ゴンゴン、ゴン。 「…?」
ドアから聞こえたおかしな音に、リナは首をかしげた。
「誰?」 ドアの向こうから聞こえた声に、リナはますます首をかしげる。
「ガウリイ? どうしたのよ、入ってくればいーじゃない」 リナはエプロンで手をふきながら、ドアへと向かった。パタパタと軽快にスリッパの音がする。 「はーいはい、今あけ、る、わ……」
ドアを開ければそこにはいつも通り、おひさまの笑顔をした金髪碧眼の男。とリナは信じて疑わなかった。
「サンキュー。リナ」 リナはそっけなく返事を返した。どうせもらった相手は女性だと、リナの女のカンが告げているのだ。 まったくこの男は既婚者だとゆーのに、しかも仕事先では評判の愛妻家らしいのに、このテの贈り物がいまだ絶えたことはない。もちろんガウリイのせいでないのはわかっている。わかってはいるがしかし、どうにもこうにも新妻の心中は穏やかでない。 そんなリナの内心には気づかず、ガウリイはどこからか花瓶をひっぱりだしてきた。見たことのあるデザインに、リナは声をあげる。
「あ、それ…」 前に一度だけつかったきり、どこかへいってしまっていた花瓶だった。どこへいったのだろうと思いつつ、とくに使う用事もないから、べつに不自由は感じないでいたものだが。
「ガウリイ、これどこにあったの?」 驚いているリナを後目に、ガウリイは喜々として花を活けはじめた。しかし、最初の用途にあわせて買ったため、この花瓶はそれほど大きくない。かなり詰め込んだのに、それでもいくらか入りきらない花がでた。
「困ったわねえ。うちには花瓶、これしかないわよ」
「なにしてんの? ガウリイ」
言う間にも手は休まらず、花はその姿を変えてゆく。
「へえ、きれい。意外ね、ガウリイにこんな才能があるなんて」 ガウリイは情けない声をだしたが、肩を落としつつも、リナの胸にコサージュを飾る。清潔感あふれる白で統一されたエプロン姿は、その飾りひとつで、はなやかな雰囲気をかもしだした。 リナの姿を確認して、ガウリイは満足げに大きくうなずく。 「よしよし、我ながらよくできたな。…あ、そうだ」 何かを思いついたガウリイはパアッと顔を輝かせると、うれしそうに残った白い花を細工しはじめた。それだけでは足りないらしく、花瓶からも数本小花だけをとりだして使ってゆく。 その作業に興味をおぼえたリナがのぞきこもうとすると。
「あー、まったまった。すまんが動かないでくれ、リナ」
リナはぶーたれたが、ガウリイがあまり楽しそうにしているから、おとなしく待ってやることにした。 「……できたっ!」 声をあげ、ガウリイが高々とかかげたもの。 それは白い花だけでつくった、まっしろな花かんむり。 自信作をリナの頭にのせると、ガウリイは寝室から大きな姿見をもってきた。姿見をリナの前におくと、自分はリナの後ろに立つ。
「ほら。なかなかのできだろ?」 リナも思わず感心した。鏡に映った自分の姿は、まるで純白のドレスを着たように見える。コサージュの赤が服の白さを際だたせ、頭の花かんむりは白いブーケをかぶったようだった。 真っ白なドレス。つい半年前のできごとが思い出される。 リナが思い出にふけっていると、突然ガウリイが後ろから抱きついてきた。 「…きれいだな。リナ」 「ちょ、ちょっとガウリイ、何いってんの!? や、離してってばあ!」
暴れるリナをものともせず、ガウリイは逆に抱きしめる腕に力をこめる。 そっと囁く声に、リナも抵抗をやめてうなずいた。 「…うん。そうだね」 そして、そのままガウリイを見上げる。 「ねえ。――ガウリイ=ガブリエフはリナ=インバースを妻とし、生涯愛することをここに誓いますか?」 いたずらっぽく笑ったリナに、ガウリイも笑みを返して、
「―誓います。永遠に。 そして今度はふたりきりで、もう一度誓いのキスをかわす。 テーブルの上の花瓶には、初めてそれが使われたときと同じ、バラでつくられたブーケが、風に揺れていた。 |