「おお…………これは、なんとも美しい」
 セイバーが感嘆の声をもらす。
 頭上には、真っ赤な楓の葉が大きく空に枝を伸ばしていた。
 美しく色づいた一面の紅葉というのも、こうしてみると圧巻だ。
「そうだな。こういうのはなかなか町じゃ見られないし」
「ええ。近所の家で見た時から、美しい葉だと思っていたのです。それがこんなにあるなんて…………」
 セイバーの目はあたりをあちこちさまよっている。どれを見ても綺麗なので、どこを見ればいいのか定まらないのだろう。
 言われてみれば衛宮邸うちに楓の木はなかったかもしれない。園芸は得意じゃないけど、セイバーがこんなに喜ぶなら植えてみてもいいかもな。
 ―――とはいえ、この紅葉山には到底かなうものではないだろうが。
「ありがとうございます、シロウ。こんな良い場所に連れてきていただいて」
「そう言われるとちょっと照れるな。俺は温泉に連れてきただけで、この紅葉のことは知らなかったんだから」
 セイバーの希望で、柳洞寺から行けるという最近できた温泉宿に彼女を連れてきたのは昼前のこと。
 昼食として目的である温泉タマゴをこれでもかってほど食べたのはいいが、さすがにそれだけで帰るのはちょっと寂しい。せっかくだからと軽く温泉に入り、その時セイバーが興味を示した真っ赤な山に気まぐれで寄ってみただけなのだ。
「いいえ。お湯も、タマゴも、そしてこの景色も。すべてひとつとして、シロウが連れてきてくれたことに感謝したいのです」
「あー、うん……どういたしまして」
 そうまっすぐに感謝を向けられると、かえってもっと照れてしまう。
 でもそんな彼女の心根をつっぱねられるわけもない。気恥ずかしかったが、ありがたく受け取った。
 温泉と照れで火照った顔に、秋の山の冷えた空気が心地良い。
「そういえば、凛にこの温泉に来ることを話したところ、『紅葉狩りを楽しんでこい』と言われたのですが……シロウ、紅葉狩りとはなんですか?」
 なんだ。遠坂のやつ、ここの紅葉のこと知ってたのか。
「うん、紅葉狩りっていうのは、こういう赤や黄色に染まった紅葉の景色を見て楽しむことだよ。普通に紅葉を見るだけなんだけどな」
「……………………」
「セイバー?」
「そうでしたか……それで凛にはあれほど笑われたのですね……私はてっきり…………」
 セイバーは口元に手をあて、何事か呟いている。
 ――彼女が紅葉狩りと聞いて何を考えたのかは想像に難くないが、ここは口出ししないのが情けというものだろう。
 考えてみればみかん狩りとかいちご狩りとかはみかんやいちごを食べるものなのに、なんで紅葉狩りは見るだけなんだろうか。ああ、そういえばホタル狩りも見るだけだな。あれは別にホタルを捕まえて楽しむのではなく、ホタルの鑑賞会だ。
「なるほど、紅葉狩りの意味はわかりました。
 つまりこの木がモミジの木と言うのですね」
「あ、それは違うぞセイバー。紅葉ってのは秋になると色が変わる葉っぱの総称で、この木自体は楓って言うんだ」
「カエデ……? カエデとは、あのカエデですか? シロウの学友の」
 …………俺の同級生が、楓の木?
 5秒ほど頭が真っ白になったところで思い出した。そういえば自称穂群の黒豹は、そんな雅な下の名前を持っていたっけ。
「うん。蒔寺の名前もこの木と同じだな」
 まったくもって信じがたいが。
「なるほど。春の桜に、秋の楓。女児の名に使われるだけのことはあります。どちらも非常に美しい。
 どちらも季節の象徴なのでしょう。この国は秋も綺麗なものなのですね」
 セイバーは再び紅葉に目を向ける。その目は紅葉を楽しみながらも、別のものを見ているような気がした。
 ……彼女は時々こういう目をすることがある。
 そういった時は、たいてい昔のことを考えているようだ。
 王の責務からは解放されても、王の視点や記憶から解放されるわけじゃない。彼女の記憶の中にある、かつてのブリテンに遠く思いを馳せているのだろう。
 けれど俺には、彼女の考えている事はわからない。王様なんかやったことないし、彼女が即位する前の子供時代だって、俺と彼女で共有できる思いは時代が違いすぎてきっとあまりに少ない。
 聖杯戦争の時の夢で彼女の過去は知っていても、同じ物を見て同じ事を考えるのは難しすぎるのだ。
「ちょっと悔しいよな」
「なにがです?」
 呟いた言葉を聞きとがめられて苦笑する。セイバーは訳がわからない、というふうに首をかしげると、特に気にせずまた紅葉に目をやった。
 そして、またあの目をする。
 こういう眼差しのセイバーは、凛々しくて、綺麗で、ひどく遠い存在だ。
 決して俺では触れられない、英雄としての彼女。
 いつか、凡人には手の届かない高みへと行ってしまうのではないかという不安すら感じさせる。
「セイバー」
 つい、声をかけた。
 彼女が振り向く。その顔はいつものセイバーなのに、胸に淀んだ不安が消えない。
「どうしましたか、シロウ」
 セイバーの声。セイバーの仕草。セイバーの笑顔。
 彼女の傍にいるという幸せの代価は、いつか喪うかもしれないという恐怖。
 ――――以前、セイバーが自分の時代へ還る時は、彼女の誇りを大切にするためこの幸せを放棄した。あの選択は間違っていないと、今でも胸を張れる。
 だから、また同じ選択を迫られた時、同じ結末を選んでしまう予感を薄々持っている。
 あの時もさんざん迷った。今度もきっと迷うだろう。けれど選ぶものは、おそらく同じもの。
 どれだけ日常にいても、彼女の本質は英雄のままだ。ならば、いつかどこかへ行ってしまうかもしれない。
 何よりも彼女と一緒にいられる幸福を知っているくせに、自分からそれを手放してしまう矛盾。
 …………それでも。
「俺、お前の事愛してる。
 だから――――」
 傍にいてくれ、とは言えなかった。
 セイバーは突然の言葉に驚き、目を見開いた。だがやがて、その顔がゆったりとした微笑みに変わる。
 彼女の笑顔は花のように美しく、なぜか見ていると安心できた。
「私もシロウのことを愛しています。
 だから、そんな顔をしないでください」
 ――――俺のどんな顔が彼女の目にうつっているかはわからない。けどきっと、この上なく情けない顔なのだろうと想像はついた。
 セイバーが穏やかな笑顔を見せているなら、俺もいつまでもいじけてなどいられない。
「……………………うん。ごめん。ありがとうセイバー」
「いいえ。シロウが元気になってくれれば、私も嬉しい」
 そう言って、彼女は俺の腕に自分の腕をからめてきた。
 腕をからめた状態で、お互いの手を握る。
 よりそってきたセイバーの体を、そっと受け止める。
「私は、貴方といられて、とても幸せです」
「ああ。俺もだ」
 いつか、この手は離れてしまうのかもしれない。
 けれど今はこれ以上ないほど繋がっている。
 ならばその繋がりがいつまでも続くと信じていたい。
 たとえ一度離れたとしても、再び繋がると信じていたい。
 秋になったら枯れ落ちても、春になれば再び芽吹くこの紅葉のように。

 俺たちは、同じ幸せを噛みしめる。






 お題その33、「モミジ狩り」。てゆーかまた紅葉関係ないよ鏡花さん。(切腹)
 最初はみんなで騒がしいのを考えてたんだけど、落ち葉遊びはやっちゃったので。ここんとこしっとりいちゃいちゃ系が少なかった気がしたからたまにはそっち系を。
 てゆーか士郎に何を言わせたかったのかすでにわかりません。女々しすぎますっつーか士郎こんな事考えんやろ。ネタ浮かばんからって性格改変はペケです。タイガー道場で首吊ってきます。
 今回はオマケつき。ギャグなのでこの雰囲気を壊したくない方はここで退散、見たい方は自己責任で下へどぞ。




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 ばちこーーーーーん!!!
「いってええぇぇぇえええ!!」
「シロウ!?
 な……大河、イリヤスフィール! どういうつもりですか!」
 突然背中を平手うちされ、ジンジンする痛みをこらえながら振り返ると、そこにはセイバーの言葉どおり藤ねえとイリヤがいた。
 それもなぜか藤ねえは道着、イリヤはブルマというワケワカラン姿。
 ……あれ? おかしいな。不思議と見た事あるぞこの組み合わせ。しかもそこはかとなく涙が溢れてくるような。
「くあああぁぁぁぁぁ!!!!! 甘いぜ甘いぜ甘くて死ぬぜーーーー!!!!! 魔の借金取り見・参! とりあえずその幸せ、日本円に換算して背中への平手打ちあーんど、豚コマとキャベツの炒め物大皿3杯分ーーーー!!!!!」
「安っっ!」
 藤ねえの叫びに思わずツッコむ。それを聞いたイリヤも大きく息を吐き、
「そうよねー。タイガの基準は安すぎよ。わたしを一杯にしたければその3倍は持ってこいって感じ」
「それでも安いと思うぞイリヤ……」
 なんだかどっかで聞いたセリフのオンパレードを繰り広げる二人。
 藤ねえは俺とセイバーにビッ、ビッ! と持っていた竹刀の切っ先を突きつける。
「ともかく! 公衆の面前でそんな甘ったるいバカップル会話、お姉ちゃんは認めません!」
「公衆って……ここには俺達しかいないじゃないか」
 周囲を見渡す。あたりは静かな山道。俺たち以外には人はおろか獣の気配すらない。
「甘い甘いあまーーい! チェーン喫茶ルノアールのココアより甘い!! いい士郎、昔は3つ以上の数は『たくさん』って数えたのよ。4人もいれば十分じゃないの」
 そのうち二人であるところの俺とセイバーは、本来ならば当事者だからカウントされないはずなのだが。
 でもあえてつっこまなかった。言っても聞いてくれそうにないし。
「そんなわけで士郎の背中には刻印を刻ませてもらいました。それをお風呂場の鏡で見るたびに、今のことを思い出して反省するよーに」
「刻印?」
「はっ、まさか……失礼します、シロウ」
 セイバーが後ろに回りこみ、一気に俺のシャツをめくりあげる。
「せっ、せっ、セイバー!? いきなりなにを!」
「ああ……やはり赤くなってしまっている」
 彼女は痛そうな声で背中の状況を中継してくれた。つまり藤ねえの手形が、くっきり俺の背中についてしまっているらしい。
 ……まるで今頭上に広がる紅葉の葉っぱのように。
「士郎もセイバーちゃんもしっかり自重すること! よおし、士郎へのオシオキも済んだし、帰るわよイリヤちゃん。士郎、豚コマとキャベツ、忘れずに買ってきてねー!」
「あ、シロウ! わたし今夜のメインはハンバーグがいいな♪ ヨロシクねー」
 二人は夕飯へのリクエストを好き勝手につけると、ものすごい勢いで走り去っていった。
 ……え? 結局俺は、今夜ハンバーグと豚コマ炒めを作らなきゃいけないのか?
 悩んでいると、隣でセイバーが小さく笑った。
「シロウ。買い物でしたら私もつきあいます。そろそろ帰りましょう」
「そうだな。そろそろ帰るか」
 二人きりもいいけれど、あの騒がしい家も何物にも代え難い幸せだ。
 もう一度手を繋ぎなおして、俺たちは山を後にした。