「シロウ!!!」
「わっっ!」
後ろからかかった大声にビックリして跳ね上がる。ドキドキと一瞬で倍の速さになった心臓を落ち着かせながら振り返ると、怒った顔で彼女がこちらを睨みつけていた。
「せ…………セイバー。おどかさないでくれよ」
「おどかさないでくれ、ではありません。
――――シロウ。貴方という人は、私の言ったことを覚えていないのですか」
「へ……? なんだっけ?」
今日の食事のメニューに関して何か言われた事はないはずだ。稽古の時間の変更も聞いてないし、どこかに出かけるなんて話もされていない。あ、そういえば、今夜は誰も泊まっていかない日で一週間ぶりに二人っきりで過ごせるから、土蔵でうたた寝しないようにと――――
「そうではありません!!」
小さく呟きながら反芻していたのが聞こえたのか、セイバーは顔を真っ赤にして怒鳴る。
誤魔化すようにコホン、と小さくひとつ咳払いをして、力強く俺の持っている竹箒を指さした。
「庭掃除をするのなら、手の空いている者に助けを求めれば、早く終わるし一人分の負担も減るのだと言ったことです!」
「え――――?」
…………言われたっけ?
「シロウ……? よもや聞いたことすら忘れた、などとは言いませんよね?」
「あ、いや、大丈夫! 覚えてる、覚えてます、今思い出した!」
本当は全然思い出せなかったけど、とりあえず話を合わせた。だってセイバーの目が据わってきてるし。
セイバーは俺の嘘を見抜いたのか、それとも見抜けなかったのか。ともかく、はあ、と嘆息し、
「…………とりあえず、もう一度言います。手伝いを求めることは悪いことではない。私たちの手が空いている時でしたら、いつでも手伝います。今度からは一声かけてください」
「あー……うん、善処する」
「よろしい。では、私も手伝います」
セイバーはさっさと俺の手から箒を奪い、庭を掃き始める。
教えたことはないのに、その手つきはいやに慣れていた。
まあセイバーの時代は逆に掃除機なんてなかったからな。慣れていて当然か。
(…………ん…………?)
自分の考えに、突如違和感を感じる。
セイバーに箒の使い方を教えた覚えはない。覚えはないのだが、彼女が庭掃除をする映像を、なぜかどこかで見ている気がする。
俺が見るのはこれが初めてだったと思うのだが―――
「――――ま、いっか」
どうせいつものおかしな既視感だろう。
前にこの話を皆にしたとき、遠坂や桜も不思議な記憶を持っているような事を話していた。なぜかその話をしてる時、桜なんか頬が真っ赤になっていたが。
カレンがニンマリと不吉な笑みを浮かべながら言ったところによると、なんでも『俺をのっとった悪魔の記憶』だとか。…………うさんくさいので話半分に聞いてある。
「うん。悪いもんじゃないし」
もう一本の箒を取りに向かいながら一人ごちる。
仮に、本当に悪魔の記憶なのだとしても。
こんなに優しい記憶が多いのは、きっとずいぶん優しい悪魔なんだろうから。
毎週末に欠かさず掃除をしてるだけあって、庭はほどなくきれいになった。
落ち葉を燃えるゴミに出すためゴミ袋に入れていると、セイバーがいつになくソワソワしている。
「……? どうしたんだセイバー?」
「あ、あのですね、シロウ………。
その…………本日は、行わないのですか?」
「なにをさ?」
「で、ですから、その…………焚き火、です」
「焚き火?」
やってもいいけど、それにしては若干量が少ないような気がする。
「焚き火なんて、ヘンなことやりたがるんだな、セイバーは」
「お、おかしいでしょうか? あの焚き火で焼いたさつま芋は非常に美味だったと思うのですが―――」
焚き火で焼いたさつま芋?
「それって、焼き芋?」
「シロウが教えてくれたのではありませんか」
セイバーは目を丸くして俺を見ている。
――――言われて、また思い出した。
庭掃除の後、満面の笑顔で焼き芋を頬張っているセイバーの顔。
あんまりキレイで、泣きたくなるほど切なくて、失うのが怖くなるガラスの記憶。
「…………そう、だったな」
儚い記憶は、思い出すだけで胸を締め付ける。でもそれは、俺の感傷ではない。
「あー、でも今回は焼き芋は無理だぞ。ちょっと落ち葉の量が少なすぎる」
たったこれだけの落ち葉では、焼き芋になる前に燃え尽きてしまうだろう。
セイバーは見るからに残念そうに、
「そうなのですか……」
「けど家のオーブンでも焼き芋は作れるから、今日のおやつは焼き芋にしようか」
「――――!」
ぴょこん、とセイバーの顔が跳ね上がった。まるでご褒美をもらえると気付いた子犬みたいに。気のせいなんだろうけど、彼女の頭とお尻に犬の耳としっぽまで見えてしまう。
微笑ましくて、つい笑ってしまった。
「シ、シロウ! 人の顔を見て笑うのは良くないと―――!」
「悪い。じゃあ中に入ろうかセイバー」
彼女を促して室内に戻る。
古い記憶のとおりに庭で焼き芋を食べてもらうのもいい。
でもせっかくだから、セイバーには新しい味も体験してほしかった。
「シロウ……? これは何なのですか?」
セイバーは不思議そうな顔で皿の上にのった物体をまじまじと眺める。スプーンでつっつく、などというお行儀の悪いことはしないものの、明らかに目の前の物への不信感はぬぐい去れないようだ。
「見てのとおりだぞ。セイバーには何に見える?」
「…………焼き芋にバニラアイスを乗せたように見えます」
「うん。それでいいんだ」
正確には、すり下ろして裏ごしして、スイートポテトっぽくした焼き芋、である。それにバニラアイスをのっけただけの、簡単なおやつ。
作り方は単純だが、これがなかなか面白い味わいを出す。ただし、前に一度作った時は―――
「どうもこれ、好き嫌いがあるらしくてさ。藤ねえはおいしいって食べてくれたんだけど、桜にはあんまり好評じゃなかった」
「む……あれだけ料理の上手い桜が好まないということは、あまり味に期待はできないということですか?」
「そうでもないぞ。桜にだって好き嫌いはある」
桜は生の果物全般がダメなのだ。しかし生の果物が全部美味しくないなんてことあるわけない。
「だからとりあえず試食してみてくれ。セイバーの反応でこれからもおやつとして出すか、それともお蔵入りか決めるから」
「なんと。では責任重大ですね」
セイバーは一騎討ちに挑む騎士のようにムンと気合を入れ直す。ハチマキがあったら締め直していたに違いない。
背筋を正し、スプーンを手に取り、いざ、と襲いかかる猛禽の目とスピードで腕を伸ばし――――
ぱく。
「………………む!」
「どうだ?」
「―――なんとも、初めての感覚です。口の中で温かいものと冷たいものが混ざり合う。
バニラアイスがソースのように、焼き芋にまろやかな味を足していますし、これはなかなか美味しい」
どっかの料理番組みたいな解説を始めるセイバー。
このまま態度のデカい食通みたいになったらどうしようかと思ったけど、セイバーは言いたいことを言い終わるとあとは一心不乱に食べ続ける。はむはむこくこく、といつもみたいに笑顔を浮かべながら。
…………あるはずのない記憶を幻視する。
夕暮れの庭で、二人で焚き火と焼き芋をする、俺とセイバー。
強く、強く焼き付いた記憶は、それゆえに俺のものではなくとも、こうして俺の記憶として残っている。
ならば、この記憶の別の持ち主も。
同じように記憶として残っているだろうか。
「…………シロウ?」
じっと見つめる俺の視線に気付いたのか。
セイバーが問いかける眼差しをこちらに送ってきていた。
「どうした?」
「いえ…………なんでもありません」
「そっか。セイバー、まだおかわり食べるか? 食べるなら作るけど」
「ぜひお願いします。あまり味わう機会のない秋の味覚ですから、しっかり堪能しなければ」
「あはは、セイバーが食べたいんならいつでも作るぞ」
幸せそうにセイバーはアイスをトッピングした焼き芋を口に運ぶ。
好きな人が嬉しそうに笑っている、とても大切で穏やかな風景。
手を伸ばせばすぐに消えてしまいそうだった、陽炎のように頼りない光景は、そんな印象を裏切って今でも変わらずここにある。今度こそは現実感を噛みしめられる、たしかな重みのある景色。
脆いものでなくとも、儚いものでなくとも、その美しさは変わらない。
改めてこの笑顔を、正真正銘の俺の記憶にしながら。
俺ではないもう一人のオレに、遠く思いを馳せた。
お題その30、「焼イモ大会」。大会なんだからみんなを出すべきだったか、とプロット切った後に気づく。
いや、このお題ムリ!! ホロゥであんな極上なモン見せられて、それで他のもの書けって絶対にムリだから!!
そんなわけで昔なつかしリトルグルメ。ちなみに外食に行った時、デザートでこれがあったので頼んでみると、このように家族で反応分かれました。
…………ややや、別にこの話、士郎×アンリのつもりでなんて書いてやしまセンヨ? でも士郎とアンリも、実際に会わせるとアーチャーばりに仲悪くなりそな予感。
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