静かな、静かな闇がそこにはあった。
物陰などで濃さの違いはあれども、その色は等しく闇色。
全てを包み込む優しい闇は、そこにいる者を平等に包み込む。その者が起きていようと寝ていようと分け隔てなく。
沈黙。静寂。この瞬間土蔵には確かにそれらがあった。
しかし全てを包み込む大きくて強い闇も、ほんのわずかなきっかけで破られる。
「――――全行程、完了」
少年の声が静寂を切り裂いた。と同時に雲が切れ、入り口から差し込んだ月光が闇の一部を打ち消す。
少年は大きくひとつ息を吐き、月光の差し込む土蔵の入り口と―――入り口を開いた少女に顔を向けた。
自分に意識を向けられたと気づき、立っていた少女は狼狽する。
「す、すみませんシロウ。邪魔をするつもりはなかったのですが……」
「いや、ちょうど終わったとこだったし。全然構わないよ」
月光のような少女の金色の髪は、本物の月光に照らされてなお眩く光り輝く。
対して聖緑の瞳は、今は遠慮の色に翳っていた。
その色を取り払いたくて、少年は手招きをして少女を呼ぶ。
瞳の遠慮の色は消えなかったが、それでも少女は傍へ寄り、少年の隣へ座った。
「――投影の鍛錬をしていたのですか?」
「ああ。今はまだ身体に負担をかけないようにするなら、これが限界だけど」
闇の中でわずかな明かりを反射して、少年の手に握られた剣は鈍く銀色に光る。
一見して無銘とわかる剣。だがその気性は素直で真っ直ぐなものを感じさせる。
まるで彼そのもののようだと、少女は剣に好感を覚えた。
一方少年は少女の手元が気になったようだ。
「あれ、それ毛布?」
「あ、その、あの…………はい」
「……もしかして、また俺が寝てると思った?」
「ええ、まあ……。すみません、間違えてしまったようです」
「気にするなって。それよりおとといはありがとう。おかげで風邪ひかずにすんだ」
「いえ、シロウを守ることは私の役目ですから」
それきりふと会話が途切れる。
さらさらと静かに時間が流れる。
そのうち沈黙に耐えかねたのか心を決めたのか、
「…………あのさ、セイバー。その、もっとこっち来ないか?
夜はまだ冷えるだろ。毛布……一緒に使わないか?」
夜とはいえど、季節はすでに春も半ば。
少年も少女も寒いとはちっとも思っていなかったけれど。
純朴で飾ることを知らない少年の、精一杯の不器用な誘いに。
「――――はい。では、失礼いたします」
少女もまた、不器用に応じた。
毛布の片方の端を少年の、もう片端を少女の肩にかける。
一人用の毛布に入るため、自然二人の距離は近づいた。
布一枚で外と隔絶された世界。まるで二人きりしか世界に存在しないような錯覚に陥る。
少年は片腕を少女の肩に回し、彼女の頭を自らの胸へ閉じ込めた。
「シロウ…………」
―――― とくん とくん
小さな音が彼女の耳朶をうつ。
心音を聞くのは初めてではない。けれどこんなに心穏やかに―――否、抑えきれないほど愛おしいと感じることはなかった。
もっと音を聞きたくて、今度は自ら彼の胸板へ頭をすり寄せる。
と、小さな音が通常のそれよりわずかに早いことに、少女は気がついた。
「……シロウ? もしかして緊張していますか?」
「う、そりゃあ、まあ。改めてセイバーとこうしてるんだなって思うと、緊張も、する」
「ふふっ。……私もです」
彼の空いている方の手に自分の手を重ね、そのまま自らの膝の上へ導く。
もっと近づきたくて。もっと触れていたくて。
――――たださらさらと月の光だけが差し込む。
しばらくして、少年が口を開いた。
「……よかったのか? 本当に」
「何がです?」
「ん……さっきはああ言ったけどさ。
セイバーをこの家に置いといていいのかな、って。
せっかく普通の女の子として生きられるチャンスなのに―――」
それは少女の事を想うがゆえの弱気。
心から愛した彼女だから、少しでも幸せになって欲しいと。
「俺は結局、どこまで行っても魔術師から離れられない。でも魔術師ってのは、何かあれば互いに殺し合うような因果で物騒な存在だ。
まして俺は、まだ自分がどこを目指しているのかすらはっきりと判らない。
だから、もしセイバーが望むなら、幸せになりたいと思うなら――――」
例え自分は傍にいられなくても。
苦しげに声を漏らす少年の危惧を、しかし少女は躊躇わず笑い飛ばす。
「それこそいらぬ遠慮です。私は貴方の剣として在ることを、この身に誓った」
「セイバー……契約とか誓いとか、そんなの…………」
「いいえ。マスターやサーヴァントなど関係ない。
私という人間が、シロウを守りたいと思ったのです。それではいけませんか?」
人並みの幸せは、たしかに手に入るかどうかわからない。
それでも彼の傍にいる以上の幸せがあるなど、少女には思えなかった。
…………むしろ。
「私の方こそ……不安なのです」
少年の手に重ねていた手を、静かに持ち上げる。
「この手は数多の罪を重ねている。異民族を殺し、自国の民を裁き、見捨て……。何百、何千という人間を死に至らしめてきました。
シロウの傍には凛や桜、他にも大勢の穢れていない女性がいる。
それでも貴方は――――」
この血塗られた手を、取ってくれるのかと。
哀しげに見つめられる白い指を、少年は強く握り締める。
「バカ言うな。セイバーだって穢れてなんかないだろ。
それに、俺のこと鞘だって言ったのはお前じゃないか。剣なら大人しく、鞘んところに帰ってこい」
誰かがやらねばならなかったことを、あれだけ頑張ったのだから。
少女の手が幾つ命を奪っていようと、その手が穢れているなど、少年には思えなかった。
「つまんないこと言い出したな、俺。
――――ありがとう、セイバー」
「いいえ。私の方こそ、ありがとうシロウ」
ここに居てくれてありがとう。
選んでくれてありがとう。
愛してくれて、ありがとう。
鞘は剣があってこそ、自らの存在意義を感じることができ。
剣は鞘がある場所でのみ、その身体を休めることができる。
違う役割、違う在り方、違う存在。だからこそかけがえのない一対となれる剣と鞘。
少女は握られたままの自分の手に力をこめ、少年の手を握り返す。
「シロウ――――貴方を、愛している」
「ああ――――俺もセイバーが一番好きだ」
ただ自分の感情のままに想いを告げた夜。
最後の別れの代わりに想いを告げた朝。
あの時は一方的に告げるだけだった想いを。
今度こそ受け取ってもらえると信じて、二人は言葉を、想いを交わす。
ここに。
――――契約は、完了した。
少年は少女の肩に置いた手を頭に移し、金の色の髪を梳く。
さらさら、さらさらと手触りを残して、髪は少年の指からこぼれ落ちる。
飽くことなくまた掬う。何度も、何度も。
少女はその感覚に身を委ね、髪を触られる心地よさにうっとりと目を閉じた。
「―――シロウの匂いをまた感じられるとは思いませんでした」
「え? な、なんか臭いか俺?」
「いえ、そうではありません。とても落ち着く、いい匂いです」
もう一度身をすり寄せてきた彼女に、少年は止まっていた手の動きを再開した。
少女は少年の耳元で囁く。彼に一番近いところで想いを伝えられるように。
「シロウ。今夜はここにいてもいいですか? 聞いて欲しい事がたくさんあるのです」
少年も少女の耳元で言葉を紡ぐ。想いがこぼれてしまわず全て伝わるように。
「ああ。たくさんお前の声を聞かせてくれ。セイバー」
姿を、声を、匂いを、体温を、感触を、存在を、――全てを。
もっと、もっとたくさん、感じさせて欲しい。
あなたが今ここにいるのだという、何よりの証拠に。
さらさら、さらさら、さらさら。
そんな音がするほど静かに、月光と時間の流れる中。
月光が朝日に変わるまで、二つの影は離れようとはしなかった。
はいよっ、ゲロ甘丼特盛り一丁お待ちっ!!(どんっとね)
くああああぁぁぁぁーーーー!!!!!!(吐血&吐砂糖)なに!!ナンナンデスかこの甘さーーー!!!小沢さん甘いよ甘すぎるよ、カレンさんが認識できるケーキぐらい甘いよーーーー!!!!
……事の起こりはWEB拍手。拙作「ユメの向こうに」の晩にイチャイチャしてる二人が見たい、とコメントいただいた事からでした。書くつもりはなくて、ネタが切れたら考えてみよーかな、と思ってたのですが、人気投票のコメントでホロゥひそかにグッド説を潰され、PS2でのグッド実装を願っていたら、いつの間にかネタがまとまってました。書いたのはジブンの責任なんで、コメントくださった方や型月様を恨まないよーに。
ひたすら雰囲気だけの話。なので動きも面白味もなく、脳髄に直接甘さという信号を叩き込んだよーな感じになってしまいました。てか、ある種トチ狂った電波系。我ながらなんでここまでいったか。つか、れーせーに考えて、うちのFate小説はアクが強すぎてうちにしかアップできず、余所様にあげる用ってそれ専門に書いてることに気付く。
なんか感覚描写重視に書いたら、ちょいエロっぽくなった気がするのは気のせいか。ただ抱き合って話してるだけなのに。