ある朝、俺がいつもの通り、朝食を作りに居間へ行くと。
そこは、異界に様変わりしていた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
無言で見つめあう男4人。
――少なくとも俺は、呆然として言葉が出てこないだけなのではあるが。
なんてこった。こんなの、バーサーカーに腹を斬り裂かれた翌朝に、遠坂がうちにいた時以来の珍事だ。
その原因はいつの間にか居間に陣取っていた3人の男。1人は気難しそうな顔で、短い黒髪のやつ。それからやたら背が高く、長い金髪を持った優男。セイバーの髪が砂金の色、月の光のそれだとするなら、この男は濃い蜜色だ。そして線の細い顔をした、けれど他の2人と同じぐらい鍛えられた体を持つ、長い銀髪の男。
どいつもこいつも日本人の顔ではない。おそらくヨーロッパ系だろう。そいつらが――なぜか真っ白で左前な着物に身を包んでいた。いわゆる死装束というやつだ。
しかも頭にはご丁寧に、死人・幽霊の定番な、あの白い△布。
……あまりにもシュールだ。シュールすぎて涙が出そう。
「――――――」
「――――――」
「――――――」
「――――――」
男たちの目は、不審と戸惑いの表情をはらんで問いかけてくる。
オマエは誰だ。なぜこんなところにいるのだと。
だが、それはこっちが聞きたい。ここは衛宮邸の居間で、俺はその家主なのだ。うん。それだけは間違いなんかじゃない。
いつまでもお見合い状態になっているわけにもいかないのだし。
俺は意を決して、3人に話しかけた。
「……なあ。アンタたち、いったい誰なんだ。というか、なんでウチにいるんだ」
「小僧。人に名をたずねる時は自分から名乗るという礼儀を、誰かに教えてもらわなかったのか」
黒髪が厳しい表情を崩さず答える。その物言いにちょっとムッときたが、言ってることは正論だ。
「俺は衛宮士郎。この家の人間だ。で、アンタたちは一体――」
「ふむ、素直で結構。ならば小僧、オレからもひとつ忠告だ。
自分が素直に名乗ったからとて、相手も素直に名乗り返すとは限らない。バカ正直もほどほどにしておいた方がいいぞ」
「なっ……! ふざけてんのか……!」
一体なんなんだコイツッ!
しかし次の瞬間、熱くなった俺に差し水をするかのごとく、第三の音が聞こえた。この規則正しい足音はおそらく彼女だ。
「どうしたのですかシロウ。騒がしいで――――」
居間にやってきたセイバーは、思ってもみなかった3人のストレンジャーを目にし、絶句してしまっている。
だが、対してそんな彼女を目にし、男たちが色めきたった。
「「「――――王!!」」」
………………なんでさ?
居間は重苦しい雰囲気に包まれていた。
まるで味方の3倍の敵軍に囲まれたような空気の中、状況を打開すべくセイバーが口を開く。
「シロウ。ご紹介いたします」
ちらと隣にいる俺を、そして向かいに座る3人を見やる。
「黒髪の彼がサー・ケイ。真ん中の金髪がサー・ランスロット。そして銀髪の彼がサー・ベディヴィエール。
シロウもご存知のとおり、アーサー王に仕えた円卓の騎士達です」
「――――――――――――――――」
開いた口がふさがらないとはこのことか。
確かに衛宮邸の居間は有名人のるつぼだ。伝説の騎士王アーサーがごはんを頬張り、アイルランドの光の御子クーフーリンがヒマだと言っては飯をたかりに来て、希代の魔女メディアが料理を習い、恐怖の代名詞ゴルゴン三姉妹の末女メデューサがこたつで丸くなる。
他にもギリシャ最強の英雄とか幻の長剣剣士とか最古の英雄王とかが入れ替わり立ち替わり現れるし。なんでも俺がいない時、この世で最も古い悪心、なんてものが2、3度やってきた、なんて目撃証言もある。
だが、これ以上増えるとは思わなかった。
「…………マジで?」
「嘘などついてどうします。そんな情けない顔をしないでください、私だって混乱しているのですから」
困り顔でため息をつくセイバーから、俺は目の前の3人へ視線を移した。
あの着物はあんまりなんで、切嗣のお古の甚平を引っ張り出し、とりあえず着替えてもらった。サイズも外見も似合わないことこの上ないが、さすがに死装束よりはマシだろう。
ちなみにセイバーがその指示を出すと、あれだけ警戒していた男たちは疑うことなく、背筋を伸ばして従った。ということはやはり………
無遠慮に眺めてしまう俺だったが、ランスロットとベディヴィエールはそんな俺よりセイバーの方が気になるらしい。ずっとちらちら彼女を見ては、マズいものを見てしまったかのように目を逸らす。その繰り返しだ。
「どうかしたのか。先程から私を見ているようだが」
セイバーの語尾から丁寧語が消える。さっき見た時も思ったが、こういう口調で話す彼女は王としての風格と気品がグンと増す。たぶんセイバーはかつてこうしてふるまっていたんだろう。
王からの問いかけを受け、2人の騎士は恐る恐る口を開いた。
「は、その……王……恐れながら……」
「その、今身につけておられるお召し物は……一体……」
「服?」
セイバーと2人、彼女の格好を見下ろして、あ、と思う。
いつもの白いブラウスと青いスカート。胸元にはスカートと同色のリボン。
誰がどう見ても、男物の服には見えない。
いや、セイバーの武装姿だって元より男物とは言えないから、それはごまかしようがあるだろう。けれど甲冑を外した彼女の胸元には、慎ましく、しかし否定しようもなく内側から服を押し上げる2つの膨らみ。
「あの……その、お姿は……何事か、ありましたでしょうか……?」
言葉を選びつつ問いかける騎士に、セイバーは返す言葉を迷っているようだった。
そんな彼女に、ずっと沈黙を守っていたもう1人の騎士が声をかける。
「恐れながら、王」
ケイは挙手をしておきながら、誰にも発言権を求めていなかった。勝手にしゃべりだす。
「我々はなぜここにこうしているのか、そもそも今がどのような状況なのかもわかりません。
しかしながら我々は未だ王の騎士のつもりでおります。王が我々の王であるというのならば、その御意に従うだけです」
王であるというのなら。
つまり王として正体を黙り抜くか、王ではなく正体を明かすかセイバーが選べ、ということか。
そういえばいつかセイバーが、サー・ケイだけは彼女が女性であることを知っていたと言っていた。
セイバーはしばし逡巡した後俺を見る。俺は黙ってうなずいた。セイバーも軽くうなずき返し、姿勢を正す。
「―――私はずっと、この身は王であり、国を守る剣だと思っています。その誓いは今も変わることがない。
しかしブリテンという国名はすでに名前だけのものとなり、かの地は今や他の王の手によって平和に統治されている。貴方がたは知らないかもしれませんが、私達がカムランの丘で戦ってから、途方もない時間が流れているのです。
私自身は王であっても、ブリテンの国王としてのアーサーはすでにいない。ならば真実を話すべきだと、私は考えます」
決意を込めて、セイバーはまず頭を下げる。その姿は、まぎれもなく王の威厳に溢れていた。
主君に頭を下げられ、ランスロットとベディヴィエールが取り乱す。
「お、王……! お顔をお上げください!」
「そうです! 我々相手に、何故そのような……!」
「サー・ベディヴィエール。サー・ランスロット。今まで貴方達を欺いてきたことを許してほしい。
見ての通り、私は―――女なのです」
「「…………………………………………」」
二の句が告げられないとはこのことか。
2人の騎士はまるで彫像にでもなってしまったかのようだ。まあずっと男だと信じてきて、妻帯までしてた主が女だというのだから無理もないか。
ピクリとも動かない仲間2人に、ケイはふんと鼻を鳴らすと、
「それで良いのか、アルトリア」
「はい、兄君。今の私にはもう1つの誓いがある。
その誓いを貫くためにも、今は女の身であったことに感謝さえします」
「もうひとつの誓い?」
内容を詳しく聞こうとしたケイだったが、その前にランスロットが息を吹き返した。ケイの襟元を掴み、すごい形相で食ってかかる。
「サー・ケイ! まさか知っていたのか! なぜ私たちに教えてくれなかったのだ!」
「ほう。教えていたらどうだと?」
「教えてくれていたら……間違っても王に反旗など翻さなかったのに!!」
「「…………は?」」
俺とセイバーの口からもれる間抜けな声。今こいつ、なんて言った?
「女性は偉大だ。私は女性を蔑ろにすることなど決してしない。それこそ騎士の誇りにかけて!」
「ふっ、それだランスロット。お前のような女ったらしに、うちの大事な妹が女であることなど教えるものか! お前と話してるうちに妹が妊娠したらどうしてくれるというのだ!」
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ランスロットは掴んだケイの襟元をがっくんがっくんゆさぶりだした。こっちから見てると顔がブレるほど揺れているのに、しかしケイは涼しい顔だ。
一方隣では、セイバーに暗い影が落ちている。
「……なんだったのでしょう。私の十年間は……」
煤けた背中が疲れ果てた中間管理職の親父のようだ。――元気出せ、セイバー。昼飯はうんと豪華にしてやるから。
ちらりと目をやると、1人残ったベディヴィエールが未だ固まっていた。
なんだかんだと積もる話もあるだろうと、セイバーと3人にどこか落ち着いた部屋で過ごすことを勧めてみると、4人は俺の部屋の隣――かつてセイバーが過ごした部屋を選んで移動していった。
気がつけば時刻はもう昼に近い。
朝はドタバタしたせいで朝食もわりと軽めだった上、あの3人を藤ねえから隠してる緊張でゆっくり食べられなかった。その分昼はしっかりしたのを作ろうと心に決める。
セイバーがいつもよりおかわりすることを考えて、多めに飯を用意。材料のエビやカニ、ホタテなどを準備したところで、玄関の開く音がした。
「衛宮くん、いる?」
「遠坂? なんだ、昼飯食べに来たのか?」
出迎えようと振り向くと、遠坂は勝手知ったるなんとやら、とっくに居間まで来ていた。しかし座ろうとはせず、じっと屋敷の奥を見つめている。
「どうしたんだ。立ってないで座れよ」
「――士郎。貴方また誰か新しい女の子でも連れ込んだでしょ」
「は!?」
なんとも人聞きの悪い。ご近所にそう思われていることは知っているが、まさか真実を知ってるはずの遠坂にまで言われるとは。
「違うの? だってこの家に集まる人間って、大体貴方が引き込んだようなものじゃない」
「お前、自分もその一人だって自覚はあるか?」
まあたしかに、なぜなのか本当に分からないが、この家には女性ばかりが集まる。しかも藤ねえを除いた全員が魔術関係者だ。魔術師でフェミニストを自称してた切嗣が呼び寄せてるんだとしたら、俺は泣くかもしれない。
しかしながら、この状況は俺が作ったのでない事だけは、断固として主張する。今の状況をわりと気に入っていることも、原因が少なからず俺にあることも認めよう。バゼットやカレンがうちに来たきっかけは、全然理解できないんだけど。
だが俺は別にハーレムが作りたいとか、まして女の子を連れ込むだなんてことは―――
「まあそんな事はどうでもいいんだけど」
男の尊厳に関わる主張をあっさり切って捨て、遠坂は目つきを鋭くする。
「今朝から魔力(のバランスが乱れてるのよ。この街ではサーヴァントなんて奇跡がゴロゴロしてるからつい失念しちゃうけど、新しい魔力の流れがあったのは間違いないと思う。
だから士郎に心当たりはないかと思って」
「心当たり? 俺はそんな大きな魔術なんて使えな――――あ」
「ほら、やっぱりあった。そりゃ士郎自身は縁がないだろうけど、この家はなぜかそういうのが集まるんだから」
ほんとになぜだろう。
「実は今朝から、妙な客が来てて………」
俺は遠坂に朝のことを全て話した。最後の方になると、遠坂の目はすでにまん丸に見開かれている。
「円卓の騎士!? それも3人!? ちょっと、それ嘘でしょう!!?」
「嘘って言われてもなあ」
なにせ証人は、アーサー王その人だ。
「それで? どうしてそんなのが、いきなり現れたわけ?」
「…………さあ?」
「さあ、じゃないでしょ! 衛宮くん、貴方疑問に思わなかったわけ!?」
「そりゃおかしいなとは思ったけど」
考えたところで俺にはわからない。
「シロウ、お昼ごはんは―――ああ、来ていたのですか、凛」
話の途中でセイバーが居間にやって来た。遠坂は締め上げかけていた俺の首から手を離す。
セイバーに続き、騎士たちもぞろぞろと居間に入ってくる。彼らは突然増えた遠坂に驚いているようだったが、直後いきなり前に進み出た男が1人。
「――美しいお嬢さん、私はランスロットと申す者。貴女のお名前は?」
「は!?」
「おお、なんと声まで美しい。貴女は罪な人だ、たった一瞬で私の心を虜にしてしまった。
しかし私は今日という日を神に感謝しよう、貴女という美しい宝石に出会わせてくれたのだから。そして運命を恨もう、今日という日まで貴女という存在に会わせてくれなかったのだから」
――――なんなんだ、コレ。
ランスロットはクサいセリフをひたすら言い続ける。なんか後ろにバラの花が見えてきたのは幻覚だろうか。
やりたいことはわかる。たぶんナンパだろう。ライトに声をかけて友達感覚にしゃべりだすランサーとは違い、これは最初っから完全な口説き文句。
純情な桜だったら頬を染めるかもしれないが、遠坂は120%引いていた。
「やめんかランスロット。みっともない」
「ケイ、貴様こそ何を言っている。美しい女性に会ったら褒め称える。当然の礼儀だろう」
あー、褒めてるだけだったんだ、アレ。
「ふ、何が礼儀だ。貴様のソレはすでに病気の域だろう。その身を滅ぼす、女好きという病だ」
「なんだと!?」
「先程アルトリアが言っていたぞ。ランスロットの名はこの時代、おそらく円卓の騎士として最も知名度があるが、女好きであることも広く知られていると。愚かな、騎士が武勇ではなく女好きで名を馳せるとはな」
ケイの口調には容赦とか遠慮とかがまったくなかった。視線も気配も冷酷そのもの。それどころか、むしろ悪意と呼べるものさえ見え隠れしている。もしかしなくてもケイはランスロットのことが嫌いなんだろうか。
そういえばランスロットの伝説で有名なところのひとつに、アーサー王の妻である王妃ギネヴィアと密通し、アーサー王を裏切った部分がある。俺には分からないその辺の確執がいろいろあるのかもしれない。
「貴様そこまで騎士を愚弄するからには、手袋を投げられる覚悟くらいできていような!」
「事実を言ってなぜ侮辱になるかはわからんが、いいだろう。決闘ならば受けて立ってやる」
盛り上がる決闘ムード。しかし家主として、この家での決闘なんて認めるわけにはいかない。
「はい、物騒な話はそこまで。昼飯できたぞ。遠坂も食べてくだろ?」
「少年、君は黙っていろ!」
「小僧、お前は引っ込んでいろ」
言葉は違えど同じ内容を口にするランスロットとケイ。なんだ、仲良いじゃんかお前ら。
全く退く気のない騎士たち相手に、とうとう御大がご出陣なさる。
「ランスロット。ケイ。食事の席に個人の諍いを持ち込むことは私が許さぬ」
「「御意」」
おお、今度はハモった。さすがセイバー、うちでは腹ぺこ騎士王なんてからかわれることがあっても、王の貫禄は健在だ。
平和を取り戻した功労者の前に、俺は今日の一品を置いた。すると。
「シ、シロウ、これはっ!!」
一転してセイバーの目が輝きだす。期待に声までかすれていた。
第一印象は良好のようだ。内心でそっとほくそ笑む。
「魚介類が安かったからな。ちょっと凝ってみたんだ」
今日の昼食は海鮮釜揚げご飯。実はひそかに、以前のリベンジのつもりである。
いつかの時は黒いセイバーに一刀両断されてしまったが、いつものセイバーなら間違いなく喜んでくれるという確信は、今も俺の中でしっかり息づいている。
あの場にいた遠坂も、あのことは覚えていたんだろう。釜揚げご飯とセイバーを交互に見て、……なんか呆れた顔をしてる。
「で、では、早速いただきます………」
セイバーはおそるおそる箸を伸ばし、そっと一口分をつまみあげた。イクラとカニの赤さが目にも鮮やかなそれを一瞬口元で止め、思いきって口の中へ。
十分咀嚼して飲み込み、ぱあっと花がほころぶように笑う。
「これは……! なんと素晴らしい!
彩りといい味といい、まさしく食べる宝石箱です!」
セイバー、その単語が十八番のグルメレポーター、いったいどこの番組で見たんだ?
とはいえセイバーが手放しで褒めてくれているのはよくわかる。俺も掛け値なしで嬉しい。
「喜んでくれて良かった。たくさんおかわりあるから、いっぱい食べてくれ」
「はい、シロウ! 必ずや全てをこの腹におさめてみせましょう」
ってそんなに気合入れなくてもいいんだけど。
セイバーの顔にはいつもの満面の笑み。俺は俺たちの素晴らしきごはんライフがやっと戻ってきたのを感じていた。
感動に打ち震えている俺の肩を横から遠坂がつつく。
「ねえ、ちょっと見て、あれ」
遠坂の指が示す先では、3人の騎士たちが驚愕の表情で固まっていた。
さっきセイバーが女だと知ったときのベディヴィエールとランスロットがこんな顔をしてたけど、今度はケイまで一緒になって動けなくなっている。
「どうかしたのか? 3人とも?」
「あ……いえ。たいした、ことでは……。
王が食事をしながらこんなに嬉しそうな顔をしているのは初めて見ましたので、つい…………」
ベディヴィエールは俺の質問に答えつつも、セイバーから目を離そうとしなかった。
まあ、たしかにそれはそうだろう。セイバーの故郷の料理は、うまいと聞いた試しがない。
以前国の味について聞いたときの、『…………雑でした』という答えの中に、どれだけの苦渋が込められていたのやら。表情から一片だけでも伺い知ることができた。
けど、それだけでこんなに騎士たちが驚くだろうか?
俺が問いただそうとしたその時。
カランカランカラン!
「なんだこの音は?」
ランスロットが訝しそうな顔をする。遠坂がひらひらと手を振って答えた。
「ああ、これはこの屋敷の結界よ。悪意のある侵入者に反応するの」
「ということは、敵襲ではないか!?」
「まあねー。でもたぶん、この時間だと、」
「セイバーはいるかーッッ!」
説明の最中に大声を張り上げる、1人の青年。
「セイバー! 雑種! 毎回言っているが、折角この我(が来てやったというのに、出迎えないとは何事か!」
「毎回言っていますが、招いたわけではありません。迷惑なので帰ってください」
やって来たのは、今日は庭から入ってきた、唯我独尊我様王ことギルガメッシュ。
子ギルも含め他のサーヴァント達には反応しないのに、うちの結界は青年体のギルガメッシュにだけ毎回反応してくれる。理由はまあ、想像がつくが。最初は俺たちも音がするたびに構えていたんだが、最近はすっかりギルガメッシュ専用の登場用BGMになってしまった。
困るんだよな、本当に大事な時がわからなくて。オオカミ少年の状態だ。
「セイバー、今日はアクセサリーをお前に下賜しようと思って来たのだ。さあこの美しい輝きに目を奪われるがいい」
「ですから私はこのような装飾品は好みません。我が身は剣と誓ったのです。不必要な装飾をする気は毛頭ないと、いつになったら理解するのですか貴方は」
「なにせ金剛石を豪華に五十個も使っているからな。お前の美しさにも劣るまい」
聞いちゃいねえし、相変わらず。
すでにかなり以前から無視を決め込んでいる俺と遠坂は、昼食をいつも通りに食べていた。セイバーもスルーという器用な真似ができるといいんだけど、律儀に相手をしてはストレスを溜めているようだ。まあそのうち毎度のごとくギルガメッシュが蹴り出されて終わるだろう。
だが今日は、いつもとは違う要素があった。
エビを食べる俺を、ケイがじっと見つめて聞いてくる。
「おい、あの男はなんだ」
「ああ、あれはギルガメッシュっていって―――」
あんなでも古代メソポタミアの英雄王であること、セイバーを気に入っていてしょっちゅうちょっかいかけに来ること、セイバーはそれを嫌がって断り続けていることを話した。
「なるほど。つまりは変質者ということだな」
…………的確な要約をありがとう。
ケイは簡潔かつ完璧な結論を出し、席を立つ。噛みあわない会話をしている2人の元へ近づくと、2人も彼に気が付いた。
「そこの男。アルトリアは嫌がっているぞ。いい加減にしないか、見苦しい」
「ほう。王にそのような口をきくとはな。失せろ下郎、今ならばその無礼、見逃してやっても良い」
「たわけ。嫌がる女性に言い寄って何が王だ」
「嫌がっているのではない。これは照れているだけだ」
「勝手に決めないでください。完全に嫌がっています」
セイバーのツッコミがとぶ。しかしギルガメッシュはそれをスルー。セイバーにはない技能だ。
「それよりも下郎、貴様何者だ? 見ない顔だな」
「彼は私の義兄で配下の騎士、サー・ケイです」
ギルガメッシュの疑問にセイバーが答える。普通なら多少の驚きを見せるところだが、ギルガメッシュは鼻で笑った。
「ふ、円卓の騎士とやらか。王を裏切るか守りきれぬか、いずれにしても騎士とは名ばかりの雑兵とかいう」
ざわり、とケイの雰囲気が変わる。俺の目の前で、残り2人の気配も変わった。
さ、さすがにそれは禁句だろううっかり王。わかってて挑発したにしても、無意味に挑発してどうするつもりなのか。
「やはり失せろ。雑兵がうろちょろしていては目障りだ」
「お前こそ失せろ。そもそも我らが王は、貴様のような趣味の悪い金ぴかには勿体ない」
「うわ、やっぱり誰の目にも、あれは金ぴかに見えるんだ……」
隣で小さくつぶやく遠坂。ギルガメッシュの金ぴかは、どうやら古今東西での共通事項らしい。
ギルガメッシュは眉を跳ね上げ、不機嫌の意を表した。
「口を慎め雑兵! ストーカーでニートなキングと呼ばれた我を愚弄するか!」
「ちょっと待ったギルガメッシュ。それ、誰に言われた?」
「うん? 我の言葉の邪魔をするな雑種。
言峰の娘が言っておったのだ。誰かに誇る時はそう誇れ、と」
邪魔されて不愉快そうにしながらもちゃんと答えるギルガメッシュ。
……案外素直なんだな。でもそれ、誉め言葉じゃないから。
ケイにストーカーだのニートだのの意味がわかるわけないが、彼はフッと別の意味で嘲る笑みを浮かべた。
「そもそも貴様、アルトリアの何を知っている? その様子では外見だけで惚れ込んだようにしか見えんがな」
「何かを知る必要などあるまい。我が気に入った。それが全てだ」
「ほう。ではアルトリアの尻にはほくろがある、などということも知らんのだな」
『なっっっっ!!!??』
ケイ以外の全員の声が唱和した。い、いったいなんつー情報を……!
「ななな、なぜそのようなことを知っているのです!」
「貴様、本当かそれは!?」
セイバーは可哀想なほど真っ赤になってうろたえている。ギルガメッシュもさっきまでの余裕が掻き消えていた。そんな二人の豹変ぶりを意に介した様子もなく、ケイは飄々と続ける。
「ああ、本当だ。なにせ寝食を共にした義兄妹だぞ? 男女の別のない頃は水浴びもしたものだ。
中心近くに二つ並んだ夫婦岩のような―――」
「よし、許す。もっとセイバーのことを話せ。そうすれば先程の無礼も水に流してやろう」
「――――聞いてどうするというのですか?」
地の底から響くような声が、またもケイ以外の全員の背筋を凍らせた。
声の主が誰かは、……もちろん言うまでもない。
「サー・ケイ。ギルガメッシュ。さようなら。貴方達のことは忘れようとしても忘れられないでしょうが、できるだけ早く忘れるよう努めます」
……どこかの学者が言っていた。笑顔は敵意のないことの表れだと。
だがそれは嘘だと思う。だってもし本当なら、どうしてこのセイバーの笑顔は、普段の怒っている表情より何倍も死の恐怖を感じさせるというのか。
彼女の手には一振りの剣。振り上げる刀身の色は、もちろん黄金。
「成仏なさい! ――――約束された勝利の剣(――――!」
「うぐおおおぉぉぉぉっっっ!!?」
黄金の光を受け、吹っ飛ぶ金ぴか。さらばギルガメッシュ。どうせ明日も来るんだろうけど。
セイバーはエクスカリバーを振り下ろした姿勢のまま静止していた。怒りのためか、息が少し上がっている。
やがて庭の土煙が晴れると、そこには。
「全く。いつの時代も女にみっともなく言い寄る男がいるものだ。なあ、ランスロット」
さりげに嫌味を飛ばす、無傷なケイの姿があった。
「なっ、アンタ、今の直撃したんじゃ……!」
俺の目から見ても、あれは確実に2人まとめて葬り去るための攻撃だった。間違いなくこいつもエクスカリバーの直線上にいたはずなのに。
「何を言う。自軍の攻撃に巻き込まれる騎士がどこにいるのだ。エクスカリバーの力は直線に放出されるのだから、一度身を躱してしまえばそれだけでいい」
「サー・ケイ! 貴方という人は……許しません! こんな、私を辱めるようなことをよくもっ……!」
セイバーの怒りは収まりきらない。当然だ。あんな事を言ったら普通は半殺しにされる。
だが怒れる獅子を前にして、ケイはなお冷静だった。
「なんだ。本当にそんな物があったのか」
「は…………?」
「あの害虫をとっとと追い払うため、適当なことを言ってみただけだったのだが。なんだ、本当の事だったのか?」
「―――! ―――! ――――――!」
口をぱくぱくさせるが、言葉の出てこないセイバー。対してケイは柳に風とばかり、彼女の動揺を受け流していた。
……でもああは言っていたが、本気で口から出まかせだったのかは疑わしいと思う。だってセイバー、ほんとにそーゆうのあるし。
セイバーもその可能性には思い至っているのだろう。しかし自分でそれを認める発言をしてしまったのは事実。トドメをさしたのが自分自身である以上、自己責任の強い彼女はケイを責められない。
ちなみになんで俺がこの事実を知っているかは――頼むから言わせないでくれ。でないと俺まで殺虫剤を吹きつけられてしまう。
「〜〜〜〜〜〜〜〜……っっ」
セイバーの顔はまだ真っ赤で、わずかに涙まで浮かべている。おそらく今度は悔しさのためだろう。なるほど、この口の達者ぶりなら、火竜が呆れて飛び帰ると謳われるのも頷ける。
とりあえず、俺はとっさに思いつくことで、セイバーを慰めることしかできなかった。
「セイバー、メシ、冷めるぞ。お代わりいるだろ?」
セイバーはケンカに負けた子供みたいな顔でこっちを振り向き、
「…………いただきます」
唇を噛みしめながら、そう言った。
「それでは始めましょう。いつもと勝手が違いますが、気を乱さないように」
「ああ。わかってる」
昼食の後、ベディヴィエールの希望で俺とセイバーの稽古風景を見学させることになった。彼はセイバーの今の生活が気になるらしく、あれこれ彼女に質問していた。その一環で俺との稽古のことを話すと、ぜひ見てみたいと言い出したわけだ。
「ただ、なんでこんな事に興味を持ったのかがわからないんだが」
「王に稽古をつけてもらうなど、我々にとっては最高の栄誉のひとつです。シロウ殿以外にその栄誉を受けた騎士を、私は知りません」
「……そんないいもんじゃないぞ……」
「シロウ、おしゃべりはそこまでです。いきますよ」
ビシリ、とセイバーの竹刀の切っ先が俺を指す。慌ててこっちも竹刀を構えた。
同時にセイバーの姿がかき消える。
「――――くっ!?」
いつもの小手調べ。俺がかわせるギリギリの速度で、左側頭部を狙ってくる。彼女が求めているのはここからどう反撃に出るかだ。
この間は右から打って失敗したので、今日は下から攻撃をくりだす。セイバーは頭を低くして易々と避け、がら空きになった俺の胴に強く打ち込んできた。
「あだっ!」
「シロウ。思いがけないところからの攻撃は効果的ですが、躱された後のことも考えてください。こんなに隙だらけでは攻撃してくれと言っているのも同じです」
「わ、悪かった」
「謝罪はいりません。さあ、次をいきますよ」
言うが早いかセイバーは打ち込んで――マズい、このタイミングじゃ右肩を思いっきりやられる――!
唐突に、ある人物の動きが頭に浮かんだ。
考えているヒマはない。軽く体をひねり、危ういほどの際どさで竹刀の切っ先から致命的な部分を外す。同時に右拳を切っ先めがけ叩き込んだ。もちろん素手ではなく、この手には俺の竹刀が握られているので、なんとか柄の部分と切っ先が噛みあう。
「―――!?」
驚いたセイバーの顔。力まかせに竹刀を振り上げ、セイバーの竹刀の切っ先を上へはね上げる。それと同時に可能な限り後ろへ跳んだ。
「ッハ――ハァ――」
セイバーと距離をとって再び対峙する。こちらに向かってかまえるセイバーは――――
あ、あれ……? なんだかひどくご立腹のようデスヨ?
「―――シロウ」
「は、はいっ! なんでありましょうか王!」
「貴方は私の騎士ではありませんから、王などと呼ばなくて結構です。
それより―――どういうつもりですか?」
「は? ど、どういうって……なにがさ?」
「今の動きは、あの魔術師(のものでしたね。そういえばシロウはなぜかあの魔術師の事をよく知っていましたっけ」
す、鋭い。いや、白兵戦の達人であるセイバーなら、むしろわかって当然なのか。
たしかにさっき、とっさに浮かんだのはバゼットの動きだった。彼女の身のこなしなどろくに見たことないはずなのに、なぜ浮かんだかはわからないが。
「以前はアーチャー、先日はライダー。そして今度はバゼットですか。
……………………」
スウ、と息を腹の底まで吸いこむセイバー。…来る。
「貴方はいったい何人に師事すれば気が済むのです!?
私が師ではそんなに不満ですか!!」
「い……いや、セイバーに不満なんてあるわけ」
「問答無用!! 貴方がいくら千言万語を貫こうと、貴方の身体の動きが全てを証明しています!!」
いや、だからさ、セイバーさん。
俺は贋作者(であって。見た物を解析し、再現するというのが衛宮士郎の本分なのであって。
――――なんて自分でも苦しいと思う言い訳を、セイバーが聞き入れてくれるはずもない。
「いいでしょう。貴方がそのつもりならば、徹底的に私の動きを叩きこむまでです。
良い機会ですから、今日は私の戦法を全てマスターに知っていただきましょう」
そ、それって死ねってことデスノゥーーーーーー!!?
「では覚悟して下さいシロウ」
言葉とは裏腹に、覚悟するヒマなど与えてもらえないまま。
俺はトラなハカマとロリなブルマがいる道場行きの気配を感じながら、意識を失った。
| はーい、良い子のみんな元気かなー? みんな大好きタイガー道場始まるよー♪ |
| やったー! またスポットライトが当たるなんて夢みたーい! |
| さて、今回の死因はいたってシンプル。
浮気は悪です。悪は滅ぶべし。 |
| えっと、今のところ確認されてるだけで四股?
シロウってばスゴーい! 絶倫状態ー! |
| けどそんな糸の切れた風船みたいな生活は、エロゲーの主人公にでも任せちゃって。
士郎はちゃんとセイバーちゃん一筋を貫くこと! |
| えー? でもそれってたくさん愛せるってことで、いいコトじゃないの? |
| いらぬ! そんな薄利多売な愛などいらぬ!
お姉ちゃんは士郎をそんな浮気者に育てた覚えはナッシング!! |
| まあね。タイガを応援するわけじゃないけど、その意見は賛成かな。
シロウってばダメだよ? セイバーが好きなら、ちゃんと一途に構ってあげなくちゃ。 |
| うむ。王として理解されず、部下に裏切られることの多かったセイバーちゃんに、またも無理解と裏切りの味を味わわせることのないよう祈っているぞ若者よ。 |
| そうそう。上の立場の人間って、いつ下に裏切られるかわかんないんだから。
ねー師しょー♪ |
| ――――あれ? イリヤちゃん、その今にも鋼色な肌の巨(きい人を呼びそうな、背筋の寒くなる笑みはなにかな? |
| うふふふふふふ。やっちゃえバーサーカー! |
| ■■■■■■■■■■■―――――!!! |
| きゃあああああああ!!!
魔術は禁止ーーーーーーー!!! |
| フッ……悪(?)は滅んだわ。
タイガもいずれこうなる運命だったのよ。 |
| ■■■■■■■■ |
| さあバーサーカー。次はわたしを捨ててまでセイバーに走ったくせに、そのセイバーまでないがしろにするお兄ちゃんへゴー! |
| ■■■■■■■■■■■―――――!!! |
「―――ロウ! シロウ!」
…………ううん、ごめんセイバー。俺が悪かった…………
「シロウ!? しっかりして下さい! シロウ!」
「――――――はっ!!?」
必死に名を呼ぶ声と、温かいなにかに体を揺さぶられる感覚で目を開ける。
まずまっさきに認識したのは、泣きそうなセイバーの顔がほっと安堵の笑みに変わっていくところだった。
「よかった。目が覚めたのですね」
「あ、あれ……? 俺、どうしたんだっけ?」
「シロウ殿は王に打ち込まれ、気を失っていたのです」
横からベディヴィエールが補足してくれる。
「王も最初は、5分ほどすれば起きるだろうと予測してらしたのですが……シロウ殿が10分経っても目覚める気配がないと見るや、ずいぶんと取り乱されまして」
うわ、そいつは情けない。
セイバーの想定していた水準にまだ俺が達していなかったってことなんだろう。
だがセイバーは俺のふがいなさを責めるでもなく、シュンと身を小さく縮めている。
「申し訳ありませんでした、シロウ。つい頭に血がのぼり、強く叩きすぎてしまった」
「そんなことないよ。俺がセイバーの考えていたよりも未熟だったせいじゃないか」
「いえ、必要以上に力を入れすぎてしまったことと、シロウの回復力を見誤ったのは私の責任だ。本当にすみません」
悲しそうに目を伏せるセイバー。
ああ、なんだ。つまり。
「心配、してくれたんだ。―――ありがとうセイバー」
そっと彼女の頭に手を伸ばし、柔らかい金髪ごとゆっくり撫でる。
セイバーは最初驚いていたが、やがて嬉しそうな笑顔になった。
「――――――!?」
すぐ横手で息をのむ音。
そちらを向けば、長身金髪のランスロットが、その優男ぶりをかなぐり捨てて、唖然としていた。
「? どうしたんだ?」
「いや、……驚いたのだ。まさか王がここまで嬉しそうな顔を―――感情を露わにさせようとは。
以前より、よもや王には感情などないのではないか、とすら思っていたゆえ――――」
「っ…………」
その言葉を聞いて、唐突に思い出した。
さっきベディヴィエールが言っていた。食事中に笑うセイバーを初めて見た、と。
でもそうじゃない。食事の時だけじゃなくて、いつでもどんな時でもセイバーは笑ったりしなかったのだ。
王には人の心がわからない。
セイバーが王であった頃、騎士たちの間で何度も囁かれた言葉。
――そんな事あるわけがない。王である以上、感情を切り捨てねばならなかっただけ。
どんな痛みも罪も、彼女を苦しめていると知られてはいけなかっただけ。
それを、どうしてわかってやれなかったんだ、こいつらは!
「…………ふざけんな」
押し殺した声が喉の奥でもれる。
「感情がない? 人の心がわからない? こいつがどれだけ自分を犠牲にして頑張ってきたか知ってて言ってんのか!
そもそもセイバーがこの時代に来たのだって――――!」
「シロウ」
激昂した俺に、冷静な声が呼びかける。声の方を向くと、セイバーはいつもより幾分大人びた笑みを浮かべていた。
「シロウ、良いのです。彼らは私の配下の騎士たちだった。
王が王としての務めを果たしている以上、もっと感情を出せなどという曖昧な苦言は言えなかったでしょう」
「それは……そうかもしれないけど」
「それに、私は知っていました。王となれば重い責任を負い、皆から疎まれ、非業の死を遂げることも。それを承知で剣をとったのです。
失いかけていた王の誇りも、シロウのおかげで取り戻すことができました。
今の私は、あの頃の在り方に、全く悔いはありません」
たとえ自分に、避けえない悲しい結末が待っているとしても。
皆が笑っているのならそれは正しい事なのだ、と。
そう決意した少女は、しかしその心を置き去りにしてまで、人ではなく王として在り続けた。
少女としての彼女と、王としての彼女に報いるためにも。
今の『セイバー』は、これまでの選択を後悔したりしない。
「セイバー……」
でも。
でも俺は嫌なんだ。
たとえもう変えようのない過去だとしても。
たとえセイバー自身が納得していようと。
「だけど…………」
わかってる。こんなの、子供のワガママと一緒だ。
ただ嫌だ嫌だと駄々をこねるだけで、何ができるわけでもない。
わかっていたけど、感情はおさまってくれなかった。あんなに頑張ったセイバーが、誰に理解されることもなく、争いの中で終わったなんて。それじゃああまりにも。
思い悩む俺の手に、セイバーがそっと自分の手を重ねてくる。その時初めて、指が白くなるほど拳を握りしめていたのだと気づいた。
「―――ありがとうございます」
セイバーの笑顔は綺麗だった。
どこにも行けない感情をなだめるように、彼女の頭を抱きよせる。
セイバーも、そのままじっとしていてくれた。
2人とも無言で過ごす、静かな時間が流れ―――
「―――ォホン、ゴホン」
実にわざとらしい、自分へ注意を向けさせるのを主目的とした咳払い。
第三者がいたことを思い出し、俺とセイバーはパッと身体を離した。
そっと3人の騎士たちへ目をやると、ランスロットは開いた口が塞がらず、ベディヴィエールは少し不機嫌そうな顔、ケイなど仏頂面を通り越して殺気がただよいはじめている。
「…………アルトリア」
「な、なんでしょうか兄君?」
「初見からずっと気になっていたんだが……その小僧は一体おまえとどういう関係なのだ?」
発された言葉は疑問。しかし口調は完全に詰問。
というか、ケイとベディヴィエールにはセイバーがなんと答えるか、とっくに予想できてるんじゃないだろうか。考えてみればセイバーはケイにとっては義妹、ベディヴィエールにとってはさっきまで男だと思っていた主だ。そんな彼女が知らない男と抱き合ってたら、面白かろうはずもない。
もしもセイバーが、彼は私の恋人です、とでも言おうものなら俺をメッタメタに叩きのめしてやるというプレッシャーが2人から発せられる中、臆することなくセイバーは口を開いた。そして。
「シロウは私の鞘であり、私はシロウの剣です。互いの身が朽ち果てるその日まで」
ガクン、とベディヴィエールのあごが外れたように、口が大きく開かれた。
ケイもめいっぱい目を見開いている。あわわわわわわ。
「セッ、セ、セイバー!?」
「どうかしましたか」
俺たちの反応をきょとんと見ているセイバー。
うん、嬉しいんだ。嬉しいんだけどね。
恋人だなんて言葉より、もっと大胆なことを言った自覚が、どうもこの色恋沙汰に疎い王様にはないらしい。
「――――アルトリア。ひとつ聞かせろ。
さっきおまえが言っていた、王の誓いの他にもう1つ、自らへ立てた誓いというのはまさか…………」
「シロウの剣となることです。彼を傷つける全てのものから、シロウを守る。私という存在の全てをかけて、この誓いは果たしてみせます」
誰の目にもはっきりとわかる真摯な決意を、彼女は笑みにのせる。
セイバーの笑顔は綺麗だった。
だが。その笑顔がキレイであればあるほど、俺は追い込まれてゆくわけで。
ケイが音もなく立ち上がる。それにベディヴィエールが続き、少し遅れてランスロットも立ち上がった。
よくよく見ればケイとベディヴィエールの眉はそれぞれ角度が30度ずつ増し、さっきまで呆けていたランスロットの顔にも苛立ちの色が。
「小僧。よければ今度はオレたちが稽古をつけてやろう」
「へ?」
「礼にはおよびません。私達としても、少し体を動かしてみたかったところです」
ぎゅんぎゅんに殺気をみなぎらせて、何か言ってやがりますよこの人たちわ。
「ま、待って下さい。シロウの剣の師匠は私で――――」
「なに、構わんだろう。聞けばこの小僧、すでにアルトリア以外に何人もの動きを参考にしているそうではないか。今さら1人や2人増えたところで変わらん。
それでも不満だというのなら、オレたちは練習相手として小僧と死――もとい試合をしよう。色々な敵と向かい合っておいた方が、いざ実戦に出れば役に立つだろう?」
「それは……確かに」
あああセイバーが言いくるめられてゆく。彼女がうんと頷いてしまった時が俺の最期の日――この身朽ち果てる日だ。
「ちょ、ちょっと待――――」
「よもや受けないなどと言わないだろうな?」
ニヤリ。ケイは俺を蔑んだような嘲笑を浮かべる。
「アルトリアは確かに強い。だがオレには配下の騎士として義兄として、自分の王であり妹であるこいつが守るに足る人間であるか、おまえを測る権利と義務がある。
もっともそれを知ったところで、アルトリアの誓いを変えさせることなどできんが。そう―――たとえお前が、女に守られていることを当然のように受け止める、ふがいないロクデナシだったとしてもだ」
「なっ――――!」
「悔しいか? ならば剣を取れ。その覚悟を示してみろ。
少しでもアルトリアに頼ることなく己で身を守れると、オレたちに見せに来い」
「上等だテメエ――――!!」
挑発なのはわかっていた。だがここまで言われて引いたら男じゃない。
側に落ちていた竹刀を拾い、大上段に斬りかかる。
「……隙だらけです、シロウ殿」
直後、耳元で囁く声。
俺が倒すと認識した相手とは全く別の方向から、銀髪の騎士の攻撃が脳天に直撃する。
「があッ!?」
「熱くなって我を忘れ、周囲の敵の存在を忘れるとは。まだまだ未熟だな小僧」
勝ち誇ったケイの声。うう、頭がクラクラして回りがよくわからない。
「うるさい……。いいのかよ、騎士が、こんな、事、して……」
「なにを馬鹿な。初めからこの試合は3対1だった。それを忘れたお前が悪い」
いまだ星の飛ぶ視界の前と横で、ケイとランスロットが容赦なく竹刀を構えた。だとすると後ろでもう1人も、同じことをしているのだろう。
「では覚悟しろ小僧」
―――俺の回りの兄弟たちは、血のつながりのあるなしに関わらずあんまり似てないやつらが多いけど。
ケイはセイバーと全く同じセリフを死刑宣告に使ってきた。やっぱりこの2人、義理とはいえ兄妹だ。
一瞬後、やっぱり同じように覚悟する間もなく意識が刈り取られたのは言うまでもない。
朝食のときは混乱のまま彼らの存在を隠してしまったけれど、夕飯の時に集まった面子へ、騎士たちをセイバーの親戚として紹介することとなった。
もちろん隠してもおけたのだが、セイバーに縁のある人々なのだ。いつまでもコソコソさせておくのは気分のいいものじゃない。
一般人である藤ねえがいるから、いっそ偽名でも使おうかと考えたのだが、そのままでいいという遠坂の提案があったので本名を名乗ってもらった。
「アーサー王物語に詳しくない人には、ケイやベディヴィエールなんて名前はわかんないわよ」
言われてみればその通り。普通はランスロットだけ、知っててもせいぜいガウェインまでだろうか。
3つの名前に共通項を見出せなければ、ランスロットとて親がミーハーでつけたと思われるだろう。
そして藤ねえはこちらの思惑通り、彼らの名前から何も連想できなかったようだ。さすがにイリヤと桜は俺に疑問の目を投げかけてきてたので、こっそり説明しておいたが。
藤ねえとイリヤはランスロットに淑女扱いされて気を良くしており、桜も初めは目を白黒させていたが、さっき見たらベディヴィエールと会話がはずんでいるようだった。
今日の夕食は俺が当番なので、自慢の和食で勝負をかける。アジの干物とだし巻玉子に冷や奴、いり鶏と大根の炒め物。箸休めにきんぴらごぼう。漬け物はあっさりした浅漬けのきゅうりで、みそ汁は定番の豆腐とわかめだ。デザートに一成の家からお裾分けしてもらった、獅子屋の羊羹を用意する。
わいわいとにぎやかな食事も、ここのところ衛宮邸での日常になってしまった。
「セイバー、今日のだし巻玉子どうだ? ちょっとだしを変えてみたんだけど」
「そうですね。いつもの昆布だしも上品な味で良いですが、今日のは鰹だしと昆布だしを合わせたものでしょうか? コクがあってとても美味しい。これならばご飯が進みそうです。さすがですねシロウ」
いつもの笑みを浮かべるセイバー。ならこれは成功だな。レパートリーの中に入れておこう。
彼女の笑顔につられ、俺の顔も笑みの形を作る。この顔が見られるから、セイバーに料理を作る役目はなかなか譲れない。
だがそんな雰囲気を壊す殺気が吹きつけ、後ろから絶対零度の声がした。
「くだらん。どうやらここには、我々の故郷とは比べものにならん数の食材や香辛料が揃っているようだ。これだけあれば馬鹿でも料理を作れるだろう」
「な……兄君! シロウの料理はそんな単純なものでは……」
「うるさい。そもそもアルトリア、お前もなんだ。料理なんぞにつられて心を開くとは、騎士の子として情けないぞ」
「いっ、いえ! 決してそんな……こと、は…………」
だんだん尻すぼみに小さくなるセイバーの声。……え、もしかしてほんとに最初のきっかけは俺のメシだったのか? なんか自信なくなってきた。
すっかり士気を失った俺とセイバーに、ただでさえ実力差のあるケイは倒せない。このまま完敗を喫するのかと覚悟したとき。
援軍は思わぬ方向から来た。
「あらそう。なら貴方も料理してみる?」
ケイのさらに後ろから来た声に顔をあげれば、そこにいたのはツインテールなあかいあくま。
「ふん、男子は厨房に立つものではない。そもそもそれが気に入らん」
「つまりできないってことじゃないの。それにね、最近は男でも料理ぐらいできないといけないのよ。
妹を取られたからってヤキモチやく兄貴はみっともないわ」
「小娘…………!」
ケイの顔に怒りがみなぎる。……やっぱりそれであんなこと言い出したのか?
一方の遠坂も料理をする人間として、「馬鹿でもできる」なんて言われて虫の居所が悪そうだ。影では努力家の遠坂だから、あの中華の腕も頑張って手に入れたものなのだろう。
「多くの材料があれば料理の幅が出るのは当然だろうが! 我々の頃はロクに食材もなく、種類どころか食べる量にすら困っていたものだ!
それを工夫して食べていた、我らの方が上に決まっているだろう!」
「なに言ってんのよ! たしかに今は食材が溢れてるけど、そのぶん互いの相性、香辛料を入れる量やタイミングの組み合わせは、当時の比じゃないわ!
それをいまだに昔やってた、味は二の次火さえ通っていればなんて作り方してるから、イギリス料理はマズいのよ!!」
あー、そういやロンドンでは外食なんてできたものじゃなかったって言ってたな、遠坂のやつ。
それにしてもすごい。あのケイ相手に一歩も退かない。まるで竜虎相打つ、いや、ハブとマングース。
これから遠坂の弁舌に形容詞をつけるときは、「青龍も呆れて飛び立つ」にしておこう。
ぎゃいぎゃいと熱弁を奮い続ける2人を尻目に、ランスロットがデザートの羊羹をスッとセイバーに差し出した。
「サー・ランスロット。これは?」
「王に献上いたします。どうぞお納めください」
「これは貴方のではないですか。なぜこんなことを」
「決まっています。美しい女性が喜ぶためなら、私は何も惜しくありません」
あいつ、とうとうセイバーまで口説き始めやがった。ほんとに節操がない。というか、フェミニストっていうのはみんなあんな感じなんだろうか。
…………信じてるぞ、切嗣。
セイバーがこれでオチるとは到底思えないが、放っておくわけにもいかない。俺は腰を浮かしかけ、
「シロウ殿。ここは私が」
ベディヴィエールに遮られた。
彼は俺を制したまま自分が立ち上がり、譲るいらないとやっている2人のところへ行く。
……大丈夫かな。今日一日見てきて、なんとなく他2人より大人しい印象を受ける。顔の線が細いせいかもしれない。ちゃんとランスロットを止められるんだろうな。
「サー・ランスロット、いくらなんでも王にちょっかいをかけるのはよした方が良いかと思いますよ」
「これはちょっかいではない。女性の笑顔を見るために行う、当然の投資だ」
それをちょっかいと言うのではないだろうか。
「しかしそれ以上、口説き文句のような言葉をなげかけられても王が困ります。まだ続けられるようでしたら、私は貴方を止めねばなりません」
「なるほど。参考までに聞こうか。どういう手を使う気だ?」
ベディヴィエールは晴れやかに笑い、
「そうですね。リエンス王との戦の野営で、サー・ランスロットが王の寝顔」
「スマンすぐに退くだから許して下さい」
うわほんとに退いたよ!
「なんですかベディヴィエール! 最後まで言いなさい! あの時私の寝顔がどうしたというのです!?」
だがもちろんネタに使われたセイバーは心穏やかではいられない。真相を知るべく詰め寄るが、ベディヴィエールは静かに首を横へと振った。
「いつかお話できる日もありましょうが、それは『いつか』の話にしておきましょう。
今ここで明かすのは、あまりにもシロウ殿にお気の毒です」
「ホントに何があったんだ!?」
うう、俺まで心配になってきた。
見た目通りの人物では、伝説に名を残すことなどできないというのか。歴史は奥深い。
「それはともかく、王。
よろしければこちらもお召し上がり下さい」
ベディヴィエールはスッと自分の羊羹をさっきのランスロットのと一緒に差し出す。
「は? し、しかしこれは貴方達の羊羹で」
「私も、王の喜んでいる顔が見たいのです。王のために尽くすのは騎士として当然の務めです」
「けれど先程ケイが言った通り、あまり食の誘惑に負けるのはどうかと…………」
「なに、構わん。ついでにこれも食ってしまえ」
そう言って羊羹片手に現れたのは、さっきまで遠坂相手に熱戦を繰り広げていたケイ。
「こういうものはオレの口に合わないからな。女子供の好む食べ物だろう」
そのまま有無を言わさず、羊羹の群れをさらに増やす。
セイバーは自分の分も含めた4つの羊羹を数秒睨みつけていたが、
「では、お言葉に甘えます」
1つを手に取り、口へ運ぶ。とたん彼女の舌と顔に幸せが広がった。
セイバーの笑顔から、俺がふと顔を上げると、
「……………………」
―――3人の騎士たちは不思議な表情をしていた。
嬉しいとも悲しいとも言えない顔。いったい何を思っている時、人はこんな顔になるんだろうか。
ただ、その顔が。
今彼らの着ている甚平の持ち主が、最期に袖を通した時の顔を連想させて。
なぜだか凄く気になってしまい、そっと居間を出てゆく3人を追いかけた。
少し遅れて障子を開けると、家からの逆光でわずかな時間彼らを見失う。辺りを注意深く見渡すと、探していた人影は庭の中ほどでただ立ち尽くしていた。
サンダルを履いて近づく。やはり歴戦の修羅場を潜り抜けてきた猛者たちだからか、消してもいない俺の気配にすぐ気づき、こっちを振り向いた。
「どうしたのですか、シロウ殿」
「どうした、はこっちのセリフだよ。こんなとこで何やってんだ?」
ベディヴィエールはにっこりと笑うだけで答えなかった。
一陣の風が吹く。南からの風にのって、居間の喧噪が聞こえてきた。
「あーー! セイバーちゃんったらヨーカン4つも持ってるー! それじゃ太っちゃうわよ、1つわたしによこしなさいー!」
「心配ご無用です。私は滅多なことでは太りません」
「えっ、セイバーさん、太らないんですか……!」
「くっ……! 同じ女として今のセリフは許せないわね……」
色気があるんだかないんだかわからない、けれど女の子特有の会話。
彼らにも今のは聞こえていたんだろう。小さく笑う気配がする。
ランスロットは今日何度も確認したことをもう一度改めて口にした。
「それにしても驚いたな。王が女性であらせられたとは……」
「そういやアンタ、セイバーが女性だったら謀反を起こさなかったって本気か? セイバー、なんかガックリ力が抜けてたぞ」
腹心の部下の一人であるサー・ランスロットの離反は、アーサー王にとって間違いなく大きな事件だったはずだ。それを『主君が女だったらやらなかった』などと言われては、セイバーもいろいろな意味でやるせない。
「む。少年よ。私が望んで王に反旗を翻したとでも思っているのか」
「それは――――――――」
だって確か2人の不和のきっかけは。
「私はただ、ギネヴィア様がお気の毒だったのだ」
「ギネヴィア……ってセイバーの?」
「そう。王妃であらせられた」
ランスロットは大きく空を仰ぐ。
「確かに私はギネヴィア様を愛していた。だが彼女は敬愛するアーサー王の奥方であり、国を代表する女性だ。
そんな方にどうして私が想いを遂げられよう? この想いはずっと秘めておくつもりだった。それこそトリスタンのようにな」
トリスタン。彼は自分の伯父の妻である人と愛し合い、しかし決して想いを遂げようとしなかったことで有名な、円卓の騎士の1人だ。
「しかしギネヴィア様は打ち明けられた。王は自分を愛していない。その証拠に床を共にしてはくれぬ、とな。
―――今にして思えば当然か。王も女性であらせられたのだから。
しかし、その時の私はギネヴィア様を不憫に思い、王に腹をたてた」
王の事も王妃の事も好きなのに。幸せになってほしいのに。
彼ら2人は不仲であると、幸せではないと聞かされて。
「当時から、すでに王の感情はほとんど表に表されなかった。
だから思った。王がギネヴィア様を愛しておられるのなら、彼女の不義密通には必ずお怒りになられるだろう、と」
「! ――――それじゃ」
「ああ。全ての罪を背負って私は処刑され、後にはたしかに王の愛を見つけた王妃が残るだろう。
そう思っていたのだが―――」
実際は王妃が処刑されてしまいそうになり、アーサー王とランスロットの不和は決定的なものとなった。
「そうだったのか…………」
アーサー王を裏切った騎士の一人に名を連ねるランスロット。
しかしそれは、彼が心から王と王妃を愛するがゆえだった。
その時、隣からぼそりと声が割り込む。
「――つまり甘い算段により、国の主力の一人である円卓の騎士一名を犠牲にする計画を立てたが、目論見は見事失敗、しかも騎士ではなく王妃を犠牲にしかけ、最後には国を傾ける要因の一つとなった、と。
心意気は買うにしても、あまりの愚かさに声も出んな」
「サー・ケイ! 貴様そんな風に言うなあああぁぁぁぁ!!!」
「は、はは、はは……」
うん。実は俺もちょっとそう思った。
横を見るとベディヴィエールも苦笑している。きっと彼らも今までこういったことを話し合う機会はなかったのだろう。
ランスロットがケイの首をがっくんがっくんゆさぶっていると。
「お……」
「あ……」
「え……?」
3人の体が淡く発光を始める。光は彼らの輪郭をぼやけさせ、体から離れては空へと消えてゆく。それにつれて彼らの体は、少しずつ薄くなっていった。
「シロウ殿。どうやら別れの時のようです」
幾分名残惜しそうにベディヴィエールは言う。――そうか、帰るのか。
そりゃいつまでもいるとは思ってなかったけど。きっとセイバーは寂しがる。
なんだかんだ言いつつ、今日の彼女が浮かれていたのには気づいていた。
「なにか、セイバーに伝える事は?」
「そうだな。昔ならば何かあったかもしれんが―――」
ケイは遙か彼方の星空を見た。遠くへと飛ぶその眼差しは、遠くの王を見つめているのか。
そして今のセイバーがいる屋敷の方へ視線を移し、
「今はもう、何もない」
その顔に浮かぶのは、これまで見たことのなかった微笑。
「ああ。私も伝えるべきことはない」
「私も。何もありません」
ランスロットとベディヴィエールがケイに続けた。2人の顔にも、一様に同じ笑み。
その微笑を見れば、言葉にしなくても気持ちは伝わる。
「そうか。わかった」
「では小僧。達者でな」
最後の最後で、ケイは多少皮肉げな笑みに戻り。
3人の騎士は姿を消した。
「シロウ!」
光となって空に溶けてゆく彼らを見送った直後。
居間から慌てた様子でセイバーが駆けてきた。
「か、彼らは……!?」
「ああ。さっき帰ったよ」
「そ、そうですか。気配が消えるのを感知し、急いで駆けつけてきたのですが……」
間に合わなかったのですね、とセイバーは肩を落とす。
もしかするとあいつら、分かってたのかもしれないな。自分たちがそろそろ帰るって。
無言で居間を出て、ひっそり帰るつもりだったんだろう。
「……あの、シロウ。シロウは彼らを見送ったのですね?」
「うん。そうだけど」
「その。――何か私に言ってませんでしたか?」
どうやらセイバーも気になるらしい。
国に滅ぼされてしまった王。討ち死にの後、別の世界で生き続ける王。ずっと性別を欺き続けてきた王。
別れの言葉ではなく、あるいは恨み言のひとつでも遺していっておかしくない。
俺もそれが気になって、わざわざ聞いたんだが。
「いや、聞いたけど。――何もないってさ」
「は……? 何も、ですか……?」
「そう。何もない」
セイバーは納得いかなげに、はあ、なんて首をひねっている。
だが彼らの笑顔を見た俺には分かっていた。
彼らの心残りは、全て晴らされたのだということを。
王に対する恨み言も苦言も。悔恨や謝罪を述べる言葉も。忠告も声援も。
そのようなものは一切不要なのだと。
彼らの笑顔はそう語っていた。
「あいつら、性格はかなりクセがあるけど、根はいいヤツらだったんだな」
「シロウ? 彼らと一体何を話したのですか?」
不思議そうな顔できょとんとしているセイバーに、いつか話せたらいいと思う。
かの騎士王は、どれだけ皆に愛されていたのかと。
Fateの世界は、こんなぬるま湯のような、生ぬるい世界ではないと知ってはいますが。
やはりセイバーはもっと愛されていて欲しいというマイ願望。
そんなわけで円卓の騎士から、王心酔派代表ベディヴィエール、身内代表ケイ、離反組代表ランスロットです。これ以上出すとキャラが動かせなくなるので3人が限界(笑)
ふと降りてきた妖精さん(ネタ)の話を日記でしたら、しっかりハイエナして私を導いてくれた、つかなさんというララァがいたのでここで名前をさらす(笑/ご本人了承済)。あれー、ジブン、『書かないように』導いてくれって頼まなかったですかー?(笑)
ホントはもっと、親バカならぬ王に甘い騎士バカ集団にする予定だったのですが、崩れすぎたキャラが想像できずこんな感じに。
設定のほとんどない3騎士のため、オリキャラ要素がかなり強くなりましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
つか、うちのバサカ初登場ってコレか。ヒドすぎ。
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