音ひとつない道場。しかし相手の気迫は肌で感じる。 ピリピリとした緊張感の中、それを打ち破るように竹刀を繰り出した。 「――――――」 俺の竹刀が動くのを見ても、セイバーは眉ひとつ動かさない。 冷静に、当たり前のように、こちらの竹刀の動きを見極め――― パシィン! 一発で軌道をずらした。こうなると今のままでは、俺の竹刀はセイバーに当たらない。 それどころか返す刀で、脳天を狙われる。そうと察してから躱すのは不可能だ。セイバーが打つであろう軌道をあらかじめ読み、そこからせめて急所をずらす。 バシッッ! さっきより低い音がして、俺の左肩に衝撃が走る。しかし身を躱したおかげで気絶というところまではいかない。 身体を動かした勢いを利用し、そのまま離脱。再びセイバーと向き直る。 彼女は積極的に攻めてこようとはせず、しかし俺の隙があれば容赦なく突こうという気概を気配ににじませていた。 師のそんな心構えを無駄にするわけにはいかない。今度は、急所ではないが警戒の薄そうな、二の腕を狙っていく。 竹刀に力を込めて、思いきり踏み込み――― ビリッ! 「甘い!」 厳しい気合と共に、俺が一瞬ひるんだ隙をついて、セイバーの竹刀が炸裂した。 左手に強い一撃を受けて、思わず竹刀を取り落とす。 「―――ッハ―――ハァ―――」 勝負がつき、区切りが良くなったところでようやく止めていた息を吐き出した。するとこれまで止まっていた呼吸を取り戻すように、肺が空気を欲しだす。その要求に応えるべく何度も乱れた息で呼吸した。 一方のセイバーは相変わらず汗ひとつかいていない。毎度の事ながらちょっと悔しい。 ―――と。 「……………………。ふぅ」 セイバーは、いきなり竹刀を下げてしまった。いつもなら俺の息が整うまで待って、すぐに次の打ち込みができるようにしてくれているのに。 「……セイバー?」 「シロウ。本日の稽古はここまでです」 「へっ? なんでさ」 まだ30分も打ち合ってはいない。どんなに時間のない時でも鍛錬の時間が1時間を切ることは普通ないのだ。短い時間で細切れに鍛錬するより、1日のうちどこかでしっかり時間を取って鍛錬するべきというのがセイバーの方針である。 だが、俺の当然の質問に、セイバーは呆れたように大きなためいきをついた。 「何故もなにも、貴方とてわかっているのではありませんか。 今日のシロウはまるで集中ができていない。やる気は感じられますが、時折何かに気をとられ、集中が乱れてしまう。これではどんな鍛錬をしても同じです。何も身にはつきません」 「あう…………」 ズバッとセイバーは辛辣なお言葉をくださる。しかし事、剣に関してセイバーは非常に優秀で真面目だ。その彼女がここまで言い切るのだから、本当に今のままでは何をやっても結果にならないのだろう。……あと、ちょっとだけ俺の態度に怒ってもいるのかもしれない。 「一体どうしたのです? こんなに気を散じるシロウは珍しい」 「いや、その…………」 宝石のような瞳が、全てを見通す力強い獅子の視線で俺を射抜く。なんとなく隠していた事が後ろめたくなって視線を落とした。 「――――ほほう。手ですか?」 「ぐっ…………!? な、なんでわかったんだ!?」 「当然です。戦場では的確に相手の急所を見抜き、そこを突く技術が求められましたから。 人は狼狽した状態で弱点を聞かれると、それが態度に出る事が多い。シロウは今、手元に視線を落としましたね。つまり追及され、つい答えを示してしまったのです。 正直なのは貴方の美徳ですが、自分から弱点をさらけ出すのは欠点です。これもそのうち直す鍛錬をしなければなりませんよ」 道場でのセイバーはいつもの1.78倍(当社比)説教くさい。弟子の未熟さに文句をつけつつ、ずんずんと寄ってくるとあっという間に俺の手を取ってしまった。 「さあ、この手がなんだと――――む」 「――――――――」 言葉の途中で眉をしかめるセイバー。 ……たぶん、今俺が見てるものと同じ光景が、あの緑の瞳にも映っているのだろう。いつもに比べてところどころ赤く変色した手は、若干腫れてもいる。 念のために言っとくと、別にセイバーの竹刀に打たれまくって腫れたわけではない。むしろそれよりは内的要因に近いと言える。 見覚えがあるのか、セイバーは俺の手を指でなぞりながら呟いた。 「………しもやけ、ですね。むう、やはり冬の大敵というわけですか………」 「めんぼくない。こんなの、ここ数年ごぶさただったんだけどな」 家人が増えて水仕事の量も増えたからか、それとも今年は冷えるからなのか。数年来かかっていなかったしもやけになってしまったと気付いたのは昨日の事だった。 一応薬もつけておいたし、かゆみがあるといっても度合いはそれほどひどくない。注意していれば普段の生活に何の支障もないのだが、100%の集中力と緊迫感でもまだ足りないセイバーとの稽古では如実に影響が出てしまうのだ。 セイバーもしかめた眉をそのままに、なおも指でしもやけをなぞり続ける。 「私の騎士たちも、これには悩まされていました。戦場ではわずかな隙が命取りですから」 「そういうセイバーはしもやけとかないのか?」 「幸いなことに私とは無縁の病でした。しかし身内では――――…………」 また言葉を切り、セイバーは考え込む。 ほんの数瞬、宙を見つめていたかと思うと、 「手を貸してください、シロウ」 言うが早いかセイバーは俺の両手を自分の手で包み込む。 流れるようにためらいなく俺の手を口元に持っていき、 ハァー…………
「っっっっ!」 ハァー……ハァー……ハァー……
セイバーは何度も何度も息を吐き、俺の両手をあたためようとする。
お題その44、「霜焼け痛い?」。 |