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小さな恋のメロディ? 〜第1話〜 
 それがはっきりとはせずとも、とても長い時間が費やされ、ついに人間は宇宙を自らの生活の場とすることに成功した。それは、人が己の足のみで移動し、空の星など遠く手の届かぬものと思っていた時代からすると、想像もできないほどの大躍進と言えよう。 
 しかし。人が移動のための道具など作れもしない時代から全く躍進せぬのが人の心である。 
 年の頃なら十七、八。顔の両側に長くのばした金髪は濡れており、頬は桜色に染まっている。それらが彼女が風呂上がりであることを如実に語っていた。いつもは普段着のように着ている制服も、洗濯に出している今は別の服と入れ替わっている。もう少し身体が自由な、ライトグリーンのバスローブだ。 
 「風呂から上がったのか、サミィ」 
 振り返ってサミィに声をかけたのは、長い銀髪と左右色違いの瞳を持った青年。見た目は二十歳前後だろうか。端正な顔立ちをしているが、その顔から感情は読みとれない。まるで機械のように。 
 「うん。イーザーも、そろそろお風呂に入ったら? もう何日入ってないんだか、あたし数えるのも忘れちゃったっていうのに」 
 イーザーは本当にそう思っているのかわからない無表情で呟いた。 
 サミィもその事は知っていたが、だからといって本当に素っ裸で出る気など毛頭ない。イーザーの問題というより、人前に裸で出るなど、己の尊厳に関わる。羞恥心の問題だ。 
 そしてふと考える。自分は裸で人前に出ろ、などと言われても絶対にやる気はしないが、もしかしてイーザーなら、二つ返事で出ちゃったりすることはあるんだろうか? 
 (こういうところが、イーザーの問題点かもしれないわね……) 
 「サミィ? どうかしたか?」 
 知らぬまにため息でももらしていたのか、イーザーが問いかけてくる。 
 「ううん、なんでもない。今なら、お風呂あったかいわよ」 
 適当に言葉を濁し、サミィはちゃんとした服に着替えるため、ブリッジを後にした。 
 実は彼らは人間ではない。遺伝子操作によって生み出された、生体兵器なのである。 
 同じ目的のため、同じ行程を経て生み出された2人なのだから、境遇は全く同じはずなのだが、2人の教えられた一般常識は、お互いかなりズレていた。いや、イーザーが世間一般常識からかなり外れた教え方をされた、といった方が正しいだろう。 
 違う戦闘方法を教えられる、というならまだわかる。筋力や手足の長さ、身体的特徴や性格が違う以上、最も適した戦闘方法は自ずと違ってくるだろう。コンビを組む場合、相棒の戦闘方法を踏まえつつ、お互い相手の欠点を補える動きができるのなら、それは大きなメリットとなる。 
 サミィはこんなイーザーの面を見ると、同時に作られた存在だというのに自分の方が遙か早く作られた錯覚をおぼえてならなかった。 
 それでも最近は、だんだん仕事を通じて世間の常識を覚えてきているので、助かってはいるのだが……。 
 「サミィ。次の仕事が入った」 
 物思いに沈んでいたサミィは、当のイーザーの声で我に帰った。手元のパネルを見ると、通信回線に次の仕事内容が映し出されている。 
 「『おばあちゃん孝行』。なにこれ」 
 言われた通り通信の続きを見ると、相変わらず気の弱そうな社長が、文章だけをよこしてきていた。 
 『いやー、本当は君たち向きの仕事じゃないんだけど……。クロフト本社のお得意さまでね。どうしても断れなかったんだよ。というわけでサミィくん、悪いけど行ってくれるかい?』 
 相手に届かないとわかっていても、思わずツッコミが入ってしまう。 
 『実はサミィくんをどこで見かけたんだか、マリアン=テイラー女史が自分の孫そっくりだと言い出してね……。 
 パネルに映されているのは文面のみだというのに。社長の気弱な口調から、冷や汗をかきつつ作り笑いを浮かべている姿まで浮かんでしまうのはなぜだろう? 
 『ま、まあさらに詳しいことは、実際にマリアン女史のいる惑星ウェザールに行って、マリアン女史の孫、ジュニアさんに聞いてくれ。それじゃあ僕はこれで』 
 サミィは片方の拳をもう片方の手のひらに思いっきり打ちつけた。本当は通信パネルを叩きたいところだが、そんなことをしたら艦が壊れてしまうので、最近編み出したサミィ特有のワザだ。 
 確かにこれまでにも、内容の詳細を知らされずに現地へ行き、ぶっつけ本番の仕事というのは多々あった。いや、むしろ会社側がわかっていること全てを事前にサミィたちに伝えていることの方が少ない。 
 目的も、何をやるかすら書いていない。そもそも『おばあちゃん孝行』とはなんなのだ。 
 「……イーザー、『おばあちゃん孝行』って、知ってる?」 
 イーザーは電子辞書の文字をそのまま読み上げる。 
 「つまり……どういうこと?」 
 特に2人の頭が悪いとか、察しが悪いとかいうわけではない。『血縁』や『家族』という概念を持たない2人にとって、親戚とのつきあいや関係というものが、知識としてすら頭に入っていないだけなのだ。 
 「ともかく、行ってみればわかるだろう」 
 イーザーの意見は身もふたもないが、それゆえに真実である。なにはともあれ、行ってみる以外に道はない。 
 「また厄介なことにならなければいいけど……」 
 今までサミィが幾度となく願ってきた、ささやかな願いが叶えられることは、これまであまりにも少なかった。 
 惑星ウェザール。住人三万人余が暮らしていながら、星一つに学校が一つ、というかなり特殊な惑星である。 
 まあとりあえず、学園の運営方針は問題ではない。 
 「最初は自分の目を疑ったものよ。目は悪くなってたけど、とうとう幻覚まで見るようになったかって。でも、本当のことだとわかった時は心から神さまに感謝したわ。あ、そうそう、お茶がまだだったわね。すぐ容れるから待っててね」 
 サミィはひきつり笑いを浮かべながら、あらかじめ写真でチェックしていた顔に話しかける。 
 「あ、あの…テイラーさん。あたしたちはあなたの依頼で来たんですから、そこまでもてなしていただくわけには……」 
 さすがに髪は真っ白になっているが、肌はまだまだ血の色が透けて見え、背も曲がっていない。着ている服も、老婆というよりミセスといったデザインの服を選んでいるようで、それがまたヘタに年に合わせた服よりも似合っている。きっと若い頃は、さぞかしセンスのいい美人であったろう。 
 普段から、仕事柄色々なタイプの人間と接しているが、こういう人は初めてである。 
 「お祖母さま。サミィさんたちは仕事で来てくださったのですから、あまり困らせるのもどうかと思いますよ」 
 後ろからかかった声に、マリアが文句を言いつつ振り返る。つられたように、サミィたちも。 
 背は、イーザーより少し低いくらいだろう。茶色いセットした髪型と、きっちり着こなしたスーツが、清潔感を感じさせる。端正な顔に細い銀縁の眼鏡をかけている様子は、いかにも真面目な実業家を連想させた。 
 「お祖母さまは、まだまだお若いでしょう。それより、あまりお祖母さまが話しかけるものだから、お二人がびっくりしていますよ」 
 言って、ジュニアはサミィの前で足を止め、微笑みかける。 
 「初めまして、ジュニア=テイラーです。このたびは、祖母のワガママを聞いてくださり、どうもありがとうございます」 
 差し出された手を、サミィはとりあえず受け取る。 
 もちろん、サミィに選択権はない。とはいえ、なんだかわけのわからない依頼を、何も考えずこなせるほど割り切れる性格でもない。 
 「本当に、こんなくだらない事につきあわせてしまい、申し訳ありません。老い先短い年寄りの言うことぐらい聞け、というのが祖母の口グセでして……。この元気な姿を見ると、何をバカなことを、とも思うのですが、年寄りは何かあってからじゃ遅いですからね」 
 なるほど、かなり長生きしそうな性格だ。もしかすると彼女の若さの秘訣は、若々しいセンスや行動だけでなく、この性格もあるのかもしれない。 
 クセのある人間は、クイーンやレティシアである程度免疫ができていたつもりのサミィだったが、やはり世の中は広い。精神年齢が外見より若い、というとメニィを思い出すが、そういうのともちょっと違うような気がする。 
 ……依頼内容も依頼人も不可解なこの状況。いったいクロフトは、何を考えてこんな依頼を受けたんだろう……? 
 などとサミィが、推測――というより純粋な疑問に近いその問いを、胸のうちで呟いていると。 
 「さあさあサミィ、あなたはそんなスーツなんか脱いで、私の見立てた服に着替えてちょうだい。 
 わっし、とサミィの腕をつかむと、ぐいぐい引っぱる。 
 「ちょ、ちょっとテイラーさん……じゃなかった、マリアさん!?」 
 本気で抵抗すれば、サミィの勝ちに決まっているが、まさか年寄りの細腕を、彼女の力でふりほどくわけにもいかない。結果として、サミィはずるずる引きずられてしまう。 
 「サミィ――」 
 視界の端っこに、口を開きかけつつも、あちらはジュニアに連れられてゆくイーザーの姿が目に入る。 
 ――どーしろってゆーのよおおぉぉぉぉぉ――!? 
 サミィの絶叫は、しかし彼女から発されることなく、どこか遠くへ消えていった。
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