「――――、あ」
冬木大橋のたもとにある公園の近くを、セイバーと歩いていた時のこと。
いつもこの辺を根城にしている、子供軍団を発見した。
「トリスタン。皆も元気ですか?」
「あっ、セイバーだ!」
「おひさしぶりです、セイバーさん」
「なんだよ、彼氏とデート?」
セイバーが声をかけると、子供たちはこっちに駆け寄って、口々に生意気なあいさつをしてくる。
彼氏うんぬんのくだりでセイバーが慌て、「なっ、私とシロウがそういう関係に見えるのですか?」なんてちょっと嬉しそうに真っ赤な顔で言うもんだから、このネタでいっそうひやかされてしまった。……これはしばらくからかわれるな。
「と、ところで」
コホン、とひとつ咳払い。セイバーはやや強引に子供たちの囃したてを中断させ、
「皆は公園と逆方向に行くところのようでしたが、どこへ行くつもりだったのですか?」
からかいをそらすための無理矢理な話題転換。しかし子供たちはセイバーの思惑など関係なく、ただ問われたことに対してニッと笑い、
「「「秘密基地!!」」」
子供特有の笑顔で言い切った。
「ヒミツキチ……? それはいかなるものなのでしょう?」
「ダメだよ。教えない。秘密基地なんだから」
「女は仲間に入れてやんねーよ」
「じゃあなセイバー。またサッカーやる時は来いよー」
トリスタン少年たちはあっという間に元気よく走っていってしまった。
弾けるようなパワーが、うちの白いお姫さまにそっくりだ。無邪気ってのはいいもんだなあ。
などと俺がしみじみ年寄りの気分にひたっていると。
「シロウ…………」
ちょっと寂しそうなセイバーが俺の方へと振り向く。
「どうした? 元気ないぞ」
「私は、なぜ仲間外れにされたのでしょう。――もしかすると、彼らの気に障ることをなにか――」
「ああ――――」
さっきの『仲間に入れてやらない』発言を気にしていたのか。
たしかに女の子はよくわからないかもしれない。
「違うよ。男の子にとって、秘密基地は特別なんだ。だから女の子を入れたくないだけさ」
「………………?? それがよくわからないのですが。秘密基地、とはなんですか?」
そうだな。ひさしぶりだし。
「じゃあセイバーを俺たちの秘密基地に案内しよう」
深山町の奥深く。……といっても最奥を坂の上の穂群原学園とした時の、奥深く。
洋館の並ぶ通りを抜け、ひたすら坂を上っていく。
坂のいちばんてっぺんには、魔女が住むという幽霊屋敷。
…………これが遠坂邸だと知ったのは、ずいぶん後になってからの話だが。
幽霊屋敷を迂回して、森の中へ。途中の道を曲がって、さらに植生の濃いあたりへ入る。
この道をさらに奥へ進むと、もうひとつの幽霊屋敷があるので、決して近寄ってはいけない。
…………この屋敷って、バゼットが聖杯戦争の時に使ってた洋館の事だったんだな。最近知った。
「シロウ。バゼットが根城にしていた洋館へ向かうのではないのですか?」
隣を歩くセイバーが不思議そうに聞いてくる。まあ彼女の経験からすれば、この道のりを歩いていればあの館へ向かうと思うのも当然だろう。
「いや。たしかにこのあたりが目的地なんだけど、あそこじゃない」
「では――――」
話してるうちに、藪の中へ足を踏み入れる。
「シロウ!? どこへ――――!」
「心配するな。こっちでいいんだ」
獣道すら外れて藪をかき分ける俺を見てセイバーが驚きの声をあげる。
子供の頃は永遠に続くか、はたまた異世界への扉のように長く感じられた藪の中も、大人になった今ではほんの5、6mしかなかった。
セイバーが後をついてくるのを確認しながら、最後の小枝をよけて足を進める。
すると目の前に、懐かしい光景がひらけた。
「へえ…………すごいな。ほんとにまだ残ってるなんて」
思わず感嘆の声がもれる。
だが眼前の景色を見て感動する俺に、セイバーは納得できないようだった。
「…………? シロウ、これはなんですか?」
「だからこれが秘密基地だよ」
「これが、ですか?」
ほんの10m四方だけ木の生えていない、ぽっかりと空いたスペース。そこの端っこにこじんまりと、2枚のベニヤ板で作った屋根を2本の角材で作った柱が支えている。
およそ建物とは呼べないそんな物体を、彼女は不思議なものを見る目で見つめていた。
「基地というからには、もっと立派なものを想像していましたが…………」
「まあ手入れされなくなって何年も経ってるから。勘弁してくれ」
もっともあの頃だって、せいぜいベニヤ板と柱がもう1つずつ多かったぐらいだが。
よっ、と身をかがめてベニヤ板の屋根の下に座る。セイバーも俺の隣に腰をおろした。
屋根はもちろん、後ろの崖と周囲の木々が陰になり、そこは意外なほど涼しい。暑い陽射しの中を歩いた体には有り難かった。スウッと汗が引いていく。
「これでも子供の秘密基地にしては立派なもんだぞ。中にはなんにも手を加えないとこだってあるぐらいなんだから」
「はあ…………それのどこが基地なのでしょう?」
「うーん。そう言われてみればそうだな」
しかし秘密基地の醍醐味は、いかに立派な建物を作るかではない。もちろんそれも楽しみのひとつではあるんだけど。
「でも秘密基地っていうのは、他の誰にも秘密なことが何より大事なんだ」
「秘密…………ですか。そんなに良いものなのでしょうか」
女の子には良くわからないのだろうか。セイバーは首をひねり続けている。
「うーん……そうだな。ちょっと感覚が違うけど、ここを俺とセイバーしか知らない場所って考えてみるとわかるかもしれない。なんだか特別なとこにいる気がしないか?」
「私とシロウしか知らない場所…………」
セイバーはきょろきょろと辺りを見回し、それから頭上の屋根板を見た。
そして隣の俺を見て――――
ゆっくり、俺の肩に頭をあずける。
「…………そうですね。たしかに少しドキドキします」
肩にかかる心地よい重さに、俺の心拍数も上がる。
そのドキドキを誤魔化すかのように、説明を続けた。
「――――――えーと。
だから、男の子にとって秘密基地っていうのは特別なものなんだ。仲間と共有するものだから。
んで、そうなるとメンバーを厳選するから、女の子ってのはそれだけで仲間外れになる」
「……む。なんだかそれは失礼です」
「そうだな。まああの年頃は、男女分かれて遊ぶことが多いし」
女の子と遊ぶだけで軟弱なヤツとからかわれることもあるのだ。いくらトリスタン少年たちと仲の良いセイバーでも、女の子を秘密基地に入れるわけにはいかないのだろう。
男女の差別は良くないが、その気持ちだけはなんとなくわかる。
「シロウも子供の頃はそうだったのですか?」
「たしか…………この秘密基地に関してはそうだったような気がする」
公園で知り合った、仲の良い少年数人と協力して作り上げた秘密基地は、女人禁制どころか他の少年たちにも秘密で。
そうそう、俺の仲間には個性の強いやつが多かったっけ。一番年下なのに一番体の大きいやつとか。やたら声のデカいやつとか。金髪の外国人なんてのもいた。
こっそりおやつを持ち合ったり、ヒーローごっこをして遊んだもんだった。
「懐かしいな」
うん、思い出すとどんどん懐かしくなってくる。
「シロウには思い出の多い場所なのですね」
いつの間にかセイバーも、慈しむような目でこちらを見ていた。なんとなく母親か姉に見守られているような気がして気恥ずかしい。
「しかしそんなに大切な場所に、女である私が入っても良いものなのでしょうか……」
「構わないだろ。もうここも秘密基地じゃないからな」
子供たちの寄りつかなくなった秘密基地は、ただの空き地だ。
「それにあの頃も、全く女の子が来なかったわけじゃない。いつだったか、女の子の襲撃を受けたこともあったし」
「少女たちが? 襲撃をするのですか?」
「あのくらいの年代は男女を意識しだすから分かれて遊ぶけど、実際にはそんなに大きな違いはないんだ」
おてんばな女の子集団は、男の子顔負けのパワーを見せることがある。
一度だけ、悪魔のような少女指揮官に扇動された数人の女子が、俺たちの秘密基地に面白半分で襲撃をかけたこともあった。
「すごかったぞ。リーダーがクンフー使いだったんだ」
「くんふー?」
「実際は違うかもしれないけど、当時はそう見えた。あんまり武術の型なんて知らなかったし」
その少女は圧倒的な強さで男子を蹴散らしたもんだった。
襲撃の結果は覚えていない。記憶に残らない程度だから、たぶん互いに痛み分けだったんだろう。
でも当時の少女に対する衝撃はしっかり覚えている。
そんな話をしてるうちに、気が付いた。
セイバーの笑顔の中に。
ほんの少しだけ、寂しそうな色がまざっている。
「…………セイバー?」
「…………羨ましいですね。
その頃シロウと遊んだ友人たちは、シロウの子供時代を知っている。
子供時代の思い出は特別なものです。その頃のシロウは彼らのものだと思うと……ほんの少しだけ羨ましく思います。
私もこの時代のこの街に生まれていれば、シロウと子供時代を共有できたのでしょうか」
そう呟いて、彼女はわずかに膝をかかえる。
――――言われて、少しだけ夢想した。
子供のセイバー率いる少女軍団に襲撃される、俺たち少年集団を。
「そりゃあ…………勝てる気がしないな」
「は? 何の話ですか?」
「なんでもない。でもさセイバー」
珍しく弱気な彼女の肩を、抱き寄せる。
「子供の頃には間に合わなかったけど、今は俺たちがこうして一緒にいるんだ。
だったら、これから先の俺の時間はセイバーのものだよ」
ヤキモチやいてくれるのは嬉しいけど、そんな寂しそうな顔をしてほしくない。
セイバーは答えないまま、猫みたいに頭をすりよせることで応答した。
二人とも無言になった分、木陰の葉ずれの音がやけに耳に届く。
その時。
がざ。がざざざざざっ!
「「!?」」
突然の音に固まった。
目の前――――さっき俺たちが通ってきた藪が揺れている。
まさかここを知る人間がめったにいるとも思えない。野犬か。深山町にそうそう野犬なんていないはずだが。
戦いを知っている者として、反射的に2人とも身構える。
直後、藪を揺らしていた相手が姿を現した。
「あれ? お兄さんにセイバーさん。こんなところで何してるんですか?」
「「え…………?」」
気さくに声をかけてきたのは、金髪赤眼の少年。
冬木市でこのカラーリングを持つ人物は1人しかいない。今日は子供の方の英雄王。
彼の後ろにはさっきのトリスタン少年たちがついてきている。
「あれー、なんだセイバーじゃん」
「ギル、ここ新しい秘密基地じゃなかったのかよー?」
「ああ、ごめんね。先客がいたみたいだ」
子供たちは口々に文句を言っている。なんなんだいったい。
「おい。なんの騒ぎなんだよ?」
「実は彼らにこの場所の話をしたら、新しい秘密基地だってはりきっちゃって。僕もまさかお兄さんたちが秘密のデートに使ってるなんて思わなかったから案内してきちゃったんですよ」
いや、別に秘密ってわけじゃ。
でもなんでコイツがこの場所を知っているのだろう?
「ギルガメッシュ。貴方はここのことを知っていたのですか?」
「ええ、よく知ってますよ。
……それにしても嬉しいなあ。まだ覚えててくれたんですね」
子ギルはセイバーの質問に答え、途中から本当に嬉しそうな笑顔を俺に向けた。…………俺に?
「へ?」
間抜けな声をもらした俺を、やつは今度はにまりとチェシャ猫のように笑い、
「せっかくだから、久しぶりに今度は凛ちゃんも連れてきて一緒に遊ぼうね、士郎くん(」
「…………は?」
コイツ。
今ナンテ言ッタ???
「じゃ、お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ」
子ギルは子供たちをうながして、元来た道を戻ってゆく。わずかに漏れ聞こえる会話からすると、どうやら別の秘密基地候補に案内すると言ってるらしい。――いくつ候補地を知ってるんだ、あいつは。
「…………シロウ」
「…………なんだセイバー」
「シロウが幼少の頃に遊んだ友人ですが――――もう一度、特徴を言っていただけますか?」
「――――――――すまん。覚えてたけど、忘れたことにさせてくれ」
「そうですね――――それが賢明です」
美しい思い出は、美しいまま取っておきたい。
今の人外魔境の住人たちに振り回される日々も嫌いじゃないけど。
それとは別に、普通の思い出は普通のままにしておきたいと心の底から願うのだった。
お題その21、「木陰の秘密基地」。
ホロゥクリア後、サイマテを読んでたら「ギルガメッシュは第四次と第五次の間、周囲との摩擦を防ぐため宝具で姿と性格を変えていた」という部分を見つけまして。初見ではどういうことかよくわからなかったんですが、クリア後の今は、ああ、これはもしや子ギルのことかー、と。
ならば子ギルが子士郎や子凛と遊んだ可能性も否定できないと妄想してみる夜八時。いつかこれで1本書いてみたい。
ちなみに一カ所、プロポーズくさいセリフがあるのはうちの仕様です(笑)
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