過去からの来訪者 1章


「じゃあ、元気でね!」
 リナはにっこり微笑むと、ゼルガディスに右手を差し出した。
「ああ。お前らもな……ってその心配だけはないか」
 リナの小さな手を握り返し、ゼルガディスが言う。
「どういう意味よ、それっ!」
 低くトゲのある口調でリナは言うが、顔はそれに反して笑みを浮かべたまま。本気で怒っていないことは一目瞭然である。
 リナたち4人は今、小さな港町にいた。
 自分の体を元に戻す方法を探すため、再び外の世界へ旅立つというゼルガディスを見送るために。
 港には、アメリアが用意したという、この小さな町には不釣り合いなほど豪奢な船が停泊している。
 目立つのが嫌いなゼルガディスのこと。最初は嫌がっていたが、リナから「快適な船旅をして欲しいっていうアメリアの乙女心じゃない。ありがたく受け取ってあげなさいよっ!」と叱咤され、好意に甘えることにしたのだ。
「今度こそ見つかるといいな」
「ま、地道に頑張ってみるさ」
 次にガウリイと握手を交わすゼルガディス。
 そんな2人の様子を、アメリアは少し離れた位置で見つめていた。
 そのつぶらな瞳は潤み、今にも泣き出しそうである。
「何ぼ〜っとしてんのよっ。挨拶くらいちゃんとやんなさいっ!」
 ばしっとリナに背中を叩かれ、その拍子に抑えていた涙が溢れ出してしまう。
 ぼろぼろぼろと涙を流すアメリアに、ゼルガディスは近寄り苦笑した。
「……別に今生の別れってワケじゃない」
「はい……」
「落ち着いたら、連絡するから」
「はい」
「またすぐに会える」
「はい」
 涙の止まらぬアメリアは、返事をするだけで精一杯だった。
 何を言っても泣き続けるアメリアに困り果てたゼルガディスは、ガウリイがいつもリナにそうするように、くしゃくしゃっと彼女の髪を掻き混ぜた。
 石人形(ロック・ゴーレム)のごつごつした硬い手の感触。だが、その手が誰よりも優しく温かいことをアメリアは知っている。
 涙を流しながら、それでもようやく笑みを浮かべたアメリアに、ゼルガディスも満足げに笑った。
 そんなラブラブムード全開の2人の邪魔にならぬよう、リナとガウリイは少し距離を置く。
「やってらんないわよね〜。アメリアも大袈裟なんだから」
「まぁ、それだけゼルが好きだってことなんだろ?」
 ガウリイの思いがけない言葉に、リナは心底驚いた。
「珍しっ。あんたの口からそんな科白を聞けるとは思わなかったわっ! まさかその頭で恋愛の機微が理解できるなんてっ!!」
「お前なぁ……。いくらオレがくらげでも、アメリアのあのあからさまな態度を見てればわかるって」
 すでに自分が脳味噌くらげだと認めているガウリイに、リナは苦笑した。
 しばらく別れを惜しんでいた2人だったが、やがてゼルガディスが船の甲板へと乗り込んだ。そしてその豪華さとは裏腹に、静かに船は出航してゆく。
「ゼルガディスさぁんっ。私、待ってますからっ。ずっとずっと待ってますからぁっ!!」
 少しずつ小さくなってゆくその船に向かって、アメリアはいつまでも手を振り続けていた。
 そんなアメリアを、二人は柔らかな笑みを浮かべて見守っていたのだが。
「!!」
 ふいに背後に感じた殺気に、ガウリイは振り返った。
 しかし、それは一瞬にして消えてしまう。
「敵?」
 ガウリイの様子に、リナはガウリイにしか聞こえない小さな声で言い、さっと身構える。
 長年のつきあいで、ガウリイの野生の勘の鋭さをリナは知っていた。
「いや。確かに殺気を感じたんだが……」
 辺りを見渡し、ガウリイは呟く。
 そこには、のほほんとした小さな港町の一コマがあるだけ。
 だが、それでも緊張を解こうとしないガウリイを見、リナは辺りに気を配った。ガウリイほどではないにしろ、近くにいるならばリナにも気配を読むことはできるから。
 ガウリイもまた、しきりに何かを探すように辺りを見回す。
 そんなガウリイの目の端に、ふと見覚えのある姿が写った。しかし、それは確認する前に路地裏へと消えてしまう。
「まさか……」
 呆然と呟くガウリイ。
「まさか、カミル……?」
「え……?」
 知らぬ名前に、リナは反射的にガウリイに聞き返した。
 しかし、その問いかけにガウリイは答えようとはしなかった。
 そんな馬鹿な。あいつは、カミルはあの時に死んだはずだ……。
 だが、自分があのカミルを見間違えるとは思えない。
「すまない、リナ。用事ができた」
「はぁ???」
「先にアメリアと宿屋へ戻ってくれ。オレもすぐに行く」
「ちょっと、ガウリイっ!?」
 止めるいとまもあらばこそ。
 ガウリイは、見覚えのある姿の消えた路地裏へと、走り出していた。
「何よ、あいつ……」
 リナは、いつもとは違うガウリイの険しい表情に戸惑っていた。
 強敵と戦っているガウリイは何度も見たし、その時のガウリイもいつものぽやややや〜んとした彼とは違い、真剣そのものなのだが。
 だがそんな時でも、彼はどこか飄々とした所があったのに。
 長年そばにいるけど、あんなガウリイの表情は見たことがない……。
 そのことが些かショックで、ガウリイが走り去った路地裏を、リナは呆然と見つめていた。
 しかし。

 どごぉおおおおおーーーんっっっ!!

 背後から聞こえた轟音に驚き振り返ると、沖合を進む船から炎と黒煙が立ち上るのが見える。
「ゼルっ!?」
「ゼルガディスさんっ!!!」
 何が起こったのか。それを考えるよりも早く、二人は翔封界(レイ・ウイング)を唱えていた……。



 ガウリイは、ただひたすらに追い続けていた。
 途中、轟音が響いてきたが、それさえもガウリイに耳には届かない。
 確かめなければならない。あれが、本当にあのカミルなのかどうか。
 だが、確かめてどうなる?
 本当にカミルだったのなら、オレはどうするつもりなんだ?
 その自問に対する答えを見つけることはできなかった。
 ガウリイは、明らかに誘い込まれていた。
 付かず離れず。ガウリイがその姿を確認できない距離を置きながら、だが見失わない程度に逃げてゆく。
 普段のガウリイならば、すぐに罠だと気づいただろう。だが、今の彼には冷静な判断を下すことができなくなっていた。
 確かめたい。確かめたくない。
 そんな葛藤のみが、ガウリイの中で交錯する。
 それさえも、相手の思惑通りだったのだが。
 しばらくして。
 いつの間にか、ガウリイは港町を見下ろせる高台にいた。
 そこは墓地らしく、いくつかの墓が並んでいるのだが、その風景にガウリイの心臓は跳ね上がる。
 見覚えのある、この景色。
 ここは……。
 今にも倒れてしまいそうな危なげな足取りで、ガウリイは墓を迷わず進んでゆく。そして、その中の一つの前で立ち止まった。
 【我が永遠の恋人、エリノアここに眠る】
 消えかけた文字でそう書かれたその墓。
「エリー……」
『ようやく思い出した?』
 ふいに聞こえてきた声に、ガウリイは身構えた。
 だが、辺りには誰の姿も気配すらない。
 しかし、声には聞き覚えがある。間違うはずがない。やはりあれは……。
「……カミル、なのか……?」
 我ながら情けない声だと、ガウリイは思った。
『覚えていてくれて嬉しいよ、ガウリイ。いや。それとも以前のように【金色の死神(デスロード)】とお呼びした方がいいかい?』
 くすくすくすと、笑い声だけが響いてくる。
 ガウリイはカミルの居場所を探ろうとしたが、やはり気配を感じることはできない。それどころか、声のする方向さえも断定できなかった。
『あれ? かつての親友と再会できたんだ。もっと喜んでくれるって思ったのにな』
 変わらない、カミルの無邪気な声。
「カミル……。どうしてお前……」
『どうして生きてるのかって? ふふ。そりゃ驚くよねぇ。僕の息の根を止めたのは、君なんだから』
「オレは……っ」
『そして、僕たちのエリノアも、君が手をかけたんだ……』
 その言葉に、ガウリイは絶句する。
『【永遠の恋人】か。そう書き記したのは君なのに。僕やエリーのことを忘れず、背負い続けて生きればよかったのに。君は過去の全てを捨て、もう新しい女と幸せを掴もうとしている。そんなの、許されないよね?』
 カミルの声に不穏な響きを感じ、ガウリイの表情が強張った。
「貴様、まさかリナに……っ!!」
『ふぅん。あの女、リナっていうのか。……その殺気。よほど大事にしてるんだね。
 ねぇ、ガウリイ。僕から君がエリーを奪ったように彼女を僕が奪ったら、君はどうするんだろ?』
「!!!?」
 膨らんでゆくガウリイの殺気に、カミルは満足げな笑い声を挙げた。
『そうそう、それだよ。君にはやっぱり、穏やかな笑顔よりも殺伐とした殺気がよく似合う。
 大丈夫だよ。今はまだリナには手を出さないさ。それよりももっと楽しい余興を考えてあるから、楽しみに待ってて』
「カミル!!」
『じゃあ、また逢おうね。ガウリイ……』
 それきり、カミルの声は聞こえては来なかった。
 ガウリイはその場で力無く膝をつき、頭を垂れる。
 それはまるで、エリノアの墓に懺悔をしているようにも見えた。
「違う。お前のことを忘れたわけじゃないんだ、エリノア……」
 受け取り手のいないその言葉は、誰に届くこともなく消えていった……。



******************************

管理者から一言:
 しょっぱなから男性陣ふたり、大ピンチ!?
 ガウリイの過去はめちゃくちゃ気になるところだが、何を隠そう管理者は、
 ぢつはカミルの口調が妙に気に入ってるぞ!(なぜ)
 皆さんも管理者と一緒に、続きを楽しみに待ちましょう!




 天野つばささんへのご感想はt-amano@mh1.117.ne.jpへ
 (迷惑メール防止のため、@を大文字表記にしています。実際は小文字です)

 2章へ進む
 いただきものの部屋に戻る