暑い日には冷たい食事で食欲増進。
 こういう文化を作ってくれたあたり先人の偉業には素直に感謝したくなる。
「というわけで、今日のお昼は冷や麦だ。たくさんおかわりあるからな」
 食卓の中央に大きなガラスの器を置きつつ、食客たちに宣言する。食器はつゆの器と共に、雷画じーさんからもらった青の江戸切子。見ているだけで涼を感じさせる、伝統工芸の逸品だ。
 そこに氷水と一緒に入れられた冷や麦はいい具合に冷え、器と相まってさらに涼しげな印象を植えつける。
 もちろん冷や麦だけだと味が単調になるので、箸休めに玉子焼きや芋の煮っ転がしなど、簡単につまめる料理を用意する。
 皆に喜んでもらえるだろうと思っていた料理は、しかし。
「えー、なにコレ?」
「麺類、のようですが……汁が薄すぎませんか? 透明にしか見えません」
「シロウの作るものです。外れはない、と私は信じています。…………おそらく
 日本の食文化に詳しくない人達には不評のようだ。
 難しそうな顔で冷や麦を睨みつける、有り体にいえば不満たらたらな顔のイリヤ、ライダー、セイバーはいかにも不審げな感想を漏らした。
 そんな彼女たちに藤ねえが胸を張って説明を始める。
「ありゃ、3人とも冷や麦を知らないの?
 日本の夏の風物詩なのよ。この時期にお世話になった人へ送る贈り物をお中元っていってね、その代表がこの冷や麦やそうめん、あとカルピスなんだから」
 いや、そのお中元ラインナップは偏見だろう。たしかにそういうイメージはあるが。
 えっへん、とイバる音が聞こえてきそうなほど得意げな藤ねえ。普段の言動は信用のおけない――というか本気にとってもらえない人なのにこういう時だけ妙に説得力があるから不思議だ。3人もぽかんとしながら、しかし素直にその言葉を受け止めていた。
 まして横では遠坂と桜が当たり前の顔でメンつゆを用意して、食事開始の合図を待っている。
 ここまでくれば3人も疑う事なく食べる準備にとりかかった。遠坂たちの見よう見まねでメンつゆを注ぐ。俺も食卓についた。
「それじゃ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
 皆の声が唱和する。色とりどりの箸がいっせいに冷や麦めがけ伸びた。
 俺も遅ればせながら自分の器にメンつゆを注ぐ。
「そういえば、イリヤとかこういうみんなでつつく食事は大丈夫なのか?」
 一応聞いておく。上流階級の人の中には、皆で同じ皿から取り分けもせず物を食べたり、誰が使ったかわからない客用食器に嫌悪感を示す人もいると聞いたことがあるからだ。
 食器は心配してないがイリヤの前に大皿から直接食べる食事を出すのは初めてだったような気がする。
 俺の問いかけにイリヤはニッコリ笑って、
「もちろんよ。セラあたりはうるさいけど、こういうものはみんなで同じ物を一緒に食べるのがむしろ良いんでしょ?」
 そう言って上流階級らしからぬ音をたててメンをすする。―――よくわかってるな、イリヤ。
 セイバーとライダーに目をやると、2人も首を縦にふった。遠坂にいたっては話題を気にかけてすらいない。昔から衛宮邸で食事をしている桜と藤ねえにいたっては言うにおよばずだ。
 つゆにつけて食べるタイプのメンが、セイバーとライダーには珍しいのだろう。2人は他の人たちの食べ方を見ながら、おそるおそるメンを口に運ぶ。
 つるるっ、とメンが喉越しよく流れていくと、セイバーとライダーの顔色が変わった。
 ライダーは満足げに眼鏡を指でなおし、
「なるほど、冷たい麺というのは初めて口にしましたが、なかなか良いものです。
 食欲の減退する夏場にはぴったりの食事ですね」
 セイバーの方はといえば、こくこくこくと一生懸命うなずきながら無言でメンをすすっている。この一心不乱な姿を見れば感想を聞く必要などないだろう。
 俺もメンを取ろうとした時、隣からセイバーが声をかけてきた。
「シロウ。あの色のついた麺は何ですか?」
「ああ、あれか?」
 セイバーの示す先には、白いメンの中に混じる、1本のピンク色のメン。
「あれはふつうの麺に着色料で色をつけてあるんだ。ほら、白いのばっかりだとつまらないだろ。
 まあ一種の箸休めみたいなもんかな」
「ほう。飽きさせないための工夫なのですね。いつも思うことですが、この国の食文化は素晴らしい」
 ふむふむと納得して頷くセイバー。その目には色つきのメンを食べる気力がまんまんにみなぎっていた。
 では早速、とばかりに彼女が箸を伸ばした時。
 するり。
 目の前で色つきメンが他の箸に略奪される。
「わーい、ピンク麺もーらった!」
 ―――藤ねえ。いい大人が色つきメンをゲットして喜ぶな。弟として恥ずかしい。
 セイバーは固まったまま藤ねえの口に色つきメンが消えてゆくのを見つめていた。メンが完全に姿を消すと、敗北感からかガクンと首がうなだれる。
「ま、待てセイバー。おかわりたくさんあるから。な?」
 その中に色つきメンも何本もある。チャンスはまだ潰えたわけじゃない。
「……そうですね。その通りですシロウ。
 私は負けない。さあ、次を持ってきてください!」
 勇ましく宣言するセイバー。食卓で箸を握りしめながらっていうのはアレだけど、気概はまさに戦場を駆ける英雄のものだった。



 するり。
「あ、わたしももらうわね」
 つつつっ。
「ごめんなさいセイバーさん」
 すいっ。
「おっと失礼。取ってしまいましたか」
 しゅるん。
「みんなが取るなら、わたしもとらなきゃね♪」
 ぶっちん。
「なぜ皆で邪魔をするのですか!?」

 あ。セイバーが切れた。
 藤ねえだけでなく遠坂、桜、ライダー、イリヤにまで色つきメンを奪われ、セイバーは完全にご立腹だ。無理もない。
 それというのも、俺が新しくメンを追加するたびに。
「なあセイバー。どうして色つき麺を最初に取らないんだ?」
「箸休めの食材に最初から手をつけるなど言語道断です。彩りもすぐ消えてしまいます。それでは意味がない」
 だからいつもワンテンポ遅れて、目の前で他人に奪われるわけか。
 ―――で、結局。
「あ〜、おいしかった。ごちそうさまー」
「先輩、先に洗いもの始めちゃいますね」
 セイバーは色つきメンを一本も食べられなかった。他の面々はもう食事を終えている。
 彼女はまだごちそうさまのあいさつをせず、じっと屈辱にうちふるえているようだった。
 今回は食事に関する事というだけでなく、みんながよってたかってセイバーに色つきメンを食べさせまいと意地悪をしたのだ。彼女の負けず嫌いのプライドはもはや爆発寸前といえる。
 遠坂とライダーがそれを横目にひそひそ話を始めた。
「……ちょっとマズかったかしら? あれ」
「どうやらからかいすぎたようですね。堪忍袋の緒が切れてエクスカリバられでもしたら―――」
「こんな事でそのようなことはしません!!!」
 がーっと吠えるセイバー。だがその迫力は今にもエクスカリバるんじゃないかってぐらい壮絶なものだった。
 遠坂が台所にいる俺の方へ避難してくる。
「ちょっと衛宮くん、あれなんとかし…………」
 そして言いかけた言葉が、俺の手元を見て止まった。
「――なんだ。貴方も人が悪いわね」
「む。別に意地悪したり隠したりしてたわけじゃないぞ」
 ただ単にこういうタイミングになってしまっただけで。
「はいはい、わかってるわよ。じゃあ早くそれ、持ってってあげてね」
 事態の解決を確信したのか。遠坂は肩で風切り、さっさと部屋へ引き上げてしまった。
 その背中を少しだけ見送り、手元の物を皿に盛って居間に引き返す。
 食卓ではまだセイバーがショックから抜けきらないまま座っていた。
「はい、セイバー」
「え…………?」
 俺が目の前に差し出したものを見て、セイバーの目が丸くなる。
 青い皿に盛られた白い冷や麦。もちろんピンクのメンも一本だけだが入っている。
「ほかのみんなは食べ終わったみたいだから、最後の一杯は俺とセイバーだけだな」
 別にわざとのんびり食べていたわけじゃない。メンの追加を持ってきたり、メンつゆを作り足したりしていると、どうしても自分の食べるペースが遅くなる。
 そんなわけで俺の分を確保しておいたのだが、まさかこんな形になるとは思わなかった。
「しっ、しかしこれはもしやシロウの……」
「いいからいいから。ほら、早く食べないとぬるくなるぞ」
「……………………」
 なにか言いたげなセイバーの言葉を制し、食卓につく。今の腹具合は五分といったところだからこれだけあれば足りるだろう。
 セイバーと2人ゆっくりメンをすする。
 ―――が、どうしたことか、彼女はなかなか色つきメンに手を出そうとしない。
「――――――――」
 俺とでは勝負にならない――いや、俺が勝負の前に引くことを知っているのか。セイバーは時に葛藤してるみたいな表情を見せ、時に遠慮するような視線を送ってくる。
 そんな水くさい視線はあえて無視し、色つきメンをよけて食べ続け、ほとんどがなくなった頃。
「〜〜〜〜〜〜」
 セイバーは観念したように、頬を染めてようやく色つきメンを自らの箸にからませたのだった。






 お題その22、「冷や麦早食い競争」。鏡花さん冷や麦とそうめんの違いがわかりません。太さが違うだけってホント?
 士郎は衛宮邸のお母さんなので、きっと食べ終わるのは一番最後ではないかなとか想像してみる。
 ぶっちゃけ今回難産でしたわーー。思い付かないオチをラブで無理やりつけようとしたら、士郎がオトナすぎてセイバーが乙女すぎました。がふ。(吐血&切腹)
 一度ちゃんとニュートラルな2人に戻さなきゃいかんのココロ。




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