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縁側を通りがかると、庭の片隅でセイバーが立ち尽くしていた。
それだけなら別にいいのだが、彼女の横顔は驚愕のまま固まっている。
彼女にしては珍しい顔があんまり気になったので、つい声をかけてみた。
「どうしたんだ、セイバー」
「あ…………シロウ…………」
声には覇気がない。というかどこか呆然としている。
近寄りつつ、どうした? と視線でもう一度問いかけてみる。彼女はゆるゆると指をあげ、庭の一角にある木の梢を指差した。
「あ」
視線をやって少し驚く。そこでは木の枝にカエルが串刺しとなっていた。
かなり前に行われたコトなのだろう。カエルはすでにひからびている。だがちゃんと見れば、しっかりカエルとわかるその哀れな姿。
争いなど日々の喧噪しかないような平和な衛宮邸で行われた思いがけない蛮行に、セイバーは苦悩の表情を滲ませている。
「…………このような非情な行為を一体誰がなんのために行ったのでしょう。悪戯をしそうな人間といえば大河とイリヤスフィールですが、大河がこのように惨い行為を好むとは思えない。イリヤスフィールも理由がない限り、こんな拷問じみた真似はしないでしょう。
あとは凛か桜が何らかの魔術的な意図で行った可能性もありますが、私はこういった魔術を知らない。あとはライダーあたりなら、普通は見聞きしたこともない邪法を――――」
「へえ、モズの早贄か。そうだよな、もう秋だもんな」
「知っていても――――え?」
ライダーが聞いたら怒り出しそうな事を言っていたセイバーが途中で止まる。もっともライダーもたまに、セイバー本人が聞いたら怒りそうなことを言ってるからお互い様だが。両者とも悪気がないあたり始末におえない。
「シロウはこの蛮行の意味を知っているのですか?」
「ああ。これはたぶんモズの早贄。つまり犯人は鳥だよ」
「鳥……!?」
驚いて目を見開くセイバー。たしかにこんな事、知らなきゃ子供の残酷なイタズラか大人の非道な悪戯かと思い込んでしまうだろう。
「そういえば土蔵に百科事典とかあったな。
一緒に行こうセイバー。モズの早贄の事教えてやるから」
「むむ…………なんと、このような事が…………」
電気が通っていない土蔵だが、外の光が射し込み本を読むための明るさは十分。
その中で百科事典に目を落とし、セイバーは難しい顔でうなっていた。
「これは本当の事なのですねシロウ? こんな小さな鳥がこんな体の大きな……」
「けっこう意外だよな」
当然のように答える俺の揺らがない態度を見て、セイバーも受け入れがたい事実を信じる気になったらしい。
モズは日本に昔からいる鳥で、主に昆虫を食べている。だが時にはカエルやトカゲも食料とし、その食性は猛禽類に近い。もっとも木の実なども食べるらしく、正確には雑食性のようだ。
猛禽類といえばウサギやネズミを食べるタカやフクロウなどが思い出され、つまり体の大きな鳥が小型の哺乳類を食べると思われがちだが、こんなタイプの鳥も存在するのだ。ツバメに近い大きさのモズが、小さいとはいえトカゲを食べる、というのはかなり大胆な気もするけど、考えてみれば魚を捕まえるカワセミだって似たようなものである。
そしてモズの生態で最も特徴的かつ謎に満ちているのが早贄。虫やカエルなどの食料を木の枝にさしておくという行為だ。
「へえ、まだなんで早贄をするかってわかってないんだ。てっきり冬のために保存しておくのかと思ってたけど」
「? シロウ、この本はなんでもわかる本ではないのですか?」
「残念ながらなんでもってわけじゃなくて、少なくとも人間がわからないものはやっぱりわからない。それでもモズの早贄って行為があるのは確かだから、こうやって理由はわからないけどって書いてあるんだ」
「ふむ…………」
セイバーは百科事典に興味をひかれたようだ。元々好奇心は旺盛な方だから、いい教材になるかもしれない。
話のついでに、別の項目も見せてみる。
「そうだな、たとえば……冬になるとなんで食料を保存しておくかはわかるよな?」
「もちろんです。この国ではその必要はないようですが、我々の国では冬に向けて食料を備蓄するなど、人間でも当然の行為でした」
「うん。だから他の動物も冬に備えて食料をたくわえたりする」
『り』の項目から目当てのページを見つけ、セイバーの前に広げて見せた。
「!」
どうやらこの写真はセイバーの中の何かに触れたらしい。
セイバーはまるでごちそうを見つけた犬みたいに、どこか落ち着きなく、それでいて嬉しげに百科事典へ釘付けになった。
彼女に見せた写真の中では、リスがクルミを抱え、カリコリと歯をたててかじっている真っ最中。
「――――――――」
無言ながらも彼女がこの写真を気に入っているのはよくわかる。なんせまばたきもせずに見つめてるんだから。
しかし、そのキラキラ輝いていた瞳が、ページの下の方にうつった瞬間少しだけ曇った。
「? どうしたセイバー」
「……シロウ、これは……この絵はあまり愛らしくない」
セイバーの目線を追えば、そこに掲載されていたのはリスが頬袋をふくらませている写真。
食べ物を口いっぱいに頬張ったリスは、なんだか藤ねえを彷彿とさせる。
うーん、たしかにおたふく風邪にでもかかったみたいで、元のリスとはずいぶん違う顔になってるよなあ。これはこれで可愛いような気もするけど。
「これではいささか行儀が悪くありませんか?」
「そうかもしれないけど便利なんだぞ。食べ物をいっぱい運べるんだから」
それだけリスというのは冬に備えて、食べ物をたくわえなければならないのだ。少しづつしか運べないのでは巣穴と餌場を何往復もせねばならず、効率が悪い。
むぅ、と愛らしさと能率が同居しないリスを眺めて苦悩しているセイバーと、ほっぺいっぱいに食べ物を頬ばったリスを見ていると、唐突に漠然と思い立った。
「そういえばそろそろうちも冬支度を終わらせなくちゃなあ」
「冬支度? しかしこの国は冬でも暖かく食べ物も豊富にある。なのに冬支度が必要なのですか」
「そりゃあセイバーのとこみたいに真剣じゃないけど、それなりにあるぞ」
カーテンを冬用の厚手のものにしたり、マフラーや冬用のコートを出したりと、被服関係が主だが。
「他に、うちは石油ストーブがあるから、掃除をしたり燃料の灯油を買い込んだり―――」
「そういえば私の家でも、やはり冬の前は暖炉の掃除をしたものでした」
懐かしそうに遠い目をするセイバー。暖炉の掃除の方がストーブより大変そうだな。
とりあえず、百科事典から話がそれてしまったので片付けようとすると。
「先輩に、セイバーさんも。こんなところにいたんですか」
半開きの扉の向こうから桜が声をかけてくる。
「桜? どうかしたのか」
「ええ、ちょっとこれを渡そうと思いまして」
桜がその手に持っていたのは、毛糸で作られたとおぼしき何か。たたまれていてよく形状がわからないけど……セーターかな?
予想している間にも、桜は俺とセイバーにひとつずつ、その毛糸製の物を渡してゆく。
「その、初めて、だからちょっと恥ずかしいですけど……期待しないでくださいね?」
なぜか少し赤くなっている頬を空いた両手で隠し、桜はそれだけ言うとパタパタと土蔵から走り去っていった。
「桜はどうしたのでしょう?」
「さあ…………」
とりあえず鍵はこの手の中にあるものだと思う。
丸まっている茶色のそれを開くと、現れたのは、
「お、やっぱりセーターだ」
「私のは……シロウと形状が違いますね」
「セイバーのはマフラーか。この編み目からすると、もしかして桜が編んでくれたのかな」
ところどころ編み目が大きかったり小さかったりするセーターとマフラーは、一目で手作りだとわかる。
そういえば初めてだとか言ってたっけ。たしかに桜が編み物をする姿というのは見たことがなかった。
「これから寒くなるし、ありがたく使わせてもらおうな」
「はい。……ところでシロウ。先程『桜が編んだ』と言いましたが、やはりこの国でも女性が布を作ったりするのですか?
桜や凛がそのような事をしているのは見たことがありませんが」
マフラーに視線を落としたまま問うてくるセイバー。
「うーん、布ってところまではやらないけど、こうやって毛糸を服にするのはわりと一般的な女の子もやるんじゃないか。よく冬になると女の子が恋人に編んだり、母親が子供に編んだりっていうのは聞くし」
男の俺には編み物なんて遠い世界の出来事だ。ニットの王子様、なんてのをテレビで見たような気もするが、一般的な男にとって編み物というのはあまり想像しやすいものではない。
「……………………恋人……」
「セイバー? 今なんか言ったか?」
「……あ、いえ。その、桜も冬支度を始めているのですね」
何事か考えこんでいたセイバーは、声をかけると慌てたように顔をあげた。
取り繕うように言葉を繋いだ後、俺からの返答を待たずさっさと立ち上がる。
「シロウ、行きましょう。私もこの国の冬支度を体験してみたい」
「へ? 冬支度って……衣替えとか手伝うって意味か?」
そんなに勇んで今すぐやらなくてもいいんだけど。
まあ思い立ったが吉日って言うし、特に止める理由もない。いい機会だから、セイバーと一緒に冬支度を終わらせてしまおう。
「…………と、思ったんだが…………」
「………………これは………………」
綺麗に並んだ冬物のコートと防寒着。
どうやらタッチの差で、桜が衣替えをしてくれたらしい。
常々衛宮邸の家政婦をさせて悪いなあとは思っていたが、ここまで気が回るとひたすら頭が下がる。
―――が、今回ばかりはちょっとだけタイミングが悪かった。もちろん桜は何も悪くない。悪かったのは運である。
「………………………………」
洋室のカーテンを替えるのは、基本的に部屋の住人――つまり遠坂と桜に一任してある。他にもまだ衛宮邸に洋室はあるが、そういう場所は使ってないのでカーテンを替える必要もない。
「うーん、こうなると冬に向けて支度するコトって、もうないかも―――」
言い終わる前に、セイバーがすがりつくように詰め寄ってきた。
「シロウ! 本当にないのですか? 他にもひとつくらいあるでしょう!」
「と、と言われても…………」
今見たとおり、衣替えは終わってしまった。ストーブの掃除も俺が先週全部済ませている。雪かきは雪が降るまでできないというか冬支度じゃない。冬の料理の代表格である鍋も、今使っている鍋で十分に作れるから買う必要はない。冬ごもりの準備として食料の買い出し―――藤ねえじゃあるまいし。
「あとは――――灯油の買い出しくらいしか残ってないなあ」
さっきもセイバーが言ったとおり、冬の準備など現代日本人にはそうたくさんする事はないのである。もっと北国の方、特に雪の降る地方ならそれこそ冬ごもりの勢いで大掛かりにやるんだろうが。
「では、その灯油の買い物に行ってきます。それくらいは私でも、」
「ダメ。灯油って結構重いんだぞ。女の子にそんなもの持たせられない」
「な、バカにしないでください! 私とて魔力で増幅をかければそのくらい!」
「いつも言ってるけど、今は戦争中とかじゃないんだ。無理して持たなくたっていい。こういうのは男の仕事だ」
セイバーは言葉に詰まったが、抗議の視線をたたえたままこちらを睨みつけてくる。とはいえ俺だってここは譲れない。
同じように目に力をこめて睨み返す。
「――――――」
「――――――」
「――――――――、…………」
どんなに主張しても俺がひかないと悟ったのか。セイバーは一転、急にうつむいて元気をなくしてしまった。
いつもなら適材適所ってことで納得してくれるんだけど、今日はこだわりでもあったのか、冬支度ができないことを気にしているようだ。
だ、だめだぞ。そんな可哀想な顔したって、ここは譲れない。
…………譲れないけど。
こんな、飼い主にしかられた子犬みたいな顔をするのは卑怯だと思う。とても放っておけなくて、フォローせずにはいられなくなってしまうじゃないか。
よく皆に俺はセイバーに甘いと言われるけど、仕方ないだろ、惚れた方が負けって言うし。
「あー……セイバー。その、さ。
明日、新しい暖房器具を買いに行こうと思うんだ。みんなで使うものだから、セイバーにも見繕うの手伝ってもらえると、その……なんていうか」
「………………」
「ほら、うちも住人がたくさん増えただろ? やっぱり生活用の暖房器具も足りなくなると思うし」
「……ええ。私でよければおつきあいさせていただきます。ありがとうシロウ」
にっこりと。
落ち込んでいた表情が嬉しそうな笑顔に変わる。
う……やっぱり無理して気遣ってるのがわかってしまったのか。こういうのを自然とやるのはどうにも難しい。
まあ、そうは言っても。
笑っているセイバーを見るのはやっぱり嬉しいもんなんだけどな。
お題その37、「冬支度」。
一段階鈍い士郎くんと、一段階鋭いセイバーさん。王様は人心を掌握していなければならないのです。反乱から学んだ彼女の教訓(嘘)
ところで今回で秋編も終わりなのですが、今更ながらいいかげん、「セイバーちゃんの教えて!シロウ先生」のパターンは卒業せにゃいかんやろとか反省してみる。
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