蔵特有の湿ったにおい。いつもはそれほど感じないにおいも、こうやって空気とホコリを掻き回していると一際強く感じる。
「シロウ。これはどこに運びますか?」
「あ、それ、こないだ雷河爺さんが探してた壺じゃないか?」
「わ、ほんとだ。こんなとこにあったのね。うう、またお爺さまに叱られちゃう……のでこれは士郎がここに運び込んだことに」
「なるわけないだろ。とっとと藤村組に持ち帰り、爺さんに叱られて、んでもう二度とうちにガラクタを運び込むな」
「うわーーん、士郎の意地悪ーーー!!」
 藤ねえとの漫談じみた会話の末、セイバーの見つけた壺は藤村組へ帰還することに決定した。
 冬を間近に控えたある日。そろそろ年末に向かうということで、土蔵の大掃除をすることにした。さすがに一人ではキツいので、いつかのようにセイバーにも手伝ってもらっている。
 ちなみに藤ねえは強制参加。なにしろこの人の持ち込んだガラクタが、この土蔵で一番幅をきかせている。
「? シロウ、この本はなんでしょう」
「どれどれ…………げっ」
 セイバーが掲げたのは、ホコリにまみれた一冊の厚い本。青いハードカバーの表紙に、金色の文字が刻んである。
 書かれている文字は『Memory』。
「ありゃ懐かしい。士郎のアルバムじゃない」
 俺が隠すより早く藤ねえはセイバーの手からアルバムを奪い取った。
 止める暇もあらばこそ、セイバーの目の前で藤ねえがアルバムを開く。
「こ、こら、よせって!」
「いいからいいから。ほらセイバーちゃん、これ士郎が9歳の頃の写真なのよー」
「おお……! これが子供の頃のシロウなのですか……!」
 セイバーの目が興味津々に爛々と輝く。―――ああ、もう駄目だ。こうなったらアルバムを閉じたところで、セイバーが諦めてくれるはずもない。藤ねえも面白がって見せようとするだろう。
 この二人を相手どってアルバムを隠せるほど、俺の技術は卓越していなかった。
 なんていうか、こういうのは照れるのを通り越して恥ずかしい。
「シロウは子供の頃から意志の強い瞳をしていたのですね。一度決めた事は決して引かないという気概を感じる顔です」
「ガンコで生意気、っていうのよ。なんだか知らないけど、この頃は切嗣さんの後を追い駆けまわしててねー。切嗣さんに弟子入りするんだって。
 切嗣さんも困ってたけど、結局最後は根負けしたって聞いたな」
 うん、この頃はちょうど、切嗣オヤジを説得して魔術を教わりだしたあたりだ。
 切嗣と同じことをすれば近づけるのだと、誰かを救う正義の味方になれるのだと今よりもっと信じて疑わなかったあの頃。
 藤ねえがページをめくると、今度は写真にうつる俺の服装と背後の光景が一変した。
「これはどこでしょう。この家ではない。学校に似ているような―――」
「うん、これは体育祭の時の写真ね」
 写真には体操着を着てハチマキをしめ、1位の旗の下に立つ子供が写っている。
「士郎は子供の頃から背がちっちゃかったから、走るのには向いてなかったのよ。でもそれじゃ悔しいからって頑張って練習して、この年にはとうとう一等賞とっちゃったの」
「ほう。子供の頃のシロウは負けず嫌いだったのですね」
 ふんだ。セイバーに言われたくないやい。
 以前プールに遊びに行ったとき、覚えたての泳ぎの勝負に負けたからって、合計6kmの地獄スピードレースを強要したのは誰だと思っているのかっ。
 でもそれを口にしてしまうと、私は頑固でも負けず嫌いでもありませんと、負けず嫌いなセイバーに頑固に言い切られてケンカになるのでグッと飲み込む。
「んん? 士郎ってばなんか言いたいことがあるカンジ。なになに、こうやって子供の頃の話を肴にされるのは恥ずかしい?」
「シロウ。言いたいことがあるならはっきり言った方がいい」
「いや別に」
 …………うん。避けられる争いは避けるのも、正義の味方の条件だ。
 別にセイバーが怖いってわけでは決してない。
 セイバーと藤ねえは俺を深く追及したりせず、アルバム鑑賞会に戻った。
 またページをめくると、今度は傷だらけの上に他の写真より3割増しで無愛想な俺の写真が出てくる。
「こ、これはどうしたのですか? シロウが満身創痍のようですが」
「ああ、これはねー。騎馬戦の後の写真ね」
 写真の下には、そのとおりの説明書きが書いてある。
 ――そっか。そういえばそんな事もあったっけ。
「キバセン? それは何ですか?」
「うーんと、あれは…………」

 〜interlude〜

 ザジャッッ!!
 また騎馬が一騎倒される。同時に白組から歓声がわいた。
 3、4年生の合同競技、騎馬戦。些事はあれど、その基本ルールはどこでもたいして変わらない。
 いわく、3〜4人でひとつの騎馬をつくる。一人が騎士役、残りが馬役。ハチマキを取られたら負け。騎馬が崩れても負け。
 そんなシンプルで単純なルールだからこそ、逆に言えば他のルールは存在しない。つまり中には、思いもしない手段に訴えてくる者たちもいる。
「くっそぉ、あいつら調子に乗りやがって……!」
 赤毛の少年・衛宮士郎は小さく毒づいた。彼の視線の先には上級生である4年生の騎馬がいる。
 4年生の中でも成長の早い子たちで構成された、白組の騎馬のエース。士郎より体も2回りほど大きな上級生を、彼は睨みつけるように見ていた。
 ワアアァァァー…………
 また歓声。その中には小さいながらも、悲鳴が混じっている。歓声にかき消され、あまりにも小さな悲鳴は周囲に聞こえない。
 体の大きな4年生の騎馬にぶつかられ、たった一発でもろくも崩れ去った3年生の騎馬を無視し、4年生の騎馬はまた新たな敵へと向かってゆく。
 先ほどからずっとこの4年生は今のような方法で相手を潰してきた。体の大きさを十二分に生かし、体当たりすることで敵の騎馬を崩す。特に狙い目は体の小さな3年生。彼らにとっては絶対確実で勝率の高い最上の手段。
 ただし、被害に合う赤組の生徒にとっていささか乱暴すぎる事を除けば、だが。
 4年生はまた逃げ回るひとつの騎馬に追いつき、相手を崩した。そして手近な騎馬に次の狙いを定める。
 彼らの進行方向の先には、3年生の女子で作られた騎馬。
 それを見て士郎は叫ぶ。
「ふざけんな! あいつら、もう許せない!」
 誰の目から見ても次は彼女たちを標的にしているのは明らかだった。
 士郎は自分を支えている少年たちに向かって指示を出す。躯が小柄で、運動神経も良い彼は、騎士役として選ばれていたのだ。
「おいみんな! あの4年生やっつけるぞ!」
「え〜……何言ってんだよ衛宮、相手は4年生だぜ?」
「敵うわけないってば。それより他のヤツのハチマキ取ろうよ」
 彼の仲間は呆れたようにその指示をいさめる。
 だが、そんな仲間の態度が逆に士郎に火をつけた。
「いいから行け! 絶対に俺がなんとかしてみせるから!」
 どうする? と少年たちは顔を見合わせた。そして頭上を見る。上には、行かなきゃお前らをやっつけると言わんばかりの赤毛の少年の顔。
「あーもー、どうなっても知らないからな!」
 騎馬の先頭を担っていた少年が駆け出す。士郎の騎馬は、そのまま4年生に突進した。
 4年生の方でも彼らの動きに気付き、負けじとスピードを上げて近づいてくる。
 躯の大きな上級生が猛然と向かってきて、少年たちは怯んだ。少しスピードが落ちる。しかしもちろん相手は止まらない。
 両者はそのままぶつかり合い―――
 ドシーーーン!
 体格の小さな3年生の騎馬はあえなく崩壊。だが。
「うわっっ……!?」
 一瞬、4年生たちは頭上から悲鳴の聞こえた理由がわからなかった。
 事態に気付いたのは全てが終わった後。
 彼らの騎士役の少年が、士郎と共に地面へ落下した後である。
「なっ、テメエ……!」
「ふん、思い知ったか」
 悔しさを顔いっぱいににじませて睨み付ける4年生と、顔についた土埃を拭いながらニヤリと笑う士郎。
 彼は自分たちの騎馬が崩される前に4年生の胸ぐらを掴み、体重を使って思いっきり地面に引っ張り込んだのだ。
 いかに体格がいいとは言え、まだ小学4年生。子供一人の体重を支えられるわけがなく、その結果がこれである。共倒れ覚悟の士郎の攻撃は見事成功した。
「……………………」
「……………………」
「チクショウ、何しやがる!」
「弱い者いじめするそっちが悪いんだろ!」
 今度は赤組と白組の両方から歓声が上がる。
 騎士役の少年たちは、そのまま第二ラウンドへともつれこんだ。

 〜interlude out〜

「……………………」
「結局、そのケンカは先生方に止められて、決着はつかず終い。
 士郎とその子はこっぴどくお目玉くらったのよね〜」
「切嗣にも怒られたよ。誰かを助けるために戦うのはいいけど、その後のケンカはよくないって」
「……………………」
 あははははー、と笑う俺と藤ねえ。
 ―――が、セイバーはさっきからやけに静かだ。
 なんていったっけ、こういうの。
「えーと……セイバー? 面白くなかったか?」
「…………シロウ」

 ぞわり。

 背筋を悪寒が走り抜ける。ああ懐かしい、あまりにもたしかな死の予感。
 忘れてた。デッドエンドへの扉は、何気ないフリして日常に潜んでいるのだということを……!
 でもなんで!?
「ちょ、セイバー! なに怒ってんだ!?」
「…………なるほど、非常にシロウらしいお話でした。弱者を助けるために戦う姿、騎士道にも通じる素晴らしい姿勢です。
 ですが!」
 セイバーの視線がキッと俺をとらえる。
 それだけで、獲って食われるんじゃないかって錯覚が起きた。
「なぜその不埒者を放置しておくのです!?
 そのような不逞の輩、成敗するのが騎士として当然ではありませんか!!」
 がおおおぉぉぉ!!!! と効果音を響かせながら怒るセイバー。
 セイバーの! セイバーの背中にライオンが見える!!
 これまで怒り心頭な藤ねえの背中に虎が見えたことは多々あったが、セイバーの背にライオンが見えたのは初めてだ。
 ……ああ、そういえばさっきみたいなの、嵐の前の静けさって言うんだったな。
 嵐どころか竜巻のような勢いで怒り猛るセイバーは、猛然と俺の首ねっこをつかんで感情のままに揺さぶった。
「年少の女性など、男子として真っ先に守るべき対象となる存在です!! なのに己より強い者を避け、弱者ばかりに勝負を挑むとはなんたる卑怯か! シロウ、今からでも遅くはありません。今すぐその不届き者を成敗しに参ります!!」
「……えーと……って言ってもだな、セイバー…………」
 たしか一成あたりから聞いた話だが、俺たちより一年早く穂群原に入ったその生徒は、今春無事に卒業し在学中より念願だった東京へ出ていったらしい。
 それにそんな昔の事、相手だって覚えちゃいないだろう。
「そのようなことはありません。現にこうしてシロウは覚えていました。ならば相手も覚えています。いいえ、覚えておらずとも良いのです。その者の性根が変わっていなければ、叩き直すのも騎士の務め!
 さあシロウ、今すぐ出立しましょう、そのトーキョーなる地に! 支度をお願いします!!」
 うわあ、ムチャクチャだー!
 こんな暴走ライオンを冬木の地から外へ出すわけにはもちろんいかない。というかこの家の敷地からだって出したくない。周囲への迷惑というものが想像もつかなくなってしまう。
 そんな俺の常識的な判断を、しかし冷静さを失った獅子は理解できなかった。
「なにを黙っているのです! わかっているのですか、シロウは侮辱されたも同じなのですよ! 男子たるもの、その雪辱を晴らさずにおくことは許しません!
 さらに言うならばマスターへの侮辱は私への侮辱でもある。私は貴方を侮辱する者を、私の権限としても許しておけないのです!!」
 わかりません、ごめんなさい。
 こんなの子供の時のケンカだし。いくら負けず嫌いのセイバーだからって、そんなのに優劣つけなくてもいいと思うし。俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、俺のためを思うなら冷静になってくれた方が嬉しいし。
 それよりですね。だんだん強くなるセイバーの揺さぶりと、「んんー? ご主人さまマスターってナーニ?」とか言いながら、チョークスリーパーを決めてくる藤ねえの方が問題だと思うのですが。
 二人とも首に攻撃をしかけてくるから、相乗効果で首への衝撃がもお強い強い。
「ぢょ、ぢょっど待っで…………!」
 首を締められたニワトリみたいな―――というかまさにそのものな声が出るが、二人とも手を緩めてくれない。
「ぎ、ぎぶ! ぎぶあっぷ!」
「ぎぶあっぷ、とは何ですかシロウ! おかしな事を言ってごまかさないでください!」
「ゴメンね士郎ー。わたし英語教師だけど、今日だけその単語わっかんなーい♪」
 逃げ道はない。衛宮士郎にはこのまま進み、崖下へ落ちる道しか用意されていなかった。
 かくて。
 今年最後の体育祭は、一方的な格闘大会として突発的に開催されたのだった。






 お題その35、「体育祭の思い出」。体育祭の男の子、とても好きです。「ここはグリーンウッド」も体育祭の話が好き。できれば士郎をすかちゃんみたいにリレーで大活躍させてあげたくて……あれ?
 そういやホロゥで藤軍曹がセイバーを「ブレーキ壊れた破壊兵器」と称してましたね。士郎はマスターなんだから、セイバーちゃんの猪突猛進なところを諫めてあげないとダメダゾ!……いっぱい頑張れ士郎。てゆーか「セイバーが最優な理由の一つはあの冷静さ」と凛が言ってましたが、つまり猪突猛進なセイバーは最優でないと?(殴)
 騎馬戦ってふつー、5、6年でやるものでしょーか。うちの小学校、組体操3、4年でやったんですが。(5、6年は棒体操といってもっと難しいのやった)あんまり書けてないのですが、生意気(だったらしい)子士郎はアンリ士郎in教会のイメージで。正義感除く。ってかこれ以上書き込んで長くできないデスよ小ネタなんだから(笑)説明だけのシーンでスマヌです。




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