やはりメインはおにぎりだろう。屋外で食べるなら箸を使うものより手づかみのできる物がいい。
おかずは定番の鳥のからあげにミートボールとソーセージ、あとは彼女の好きな玉子焼き。
野菜としてゴボウの煮付けにニンジンのグラッセ。筑前煮は昨日の残り物だけど我慢してもらおう。
最近始めたなすときゅうりの浅漬けも忘れずに。
新鮮なものも入れなくちゃ、お弁当の彩りとしては失格だ。ミニトマトとリンゴぐらいは用意しておきたい。
「よし、っと」
ぎゅっ、と風呂敷の端を結び、弁当一式の完成。
揺らさないよう大事にかかえて、台所を出る。
今日は天気はいいけど少し寒い。コートと手袋の他に、マフラーも持っていくべきだろう。彼女にも出がけに同じ事を言っておいたのだから。
防寒対策をして玄関に行こうとすると、遠坂が声をかけてきた。
「あら、衛宮くん。どうしたのその荷物」
「ああ、サッカーの観戦に行こうと思ってさ」
「え!?」
「お、やってるやってる」
晴天の海浜公園は人通りも多く、あちこちで賑やかに騒ぐ人の声がした。
その中でも一際大きな声を張り上げるのは、やはり子供たち。
いつかも邪魔させてもらった、イチョウ並木の向こうにあるグラウンドへと足を運ぶ。音源に近づいているからだろう、歓声は少しづつ大きくなっているように聞こえた。
ぽぉん、と弾むボール。それを追いかけて一喜一憂する子供たち。元気の塊みたいな声が響き渡る。
その中で、子供にしては背の高い人物が精力的に走り回っているのが見える。金色の髪を輝かせながら動くのが誰なのか、遠目からでもよくわかった。
……でも同じグラウンドの中に、これまた金髪の子供が入っているのも見えるんだが……あれってもしかして?
グラウンド脇の芝生に入ると、見覚えのある後ろ姿を発見。気軽に近づいて声をかける。
「よお、三枝」
人影は、呼ばれているのが自分だとすぐにわかって、こちらを振り向きほにゃりと笑った。
「あ、衛宮くん、こんにちは。やっぱり来たんですね」
「ああ、セイバーが出るって聞いたから。三枝は?」
「わたしもギルくんに誘われたから。あとは弟たちも出るし」
そうか、あの面々の中には三枝の弟も何人かいたんだっけ。
せっかく知り合いに会ったのに離れて座るのも何なので、断りを入れて三枝の隣に座り、改めてグラウンドを眺めた。
サッカーの試合は前に見た時と同じく、子供VS子供というある種サッカー遊びである、はず、なのだが…………
「そこです! 右翼から攻め込みなさい!」
「ダメだよ、そこを崩されたらボクらの負けだ。孝太と今久、フォローに回って!」
……………………。
なんだろう。この、やたら合戦じみた動きは?
子供たちの動きは統率がとれていて、子供とは思えないほどよく動いている。サッカー選手でもこうはいかないだろう、その様はまるで優秀な将の元で戦う兵士のごとし。
指揮をとっているのは、さっき見つけた遠くからでもよく目立つ金髪コンビ。コンビ、と言っても二人は敵味方と分かれているようで、互いに自分の味方を使って巧みに攻防を繰り広げている。
片方はセイバー。かつてブリテンの地に平和を取り戻すために戦った、伝説の騎士王。
もう片方はギルガメッシュ(小)。古代ウルクを統治した、自ら以外には滅ぼされなかった英雄王。
はるか昔の王様たちは、戦いなど知らぬ現代の子供たちを使って擬似合戦を繰り広げなさる。
「…………………………………………」
「すごいですよね、ギルくんとセイバーさん。わたしも何度か弟たちの試合を見たことあるけど、こんなにすごい試合を見るのは初めてです」
そりゃあそうなのである。
二人とも歴史にその名を刻む、偉大なる英雄だ。スキルにカリスマなんてものが入り込むほど、その指揮能力は優れている。
セイバーと子ギルは細かく指示を下すだけでなく、自分達が動き回ることも忘れない。見たところ、戦略的には子ギルが一歩リードしているが、セイバーはその分を自らの身体能力でカバーしている。
結果、試合はまさに一進一退、まったく気の抜けない見応えのあるものとなっていた。
「うーん……」
思わずうなる。感嘆した、というのもあるのだが、ひとつだけ心配事もあるのだ。
その懸念を裏付けるかのように、子供とは思えないレベルの高い試合を見るため、通りすがりの人たちも足を止めている。
――――これってヘンな騒ぎになったりしないよな?
できることなら、連戦が続いて話題にならないうちに止めておかないと。どっかのマスコミあたりがかぎつけたらタイヘンだ。
後であの我を忘れて本気モードな司令塔二人に、それとなく釘をさしておかなければ。
「試合終了でーす」
しばらくして、突然三枝が声をあげた。どうやら試合時間を計る役割をおおせつかっていたらしい。
笛の音こそないものの、子供たちは一斉に疲れの色をあらわにしてグラウンドにへたりこむ。まああれだけ走り回っていたからな。たぶん普段よりもかなりハードな試合だったろう。
しかし内容のある試合だったからか、子供達の顔には疲れを上回る興奮と爽快感が見てとれる。
三枝が脇に置いていたバッグの中から、大きな水筒と紙コップを取り出して子供達に配りはじめた。
「はい、みんなご苦労さま」
「三枝のねーちゃん、サンキュー!」
「いつもありがとうございます」
「いいよな孝太んとこは。うちの姉ちゃんなんか鬼みたいだぜ?」
「そりゃ外だけだよ。家ではうちの姉ちゃんだって……ぃてっ!」
「こら、孝太!」
三枝のマネージャー精神は学園の外でも健在なのか。彼女は甲斐甲斐しく、バテた子供から優先的に飲み物を配ってゆく。
チームメイトの健闘をたたえている子ギルが、その合間をぬって三枝に近づいてきた。
「やあ、由紀香。来てくれたんだね。ありがとう」
「あ、ギルくん。お邪魔してます」
「邪魔だなんてことないよ。みんな由紀香が来てくれてとても喜んでる」
ほのぼのと会話を交わす二人。うーん、これだけならすごく微笑ましい二人組なんだけどな。子ギルの思惑とか本性とかを考えてしまうと、どうも素直に受け止められない。
と、俺は俺で招待してくれた人をねぎらわねば。
「お疲れさま、セイバー」
「シロウ」
子供たちに声をかけ終わったセイバーは、小走りにこっちへ近づいてくる。子供たちはまだ動きたくないみたいなのに元気だな。やっぱり鍛え方が一段と言わず十段ぐらい違う。
「観に来てくださってありがとうございます」
「セイバーのお招きだからな。来ないわけにはいかないだろ」
彼女はにこにこと嬉しそうだ。その中には子供たちと同様の爽快感がある。久しぶりに兵を指揮できて、昔を思い出していたのだろうか。
血を流し人を殺す戦は、本当のところ彼女は好きではなかったのだろうと俺は思っている。しかし無血で人を指揮するのは得意であり、この様子を見るとやりがいを感じていそうだった。
「楽しかったか? セイバー」
「はい。皆、よく働いてくれました。子供ながら思ったとおりの動きをしてくれたのは感謝します。
……それだけに、勝利できなかったのは悔やまれますが……」
少しだけセイバーの顔に影が落ちる。
試合は1対1の引き分け。普通の相手だったら間違いなく勝っていただろうが、なにせ相手はあの子ギルである。
うっかり属性がないだけ、おそらく指揮官としての能力は成年バージョンより高い。
「まあ良い試合だったよ。すごく見応えがあった。
で、それだけ動き回ったんだったら、おなかすいてないか?」
「は、はあ。実は少々…………」
言いづらそうにセイバーは口ごもる。さっき腕時計を確認したら、時刻は正午を回っていた。
俺は芝生に下ろしておいた荷物を持ち上げる。
「だから弁当作ってきたんだけど。みんなの分も」
「本当ですか!?」
セイバーの目がとてもわかりやすく輝く。わあ、よっぽどおなか減ってたんだな。
こちらのやりとりを見ていたのか、三枝もバッグを抱えて俺達の方へやってきた。
「衛宮くんもお弁当作ってきたんですか? 実はわたしもなんです。
せっかくだから、みんなで食べませんか?」
「ありがとうユキカ。シロウのお弁当もおいしいですが、貴女のお弁当も楽しみです」
手馴れたもんで、三枝は手早く人数分の割り箸を出し、レジャーシートの上に自分の持ってきた弁当を広げた。彼女の持ってきた弁当はサンドイッチを主体とした洋風弁当。
子ギルが子供たちに号令をかける。
「みんなー、由紀香とお兄さんがお弁当作ってきてくれたって」
うおおぉぉ、と色めきたつ子供たち。さっきまでの疲れはどこへやら、一斉に立ち上がって弁当にむらがる。
「ひゃー、うまそー」
「三枝のねーちゃんのもうまそうだけど、こっちのもいいな。セイバーが作ったのか?」
「違うって、この兄ちゃんだって言ってたぞ」
「え、マジ!? 男が料理すんの!?」
「ゲロスー、食べすぎて午後に新しい伝説作んなよー」
「っせえな!」
これまた準備よく三枝が用意したおしぼりで手をふいて、子供たちは思い思いに手を伸ばす。もちろん俺たちもだ。
セイバーも玉子焼きをひとつ口に含んで、満足そうにうなずいた。
「やはり晴天の下で食べても、シロウのお弁当はおいしいですね」
「そっか。なら今度ピクニックでもしてみるか? 景色のいいとこで食べる弁当もいいもんだぞ」
「ボクも行きたいな。ね、由紀香」
「え? あ、うん、そうだね」
よく晴れ渡った冬の空の下で、なごやかなお弁当タイムは続いてゆく。
――――と、その時。
へくちっっ!
小さな、けれどよく通る音が聞こえた。
くしゃみの音につられてそちらへ振り返ると、例のトリスタン少年が鼻をすすっている。
動き回った汗が冷えてきたのかな。見れば、子供たちの半分は上着をはおっているのに、トリスタン少年は試合の時そのままの格好だった。
「なんだよゲロス。風邪か?」
「ちげーよ! ちょっと寒かっただけだ」
「それはいけません。そのままでは風邪を引きます」
セイバーがサッと立ち上がり、自分の荷物の方へ向かう。間もなく手に何かを持って帰ってきた。
彼女はその何か―――自分のマフラーをトリスタン少年の首にまく。
「さあ、これを使ってください」
「ば、いらねーよ! だいたい汗かいた後なんだぜ!? 汗がついちまう」
「気にすることはありません。貴方が風邪をひいてしまう方が大変です」
「け、けど、…………」
優しく、しかし有無を言わさぬセイバーの言葉に、トリスタン少年は反論を飲み込んだ。
子供ながらに決して退かぬセイバーの鋼鉄の意志が伝わったんだろう。まして自分の身を案じての行動だから断れない。
しぶしぶながら少年は小声で礼を言う。
聞き分けよくマフラーを受け取った少年に微笑を返して、セイバーはこちらへ戻ってきた。
――――と、待てよ。
「そういやセイバーも試合の時のカッコのままじゃないか」
「あ、そうですね。しかし私はこれくらい、」
「じゃあ、セイバーはこれな」
特に彼女の首周りが寒々しく見えて、俺は自分のマフラーをはずした。
が、セイバーはそれが自分の首にまかれる前にぐい、と押し返す。
「いけません。私は今まで動き回っていましたから、体があたたまっています。
じっとしていたシロウの方が寒いでしょう。それはシロウがつけるべきです」
「む。信用ないな。こんなので風邪ひくほど生半可な鍛え方してないぞ」
押し返されたマフラーを、また押し付けるように渡した。しかしセイバーは受け取らず、また押し返す。
「それを言うのなら私もです。そも、トリスタンにマフラーを貸したのは私なのですから、シロウが寒い思いをすることはない」
「だからって女の子に寒い思いさせて、男がぬくぬくしてるわけにはいかないだろ」
「貴方はまたそれを言う。私は女である前に騎士です。守られる立場ではなく守る立場なのですよ!」
「だからいつも言ってるだろ! 騎士だろうがなんだろうがセイバーは女の子なんだから、もうちょっと男を頼りにしろ!」
「シロウはどうしてそこまで頑固なのですか!」
「わからずやのセイバーに言われたくない!」
ぐぬぬぬぬ、と互いに睨み合う。
頭の片隅で、単に意地をはってるなという気はしたが、ここまで来て簡単に退くわけにもいかない。こいつには一度自分が女の子なんだってちゃんと教えてやらないと。
セイバーもおそらく俺と似て正反対のことを思っているのだろう。なんとしても自分が騎士だと認めさせるつもりなのか。瞳に引き下がる意志はまったくなかった。
俺たちは威嚇するようにお互い睨み合い、
「こらっ! ケンカはやめなさい! バツとして今日はおやつ抜きよ!」
突然大声で怒鳴られる。
「へっ!?」
「も、申し訳ありません!」
思わぬ事態に驚く俺。おやつ抜き、という単語に反応してか、反射的に謝るセイバー。
叱り付けた人間も合わせ、俺たち三人が我に返ったのは同時だった。
「あ、あぅぅ。ご、ごめんなさい、ついクセで……」
三枝は真っ赤な顔で、あたふたと頭を下げる。いや、三枝は悪くない。たしかにこんな公衆の面前で口ゲンカするなんて大人げなかった。
セイバーもフォローのため三枝に声をかける。
「ユキカ、謝らないでください。貴女は我々の喧嘩を止めてくれたのですから」
「でも、弟たちとおんなじ叱り方しちゃって……」
三枝の顔はまだ赤いままだ。へえ、いつもこういうお姉ちゃんをしてるのか三枝は。ちょっと意外だ、学校で見せるほにゃっとした面からはあまり想像がつかない。
彼女の背後では、子供たちがこっちを遠巻きに見ながらなにか話している。
――――ケンカか? ケンカだよな?
――――なんだよ、仲良いんじゃなかったのか?
――――ばっか、ああゆーのは「夫婦ゲンカ」って言うんだよ。
――――あ、それ犬も食わないって、ばーちゃんが言ってた。
………………マセガキどもめ。
思わずにらみつけそうになったが、服の裾が引っ張られるのに気づいて視線を落とす。
見ると子ギルが俺とセイバーにジト目を送っていた。
「困りますよ。ケンカするのは勝手ですが、それで由紀香を困らせないでください。
夫婦喧嘩なら夜の寝室でするのをお勧めします」
「子供のセリフじゃないぞそれ」
「いいんです。知識は子供じゃありませんから」
体と精神は子供、頭脳は大人な、どこかの少年探偵みたいな事を言った英雄王は、にんまりと笑う。
それはたしかに子供の顔じゃなかった。
そう、まるでイリヤのような。肉体年齢と精神年齢のアンバランスさが如実に顔に現れた表情。
「だから良い知恵を貸してあげます。ほら、お兄さんもセイバーさんも耳をかしてください」
……良い知恵、ねえ。
こんな表情をしてる相手から授けられる知恵はロクなのじゃないと俺の経験が叫んでるが、まあ子ギルならそんなトンデモない事は言ってこないだろう。
セイバーは素直に子ギルへ耳をよせている。青年体のコイツには絶対しない行動だ。どうやら信頼度が全く違っているらしい。それは俺もだけど。
そんなわけでセイバーにならい、大人しく子ギルへ顔を近づける。
――と同時に、フワリと柔らかい感触が首元を覆った。
「へ?」「な!」
驚きの声は二つ。俺と、隣にいるセイバーと。
今度は互いに隣から声がしたことに驚き、思わず相手を見る。
俺の首には茶色のマフラー。セイバーの首にも同じマフラー。
「お兄さんのマフラーちょっと長いから、二人で充分使えますよね」
子ギルの説明でようやく固まりかけた頭でも理解ができた。
つまりあれか。二人でひとつのマフラーを使うという定番の、
「ってただのバカップルじゃないか!」
「あれ? 他に妙案があるんですか?」
「ぐ」
ない。しかしこれじゃ恥ずかしいというか、それ以前に動けないじゃないか。
隣のセイバーに少しだけ視線をやると、向こうもこっちを見て困った表情をしている。
お互いに顔を向ければ鼻先がくっつきそうなくらい、彼女の顔が近かった。なんだかキスの寸前みたいでやけに緊張する。
人は二人、マフラーはひとつ。たしかに他に折衷案はないのだろうが―――
テシ!
迷っていると、胸に軽い衝撃があたった。
実際は音がするほど強い衝撃じゃない。毛糸の固まり、それも柔らかく編み上げられたものをぶつけられたのだから痛いはずがない。
それでも、投げた方からすれば激情をぶつけたつもりだったのだろう。
セイバーがその蛮行に驚いてソイツの名を呼ぶ。
「トリスタン?」
「これ返す。んな窮屈なことやってないで、これ使えばいいだろ」
「いけません。先程も言った通りそれでは貴方が」
「俺は自分ちから持ってくるから! ともかく返したからな!」
言うが早いか、少年は背を向けて走り出してしまった。そういや前の時、家がここから近いって話をしてたな。本当に家からマフラー持ってくるんだろうか。
「彼の機嫌を損ねてしまったのでしょうか……しかしなぜ?」
「さあなあ」
心当たりならひとつあるけど。まあ、確定したことじゃないし。単に鬱陶しかっただけなのかもしれない。
とりあえず、あいつの分の弁当とっといてやろう。俺が作ったやつを食べるかはわからないが。
いまだに首をかしげてるセイバーを見て、有り難がるべきなのか哀れむべきなのか、俺は複雑な心境だった。
お題その41、「マフラーを貸すよ」。……って、貸してない。
いつも仲良しの士郎とセイバーですが、つまらないことでたまにケンカもすると良いよ、とゆーことで。しかし周囲から見ればそれこそランサーもアンリも食わない(ちょっかいかけない)単なる痴話ゲンカなのだった。今回の被害者はトリスタンくん。恋愛感情かはともかく、知らないヤツとイチャつかれると腹立つくらいにはセイバーのことを気に入ってると思う。
余談ですが、某少年探偵の「体は子供、頭脳は大人」って、17歳で大人とは片腹痛いわ!と思うのはきっとジブンだけじゃない。
|