風邪にご用心?
人類が光の速度を超えて早数百年。人類の生活環境は、著しくその姿を変えていた。
しかし命あるものな以上、どうしても克服できないものというのはやはり存在する。
病気というものもまた、人類が克服できないもののひとつであった。
その日の朝、、チーム・モーニングスターの一人である彼女――サミィ=マリオンは少し様子がおかしかった。
'・・・なんでだろ。体重い・・・なんか寒気もするし・・・。'
ぼんやりと思いながらも着替えを済ませ、サミィはコックピットへと向かう。
そこには、先に起きていたらしい相棒の後ろ姿があった。
「・・・おはよ。イーザー。」
「ああ。」
言われて彼――イーザー・マリオンはその銀色の髪を僅かに揺らして振り返った。
「・・・どうした、サミィ?」
「え?何が?」
訝しげに見てくる左右色の異なった瞳に、サミィのほうが困惑してしまう。
「顔が赤い。それに声もいつもの調子よりやや変わっている。何か体調に異変でもあるのか?」
「異変・・・って、さあ・・・。」
問われて、サミィは小首をかしげる。その動きにそって彼女の金髪がさらりと揺れた。
異変といわれればこの状態は異変なのかもしれない。しかし今ここでそれを言った所で、イーザーに余計な心配をかけてしまうだけだろう。
そう判断したサミィは、
「大丈夫よ。なんともないわ。」
勤めて明るくそういった。
「ちょっと疲れてるだけだと思う。今日の仕事に影響はないわよ。」
「そうか。ならいいが・・・。」
「大丈夫だってば!」
もう一度力強くそう言うと、サミィはコントロール・パネルに向き直った。
その日の夜、サミィの体調の異常は悪化していた。
'どーしよ・・・。何かすっごく気持ち悪い・・・頭痛い・・・。'
しかしまだサミィとイーザーは会社に今回の仕事の終了報告をしておらず、今から連絡を取らなければならない。
「サミィ、休んだ方がよいのではないか?」
さすがに見かねてイーザーが言う。
「ああ、大丈夫だってば。これ終わったら眠るから。」
「しかし」
『やあ二人とも。いい夜だね。』
さらに言い募ろうとしたイーザーの言葉をさえぎって、星間通信から声が流れてきた。
程なくしてディスプレイに一人の気弱そうな青年の姿が映し出される。この青年こそが、サミィたちの所属する会社、シェリフスター・カンパニー社長のティモシー=マイスターである。
「チーム・モーニングスター、今回の以来の遂行、無事に完了しました。」
サミィとイーザーの二人は、一応の形式として画面上のティモシーに敬礼を送る。
『ご苦労様。って、サミィ君、どうかしたのかい?顔色が悪いよ?』
「え?別に・・・そんなことは・・・。」
「そんな事はない」と言おうとしたサミィは、不意に視界が揺れるのを感じた。そのまま目の前がぼやけてくる。意識が遠くなっていく。
『サミィ君!?』
「サミィ!!!」
イーザーとティモシーが自分の名前をよんでいるのを感じながら、サミィはゆっくりと意識を手放した。
目を覚ましたとき、サミィは自分がベッドにいることを感じた。
ゆっくりと上半身を起こして辺りを見回しても、見慣れた自分の部屋だ。コックピットではない。
そして、もう頭痛も寒気もないことにサミィは気がついた。
そのままどうしたらいいのか分からずにぼおっとしていると、不意にドアが開く音がした。その音に、サミィはそちらに視線を走らせる。
「目が覚めたのか。サミィ。」
「・・・イーザー。」
そこには、お盆を持ったイーザーが立っていた。
「調子はどうだ?」
「あ、うん。もう大丈夫だけど・・・。」
「そうか。」
そう言って、部屋の中へとはいってくる。
「・・・ねえ、なにがあったか説明してくれない?」
「分かった。」
イーザーはベットの近くに来ると、近くにあったイスを引き寄せて座る。そして持ってきたお盆から何かをひょいっと取り、サミィに渡した。
条件反射で思わず受け取ったサミィは、渡されたものに少しだけ驚く。
「まず熱を測れ。話はそれからだ。」
有無を言わせぬイーザーの言葉に、サミィは素直に渡されたもの――体温計をケースから取り出した。
程なくして、小さなアラーム音と共にデジタルの数字で"37・1"が表示された。
「もうほぼ下がっているようだな。」
その数字を確かめながらイーザーが言う。
「だから、何があったの?」
「サミィは丸一日眠っていた。」
「・・・え?」
突然のイーザーのその言葉に、きょとんとしてサミィは聞き返す。
「昨日いきなりサミィが倒れたあと、まもなくしてクイーンと数人の医者がここに来た。どうやら社長が送ってきたらしいが。サミィの病名は風邪だった。一時はかなり熱が上がって心配したぞ。サミィ、無茶はするなといっただろう。」
「・・・・・ごめん。」
反省したサミィは素直に謝る。
イーザーは何も言わず、持ってきたお盆を今度はそのまま差し出した
そこに乗っていたのは水の入ったコップに粉薬。そして―――――
「・・・イーザー、これ何?お粥?」
「そうだが?」
器に入っていたもの―――お粥を見て、サミィは訝しげに思う。確かモーニング・スターの自動調理器のメニューにはこんなものは入っていなかったと思うのだが。
「・・・・もしかして、イーザーが作ってくれたの?これ。」
「クイーンによると、風邪のときの病人食にはお粥を作るのが消化器官系に最もいいらしい。」
返答の代わりにイーザーは言う。
しかし、と言うことはこのお粥はやはりイーザーが作ってくれたものなのであろう。
「・・・・・ありがと。」
サミィはそういってお粥を一さじすくって、口に運ぶ。
お米に筋が残っていたそれは、しかし今のサミィにはとてもおいしく感じられた―――
〜fin〜 |