「食欲の秋? なんですかそれは」
 不思議そうな顔で、ライダーに問い返すセイバー。そんな彼女を見て、ライダーはお茶を一口すすった。
「この国では、秋は色々な事を行うのにふさわしい季節と言われています。そうですよね士郎?」
「ああ、そうだな。ライダーならさしずめ読書の秋だろ。あとはスポーツの秋。それから―――」
「―――セイバーなら、食欲の秋、ですね」
 俺が言いづらくて適当に濁した言葉の後を、ライダーがズバリと継いでしまう。
 そのあまりにもはっきりした物言いに、予想通りセイバーの口がへの字になった。
「……その言い方では、私が食にのみ興味があるように聞こえますが?」
「そう言っているのですから当然でしょう。それとも貴女も、今年の秋は何か新しいことにチャレンジしてみますか?」
 ……なんだか雲行きが怪しくなってきた。こういう挑発じみた事を言われると、セイバーならほぼ確実に――――
「良いでしょう。ならば運動の秋というものがありましたか、それを極めてみせます」
 ほら、こうなった。
 属性の違いゆえか、それとももっと根本的なことなのか、セイバーとライダーはこうやってたまに衝突することがある。もっともそれは、遠坂とイリヤがたまにやる小競り合いと似たようなものなので、自分の方に火の粉が飛んでこない分には口出し無用なのだ。ヘタに口を出して両者から睨まれるのは恐いというのもある。
「ライダーこそ、いつも本ばかり読んでいるようですが、他の事をしてみようとは思わないのですか?」
「ふむ…………」
 売り言葉に買い言葉的なセイバーのお返しの挑発に、しかしライダーは考え込む素振りをした。
 いつもならセイバーの言葉は柳に風とばかりに受け流すんだけどな。もっともそれがセイバーのイライラをさらに助長させる原因なんだが。
 ただ勘違いしてはいけないのが、ライダーは基本的に桜以外の相手の忠告は、ほとんど聞き流すという事だ。決して聞く気がないわけじゃないんだけど、すぐに改善したりする様子はない。その飄々とした態度に一番刺激されるのが、真面目一直線、貴女の事を思って言っているのにもっと真面目に受け取りなさいと怒るセイバーである。難儀なことだ。
 珍しくセイバーの言葉を流さなかったライダーは、チロリと俺の方へ視線をうつし、
「――――そうですね。士郎、貴方も食欲の秋……などいかがです?」
「う…………」
 その色っぽい、誘うような眼差しに、ついゆうべ見た夢を思い出してしまった。
 セイバーは、様子のおかしい俺に気付いて、?マークを浮かべながら覗き込んでくる。
「シロウ。どうかしましたか?」
「いっ、いやっ、なんでもない! なんでもないから覗き込まないでくれっっ!」
 顔が火照るのを自覚しながら、必死に彼女を視界から追い出す。
 誰が言えるだろう。セイバー本人を目の前にして、ゆうべセイバーとHする夢を見たのだ、と。
 いつもの凛々しい雰囲気はどこにもなく、まるで娼婦のように俺を蠱惑的に誘い、その、色々としてくるセイバーは――――
 うああああああ!!! なに考えてんだ俺!!!!!
「?」
 赤くなったりバタバタ暴れ出したり、どう見ても挙動不審の俺に対し、セイバーはますます眉をひそめて見つめてくる。正直その純粋な、ちょっと心配そうな目に耐えられない。
 小首をかしげて覗き込んでくる顔が、ゆうべの夢のセイバーに重なる。
 色っぽく舌なめずりをし、つっと俺の胸に指を這わして、もう片方の手を下の方へ伸ばしてきたあの――――
 頭の中がそれしか考えられなくなる。まるで茹だった鍋の中にいるみたいだ。
 理性は鍋の湯気と共に消えつつある。どうすればいい。どうすればどうすればどうすれば。
 やがてその逡巡も消えようとしていた――――その時。
「まあ、食欲の秋はともかく、私はスポーツの秋を体験してみたいと思います」
 冷静なライダーの声で我に返る。た、助かった。
 ライダーはこちらを見て、にまっと笑う。……う。俺が何を考えていたのか、察している顔だ、あれは。
「そうですね。私は私でやってみたいことがありますので、士郎はセイバーと一緒に汗を満喫してくると良いでしょう」
「な……!?」
 せっかく落ち着いた顔の温度が再び急速上昇。な、そんな、だって汗をかくなんてっ……!
「ええ、私たちは二人で運動したいと思います。ライダー、これ以上貴女に『食欲の秋専門』などとは言わせません」
「うえぇぇえぇぇっっ!? セイバー!?」
 思わず声がもれる。そ、それってこれからいたします宣言!?
「何を変な声を出しているのですシロウ。さあ、道場に行きますよ」
「へ? 道…………場?」
 まさか道場でなんて、そんなマニアックなプレイを――――
 ……………………あ。
 その時になってやっと気づいた。セイバーの目にはメラメラと、情熱の炎が燃えている。それも身を焦がしても止められない恋の炎、なんてものではない。青春スポ根マンガに出てきそうな、努力、根性、勝利が似合いそうなヤツ。
 こんな目をしたセイバーが、俺を道場に引っ張ってゆく理由はただひとつ。
 邪な妄想など吹き飛ばすぐらい、正しい意味で大量の汗をかかされる。
「は…………はは、ははは…………」
 沸騰直前だった頭の血液が、凍結寸前にまで温度低下する。
 …………生きて帰れるかな、俺…………




 そして。
 予想に違わず、道場では竹刀を持たされてセイバーと向き合わされているわけで。
 いつもの鍛錬なら、俺も嫌がったりしない。だがライダーに挑発され、ムキになっているセイバーが相手となるとちょっと事情が違ってくる。
 ――いつかの時にライダーから戦法を教わった俺を、セイバーは闇雲に叩きのめしたものだった。そりゃもう、稽古じゃなくてイジメじゃないかってぐらいに。
 普段は冷静で優秀な教師であるセイバーだが、熱くなると単なる負けず嫌いだ。目的を遂行するまで突撃をやめないその姿は、彼女が王様時代の騎士たちの苦労をしのばせる。
「では始めましょう。いつもの鍛錬と同じです、真面目に打ち込んできてください」
 わざわざいつもと同じと言うあたりからして、すでにいつも通りではない。けど彼女はそれに気づいていないのだろう。はあ。
 とはいえ、ここから生還するためにはため息なんかついてるヒマはない。今からこの道場は戦場も同じ。一時の油断が生死を分ける。
 俺は青眼に竹刀をかまえるセイバーと真っ向から対峙し――――

 ――――シャーーーーッ

 突如、塀の向こうから耳慣れた自転車の走る音が耳に飛び込んでくる。
 普通のママチャリとは音が違う。それでいて、自分で動かしてる時では決して出せない高速回転の音。
 脳裏に、我が家で一番の、文字通りのライダーが長い髪をなびかせて自転車で爆走する姿が浮かんだ。
「あ、ライダー! 俺の一号車ビアンキ!」

 バシィッッッ!

 声をあげた瞬間に右肩へ強打の一撃。しこたま痛い。
「シロウ。気を散らしていられるとは余裕がありますね」
 バスッ!
「片手間に私の剣を受けられるほど、シロウは熟練していません。もっと本腰を入れてください」
 ズガッ!
「だいたいなんですか、その怯えた顔は。相手はもっと睨みつけるように。でなければ敵の気迫に呑まれます」
 ガゾッ!
「しっかり立ちなさい。これくらいで根を上げていては先が思いやられます」
「ちょっ、ちょっとセイバー…………」
 俺を鼓舞しようとしてるのか、セイバーはキツい言葉を連発してくる。いや、なんかむしろ微妙にお怒り気味。
「なんで怒ってるのさー!?」
 バシン!!
「――私は別に怒ってなどいません。神聖な道場で、真面目な鍛錬を行おうという時に、ライダーの行動などに気をとられたシロウに活を入れているだけです」
 それか。
 こういうのもヤキモチって言うんだろうか。むしろメンツを潰されて腹立たしい、って感じもするが。
「ま、待った、とりあえず落ち着こう、な?」
「何を言っているのですか。私は十分に冷静です」
 ウソつけ。暴走してるヤツに限ってそう言うんだ。
 そしてもちろん、自覚がないから他人の忠告を素直に聞き入れることもない。
 結局俺はセイバーの竹刀にひたすらメッタ打ちにされた。当初の予想通り、やはり生きては帰れなかった。




「…………あー、ひどい目にあったよな、今日は」
 コキコキと首の関節を鳴らす。風呂上がりで血行が良くなったからか、打ち身の痛みはそれほどない。
 あの後、いつもの倍近くセイバーに叩きのめされたのだ。俺がどんなに頑張ったところで、剣の稽古でセイバーの運動になどなるはずもなく。
 いや、もちろん彼女が全く動かない、というわけではないのだが、セイバーの求めているのは運動による疲労や達成感だ。セイバーが適度に体力を使い切るという状況を、俺との稽古で求めるのは無理がありすぎる。
 それに彼女が納得するまで、昼食を挟んでおよそ六時間。もう夕食を作る体力も残らないんじゃないかってところでやっと解放してもらえた。
 今日はとにかくひたすら疲れた。とっとと寝てしまおう。
「――――シロウ」
「なっ! セ、セイバー!?」
 鬼教官の顔を思い浮かべていたせいで、本人の声に対する反応が過剰になってしまった。
 だが、慌てる俺を意に介さず―――あるいは気付いていないのか、廊下へ続く障子が静かに開かれた。
「――――――――」
 そこにいたセイバーの姿を見て、息を呑む。
 いつもの寝巻きに髪を下ろしただけの姿だが、恥ずかしげに伏し目がちな瞳と、わずかに上気した頬。
 それはさっきまでの鬼教官じゃない。羞恥と期待をたたえた女の顔。
「疲れているところを申し訳ないのですが、やはり先程までの運動では物足りない。
 折角の運動の秋なのですから、もう少し運動をと思いまして……」
 彼女の胸元に当てられた手が、もどかしげに自らの服を握る。
 いくら朴念仁と言われ続けてる俺でも、その言葉の意味するところは明らかだった。
 ゴクリ、と喉が鳴る。連鎖的に思い出される昨夜の夢。
 まさか今夜のこれも、夢じゃないだろうか。そう思ってひそかに畳に爪をたてて強く引っ掻いてみる。
 爪が畳に引っかかる、ちょっと痛い感覚が指先に走る。なら、昨日の妖艶なセイバーは夢でも、この控えめに迫ってくるセイバーは本物なのか。
 ――――挑発的に誘うセイバーも良かったけど、こうやって欲しいとおねだりするセイバーも――――
「…………シロウ?」
 セイバーは動かない俺を訝しく思ったのか、静かに歩み寄ってきて、ちょこんと俺の前に正座する。
「…………駄目、ですか…………?」
 ――――――――ダメだ。
 こんなセイバーを見せられたら、もうガマンなんてできるわけがない。
 白磁のような彼女の頬に手をのばし、顎の位置を固定する。
「あ――――」
 手が触れた瞬間、熱いため息のように漏れるセイバーの声。
 そのまま間を置かず、口付けた。
 温かい口内に舌を侵入させると、彼女からもはっきりと応答がある。
 しばらく互いの味を味わった後で口を離すと、つうっと銀色の糸が二人の唇をつないだ。
 それが消える前に、またキスをする。
 そしてその勢いのまま、俺はセイバーを押し倒した。






「せんぱいっ♪ 朝です…………ぉぉぉおおぉぉおおお!!?
 どこかの狂戦士を連想させる雄叫びが響き、目が覚めた。
「んー……なんだ?」
「せっ…………せせせせせせせせせせせせ!!!!」
 いつもの条件反射で、とりあえず体を起こす。眠い目をこすって視界をはっきりさせた。
 おかしな声のする方を見れば、そこには制服姿の桜がいて、こっちを指差しながらワナワナと体を震わせている。
 改めて我が身とその周辺を見下ろしてみれば――――
「っ! やば…………」
「んん…………」
 同じ布団の中にさっきまで横たわっていた、全裸の俺と、まだ眠っている同じく全裸のセイバー。
 昨夜なにがあったか、想像するのは難くない。
 セイバーは桜の叫びにも目覚めず、おそらく無意識なのだろう、布団についた俺の腕にすりよってくると、
「ん…………シロウ…………」
 ――――――――あ、可愛い。
 などと悠長に現状も考えず朝のヒトトキを満喫してしまった瞬間。
「………………………………フケツ、です」
 ボソリ、と耳に届く声は、小さいくせにやけに通りが良かった。
 それはまるで地獄の門を守る地底の番人。
 直後、真っ黒い桜の影が大きく広がり、床一面を覆いつくす!
「うわあっっ!」
「っぷ!? これは一体――!」
 さすがにセイバーも跳ね起きる。しかし咄嗟に立ち上がった俺とは違い、眠っていたせいでワンアクション遅れてしまったセイバーは、真っ先に黒い影に呑み込まれてゆく。
「っっ! シロウ――――っ!」
「ダメだ! セイバー!」
 なんか、この影に呑み込まれると、セイバーが正規の手法で黒化する気がしてならない!
 急いで彼女の手をつかみ引き上げようとするが、足は全く力が入らなかった。
「!?」
 足元を見ると、すでに俺の足も影に呑み込まれつつある。くそ、このままじゃ二人とも呑まれちまう。
「っ、桜――――!」
「クスクス、少し反省してきてください。お色気はわたしの担当です。セイバーさんは清らかでいてもらわなきゃ許しません。先輩相手ならなおさらです」
 って黒化してるぅぅぅぅ!!!!!
 焦ってなにか助けになるものはないかと周囲を見渡した時、隣の部屋に続く襖がスーーッと開いた。
 そこには、たおやかに正座したままこちらを見つめるライダーの姿。
 彼女は、メガネをキラリと光らせて、
「『秋深し となりはナニを する人ぞ』…………ですね」
「そんな文学的なツッコミはいいから助けてくれ!!」
 もう俺自身も腰のあたりまで呑み込まれている。セイバーは――今では姿が見えなくなっていた。
 デッドエンドの予感に震える俺に、ライダーはニヤリと笑う。
「そうそう、昨日は言っていませんでした。おとといの晩は大変お世話になりましたね。私も久しぶりに、食欲の秋を楽しんでみたかったものですから。
 『ごちそうさまでした』、士郎」
「っっ!?」
 その笑みを見て思い出す。おとといの晩に久々に見てしまった淫夢。ライダーの食事と俺との関連性。
「ライダーぁぁぁぁぁぁ!!!!!! あれはお前のしわざっ――――!?」
 がぽ。
 ちょっと間の抜けた音を境に。
 俺の視界は真っ黒に染まった。



 そして無明の闇の中、俺はセイバーと再会する。
 セイバーは泣き崩れていた。
 彼女の手の届く範囲のギリギリ外には、誰かに陵辱され、タレだけになった料理の皿が散乱していた。






 お題その28、「○○の秋」。
 ライダーさん大暴走。なんか楽しー♪(笑)うちではいつも出番が少ないので、たまには発憤してもらいました。そしてバッド40ネタが嫌いな方、ゴメンナサイ。
 いや、この後ちゃんと出してもらいましたヨ? ……朝ご飯が終わった頃に……。




戻る