「シロウ。私には『萌え』が足りないと思うのです」
「…………は?」
目の前で正座しておかしなことを言い出したセイバーに、つい怪訝な顔を返してしまった。
だが彼女は俺の理解など意にも介さず、自分の言いたいことを続ける。
「たしかに私はこれまで王として、個ではなく立場の意見やふるまいを求められる生活を送ってきました。しかし今現在、私はブリテンの王であると共に、シロウの剣としての立場も求められています」
「うん。それで?」
「剣として、影に日向に貴方を守る存在でありたいと思う。しかしその、生涯をかけてシロウを守る存在で在り続ける以上、その――」
話してるうちに、突然セイバーはもじもじと挙動不審になった。若干顔も赤い。今度はなんだ、と首をかしげていると。
「つまり、その……シロウは男性で私は女です。ならば、ええと、同性同士とは違い、幸いにも生涯を共にするのに最も適切な形があると思うのです」
男と女。生涯を共にする。最適な形。
「……………………それって…………」
――――うわ。
なんかやたらと顔が熱い。
「シ、シロウ! なんですかその顔は! 真っ赤な上に頬がゆるんでいますよ!」
「いやだって、まさかセイバーからプロポーズされるとは……」
「ぷっ……!? ちちち、違います! まだそこまでは言っていません!」
わたわたと慌てて手を振るセイバー。だが今のセリフは普通ならプロポーズだろう。俺たちが恋人同士だというならなおさら。
セイバーも真っ赤な顔をおさめきれぬまま、コホン、とひとつ咳払い。
「つまりですね。今の私には女性としてのふるまいも求められます。だが私はかつて王として在るため、女という自らの性を軽んじていた、どころか疎んですらいました。
ゆえに女性としてのふるまいはよくわかりません。宮廷婦人たちの行いや、この家での凛や桜の行動を真似てみてもどうにもうまくいかない――つまり私には女らしさ、『萌え』が足りないのです」
「………………」
女らしさを萌えと表現するのはなんだか違うような気もするが、もちろんセイバーの心は嬉しい。つまり俺の隣を歩くためにもっと女らしくなろうと、そういうことなのだ。
でも。
「わざわざ女らしくしなくたって、セイバーは充分女の子だぞ」
俺のために頑張ろうとしてくれるのは嬉しいが、無理だけはしてほしくないわけで。
だがセイバーは俺の言葉を聞いて、大きくためいきをこぼす。
「シロウはいつもそれです。私が騎士として見て欲しいという時にも同じことを言いますね。今回は違う件だというのに、またそれで終わらせてしまうのですか」
「そ、そう言われても……」
う、セイバーの目が冷たい。とはいえ俺にとって、セイバーはやっぱり充分に可愛い女の子なのだ。
もちろん見た目だけの話じゃない。いつもは凛々しくしてるのに可愛い動物の仔が大好きなところも、遠坂や桜の体と自分の体を比べていらぬコンプレックスを抱くところも、俺が家へ帰ってくるとほっとするほどあったかい笑顔で迎えてくれるところも。
そりゃ他にも女の子らしくなれる余地は残っているだろう。家事がうまいとか、ピアノやバイオリンなどの楽器がひけるとか、身の回りのおしゃれに気を使うとか。だからって別に女の子を極めなくても、俺は今のままのセイバーで充分女の子らしいと思う。
なのに向上心豊かで負けず嫌いの騎士王様は、今の自分には満足しておられないご様子。
「わかりました。他をあたってみます」
「おっ、おい、セイバー!?」
立ち上がってさっさと部屋を出ていくセイバー。どうも彼女の望む答えを返せない俺ではだめだ、と悟ったらしい。呼び止める声も無視して、自分なりの答えを探しに行ってしまった。
「大丈夫かな、アイツ……」
ちょっと心配だ。目標に向けて一直線になりすぎたセイバーは、周囲に目がいかなくなってしまう。
いつもの冷静さが欠けた彼女は時にとんでもないことをしでかしたりするのだ。
「とはいえ、まあ……まさか、な」
途中で考え直し、浮かしかけた腰を下ろす。
いつかの柳洞寺みたく、戦いに行こうというのではない。セイバーは女の子らしくなるために何かをしたいというのだ。
誰にどんなことを頼むのかはわからないが、危険な目に遭うことはないだろう。
普段から遠坂にも、俺がセイバーに過保護すぎるとたしなめられてる。たまには彼女のやりたいようにやらせるべきかもしれない。
うん。料理や家事を習うっていうなら俺か遠坂か桜に頼むだろうから安心だし。楽器がひける人なんて想像もつかないから、…………あれ?
そういえばオルガンが得意なヤツとかいたな。あの教会の悪魔シスターに頼むとしたら、ちょっと心配だ。
それによく考えてみれば、おしゃれを学ぼうとして柳洞寺にでも行ってしまったら、キャスターにまるめこまれ着せ替え人形にされるのがオチだ。普段のセイバーならその可能性に自分で気づくだろうが、何度も言うけど冷静でなくなった彼女だとそこまで考えが及ばない。
「…………やっぱりついてくか」
さすがにケガしたり、命にかかわる危険があるとは思えないけど、精神的に受けるショックは想像がつかない。夕飯の味もわからないほど疲れて帰ってくるのは可哀相だ。
あの勢いのセイバーが俺の説得で止まるとは思えないが、ブレーキぐらいにはなるだろう。
サイフを持って玄関へ向かう。とりあえずの行き先は商店街だ。
セイバーはとっくに見えなくなっているが、彼女は目立つからあちこち聞き込みをしていけばきっと見つかるはず。
「よし」
スニーカーのひもをしっかりしめて、立ち上がる。
俺が見つけるまでにセイバーの機嫌が少しはなおっているといいんだけど。
――――甘かった。
「ありがとうございましたー」
営業スマイルとお礼の声を背に受けて、江戸前屋を後にする。
抱えた紙袋の中にはたくさんのほかほかタイヤキ。セイバーが家を出てまだそれほど時間も経ってないし、何をどうすればいいかわからなくて町中をさまよっている可能性が一番高い。
タイヤキを差し入れれば、うまくいけば連れ帰れるかもしれないし、そうでなくとも同行を許してくれるだろう。
ある意味セイバー用必殺兵器なタイヤキを抱えて歩いていると、目の前に立ちはだかる人影。
「雑種。その手に持っているのはたしか菓子だな。献上を許す」
「……なんでそんな偉そうにたかれるんだ、お前は」
思わず苦い顔。いきなり現れてカツアゲを始めた英雄王は、あいかわらずの尊大な態度で胸を張った。
「なに、突然庶民の菓子が必要になったのでここまで来たのだが、まさか貴様が菓子を持って献上に来ようとは思わなかったぞ。なかなか気がきくではないか」
「俺もまさか買ったばかりのタイヤキをお前に狙われるなんて、って……?」
自分で言ってて違和感を感じた。
ギルガメッシュは金ぴかの見た目に違わず、高級嗜好の人間だ。そんなギルガメッシュがなんで通りすがりのタイヤキを欲しがるんだろう。
「ギルガメッシュ。お前いつから庶民派になったんだ?」
「口を慎め、雑種風情が。なぜ我が庶民派になどならねばならん。
我もはなはだ不本意だがな。セイバーが所望するのならば与えるのが王としての器だ」
「セイバー!?」
まさかこいつの口から、このタイミングで出る名前とは思わなかった。
「セイバーが口直しに甘い物が欲しいと言うのでな。新都の高級菓子店で買ってくるから待てと言ったのだが、なんでもいいからともかく早く持ってこいと、なんとも無粋な返答をしおったわ。
セイバー以外ならば聞くこともないのだが、なに、これも――」
「それでセイバーはどこに!?」
なんだかすごく不穏な単語が出た気がする。焦って問いただすが、言葉を途中で遮られたせいか、ギルガメッシュはますます不快な顔つきになった。
「なぜ我が雑種ごときにセイバーの居場所を教えねばならん」
「じゃあこのタイヤキを献上しよう。早くセイバーに持ってってやれよ」
「む。殊勝な心がけだな。褒めてつかわす」
俺の手からタイヤキを奪い取り、さっさと歩き出すギルガメッシュ。もはや俺に用はない、とばかり堂々と進むヤツの後を追う。勝手についてくるなと咎めるかと思ったが、ほんとうにどうでもいいようで、歯牙にかけた様子もない。
商店街をはずれ、見覚えのある道を進む。この先にある場所は心当たりがあったけど、万一違っていたらもうギルガメッシュを追いかけることはできないだろう。先に立って走り出したい欲求を抑え、はやる心をなだめながら大人しくついてゆく。
そんなふうにずっとガマンしていたせいか、思ったとおり商店街から少し離れたいつもの公園にセイバーの姿を見つけたとき、足は全速力で駆け出していた。
「セイバー!」
「な、待たんか雑種! 我より先にセイバーに声をかけるとは何事か!」
後ろからなんか言ってるけどもちろん無視して、ベンチに腰かけるセイバーへと駆け寄る。彼女は俺の姿に気づくと小さく身を震わせた。
「あ……シロウ」
「大丈夫か!? アイツに何かされなかったか」
「大丈夫です。ちょっと今……口の中が苦いだけですから……」
渋い顔をするセイバーにさあっと血の気がひいた。なんだ、その不吉な単語は。
自分を変えたい、と言って家を飛び出したセイバーが、なにか苦いものを口にした。しかもギルガメッシュに口直しを頼むということは、おそらくソレを飲んだとき、ヤツが一番近くにいたということだ。
苦い味の物。少なくともコーヒーとかありふれたものではあるまい。
「セイバー。何を飲まされた」
「む、飲まされたのではありません。私が自分で、その……」
「雑種。何を目くじら立てておる?」
ようやく追いついたギルガメッシュが俺の態度に不審を抱く。そうだ、こいつも知ってるはずだ。
「ギルガメッシュ、セイバーに何飲ませたんだ?」
「ほう、気づいたか。雑種にしては勘が鋭いな。
なに、セイバーが我のためにもっと『萌え』を増やしたいと言うのでな。属性変化の薬を与えてやったまでのこと」
「……貴方のためではありませんが、そういうことです」
「属性変化?」
舌の苦みだけではない渋さにますます顔を歪めたセイバーと、いまいち意味がわからなくて首をかしげる俺。
ギルガメッシュはあいかわらず偉そうに腰に手をやって、
「我の蔵には色々な原典があってな。たとえば大人や子供に変身するキャンディ、仮死状態になるリンゴ、体の大きくなるキノコや狸に変身する葉など、その数は多岐にわたる。
それらを放っておいたら、いつの間にか蔵の中で勝手にくっつきおったのだ。効果がランダムに出るというなかなか面白い薬になったぞ」
「どんだけ放っておいたんだお前は!」
コイツ、自分の蔵の中の保存状態すら保てないのか。そういえばせっかく手に入れた不死の薬をヘビにとられたって逸話があったっけ。手に入れるとこまでがギルガメッシュの興味の対象なのかもしれない。
「って、まさかセイバー!」
そんな怪しげなもの飲んだのか!
知らない間にギルガメッシュから奪い取ったタイヤキを頬ばるセイバーは、一見おかしな様子はない。だがそれは、薬が効いていないという保証でもなかった。
「おい、ギルガメッシュ。具体的な効果はなんなんだ」
「知らぬ。言ったであろう、いつの間にかできあがっていたと。もはやどれとどれがくっついてできた物なのか、我にすらわからぬ」
「……………………」
思わず頭をかかえた。ああもう、つまり何が起こるかわからないってことか。
ついついその場に座り込んだ俺に、タイヤキをたいらげたセイバーが近寄って力強く宣言する。
「心配無用ですシロウ。たとえどれだけの効果があろうとも、私には勝率がある。一番女らしくなれる効果を見事に引き当ててみせましょう。
薬が切れるまでどれだけあるかはわかりませんが、それまでひとつの変化を体現していれば、必ずその後も私自身の特徴として会得できます」
セイバーは自信マンマンだ。そりゃ彼女のクジ運がいいのは知ってるけど、物がギルガメッシュの持ち物なだけに不安は消えない。
そんな彼女に向かい、ギルガメッシュは怪訝そうな顔をした。
「ひとつの変化? 待てセイバー、何を言っておるのだ?」
「え?」
「この薬の効果は『ランダムに薬が切れるまで出る』と我は言ったであろう」
セイバーはまだ首をひねっている。だが不意に、俺の頭の中をある不吉な予想がよぎった。
「……も、もしかして……」
ランダムに効果が出る、ということは。
薬の効果が飲む人によってランダムなのではなく。
薬が切れるまで、『ランダムに効果が出続ける』のではないだろうか。
「だからそう言っているだろうが」
自分の言ってることを理解してもらえてなくて不機嫌なギルガメッシュ。
待て。待て待て待て。ということは。
セイバーはこれからしばらく、大人になったり子供になったり仮死状態になったり体が大きくなったり、いろんな目に遭うってことか!?
「なんでちゃんと説明しないんだそんな大事なこと!」
「誤解する方が悪いのであろう。我は悪くな――」
さくりっ。
「ぬあああぁぁぁ!!?」
クッキーをかじるような音をたて、口上の途中でギルガメッシュの額に不可視の聖剣がぶっ刺さる。血をびゅーびゅー噴水みたいに吹き上げながらヤツはその場を転げ回った。これは痛そうだ。
一方、無言で金ぴかうっかり王を打ち倒したセイバーは、やっと事の重大さを飲み込んだらしい。顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
「大丈夫か、セイバー」
「大丈夫です。……今のところは」
含みを持たせた言い方をする彼女。言いたいことはわかる。今は大丈夫だが、いつどんな効果が出るかは全くわからない、ということだろう。
さすがに1回のギャンブルならば勝つ自信はあるが、何度も連続で勝ち続ける自信はないということか。
「すみません、シロウ。まさかこんなこととは……」
「ああ、いや、いいんだけど……」
二人ともどうしても表情が固くなる。これから先のことを思うとやはり憂鬱になるというもので。
だがこの薬を解毒する方法は時間しかないだろう。あとはセイバーの運の良さと対魔力にかけるのみである。
「遠坂に相談しても……ダメだろうしなあ」
「シロウ。これは私が招いた事態です。貴方が悩むべき問題ではない。責任は私一人でとります」
「ばか。水くさいぞ。セイバーが困ってるのに責任もなにもないだろ。
それに、俺にはセイバーが最初相談してきたとき、いい提案ができなかった責任があるし」
「そんな。それこそシロウの責任では……」
ぽん、と金色の小さな頭に手をのせて、彼女の言葉を遮る。責任感が強いのはセイバーの長所だけど、強すぎるのは欠点だ。
「だからちょっとは頼ってくれ。全く頼られないのも男として情けないし。いやまあ、ほんとに頼りないかもしれないけど」
「いえ、シロウが頼りないなどとはっ!」
「じゃあひとまず帰ろう。何が起きるかはわからないけどきっとなんとかしてやる」
弱気を見せずはっきり言い切って、彼女に手を差し伸べた。
自分でも強がってるな、とは思う。大きなことを言っても、俺にギルガメッシュの薬をどうこうできる力なんてない。
でもどんな効果が出ても、セイバーを受け止める心の準備だけはすでにできている。
「…………」
セイバーは少しの間、まだ不安げな瞳で俺を見上げていたが、
「……はい。わかりました、シロウ」
やがて小さく微笑んで、俺の手を受けとってくれた。
本題は次からなんですけど。
まー単に、なんでこんな状況になったか説明が欲しい方用にテキトーな前フリ。
……よけいムリになった気もしますが……ははは(空笑い)
受難シリーズと言いつつ、単にイチャつくだけのシリーズですが、よろしければどうぞー。
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