「「「メリークリスマーース!!!」」」
 パン、パパパン、と弾け飛ぶクラッカーの音。
 視界が赤黄色緑と色とりどりの紙で埋め尽くされている。
 俺に向けて放たれた3発のクラッカーの中身を、ひとまず頭からどけた。
 左からイリヤ、遠坂、藤ねえの順でとても楽しそうに笑っている。イタズラが成功した悪ガキのような笑顔は、受ける印象がまったく同じだった。
 ――――まあいいか。今日はクリスマスイブだし。
「ほらほら、シロウもそんな暗〜い顔してちゃダメだよ。今日はパーティーでしょ?」
「イリヤの言うとおり。衛宮くん、料理の準備は充分か?」
「士郎〜〜! お姉ちゃんのリクエストはちゃんと聞いてくれたかな〜!?」
「かぶりつきたくなるぐらい美味そうで大きいチキン、だろ。肉屋に無理言って仕入れてもらったからちゃんとある」
 もっとも家のオーブンではとても焼けず、わざわざアインツベルンの城までオーブンを借りに行ったところが一番苦労したところだっていうのは、意地でも教えてやらない。
 料理が揃いきるまでもなく、すでにシャンパンが開いてどんちゃん騒ぎが始まっているパーティー会場もとい居間を見ながら、俺は少し苦笑した。


 12月24日の晩といえば、クリスマスパーティー。
 一般的な家庭では恒例のイベントだが、実は衛宮家でそのイベントが行われることはこれまでなかった。
 答えは単純かつ明解。
 衛宮家でパーティーを開くまでもなく、藤村組で催されるそれに毎年招待されていたからである。
 組でクリスマスパーティーなんかやるのか? と思ったこともあるが、どうやら藤ねえの存在が大きかったらしい。お祭り騒ぎの好きな藤ねえが、雰囲気にそぐわないというだけでイベント事を見逃す道理はなかった。
 だが今年。衛宮邸では初めてこの日にパーティーが開かれることとなる。
 答えは単純かつ明解。
「おいアーチャー、食いもんにいちいち顔しかめるのやめろってんだ」
「フッ。ランサー、君は思い違いをしているぞ。私は料理の採点をしているだけだ」
「それがうっとうしいっつってんだよ!」
「そうですアーチャー(もぐもぐ)シロウの料理は常に最高のものばかりだ(はぐはぐ)たしかに貴方に比べれば経験が足りないかもしれませんが(むぐむぐ)とてもあたたかみのある良い料理です(もきゅもきゅ)」
「……セイバー、きちんと口の中を空にしてから話してください。はしたないですよ」
「ふむ、安物の酒と思っていたがなかなかどうして――美酒ではないか。これならば月見酒も悪くない」
 …………こういう事態が容易に予想されたから。
 俺の作った料理に群がり、『ケンカするほど仲が良い』という言葉に当てはめるのならば微笑ましく歓談しているサーヴァントたち。
 ちゃんと招待したのもいれば、どこからか聞きつけてやって来たのもいる。アサシンこと佐々木小次郎なんか、すっかり門から離れる裏ワザが身についてるみたいだ。
 こんな人外魔境を、藤村邸の人たちに見せるわけにはいかない。魔術の隠匿うんぬんの前に、藤村邸の皆さんの理性を守るためにも。
 藤ねえは反対したが俺は正義の味方として藤村邸の皆さんを守るために衛宮家でのパーティーを計画した。俺がテコでも計画をやめないとわかると、藤ねえは現金なもんで、藤村邸の方のパーティーは明日25日に行う予定を立てたらしい。
 ちなみに俺たち衛宮家のメンバーは明日も強制参加である。まあ今日の招かれざる客も明日は来ないだろうが……昨日の今日で体が保つだろうか。気が重い。
 ただひとつの救いといえば。
「そんなに落ち込まないでくださいお兄さん。さあ、せっかくのパーティーなんだから元気出して」
「…………お前の優しさが身に染みるよ、ギル」
 ぽん、と肩をたたいて慰めてくれるちびっ子英雄王に感謝の目を向ける。
 もうこれでこいつが青年体になってたら、どれだけのカオスになっていたことか。
 青年体のギルガメッシュは諸悪の根源だが、幼年体のこいつはなぜかサーヴァント中一の常識人を誇る。
「ところでさ。なんで今日はそっちの姿なんだ?
 いや俺としてはものすごくありがたいんだけど」
 なんか魂胆がわからないままっていうのは不気味だ。
「それがですね。なんでも『我は神ぞ! なぜ他の神の誕生など祝わねばならぬのだ!』ってことらしいです。
 まったく、自分がイヤなことみんな僕に押し付けるクセ、我ながらどうにかならないもんでしょうか」
 少年王は大きく嘆息した。自分にまで迷惑をかけるとは、さすが傲慢王ギルガメッシュ。
 お互いしみじみとため息をついていると、ランサーが耳ざとく聞きつけてやってきた。
「なんだ、あんにゃろ折角のパーティーなのに何が不満だって?」
「ああ。なんでも他の神サマの誕生日は祝いたくないんだってさ」
「他の神ぃ? 何の話だそりゃ。今日はみんなでどんちゃん騒ぎする日だろ?」
 あれ、ランサーは今日が何の日だか知らなかったのだろうか?
「間違ってはいないけど。
 今日はクリスマスって言って、キリスト教でいうところの神の子、イエス・キリストが生まれた日をお祝いするキリスト教のお祭りで――――」
 と説明し終わる前に。
 なぜかセイバーもランサーもライダーも小次郎も、声を失い信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
 その瞳に宿るのは――――恐怖。
「………………へっ?」
 ぽつり、と声をもらすと。
 まるでそれが引き金になったかのごとく、四人は一斉に慌てだした。
「坊主! なんだそりゃ! お前いつの間に改宗してやがった!?」
 ランサーはまるで親の敵を見るような目で睨み。
「サクラ。こんな場には一分一秒でもいられません。ええ、別にサクラの宗教観に問題があるわけではありませんが、この町でこの宗教を信じるのは危険すぎます」
 ライダーは今すぐ桜の手を引っ張って帰ろうとし。
「シロウ! いったいなぜ、なぜ言峰の軍門などに下ったのです!? 私には理解できません! 今からでも遅くはない、すぐにでも彼の者と手を切ってください!」
 セイバーは目に涙まで浮かべながら俺にすがりつき。
「……キリスト……耶蘇教のことか……く、来る……役人が……来る……!」
 小次郎はいつもの優雅さをかなぐり捨てて顔面蒼白になり。
「――――――――」
「……………………」
 冷静な目でそれを見つめる、残り2人のサーヴァント。
 俺や遠坂や桜といった人間組は、それを呆然と見つめることしかできない。
 いったいなんで。なにがそんなに彼らの心に触れたのだろう?
 とりあえず一番近くにいたセイバーに説得を試みる。
「あー、あの……セイバー?」
「シロウお願いです! 今すぐにこの祝いの席の中止を! 貴方がこれからもこんな事を続けるようであれば、私はっ……この先貴方を守るという誓いを果たす自信がありません!!」
「――――なんでさ」
 今にも錯乱して泣き出しそうなセイバーを見て思わず疑問が口に出た。なんで俺はたかがクリスマスパーティーごときで、三行半みくだりはんをつきつけられそうになってるんだ?
 しかも不謹慎だが、涙目で顔を紅潮させながら必死の表情をしているセイバーはメチャクチャ可愛い。その混乱が事態の見通せない混乱とごっちゃになり、頭の中がどんどん高温になっていって――――
「フッ……まだまだだな、衛宮士郎」
 人を小馬鹿にしたような笑いで、一気にクールダウンした。
「どういう意味よ、アーチャー」
 遠坂が自分の相棒に食ってかかる。どうやらあいつもわからないらしい。見れば桜や藤ねえも同じ顔をしていた。
「どういうも何も。こんな極東の島国の常識が、他の国の者にも通じるとは思わない方がいいという事だよ凛」
「……あ……」
 何かに気づいた遠坂の声。それを受ける形で少年王が補足する。
「国民のほとんどが特定の宗教を信じておらず、かつ複数の宗教のお祭りに参加するなんて習慣、めったにありませんからね。
 そういうわけでセイバーさんも皆さんも落ち着いてください。ここにいる人たちは誰もキリスト教徒じゃありませんし、まして言峰教会へ礼拝に来たことなんか一度もありませんから」
 ああ、そっか。そういえば日本の宗教事情はかなり独特だった。
 無宗教者なくせに、お祭り好きでどこのお祝いも積極的に取り入れる。それが日本独自の宗教観。
 正月に神社へお参りし、クリスマスを祝い、年末は除夜の鐘を聞く。
 子供は七五三で神社へ行き、教会で結婚式をあげ、亡くなれば寺で葬式をあげる。
 こんな3つの宗教が人生に入り交じり、かつそれに違和感を感じないのは、たぶん現代日本人ぐらいなんだろう。
 その証拠に平然とした顔をしているのは現代日本人のアーチャーと、ここ10年間で日本の文化に慣れきったギルガメッシュくらいだ。あとの皆は、俺たちがキリスト教に改宗したと思ってるっぽい。
 小次郎のうめきには『役人』『踏み絵』『はりつけ』なんて単語が混じってたんだが…………えーと、もしやキリスト教狩りか? 豊臣秀吉の時代とかにやってた。
「本当ですねシロウ? 本当に言峰の軍門には下っていないのですね?」
 子ギルの説明を聞いて、セイバーが希望を見出したように詰め寄ってくる。事実というよりむしろその勢いに圧されて、こくこくと頷いた。
 セイバーはいかにも安心したように息を吐き、嬉しそうな顔でやっと俺から手を離して、
「まったく。天の父に対して不敬にも程がありますね、この国の人々は」
 真後ろから聞こえる少女の声に肩を震わせて振り返った。
 今のは俺も同じぐらい驚いた。慌てて視線をやると、黒い神父服の男が鶏の唐揚げを、銀髪のシスター服の少女がボンゴレのパスタを、それぞれつつきながら立っている。
 それが誰かは言うまでもない。坂の上の教会に住む変人コンビ。
「言峰! カレン! お前らいつの間に」
「いつ、とはゴアイサツだな衛宮士郎。さっき上がらせてもらっただけだ」
「パーティーを行うと聞いて、わざわざやってきたのです。招待してもらえなかったのはがっかりですが。
 もし私が魔女なら、招かれなかった腹いせに盛大な呪いをかけてやるところです」
 表情ひとつ変えず、なんでもない事のように言い切る二人。くっ、なんでこいつらが。
 俺の内心を代弁して桜が問いかける。
「で、でもカレンさん。今日はクリスマスでしょう? 教会ならクリスマス礼拝とかやってるんじゃないですか?」
「安心して桜さん。今日はクリスマスではなく、クリスマスイブ。当日ならともかく、前日にまで礼拝に訪れるような敬虔な信者は、残念ながらこの町にはいないの」
「し、しまった!?」
 思わず漏れる遠坂の叫び。俺の心境も似たようなものだ。
 クリスマスの本番といえば24日の晩、という日本の常識が染みついていた俺たちに原因がある。まさかこの日なら参加できないだろうとは思っていたけど、詰めが甘かった。
 重くなる空気。刺々しくなる雰囲気。この二人の珍客に皆が警戒している。特に二人に虐げられてる立場のランサーとギルガメッシュは、一目でわかるほど緊張していた。
 ピリピリとした皆の気持ちを、しかし言峰は一笑に付す。
「まあそう苛立つな。今日は純粋にクリスマスへ参加しようというだけだ。神父として、生まれてくる者を祝うのは当然だろう?
 ゆえに誰と争うつもりも、事を荒立てるつもりもない。気を張るのはお前たちの勝手だが、無駄な苦労をしているとだけ言っておこう」
 そう言って、今度は海老ピラフを一口。とたんに眉を小さくひそめた。
「…………む。辛味が足りんぞ衛宮士郎。仕方あるまい、私が味付けを――――」
『ってピラフの大皿に唐辛子入れようとするなあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
 皆の叫びは見事なまでにシンクロした。
 ……頼むから早速事を荒立てようとしないでくれ……。




 パーティーも中盤にさしかかると、みんなただ料理をつついてワイワイやるのに飽きてきた。
 この中だるみの時間を引き締めるのが、レクリエーションの役割である。
 担当責任者である遠坂にそのことを聞いてみると。
「まかせといて! バッチリ考えてきてあるから♪」
 と楽しそうにウインクをして、隣の部屋へ消えていった。
 空になった皿を引っ込め、新しく料理を補充して回ること15分。
「はーい、注目! サンタのおじいさんの登場よ、みんな拍手拍手ーー!!」
 にこにこ、いやにやにやか? 顔に笑みを浮かべながら、遠坂が突然騒ぎだし、縁側へ続く障子を勢いよく開けた。
 そこに不機嫌そのものの顔で立っていたのは――――
「ア、アーチャーさん?」
 戸惑う桜の声。他の皆も目が点になった。
 なにせ赤い外套の騎士の二つ名を持つ弓兵が――――白髭つけたサンタのカッコをしていたのだから。
「「「わはははははははは!!!!」」」
 指さして大笑いする俺とランサーと遠坂。ランサーなんか畳をベシベシ叩いてまで笑い転げてる。
 あ、アーチャーのやつ、殺気と情けなさが入り交じった、不思議な顔してやがる。
 遠坂がアーチャーの肩をバンバン叩きながら、
「いやあ、似合う似合う。こんなにハマるとは思わなかったわー」
「…………この寒空の下、マスターの命令を聞いて走り回ってきたサーヴァントに対する、労いの言葉がソレか?」
「あー、ゴメンゴメン。感謝してる。してますって」
 涙浮かべてまで笑うその顔で言われても、全然説得力がない。
 アーチャーも愚痴ったところで無駄だと気付いたのか、肩にかけていたひたすら大きな白い袋を、ドスッと下ろした。
 ライダーが皆の当然の質問を代表して聞いてくれる。
「アーチャー。それは一体何なのです?」
「これか。これはサンタのプレゼント、なのだそうだ」
「……プレゼント?」
「先ほど、凛が各々へ『クリスマスプレゼントは何がいいと思うか』を聞いて回っただろう。それをわざわざ買ってきたのだ。よりにもよって当日に」
「ちなみに、お金を出したのは僕ですけどね」
 子ギルが口を挟む。……そうか、さすが常にバランスを主張する一流マスター、遠坂凛。適材適所というか、サーヴァントの特質をよく捉えている。
 目元に浮かんだ笑いすぎの涙をぬぐって、遠坂が宣言した。
「それじゃあ、今からプレゼント抽選会をするわよ」
「抽選会? 欲しいものが貰えるんじゃないのか?」
「チッチッチッ。甘いわねランサー。わたしは『プレゼントは何がいいと思うか』って聞いたのよ。
 自分の欲しいものを出した人もいたけど、あげたいものを言った人もいた。そこがポイントなの。欲しいものが簡単に手に入っちゃったらつまんないでしょ?
 欲しいものを言ってしまった人は、それが自分に当たるよう祈るのね」
 ランサーが苦々しい顔で舌打ちしている。アーチャーやライダーばかりに目がいくところだが、実はランサーの幸運度もスキルEだ。特に人間関係の運は最低クラスである。
 そんなランサーをほったらかして、遠坂はいそいそと大きな箱を取り出した。
「この中には番号の書かれた紙が入ってるから、1人1枚引いて。同じ番号のプレゼントが貰える物ね」
 説明しつつ、さっそく最初の1枚を引く。なんでも先出しが好きな遠坂らしいフライング、いや一番乗りだ。
 続いて神速のランサー、楽しいこと好きな藤ねえと、次々くじが引かれていく。
 俺はその光景を、なんとなくぼんやり眺めていた。
 みんなの一喜一憂の表情が、なかなか楽しい。
 ランサーは本を20冊ほど貰って顔をしかめていた。きっと読まないだろうな。藤ねえは香水が当たったらしく大喜び。最もあの人はなんでも喜びそうだが。しかし使うのかなあれ。
 そうした中で、今度はライダーがくじを引いた。
 自分の手の中にあるくじと、プレゼントの番号を見比べて……
 ――――――――びしり。
 ライダーが石化した。
「あ、あれ……? ライダー?」
「――――――――――――」
 心配になって声をかけても反応しない。
 タイミング的に、ライダーの当たったプレゼントが原因と見ていいと思うんだが……。
 石化の魔眼の本家、ライダーをして石化させるなんて、どんなプレゼントなんだ一体?
「ちょっと失礼。ライダー、何が当たったんだ?」
 固まったままの彼女の手元を覗き込む。くじの番号は7番。
 その番号がついていたのは――――蛇皮のサイフ。
「うあっ!? だ、誰だ、こんなの頼んどいたの!?」
「こんなのとは失礼ね! ヘビのサイフはお金がたまるのよ!」
 ……どうやら遠坂らしい。たしかにあのサイフは上品なデザインで、作りもしっかりしている。間違いなくお値段も含めて一流の高級品だ。
 しかしどんな良いものでもヘビはヘビ。よりにもよってライダーに当たるとは…………。
「おーいライダー。大丈夫か〜?」
「――――――――――――」
 目の前でひらひら手を振っても、ライダーはピクリとも動かない。これは困った。
 はてさて、どうしたもんか。
 考え込んでいると、イリヤがつんつんとライダーの服の袖をひっぱった。
「ねえライダー。だったらわたしが当てたのと取り替えてくれない?」
「ん? イリヤも何かイヤなの当たったのか?」
「ええ。わたしもあれはちょっと……」
 イリヤが指し示したのは、赤い柄のついたフォークやナイフ。
 商品名に『猫アルク食器セット』と書かれていた。
 肉球のマークは可愛らしいが、猫というのがイリヤには引っかかったのだろう。
「ちょっとライダー、聞いてる!? ライダーってば! あのサイフわたしにちょうだいって言ってるの!」
 イリヤがライダーを正気に返そうとしてくれている。あれならなんとかライダーも立ち直れるだろう。
 一安心してライダーから離れると、くじを引いたセイバーがやってきた。
「シロウ。今引き当てた物品は、他人と交換しても良いものなのですか?」
「んー……まあゲームだからなあ。あんまり固い事言わなくてもいいんじゃないのか。
 それに――――」
 俺がライダーを見ると、セイバーも同じ方向へ視線を送った。
 イリヤの申し出で金縛りが解けたライダーは、うるうるした目でイリヤに感謝の意をあらわしている。
「…………いくらなんでも、ライダーにあのプレゼントが渡るのは、ちょっと可哀相すぎるし」
「……そうですね。両者の幸せのために、ここは目をつぶった方が良いようです」
 やっと雰囲気のやわらいだ空間を二人で眺めていた、その時。
「衛宮士郎」
 俺の名を呼ぶ声に振り返ると。
「もたもたするな。早くくじを引け。お前で最後だ」
 憮然とした表情でアーチャーが立っていた。
 よく見るとやつのかぶっていたサンタの赤帽子は、すでにヒゲとセットでツリーを帽子掛け代わりにしてかけられている。よっぽどあの扮装はイヤだったんだな。
 箱の中に手を突っ込むと、たしかに紙はあと1枚しかなかった。取り出して中の番号をプレゼントの番号と照らし合わせる。
「えーっと5番、5番…………げっっ!?」
「どうしたのですかシロウ? ――――あ…………」
 俺の言った5番の札がついているプレゼントを見て、セイバーも気まずそうな顔になる。
 その札のついたプレゼントは――――婦人用の傘。
 シックな色合いとデザインだから、女性なら誰でも使えるだろう。しかしあくまで婦人用。男の俺が使うのはあまりにも不似合いだ。
「いささかシロウには使いづらそうですね。あの繊細なデザインは、女性が使うための物のような気がします」
「ああ。失敗したかなあ……。うちの誰かに使ってもらおうと思って選んだんだけど」
「は? ではあの傘は、シロウが申し出た品なのですか?」
 首を縦に振る。もともとあれは、我が家の女性陣の誰かが使ってくれればいいと選んだ品なのだ。
 もともと切嗣と俺の男所帯だった衛宮家には、女物の傘が少ない。皆無と言ってもいい。
 藤ねえならビニール傘でも男物でも平気な顔で使ってくれるし、藤村邸まで走ったところで大して濡れないのだが。桜は男物の傘を使い辛そうにしているし、遠坂はビニール傘であってもハッキリ嫌そうな顔をする。
 とはいえ傘なんて、桜や遠坂もそう自分用に何本も持ってるものじゃない。だから自然、自分の家へ置いておくことが多くなる。
 そんなわけで衛宮家では、慢性的な婦人傘不足なのだ。
 いい機会だから、誰か一人分くらいは、と思ったのだが――――
「まさか自分で当てるとは思わなかった」
「あ、あの、それではシロウ…………」
 セイバーがちらちらと上目遣いに俺を見る。何かに迷って緊張しているその姿は、見ているこっちが緊張してきた。
「よろしければ、私の当てた物と交換してくれますか?」
「え? いいのか?」
「はい。私が当たったのはあれなのですが――――」
 くじを見る。セイバーの当てた番号は1番。
 なんと豪華なマッサージチェアーだった。
 温泉とかにも設置してありそうな、とても高そうなやつだ。
「私は生まれてから一度も肩が凝ったことなどありません。
 一方シロウは毎日バイトや学校や家事で、疲れがたまっている。
 シロウに使ってもらった方が、椅子も喜ぶのではないかと思うのです」
「ああ、そういうことなら…………」
「ちょっと待ってくださいーーー!!!」
 交換しようか、と俺がセイバーに言おうとしたとき。
 横から桜が会話に割って入ってきた。
「セイバーさん、ズルいです! 先輩の選んだプレゼントが欲しいのは、わたしだって同じです!」
「なっ! べ、別に私はそのような意味では!」
「待った。だったらわたしだって交換して欲しいわよ」
 さらに遠坂乱入。その手に持っているのは、なんとショルダーバッグ。それもピンク色の。
「おい待て! もしかしてそれを俺のと取り替える気か!?」
「あら別にどっちも士郎には使い物にならない点では同じでしょ。わたしこんなパステル系の色は似合わないもの」
「ダメですそんなの! 先輩、わたしのと交換してください!」
「シロウ、是非この椅子で疲れを」
「ああもう、落ち着けーーーーー!!」

 で。
 結局、俺の当てた婦人用傘は保留。衛宮家に常駐させ、(俺以外の)全員で使うこととなり。
 他の3人は互いにプレゼントを交換しあうことで落ち着いた。
 セイバーの引き当てたマッサージ椅子は、肩こりのひどい遠坂へ。
 遠坂の引き当てたピンク色のショルダーバッグは、一番似合いそうな桜へ。
 そしてセイバーへは――――
「シロウ、これは何ですか?」
「ああ、これはスノードームだな」
 よくクリスマスの時期になるとプレゼントとして選ばれるインテリア。おもちゃ、と言ってもいいかもしれない。
 透明なドームの中に雪景色の模型が入っていて、水をいっぱいに入れてある。一度上下をひっくり返して元に戻すと、キラキラ光る銀紙とかが雪みたいに降り注ぐのを楽しむ、というアレだ。
 普通なら手のひらに乗る程度の大きさなんだが、セイバーの貰ったこれはかなり巨大なもので、高さも横幅も20cmくらいある。
「むむ、スノードームですか……。しかしシロウ、これは一体何の役にたつ道具なのですか?」
「役に立つ、ってものじゃないんだけどな。こうしてスイッチを入れると……」
 単三電池2本でお手軽に動くおもちゃは、ドーム内に水流を作り、銀紙や光を反射するカケラを舞い上げた。
 水流の強さが絶妙で、ドームの中に降る雪は、美しく輝きながらふわふわと模型の町に舞い降りる。
「こ、これは……!」
「なかなかキレイだろう? これを楽しむためのものなんだ」
「なんという……驚きました。雪の降る町を再現しているのですね。
 これはどんな魔術を使っているのですかシロウ」
「魔術なんかじゃないぞ。単なるおもちゃだから」
「おもちゃ…………こんなに綺麗なものがですか――――」
 セイバーは感動と驚きを同時に味わっているようだ。視線はすっかりスノードームへ釘付けになっている。
 しかし説明書には、セイバーをもっと驚かせるものが書いてあるのだった。
「あとは、ここのスイッチを押すとだな」
 ぽう、と淡くライトが点灯した。スイッチを押すたびに、無色、紅、蒼のライトが入れ替わる。
 するとライトがなかった時とは、また全然趣の違った町や雪が見られるのだ。
「な――――――!」
 愕然とするセイバー。
 そっと手を伸ばすが、指先は小さく震えている。触れてはいけない宝物に触れるように少しだけためらい、けれど触れたいという誘惑には抗いきれず、恐る恐るスノードームに触れた。
「素晴らしい…………これまで見たどんな宝石も、この輝きにはかなわない。
 まるで魔法のようです…………」
 夢見るように呟いた口調は、彼女にこのプレゼントが渡ったのは大当たりだったと、思わせるのに十分だった。
 それからしばらく。
 セイバーはうっとりと、スノードームを眺め続けた。
 その幸せそうな顔に、何と言葉をかけられたろう。俺は何も言わず、そんな彼女を見つめていた。
 ――――たとえ。
 藤ねえを始めとしたやつらが、ライバルのいないうちに食べまくれと、パーティーの料理をひたすら蹂躙していたとしても。




 パーティーも2時間を過ぎると、だんだんテンションが上がるヤツと下がるヤツの差がはっきりしてくる。
 藤ねえとイリヤは盛り上がりまくり、きよしこの夜を合唱していた。調子に乗った藤ねえが犬の遠吠えのマネなんかしてる。……あれには何の意味が?
 逆にテンションが鍋底なのはアーチャー。どうやら悪い風に酒が回ったらしい。そういえば遠坂とランサーにからかわれ、ムキになってかなりの量飲んでたみたいだったな。部屋の隅でブツブツ呟いてるのは、正直不気味としか言えない。
 あとは我関せずでひたすら月見酒状態な小次郎。あいつ酒ばっかり飲んでるな……。ザルを通り越してワクだったのか。
 ともかく、みんなそれぞれパーティーを楽しんでいるみたいだった。
「先輩。新しいケーキまだありますか? 藤村先生とイリヤさんが、もう生クリームは飽きたって……」
「ああ、そうだな。ラスト1個だけ残ってる」
 明日、食いすぎで腹痛なんか起こさなきゃいいんだが。
 俺は最後のチーズケーキとナイフを持って、台所から居間に戻った。居間全体をなにげなく見回し――――
「…………あれ?」
 気が付いた。
 部屋のどこにも、彼女の姿がないことを。

 〜interlude〜

 さくり、と冷たく凍った芝を踏む音がする。
 暗い夜の庭でも、わずかな光を照らし返す金色の髪と白いブラウスは、まるでひとつの明かりのよう。本人の輝ける生気が身体を包んでいるようだ。
 彼女はさくさくと芝を踏み鳴らしながら、数歩だけ歩みを進める。
 居間からもれる明かりの輪から、わずかに外れた場所に立ち止まり。
 闇の中で、先程から彼女を見ているもう一人の人物に話しかけた。
「――それで、私に何の用があって呼び出したのです?」
 金の髪の少女は不服をはらんだ目で、銀の髪の少女をにらむ。
 相手は妖しく光る金色の目で、彼女を見返してきた。
「一度貴女とゆっくり話してみたかった。それではいけませんかセイバー?」
「かまわない、と言いたいところですが……カレン、私と貴女では特に話すことなどないと思いますが」
 セイバーは警戒を緩めない。刺々しいセイバーの態度に、カレンはとても傷ついたような顔を見せる。
「悲しいわ。貴女はいつもそんな態度で私を避けるのね。何か嫌われるようなことをしたのかしら」
「私は私の直感を信じているだけです。貴女は絶対的に私と合わない。
 なんと言うか――――貴女は言峰と同じ匂いがします」
 カレンは一瞬だけ拗ねたように口をとがらせ、しかしまた元の無表情に戻る。
「まああの人と一緒にされることは不本意ですが、その傾向があることは認めましょう。確かに貴女の直感は優れているようですね、セイバー」
「…………。それで結局、貴女は何が言いたいのですかカレン」
 呆れてセイバーは話の本題に入ろうとする。まさかこんな世間話をするために呼び出したわけでもあるまい。
 夜気は身体に染み込むように寒いし、部屋の中の食べ物も気になる。こんなところでカレンにいつまでもつきあっているわけにはいかないのだ。
 チラリと背後を見ると、カレンがクスリと笑みをもらした。
「家の中が気になるの? ……ええ、そうね。あの家の中はとても暖かいのですものね。
 あれだけ個性の強い面々が集まり、かつ皆で笑いながら穏やかな一時を過ごす。
 こんな奇跡のような時間も、ひとえに中心となっている衛宮士郎の人徳なのでしょう。きっと本人やここにいる大勢の人は否定するのでしょうけど」
「私は否定しません。凛も桜も大河もイリヤスフィールも、もちろん私も。シロウを中心として集まった人々だ。今もこの家に人が集まるのは、居心地がいい空間を維持することのできる、シロウの手腕の賜物です」
 はっきり言い切る。以前桜も言っていたのだ。
 衛宮の家は人が好きで、人に住んでもらうことを望んでいる、と。
 凛も言っていた。この家は魔術師の工房とは思えないほど開けていると。
 閉鎖的な魔術師の住居としてあるまじき、他人を歓迎してくれる家。
 家主の性格をそのまま表した家は、家主が衛宮士郎でなければ、ここまで居心地のいい場所とはならなかっただろう。
 カレンはまるでセイバーの答えがわかっていたかのように、即刻頷いた。
「ええ。私もそう思います。
 だからこそ――――この家の結束はとても脆い。そう思いませんか?」
「…………何が言いたいのです」
 じわり、と。嫌な予感が胸に滲む。
「簡単なことです」
 カレンは手を組み、祈るように粛々と、
「衛宮士郎は、正義の味方を目指しているそうですね」
「それがどうしたのですか」
「正義の味方、というものは戦いの中にあってこそ真価を発揮するもの。
 悪や災害に虐げられる人がいてこそ、役割を与えられるもの。
 ならばこの『平穏』の中にいる限り、衛宮士郎は正義の味方になどなれない。違いますか?」
「――――――――」
 違わない。
 彼の目指す『正義の味方』がどんなものであるかは、まだ彼自身も明確に解っていないのかもしれないけど。
 少なくとも、彼は狭い範囲の平和を守ることを目指してはいない。哀しみ、苦しむ人を救うことを目標にしている。
「つまり。
 衛宮士郎が正義の味方としてこの家を出たとき。
 彼を中心としたこの家の団欒は、要を失って崩れてしまう、ということです」
「なっ…………!」
 絶句するセイバー。
 まるで神の託宣のように、カレンは続けた。
「もちろん衛宮士郎自身も、争乱の中に身を置くこととなるでしょう。
 これだけ暖かい空間を作ることに長けている人物が、です。
 とても不幸なことだとは思いませんか?」
「…………それは…………」
 寒い。寒い。なぜ。
 知れたこと。今日は気温が低いのだ。それ以外にあり得ない。
 どこからともわからぬ寒さと無意識に震える膝を振り払うように、セイバーは己への気合を入れ直す。
「――シロウならばきっと、他人の不幸を見て見ぬフリをするほうが、遥かに不幸だと言うでしょう」
「そのために自分と親しい人の幸せを捨ててゆくのに?
 貴女はどう思うのですセイバー。衛宮士郎が他人を幸せにするため自らはあの弓兵のようになって、それでも彼は幸せだと言い切れるのですか」
「……………………!」
 反射的にセイバーはカレンを睨み返す。
 考えるまでもない。
 アーチャーの在り方は尊かった。
 けれどあの最期が幸福だと言える者など――
「――――――――」
 何かを、言い返そうとして。
 けれど、ふさわしい言葉は何も思いつかなかった。
 カレンはセイバーの射殺すような視線など意に介した風もない。
「貴女も、考えたことくらいはあると思うのですが」
「…………何を、です」
 これ以上聞いてはいけない。このシスターの言葉は、セイバーの心を悉く刻む。
 彼女自身も気づかぬこと、気づかぬようにしていたことを、白日の元に晒す。
 わかっているのに――――耳を塞げない。
「衛宮士郎は正義の味方を目指しているから、聖杯戦争にも参加しました。そしてこれから、また争いに首を突っ込むこともあるでしょう。
 しかし、彼がその夢を諦めたら? 平和な冬木市で、心安らかに幸せな暮らしを送れるのではないでしょうか」
「――――戯れ言を。シロウは己の目標を捨てたりはしません」
「そうかもしれません。でもあるいは、大切な貴女が泣いてすがれば……案外考えを変えるかもしれません」
「な――――」
「自分より他人が大切。それが衛宮士郎の本分。ならば正義の味方になることがいかに貴女を心配させるか、いかに貴女を悲しませるか。切々と説くことができれば、もしかするとその夢を捨て、安寧とした平凡な人生を選ぶのではないでしょうか」
「…………………………」
 ギリ、と奥歯を噛みしめる。
 そんなことはない。彼の理想はそんな弱いものじゃない。他人の口出しで容易に失えるものじゃない。
 そう反論したい。反論したい、のに。
 なぜ、言葉が出てこないのだろう。
 答えは単純かつ明解。カレンの言ったことが全て真実なだけ。
 考えたことくらいは。
 確かに、あった。
 すぐに振り払ったとはいえ、心の内より湧き出す誘惑があったことは紛れもない真実。
「もしも貴女に、その意志があるのなら――――
 少しの間だけこれをお貸ししましょう」
 そう言ってカレンが取り出したのは、
 セイバーにも見覚えのある、赤い布だった。
 一目でわかる大きな魔力を秘めたその布は、当然のことながら単なる赤い布などではない。
「それはたしか、貴女の大切な……」
「マグダラの聖骸布。私が修道院からお預かりしている大切な品です。
 かつて衛宮士郎を三度捕らえようとし、三度とも成功した確かな物。
 ――――これなら、危険な場所へ自ら赴こうとする衛宮士郎を、止めることができるかもしれませんよ……?」
 口調は誘惑するように。けれど笑顔はあくまで晴れやかに。
 シスターは迷える信者に教えを施すがごとく、セイバーへ聖骸布を差し出した。
 ためらう彼女に半ば押し付けるような形で布を手渡す。
 そしてそのままさくさくと芝を鳴らし、いずこかへ姿を消してしまった。
 残されたセイバーは、手の中の布へ視線を落とし、カレンの言葉を反芻する。
「引き留める…………シロウを…………」
 ほったらかしておいたら、必ず危険を顧みず行動する主。
 聖杯戦争中は、それで何度苦労させられたことか。
 ……勝手に飛び出してしまう彼に対し、説教したいことは山ほどある。
 しかしそれは――――
「…………セイバー?」
 自分を呼ぶ声がして。セイバーは振り向いた。
 視界に入ったのは、まさに今思い描いていた少年。
 外に出るつもりがあって出たのではないのだろう。縁側で彼女を見つけ、そのままやってきたのか。上着は着ておらず、靴もつっかけのサンダル。吐く息の白さが一層寒々しさを感じさせた。
「どうしたんだよ。いきなりいなくなったりして――」
 彼女の方へと歩み寄ってくるその姿は。
 明るく暖かい場所から、暗く冷たい場所へと進むその姿は。
 どうしようもなく、彼女の不安を呼び起こした。

「っ、セイバー!?」
「シロウ…………」

 有無を言わさず。
 セイバーは士郎の胸に飛び込む。
 そしてそのままきつく抱きしめた。
「シロウ、どうかお願いです」
「ど、どうしたセイバー? 変だぞおまえ」
「貴方がいつか、理想を求めて旅に出るとき――――
 約束してください。決して、一人では行かないと」
「…………え?」
「シロウは投影魔術が使える。だから戦いへ赴く時、徒手空拳で行くのが貴方には当然なのでしょう。
 ……けれど、この身は貴方の剣と誓った身。
 ここにも一振り剣が在ることを、決して忘れないでほしい」

 この場に繋ぎ止めるのではなく、二人が離れないようにするかのごとく。
 セイバーはマグダラの聖骸布ごと、士郎の背に回した腕に力をこめた。


 マグダラのマリア。
 それはイエスの処刑を見届け、復活を見届けた女の名前。
 他の弟子たちがイエスから離れ処刑を見なかったのに対し、彼女だけは最後までイエスの傍にいた。
 彼女はきっと、自らの誓いを守ったのだ。愛する彼と共に在るという誓いを。
 そして自らの行いの結果と彼の行く末を、目を逸らさずに見つめ続けた。
 ――その気になれば、イエスが処刑される前に彼を止めることもできたろう。しかし彼女はそれをしなかった。
 おそらくは、彼の理想を汚さないために。

 セイバーは思う。
 たしかに彼の歩みを止めれば、彼の命は確実に守られる。
 けれどそれは、衛宮士郎が衛宮士郎であることを否定することに他ならない。
 例え人が見れば歪んでいようと欠けていようと、そんな彼を彼女は愛した。
 ただ愚直なまでに進むことしか知らない彼女の主。
 その誇りを、彼女はこの身がある限り守り続けることだろう。
 けれど、…………いや、なればこそ。
 士郎をイエスや、あるいはアーチャーと同じ結末に辿り着かせてはならない。
 彼らの理想は穢れないものだった。しかし幸せかどうかは別の話だ。
 イエスは復活したから悲劇で終わらなかった。復活せねばあの話は悲劇のままだった。
 彼女の主は神の子ではなく人の子である。そんな結末を迎えれば、復活など望めぬ彼は間違いなく悲劇のまま終わるだろう。
 だから彼女は、彼の誇りを、彼の命を、彼の笑顔を全て守ると。
 神の子が生まれたこの聖夜に、改めて誓う。
 彼女がただ一人、主と認めた少年に向けて。

「…………私は最期の瞬間ときまで、シロウと共に在り続けます」

 〜interlude out〜

「――――セイバー…………」

 背中に回されたほっそりとした腕には、痛いくらいの力が入っている。
 もしかして……気づかれていたのだろうか?
 それはまだいつかの話だけれど。俺が正義の味方を目指し、この町を離れる時。
 誰にも迷惑をかけず、一人で行くべきではと考えていたことを。
 それが当たり前だと昔から思っていたし、他人から見れば酔狂な俺の夢に付き合ってくれる人間も絶対にいないと思っていた。
 しかし今、俺の隣にはセイバーがいる。
 ――やっと戦乱のない世界で穏やかに暮らしている、けれど俺が危険な場面へ身を投じると知れば、必ずついてきてくれるのであろう彼女が。

「セイバー、それは」
「…………………………」

 セイバーは顔を上げず、答えもしない。
 俺の行動ひとつで、セイバーの平和な生活は終わりを告げるかもしれない。
 それでも。
 俺はセイバーを伴って、この町を出て行けるだろうか?
 何度も自問し、彼女の身を案じる心と、彼女の立ててくれた誓いがせめぎあい、答えの出なかった問いかけ。
 その答えを、彼女が自ら出してきた。

「……………………」
「――――――――」

 腕の力は緩まない。
 まるでこの手を離せば、俺が置いていってしまうと思っているかのように。
 ……いや、おそらくそう思っているのだろう。
 そして彼女は、それを否定しているのだ。
 そうか。これは、俺が考えていい問題ではなかったのかもしれない。

「……わかった。おまえがそう望むなら……」
「――――はい、シロウ――――」

 俺もセイバーの背中に腕を回し、強く抱きしめる。大切なかけがえのない剣を、決して離さないために。
 星の光を集めた聖剣の担い手。俺の剣であることを誓ってくれる少女。俺にとっての地上の星。
 その身が剣であると自称する彼女は、当然のことだが俺の心象世界の中に在る剣の荒野にはいない。
 当たり前のことだと考えてもみなかったけど。むしろ、在ってはいけない存在なのだ。
 星は闇夜の道標。方角を間違えないためのよすが
 自らの胸の裡にあるものではなく、自らの居場所を外から確認するためのもの。
 ――――この星が見え続けているかぎり。背中を押してくれているかぎり。
 俺は決して道を違えることはないだろう。
 きっと切嗣やアーチャーとは違うところに辿り着ける。




「ところで」
 にゅっ、と突然顔を出した銀髪シスターに、俺とセイバーの思考が止まる。
 一瞬の後、俺たちは慌てて互いの体を離した。
 カレンはにやにやしながらセイバーの手からマグダラの聖骸布を取り返し、
「日本ではクリスマスの前夜、恋人たちがイエス様の誕生日にかこつけて愛を囁き合い、体を貪り合うという非常に罰当たりな風習があると聞きました。
 貴方がたは行わないのですか?」
「「なっ――――!?」」
 思わず絶句。ああもうどうしてこうなんだこの変態シスター!!
「いえっ、そんな風習など私は知らなっ……! だ、第一! そんな事を貴女に指摘されることなど――!」
「セ、セイバーの言う通りだ。そもそもそれは風習じゃなくてデートの口実ってだけで……」
「あらそうね。貴方がたはすでに同棲してるんですもの。別に今夜だけに限ったことじゃないわ」
 しれっとした顔で次の爆弾を投下するカレン。そして何が悔しいかというと、それがずばり事実であり、反論できないところがなお腹立たしい。
「――――」
「…………」
「――――♪」
 声もなくただカレンを睨みつける俺とセイバー。二人の視線を軽く受け流すカレン。
 ……正直に言って手詰まりだ。俺やセイバーはひたすらコイツや神父と相性が悪い。
 こんなヤツらを退けるには、悩みや弱みなど一切見せない、あるいは持たない人間の援護射撃が必要なのだが…………。
「士郎ーーー! ケーキ早く切ってーー! お酒もないわよぉ、お酒ーーーー!」
 家の中からまさにグッドタイミングで届く援護射撃。
 普段なら呆れる大トラの鳴き声が、まるでサンタの鈴の音に聞こえる。
「あー、俺もう行かなきゃ。ほら、セイバーも寒いから中に入ろう」
「は、はい。行きましょうシロウ」
 急いでセイバーの手を取ると、背中にグサグサ突き刺さるカレンの視線を無視して家の中へ駆け込んだ。
 セイバーは固く掴んだ俺の手を優しく握り返してくれていた。






 ジブン的に、士郎への接し方において、セイバーと他2人のヒロインの最も違う点は。
 士郎がどうしても正義の味方になろうとしたとき、止めることができないという点かと思ってます。
 それは彼女自身も誇りを重んじる人間だから。止めることはできず、支える立場にまわる。
 ホロゥの時に士郎の行動を見逃すという消極的な手段を取った凛と、はっきり協力すると言ったセイバーのスタンスに、それは表れてると思います。
 どちらがいいかはわかりません。けどきっとセイバーだけが応援することができ、セイバーだけが止めることはできないんだろうなあと。
 彼女にできるのは士郎の歩みを止めることではなく、道を修正すること。その先がより良いものであるように。
 などとクサい話はここまでにして(オイ)、「クリスマスにかこつけてカレンを出してみよう」企画。
 後日談。の走路(意図的誤変換)発言により、ジブンの中でカレンはシモーヌ担当です。
 あとうちでは言峰もいるんで、この2人は言峰教会で同居状態。うわあ核爆弾が2つーーー!!連鎖爆発が怖いーーー!!




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