PROMISE
「……すっごい……ね……」
隣で同じように立ちつくすイーザーの声も、なんだか耳に届きづらくて。
サミィたちの活動期間が長くなるにつれ、シェリフスター・カンパニーの名も、広く世間に知れ渡っていった。
だが、実はシェリフスター・カンパニーそのものが、親会社のクロフトによる、新兵器開発の実験とデモンストレーションのために設立された、という事実。それは、ある程度大きな組織の上層部ならば、ほとんどが知っている。
そうすると当然、ラガイン・コネクションを皮切りに、数々の犯罪組織から被害報告の出されているシェリフスター・カンパニーを、台風のごとく考えている犯罪組織もある。
店の入り口をくぐったまま微動だにしないサミィとイーザーに、真後ろの男が声をかけてくる。中年だが、健康的に浅黒く焼けた顔を、笑みの形にして。
「さあさあサミィ、イーザー、遠慮しないで遊んでくれよ」
惑星パーカスでの、かなりハデな地上げ騒動。
「仕事、っていうことなら……お言葉に甘えちゃおっか、イーザー」
一応遠慮の姿勢をとっていたサミィだったが、好奇心旺盛な彼女だからこそ、本当は遊んでみたくてたまらなかった。
「ねえイーザー、これやろう!」
先にやっている人の動きで、だいたいやり方はわかる。まんなかのグローブを思いっきり殴り、その強さを測定する機械のようだ。
「やめておいた方がいい」
ひとつ呻いて、サミィはそそくさとその場を離れる。破壊活動が目的なら真っ先にここから壊すのだが、今回は善意で遊ばせてもらっているのだ。
「でもさ……そうしたら、どんなゲームで遊べばいいの?」
出鼻をくじかれ、やや憮然と言うサミィ。
「まずは、現状の調査から始めるべきだろう。どのようなゲームを、どのように遊ぶのか、調べる必要がある」
イーザーはそう答えると、店の中央辺りを見た。
「まずは――あれだ」
『You Great! Perfect!』
やたら陽気な声でまくし立てる、男の機械声。たしかに、あの辺りが一番人が多い。
「……面白い――のかな?」
意味のない動きに身体を動かすだけ。あまり有意義なこととは思えない。
「やってみようか」
イーザーも何か思うところがあったのか、すんなりサミィに同意する。
「……ねえ、イーザー」
2人で4コイン、というのはかろうじて理解できる。だが、そこから先がよくわからない。
「よおねーちゃん、踊らねーならよそ行ってくんねーか?」
突如割りこんできた声に、サミィとイーザーは顔を上げる。そこには、少年が1人立っていた。
「あれー? もしかして初めて? 機械の操作がわかんないとか?」
少年は、にやり、と口の端をさらにつり上げ、
「オレが曲を選んでやるよ」
彼らの視力・反射神経・運動神経をもってすれば、こんなゲームは造作もない。昔やらされた戦闘訓練では、これとよく似た、もっとハードなものもあった。
「すげえ……すげえや!」
陶酔したように感動の声をあげるのは、サミィたちに声をかけた少年。
実は、サミィたちの踊っている曲は、この機体で3本指に入る、難易度の高い曲。これで失敗させ、さっさと退かせる、というのが少年の計画だった。
ダンッ!!
『You're Perfect!』
まさに最高得点を叩き出した2人に、機械と観客が惜しみなく賛辞の声を上げる。
「思ったより面白かったね、イーザー」
言葉を交わしながら、平然と立ち去ろうとする2人の背中に、さっきの茶髪の少年が声をかけた。
「ひょっとしてプロかなんかか!? どうやったらそんなすげぇ踊りができんだ!?」
先程とまるで反応が違う少年に、サミィは目を見張り、そして気づいた。
「そっ……そーなのよー! あたしたち、いちおープロだから! 気にしないでねっ、みんな!
ごまかし笑いでその場を切り抜けるサミィ。ただし、ダンスのプロではなくトラブルシューティングのプロだが。
「あっ、待ってくれよ! どこの――」
なおも止める少年の声を置いて、2人は店の奥へと走っていった。
やっと少年たちの熱い眼差しから解放され、サミィとイーザーは肩の力を抜いた。
サミィはその中のひとつ、垂れ幕のついた機体に目を止めた。
「ねえ、イーザー。あれなんかいいんじゃない? ほら、垂れ幕つきだから、周りに見られないし」
先程のように、お手本としてやってくれる人がいないので、どんなゲームかはわからないが、イーザーがとりあえずコインを入れる。それと同時に、機械から人工音声が流れた。
『すきなフレームを選んでね!』
画面に表示される、いくつもの四角形。サミィは適当に、花柄のものを選んだ。すると。
『それじゃあいくよー。1、2の、3っ!』
シャッター音と共に、画面には、可愛らしく小首を傾げて覗き込むサミィとイーザーのアップが映し出される。
『これでよければ、ボタンを押してね! 撮り直しするときは――』
混乱してうろたえるサミィ。気づきづらいが、焦りで目の据わっているイーザー。
『できあがるまでー、ちょーっと待ってねー!』
もはや何が起こっているのか。2人には全くわからない。
『はい、終わりー!』
やたらハイテンションな声と共に、1枚の紙が吐き出される。
「へえ……なんだろ、これ? あっ、裏がシールになってる」
イーザーに言われると、サミィは青空のように晴れ晴れとした笑顔で、ポンと手をうった。
「そっか! 証明用写真の撮影に使うのね!」
違う。
プリクラシールをしまいこみ、サミィの目は次に遊ぶ機体を探して周囲を見渡す。と、その目が1点で、ピタリと止まった。
「ねえ……イーザー」
イーザーが、かすかではあるが訝しげな顔をしている。気づかれただろうか?
サミィは急いで、店の入り口に見つけておいたトイレを目指す。イーザーの姿が見えなくなったところで、くるりと方向転換。
「ふふふ〜、こういうのは、見つけたら必ずやるのが礼儀ってもんよね♪」
よくわからない独自の理屈をこねながら、サミィはマシンにコインを入れる。
『さあ、キライな人を殴ると思って、Let's パンチング!』
いつもいつもやっかいな依頼を持ってくる社長? ムダにエラそうにしてる上、高笑いが耳に多大な影響を及ぼす装備課主任?
「クロフトの……ばっかやろ〜〜〜〜!!」
いつかどこかの映画で見たなじり文句を叫んで、サミィはマシンのグローブ部分を殴りつけた。
「…………。やば…………」
脂汗を流しつつ横目で周囲を見ると、ゲームに熱中していなかった半数ほどの人間が、何が起きたのか判断しきれず、呆然とサミィの方を見つめている。
「あは、あはは……やっだー、壊れてたのね、これー!」
自分でも、苦しい言い訳だとは思うが仕方ない。
イーザーから離れた時よりさらに素早いスピードで、混み合った店内をすり抜ける。
「? どこに行っちゃったのかな……。待ってて、って言ったのに」
きょろきょろ辺りを見回すサミィ。すると、薄暗い店内でも色鮮やかな、いつもの長い銀髪が視界の隅に飛び込んできた。
数種類のぬいぐるみがたくさん詰まった、何かのゲーム機の前で。
サミィがイーザーの真横に来たちょうどその時、イーザーは視線をゲーム機に向けたまま口を開いた。
「サミィか」
ピロリロリン、と軽い音がして、ガラスケースの中でクレーンが動く。最初は横に、次は縦に。
「あーあ……」
実はクレーンゲームとは、ぬいぐるみの真上ではなくぬいぐるみの掴みやすいところを狙って動かすものである。そのため、欲しいぬいぐるみでも掴みやすい状態でないと、取れないのだ。
「ふーん……イーザーがそう言うなら、よっぽど難しいのね。とりあえず、目標を1つに絞って狙ってみたら?
サミィはゲーム機の中にある、白いネコのぬいぐるみを指さした。
「わかった。やってみよう」
小さく頷き、イーザーは操作ボタンを押した。
「残念、やっぱりダメ……って、あれ?」
サミィが落胆のため息をついた、次の瞬間。
「やったねイーザー! 狙ってたのじゃないけど、取れたわよ!」
しかしイーザーは無言で、喜ぶサミィからゲーム機へと、再び向き直る。
「……イーザー?」
これは仕事じゃないんだけど、と言ってやりたい気はしたが、イーザー本人は真剣そのものなので、サミィはあえて何も言わないことにした。
いつになく本気の表情をしているイーザーの横顔を見て、サミィの鼓動がなぜか早くなる。通った鼻筋も鋭角なあごの形もいつも通りなのに、左右色違いの瞳だけが、普段と微妙に違う色に見えた。
初めて、うまく取れればいい、と心から思った。誰よりも、こんなに懸命になっている、イーザーのために。
(お願い――うまくいって!)
知らず知らず、自分が祈っていたことさえ、サミィは気づかなかった。
ガッ!
「すごい! すごいイーザー!!」
大きなリアクションで喜ぶサミィに、小さくうなずくだけのイーザー。とはいえイーザーも、心なしかいつもより達成感を味わっているように見える。
「……あれ……?」
サミィが気の抜けた声を出す。見ると、クレーンが掴みあげたぬいぐるみは、取出口の入り口でつっかえてしまっている。クレーンから離れてすぐ、取出口にはみだしていた、他のぬいぐるみと触れ合ってしまったのだろう。
「ううう……なんてツイてない……」
けれど彼女たちにできそうな事は何もない。サミィが諦めてゲーム機から離れようとした、その時。
「イーザー?」
ガチャアアァァン!
あまりにもハデな、この場所には少ない天然の音に、半径10mの客が皆、もれなく注目する。人の声が消え、機械の人工音声だけが、いっそ虚しく鳴り続けていた。
「イイイイイイイーザーッッッッ!!! な、な、なんのつもりっ!?」
自分より頭ひとつ以上高いイーザーの胸ぐらをつかんで、問い詰めるサミィ。彼が説明をする前に、店主のおじさんが青い顔で飛んできた。
「サッ、サミィ、イーザー! ど、どうしたんだ!? なんだこりゃ!?」
よほど混乱しているのか、怒るより先に頭を抱えてしまう。イーザーは、ガラスケースの割れたゲーム機を指さして、
「目標を取得する手段は、こうするより他になかった」
泣きそうな声で、おじさんはエキサイトする。かわいそうに、目尻にうっすら涙まで浮かべて。
「わああああ!? なんだ!? このパンチングマシン!!」
心当たりありまくりのサミィの心臓が、口からはみ出しそうなほどはね上がる。サミィは手加減なしに、イーザーの手をひっつかみ、
「あはは、おじさん、やっぱり楽しーわよこれ! 中央銀河でも十分やっていけるって!
律儀にもモニターとしての感想を告げると、一音すらも相手に言う間を与えず、まさしくサミィはイーザー連れて、脱兎のごとく逃げたのだった。
「はあ……悪いことしちゃったわねえ」
自分のコントロール席についたサミィが、膝をかかえてため息をつく。向こうは善意で遊ばせてくれたのに、2人そろって破壊活動を行ってしまったのだ。
「そのうち、ちゃんと謝っておかなくちゃ。楽しかったのはホントだし」
小さく笑ったサミィの言葉に、イーザーも同意を示した。やはり彼も、自由な時間をそれなりに楽しんでいたのだろう。
「サミィ」
サミィは、驚いて身体ごとイーザーを振り向いた。イーザーはいつもとたいして変わらない、当たり前のような声で、もう一度くり返す。
「いつか、また行こう。その時は、今度こそあのネコを取る」
サミィの顔が、大輪の花が開くように、自然に、そしてゆっくりと幸せそうにほころんでゆく。
「…………うん。そうだね…………」
しかし、それでも。 |
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