※前回のお題「浴衣でデート。」の続きです。





 細くてほんのりあたたかい足から、そっと手を離す。
「終わったぞ、セイバー」
「ありがとうございます」
 セイバーが慣れない下駄で作ってしまった靴ずれは、家に帰り着く頃には血も止まっていた。一安心だが、念のため消毒と簡単な薬をつけて、新しいばんそうこうを貼り直しておく。
 セイバーが治療の終わった足をひっこめたのとほぼ同時に。
 ――――どぉぉぅん!
 大きな破裂音が家中に響き渡った。
 時計を見ると午後9時前。そろそろ祭りのラストをしめる花火も終わりの時間だから、今のが最後の一発だったんだろう。
 顔を正面に戻すと、セイバーは居心地悪そうに身を縮めていた。
 それを見て俺は思わず、
「…………ぷっ」
「シ、シロウ!? 人の顔を見て笑うとは無礼な!!」
 がぁん! なんて擬音が似合いそうな顔でショックを受け、怒るセイバー。
「ごっ、ごめ……くくっ……ほん…………っ…………」
 笑ってしまって悪い、と思うのはホントのことなんだが。
 どうしても笑いをこらえきれなかった。
 その理由は、つい先ほど、靴擦れを作ったセイバーを抱えての帰り道。


『――――!』
 何の前触れもなく、セイバーが突然俺の腕から飛び降りたのには、さすがに驚いた。
『セイバー? 大人しくしてろって言っただろ』
『シロウ。そのようなことを言っている場合ではありません。争いの気配がします』
『なっ…………!?』
 この一言にはもっと驚かされた。慌てて周囲を見渡すも、戦いどころかネコのケンカの気配すら俺には感じられない。
 けれど彼女が断言することに間違いはないだろう。声をひそめて問いかけた。
『―――どこでだ?』
『先ほど、銃声が聞こえました。切嗣が聖杯戦争でよく使っていたので音を覚えています。
 今の音は似ていたけれどそれより低い。おそらく彼が使っていたものよりさらに大きな銃なのでしょう』
『…………銃声…………?』
 耳を澄ます。おかしい。いくらなんでもそれなら俺にだって聞こえそうな。
 ――――どぉん!
 どこかから、破裂音が耳に届く。
 と同時にセイバーが、さらに警戒心を強めて俺を自分の背中にかばった。
 ………………あー、ちょっと待った。
『セイバー。あれ』
『! 敵を見つけたのですか!?』
 そして俺の指差した先で、夜空に開く大輪の火の花を目撃した彼女は。
 こぼれ落ちそうなほどに大きく大きく瞳を開き。
『なっっっ――――――――!
 あ、あ、あれはなんの天変地異ですか――――――――!!?』


 ―――なんでも、花火という知識は人づてに聞いたことがあっても、見るのは初めてだったらしい。頭から知識を引っ張り出すより先に見た目で圧倒されてしまったとか。
「………………………………ぷくくっ」
 ダメだ、思い出しただけで。
 と、突然全身に吹き付ける、強烈な風を感じて我に返った。
 その源はかの不可視の聖剣。
 にたぁ、なんて擬音が似合いそうな邪悪な笑みを浮かべたセイバーが、
「――――シロウ。
 手当てしていただいたおかげで、足の痛みはずいぶん楽になりました。
 つきましては、回復のほどをお見せすべきだと思うのですが、いかがでしょう?」



















 ……それから三十分後。
 よく知った声で『タイガーど』と聞こえたところで無理やり意識を浮上させると、いつのまにかちょっぴりボロボロになった俺が居間に寝かされていた。
 枕代わりになってた座布団から頭をあげると、セイバーは素知らぬ顔で持ち帰った焼きそばをすすっていた。そういえば俺も小腹が減った気がするが、さすがに食事中の猛獣からエサを奪うほど命知らずにはなれない。
「あー…………うまいか、セイバー?」
「当然です。これもシロウの作ったものですから。貴方の料理が雑だった試しがない」
 怒ったように装っているけど、美味しいものを食べてる時特有の幸せオーラがここまで漂ってきていた。どうやら俺を叩きのめし、焼きそばをひとりじめしたことで気は晴れたらしい。
 それは幸いだが、やはり笑ってしまった謝罪はしなければならないだろう。
「そうか。じゃあ、食べ終わったらちょっとつきあってくれないか?」
「シロウ。まだ叩かれ足りないのですか?」
 きょとん、とした顔で、恐ろしいことを言うセイバー。
「…………いや、そっちじゃなくて。
 花火を見せられなかったお詫びに、ちょっとでも気分を味わってもらおうかと思ってさ」




 セイバーが焼きそばを食べ終わり、お茶を楽しんだ後。
 俺はひたすら首をひねりながら、それでも庭に出る。
 頭の中を占めるのは、ただひとつのことだけだった。
「おかしいな。たしかに買っておいたはずなんだけど…………」
「何をですか?」
「いやな――――」
 彼女が間食中に探してたものが、どうしても見つからなかったのである。
 夏のどこかに皆で楽しもうと思い、コンビニで買ってしまっておいたはずだったのに。
「ごめん。実はセイバーに花火をやらせてやろうと思ったんだけど」
「花火――先程と同じものを?」
「いや、さっきのよりずいぶん小さいヤツ。手に持ったりして、間近で見れるんだ」
 市販だけど家族パックでかなり大きめのものを買い込んでいたのだが――――
「どこか行っちゃったみたいで、見つからないんだ。ほんと、ごめん」
「謝らないでください。心当たりがないということは、シロウのせいではないのでしょう」
「それで、こんなのしか残ってなかったんだけど」
 手に持っていたものをセイバーに見せる。
 他の花火と別のセットとして買った、数本の線香花火。
 なぜかこれだけ、花火を保管していた場所に残っていたのだった。
「これも花火なのですね」
「ああ。これはこれで風情がある」
 しかしせっかく花火を見せようと意気込んでいたところとしては、少し寂しい。
 それでもないよりはマシだろうと、庭に出たわけなのだが。
 水の入ったバケツと、火をつけるためのろうそくを近くに置き、マッチでろうそくに火を――――

 ――――シュワワワワワ

「なっっ!?」
 いきなりシャワーのような音がして、視界の一部に色鮮やかな火花が飛ぶ。
 今しようとしていたことも合わせ、的確にその正体を判断すると、考えるより先に体が動いた。
 反射的に横へ跳ぶと、さっきまで俺がいたところ目がけて、赤や緑の炎が大量に吹き出している。
 衛宮士郎放火事件を引き起こそうとしていた犯人に向けて大声で怒鳴りつけた。
「藤ねえ! 花火は一度に火をつけるなとか人に向けるなとか小学生の時に教わらなかったのかこのダメ教師!!」
 5、6本の花火をまとめてこっちに向けてる藤ねえは、なぜか当然の抗議にむくれた顔を返してきた。
 よく見ると、藤ねえの隣にいたイリヤも同じような表情をしている。
「ふーんだ。士郎が悪いのよ? ちゃんとイリヤちゃんが一緒に花火見ようって誘ったのに、わたしたち置いて帰っちゃうんだもん」
「あ…………そういえば」
 忘れてた。そんなこと言われてたっけ。
「悪かった。実はだな―――」
「知ってるわ。セイバーを抱っこして帰ったのよね?」
 イリヤは子供っぽい拗ね顔から一転、にやりと悪魔の笑みを見せ、
「人気のないところへセイバーをお姫さま抱っこで連れ込んで消えていったって証言を入手してるわ。言い逃れは不可能よ」
「な…………!?
 なんで知ってるんだ!?」
「アインツベルンの情報網をナメちゃダメよシロウ。その気になれば今日のクズキのパンツの色までわかるんだから」
 誰が欲しがるんだそんな情報。というか入手するともれなくキャスターに消し炭にされそうな気が。
 じゃなくて、人気のない道を選んだのは、誰かに見られるのを嫌がったセイバーのためであり。決してやましいことをするためではない。
 しかし藤ねえはやたら重々しく頷いている。
「これはもう教育的指導が必要よねイリヤちゃん」
「ええ教育的指導が必要ねタイガ。そんなわけで覚悟してねシロウ」
 言って二人は何かの構えをとる。む、来る気か。
 油断はできない。なにしろ相手は白いこあくまと野性のトラだ。どんな恐ろしい手でくるか…………

 ――――シュワワワワワ

 正面ばかりに気を配っていたせいで、背後からの音の感知と理解が一瞬ずつ遅れた。
 その一瞬の間に、耐えがたい熱が赤や緑の色鮮やかな火花と共に全身を駆け巡り、
「あづあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「シロウ!」
 セイバーが悲鳴のように叫んで駆け寄ってくる。それを視界に認めるのとほぼ同時で、俺は全身に降り注ぐ火から逃れるため無様に転げ回った。
 幸いにも火は追ってこない。少し離れた場所で熱が冷めると、急いで暴挙の相手を睨み付ける。
 人に頭の上から火をつけたっていうのに、表情ひとつ変えることなく冷静かつ少しだけ俺の無様さを蔑んでいるかのような、白いメイドの顔がそこにはあった。
「セラ! いきなりなにを!!」
 良い子がマネしたらどうするんだ!
「なんのことでしょう。私はただ、フジムラ様と同じ使い方をしてみただけですが」
 平然と返してくるセラ。あの顔は間違いなく、それが誤った使い方だと知っていてやった顔だ。
「それにエミヤ様はバーサーカーに腹を斬られても翌日にはきれいに治るほどの回復力の持ち主だと聞いております。ならば全身火だるまになるくらい、どうということはないでしょう」
「あるわっっ! というかその回復力は聖杯戦争の時だけだ! 今の俺にセイバーの鞘はないっっ!」
「…………では、お嬢様のご意向に従い、教育的指導を続けます」
 再びセラは花火を向けてくる。くそ、聞く耳持たずっていうか完全無視か!
 セイバーも行動に迷っていたが、俺が再び逃げ回る姿を見て心を決めたらしい。怒りをたたえた瞳でセラを睨みつける。
「シロウ! くっ、セラ、シロウに害なすというのであれば貴女とて容赦はしません!」
「だめ。ケガ人は大人しくしないと」
「!?」
 ――――いつのまにかセイバーの背後まで忍び寄っていた、もうひとつの白い影。
 影は彼女に抵抗する隙すら与えず、その身を一気に持ち上げる。
 さっきまで自分がやっていたからよくわかる。あれはお姫さま抱っこだ。
「なっ……!? リーゼリット! 何をするのです!」
「ほーら、ケガ人は抱っこ抱っこ」
「離しなさい! もうケガは治っています!」
 セイバーはリズから離れようと奮戦するが、すでに抱きかかえられ不自然な体勢ではうまく力が入らないようだ。もっと力を入れれば逃げられるだろうが、そうするとリズを突き飛ばしてしまうかもしれない。
 となると手加減しなければならないのだが、リズの腕力は俺なんかの比ではない。加減などしては振り解くことができないのだ。
 さすがアインツベルンの戦闘特化型ホムンクルスは伊達じゃない。
 セイバーが逃げられないのをいいことに、あやしているつもりなのか、リズは回転を始めた。……その、フィギュアスケーターに劣らないぐらいのスピードで。
「ほーら、ぐるぐるぐる〜〜」
「やっ、やめなさい、リーゼリット……! 目が、目が…………!」







「………………ひどい目にあいました」
「は、はは…………」
 憮然とした顔でつぶやかれるセイバーのグチに、苦笑しか出てこない。
 結局セイバーは目を回し気分が悪くなるまでリズに地獄回転を続けられ。
 俺はセラの体力と花火が尽きるまで腹黒メイドに追いかけ回された。
 幸いにもセラに比べれば俺の方が、瞬発力・持久力ともに上だったから、花火攻撃を浴びることはなかったけど。えんえん追い続けられるのは精神的によろしくない。
 しかも面白がったイリヤに応援されると、セラはがぜん張りきり、時には身の危険を感じるぐらいスピードアップするんだからまいった。
 遊び疲れた――いや、俺とセイバーが疲れ、藤ねえやイリヤたちは十分遊んで満足した頃、四人は意気揚々と引き上げていったのだ。なんとなく彼女たちの背中に『大漁』とか『凱旋』なんて言葉が浮かんだように見えたのは、錯覚だったのだろうか。
 ぽつんと真っ暗な庭に残された俺たち二人。祭りは本当に終わったのだろう、賑やかどころが帰って、独特の物寂しい雰囲気だけが残った。
 ―――まあ、まだセイバーは騒ぎの余韻より、疲れの余韻に浸っているみたいだけど。
「じゃあ改めて。セイバー、線香花火しようか」
「はあ……シロウがそう言うのでしたら」
 あれだけ花火で騒いだのにまだやるのか? とでも思っているのかもしれない。素直にうなずいてくれはしたが、乗り気でないのは見てとれた。
 けど線香花火の醍醐味は、この騒ぎの後にやる事にある。
 あの面々にとっては地味すぎる花火だったためか、線香花火は手つかずで残っていた。ずいぶん短くなったろうそくから火をもらうと、オレンジ色の小さな火花がパチパチと花開いた。
「シロウ――――これも花火なのですか。先ほどまでのものと違って、ずいぶん愛らしい」
「ああ。線香花火は一番小さい花火なんだ」
 記録で最小の花火、というのはまた別にあるんだろうが、認識的には間違ってないはずである。
 セイバーは魅入られたように線香花火を見ている。無言で差し出すと、やはり無言で受け取った。
 もう一本出して火をつける。小さな火花は二つになっても勢いが増すことはなく、そっと静かに風情を増した。
「――――――――」
 ほっと力の抜けた、安堵の表情で線香花火を見つめるセイバー。優しげな顔がオレンジ色の光に照らされる。
 線香花火を見るのもいいけど、こんなセイバーの顔を見るのもまた余韻を感じさせていい。
 しばらく彼女を見ていると、ふいにセイバーは口を開いた。
「シロウが改めてこの花火をしたい、と言った気持ちがわかりました。たしかにこれは最後を締めくくるのにふさわしい」
「線香花火の良さがわかるようになったら、セイバーも立派にこの国の住人だな」
「はい。このように静かな方が私の好みです」
 にっこりと笑顔を見せるセイバー。その顔がふと少しだけ歪み、
「……なのになぜ、先ほどの大きな花火は最も派手なものが最後に来たのでしょう。この花火とは方向性が全く逆のような……」
「うーん、花火大会の花火は派手な方が喜ばれるからなあ」
 打ち上げ花火は派手なものを見るためにあるのだ。
「あれはあれでいいと思うけど。来年の花火大会は初めっから見てみないか?」
 思い付いて誘ってみると、セイバーの眉の角度が大きくなった。
「――――考えさせてください。悪いものではないと思うのですが、あの花火はなぜか英雄王を連想させます」
「あー……そうかもな……」
 なんとなく十尺玉とかスターマインとかを高笑いしながら見てそうなイメージだ。
 噂をして影が現れたらイヤなので、不吉な想像は打ち消した。


 セイバーは引き続き、線香花火の控えめで儚い光を見つめている。
 来年の花火大会はもう一度その頃に誘うとして。
 今はセイバーと二人、祭りの終わりと線香花火を味わおうと思った。






 お題その25、「線香花火」。
 はい、そんなわけで藤ねえとイリヤと交わした約束を破ると怖いよ、の話(笑)前作でやたら前フリ長くなるくせにこの2人を出したのは、そんな意味もあったのでした。
 士剣的、もとい試験的にメイドコンビを出してみる。セラは凛以上の身体的ツッコミ(士郎限定)が許されるキャラなので、もっと積極的に使ってみたいと思い立った今日この頃。




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