤と黒で身をかためた、魔性の赤い眼と悪魔の黒いしっぽを持っててもちっとも驚かない、れっど・ざ・でびるが笑っていた。
…………ほらな。だからやせ我慢なんて、したくなかったんだ…………。
夏休み前の最後の休日。
昼食を食べてからまったりとくつろいでいたら、セイバーを連れた遠坂に「士郎もついでに来なさい!」と強引に連れ出された。
『ついで』で人を炎天下の中連れ出さないでほしいもんだが、そんな抵抗では一睨みされて終わりだろう。
かくしてバスに乗り、新都に到着した俺とセイバーは、遠坂さんの先導で新都巡りをしているわけである。
もっともあちこち歩かされてはいるが、道に迷っているわけではない。迷っているのはもっと別の事だ。
「う〜〜ん、やっぱりセイバーは白とか青のイメージがあるわよねー……。夏だから涼しげでいいんだけど。
でもせっかくだから、イメチェンしてみたいと思わない?」
「い、いめちぇん、ですか?」
「あ、このピンクのワンピース似合うかも。はい、これも試着してみてね」
遠坂はセイバーを着せ替え人形にして、ずっと服をとっかえひっかえして着せては遊んでいる。
キャスターが同じことをしようとすると一喝されるのに、なぜ遠坂だと積極的ではないにしろセイバーもつきあっているのだろう。
やはり動機と持ってくる服のデザインに大きな理由があるのかもしれない。
「凛。そろそろ良いのではありませんか? 貴女の見繕ってくれた衣装は、すでに10着を超えているはずです」
「まだまだ。女の子が服を持ちすぎて困るってことはないんだから。
夏服は生地も薄いし傷みやすいの。たくさん買っておいて損はないわ」
バスの中で説明されたところによると、なんでも遠坂はこの時期になるまで、今年の夏物を買っていなかった、とのことらしい。
今じゃもう品薄になってるから、1日でも早く行かなくちゃ、と息巻いていた。
それにしてもまだ夏に入ったばかりなのに、もう夏服が品薄になってるってのはどういうことだろう? 女の子のファッションの世界は実に不思議だ。
「しかしこれ以上は荷物として多すぎます。私ならばもう十分ですから――――」
「ダメよ。これっくらいでダウンしてちゃ絶対だめ。
セイバーはおしゃれに無頓着な分、士郎はそんなセイバーに気づいてあげられなかった分、ツケを払わなきゃならないの。今日は観念してしっかりわたしに付き合いなさい」
かくして遠坂は、自分の買い物のついでにセイバーを連れ出し、俺を荷物持ちに引っ張ってきたというわけだ。
まあ今の言葉通り、俺にはセイバーの夏服を気遣ってやれなかった罪がある。女の子の服はよくわからないのでつい後手に回ってしまったのは反省せねばなるまい。
こちらを気遣うように視線を投げるセイバーに、虚勢をはって笑いかける。
「俺にかまうな、セイバー。お前にも新しい服がなくちゃ困るだろ」
「ほら、士郎もああ言ってるんだし。次のお店に行ってみましょ」
「しかしシロウの格好は――――」
言われて改めて自分の格好を見下ろす。
……む。これまで買った店の袋を片手に4つずつでは、さすがに見た目からしてごまかせない。
なにせセイバーの服だけでも十数着は買ったというのに、たしか遠坂も5着くらい買っていたような。あいつはセイバーと違って去年の夏服もあるはずなのに、それでもまだ買い足すんだもんな。
俺ならちょっと無理すれば5着だけで今年の夏を乗り切れそうだが。ほんと、女の子の服は理解不能だ。
最初はセイバーも色とりどりの服やそれを試着することに面食らっていたようだが、だんだん楽しくなってきたみたいで、そのうち自分から希望の服をじっと見るようになっていた。女性にはきっとDNAの中に服に対する興味が刷り込まれているに違いない。
しかし今は大荷物を抱える俺を心配してるため、服選びに専念できないようだ。
遠坂もじっと俺を見つめるセイバーに根負けしたのか、
「はぁ……。わかったわよ。たしかにずいぶん買ったし、今日はあと一着で終わりにしましょ。
どうしても足りなかったら、また来ればいいんだから」
「って、まだ足りないのか!?」
「そりゃそうでしょ。本当ならこの倍くらい買ってもいいのよ」
あーあ、こんなことならアーチャーも連れてくれば良かった、なんてこぼす遠坂。
そのまま別の服を取るため、店の奥へ行ってしまった。
――――おそろしい。この上まだ荷物持ちがいるというのですか。
というか、なぜに遠坂がこき使うのは、ことごとく『衛宮士郎』なのだろう。アーチャーが働いて俺が疲れるわけではないのだが、なんとなく気分的にいいもんじゃない。
前世からの因縁か、それこそDNAに刷り込まれてるのか。まさしく『死んでも逃げられない』ってヤツだ。
「り、凛! これはちょっと、私には……!」
試着室の中から慌てたセイバーの声がする。さっき遠坂が、いわく今日はこれで終わりという服を持ってあそこに入っていったはずだが。
「大丈夫だいじょうぶ、似合ってるわよセイバー。これだけは今日中に選んでおかなくちゃ。夏休みに入ったら、いつ使うかわからないんだから」
「ならばもっと大人しいものがあるでしょう!? この仕様しかないことはあり得ません!」
「まあまあ。そんなに言うなら士郎に見せてみたら? きっと喜ぶわよ」
「なっ、このような姿をシロウに見せるなど……」
……………………。
あのー……どんな展開が繰り広げられてらっしゃるんだろーか?
試着室のカーテンはわさわさと揺れている。中でセイバーと遠坂が動いている証拠だ。
少し時間をおいて、ふいにカーテンが開かれる。
「あ、待って、凛――――!」
その先には。
――――――うあ。
「どう? 士郎。セイバーに似合うと思わない?」
「あ…………シロウ、これは、その…………」
「………………………………いや。
いいか悪いかで言ったら、いいに決まってる」
会心の出来だと笑みを見せる遠坂。恥ずかしそうに目を伏せるセイバー。
試着室から押し出されたのは、なんともきわどい水着姿のセイバーだった。
ワンピースではなくビキニタイプ。薄いブルーに白いラインが何本か入っただけの、シンプルなデザイン。その直線的なデザインがまた、セイバーの体の流線型を嫌が応にも意識させる。
しかも流行はとうに廃れたものの、いまだ男の本能を刺激するハイレグが、いつもよりすごく挑戦的だ。こんなデザインがまだあった事に驚くべきか、それを見つけ出した遠坂のいじめっ子手腕に驚くべきか。
前に着てた、白い清潔感のあるビキニ姿も良かったけど……これはこれでまた…………
「セイバー、良かったじゃない。衛宮くん気に入ったみたいよ」
「はあ…………しかし凛。私はこの格好で、シロウや貴女たちと泳ぎに行くのでしょうか?」
「ええ、もちろん。そのための水着じゃない」
「そうなのですが……あまり実用的ではないと言いますか、その」
セイバーがちらりと俺を見る。
遠坂もこっちに目を向けて、なぜか深いためいきをついた。
「あー…………そうね。やっぱりこれはやめよっか」
「はい。以前大河と買ってきた水着だけでも、私には十分です」
「え? なんだ、結局どうするんだ?」
この水着は買わないのか?
遠坂は、魔術講座でよく何度言っても俺が基本的な事を覚えられない時の、デキの悪いダメ生徒を見るときのような目で、
「衛宮くん。鼻の下、なんかついてるわよ」
「へ……?」
言われたままに腕でこすってみる。
腕にはケチャップみたいに真っ赤で粘性のある液体がベッタリとついていた。
…………まあ、その。きっと暑いからのぼせたんだ、うん。
深山町行きのバスが出発する。
休日の夕方だが、幸いにも人はそう多くない。俺たちは好きな場所に座ることができた。
二人がけの席には、俺とセイバー。そのすぐ前には遠坂と荷物が座っている。もちろん荷物は俺が家まで運ぶのだが。
夕日の光を背景に、遠坂が振り向く。
「今日は二人ともお疲れさま。いっぱい遊んだわね」
「ああ、びっくりするぐらいにな」
服を買った後は、遠坂に引きずられてウインドゥショッピングに付き合わされた。
休憩でおやつを食べるため、喫茶店にも入った。
ヴェルデのペットショップの動物が入ったガラスケースに張り付いて、セイバーが動かなくなった。
今日はそんな、当たり前の休日だったのだ。
「こんなにたくさん遊んだのは久しぶりよ。あー、楽しかった」
「久しぶり? 美綴とか蒔寺とかとは行かないのか?」
こいつにも数は少ないけど、友人がいるはずだが。
そう言うと、遠坂は小さく苦笑した。
「……そうね。一緒に買い物に行ったり、遊びに出かけたりすることはあるわ。
でもその二人とは、どこまでいっても距離を置かなきゃいけない。
わたしが魔術師である以上、友達・親友としては付き合えても、腹をわった関係は築けないの」
「そっか…………」
魔術は神秘であり、隠匿されるもの。正体を知られた魔術師は、相手を殺すことでしか自分を守れない。
遠坂ほどの魔術師なら、記憶操作なりなんなり他にも方法はあるのだろう。
しかしもしもそんな事態になってしまったら。きっと遠坂は、そいつと元のような関係ではいられない。
ならばどうしても、バレない程度の距離が必要になる。
「だからね。今日ぐらい遠慮のない日は貴重なのよ。
つい調子に乗りすぎて、くたびれちゃったわ」
ぐるん、と肩を回してみせる。それが遠坂なりの感謝の言葉だということは、さすがに俺もわかっていた。
「…………あ」
「ん?」
遠坂が俺の隣を見て、声をあげる。つられてそちらを見ると。
セイバーが、こっくりこっくりと船をこいでいた。
「疲れたのね。セイバーってば」
くすりと笑う遠坂。俺はセイバーの頭をそっと自分の肩にのせる。
深山町まで到着するのに10分もないはずだが、少しでもゆっくり寝かせてやりたい。
うつむいていた顔が俺の方を向く。その表情はとても気持ち良さそうで、穏やかなものだった。
「セイバーも久しぶり―――というより、初めてだったかもしれないな。こんなに遊んだのは」
「あら、それこそセイバーには士郎がいるんじゃないの?」
「俺じゃこんなに引き回せない。デートってのはもっとゆっくり楽しむもんだ」
……いつかのプールみたいなデートもあるにはあるが。
「はいはい、ごちそうさま」
遠坂は軽く肩をすくめる。そして嬉しげにセイバーを見た。
「セイバーも、今日は楽しんでくれたみたい」
「そりゃそうさ。初めて一対一の女の子として、腹をわって付き合える友人が一緒だったんだからな」
一瞬目を丸くして、それから鮮やかな笑みが遠坂の顔に広がる。
「ありがと。でもね、ちゃんと士郎もその中に入ってるってわかってる?」
「俺もか?」
「当たり前でしょ。わたしとセイバーだけでも楽しかったけど、士郎がいたからもっと楽しかったわ」
「…………そっか」
なら、いい。こんなに疲れたことも、無駄ではなかったんだろう。
肩に乗せたセイバーの頭が、口の中で何事か、幸せそうに呟いた。
バスは走る。俺たちを乗せて、深山町へ。
俺と遠坂は今日の余韻を楽しむようにセイバーの寝顔を見つめる。
セイバーは今日の楽しさを反芻するように安らかな顔で眠り続けた。
お題その20、「夏休みまであと3日」。
UBWグッド後設定のSSでよく見るのが、凛に引っ張りまわされる士郎とセイバーという構図。ステイナイトの凛デートイベントみたいな感じですね。
この構図、ジブンも好きなのですが、基本的に上記設定のSSでしか見ないのですよねー。でも別に、士剣設定でもいいジャン?と。
ジブンは起承転結で話を四部(以上の)構成にしたがるクセがあるので、話がやたら長くなるのだと気づいた今日この頃。このシリーズはそれを削るので、言いたいことを削られた気分です。むう。てか、ちゃんとした話でもっと書き込みたかった。
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