――始まりは、ささいな事だった。 変化とはいつも、気づかないほど少しずつ、それでも確実に起こっているものなのだ。
リナがインネンつけてきたチンピラをぶっ飛ばす間預かっていたサイフをポケットから引っぱり出した拍子に、転がり落ちたスタールビー。とっさにボケたのでこっそりとくすねたのはバレなかったが、思いっきりスリッパでどつかれルビーも没収された、その日の夜――。
遠くからでも間違えようのない、栗色の髪と小柄な後ろ姿。ここ数年、毎日見続けてもまだ飽きない彼女の姿。見慣れている分、どこかおかしな所があったら、その違いもすぐわかるというもので……。 「何だぁ…? あいつ…」 よくよく見なければ気づかないくらいわずかだが、どことなく足取りがおぼつかない。おかしいな、昼間歩いてた時は普通だったし、晩メシの時も特に異常はなかったのに? (追いかけるか――?)
そんな考えがチラリと頭をよぎる。そうでなくてもこの時間、リナが外出する理由といったら盗賊いぢめしかない。 「…邪魔しない方が良さそうだな」
オレはそう判断した。帰りが遅かったら迎えに行けばいい事だ。幸い、下の食道兼酒場で食事した時聞いたウワサ話で、盗賊団のアジトは察しがついていた。 後から考えると、これが大きな間違いだったんだ―――。
一度心配してアジトとおぼしき場所に行ってみたが、そこは完全に無傷で、盗賊たちが徘徊していた。
リナは今朝も勢いよく朝メシのサンドイッチとチキンの唐揚げをぱくついている。 つい意地悪をしたくなって、言葉が口をついて出る。 「それで? ゆうべの稼ぎはどのくらいだったんだ?」 「稼ぎ? ……何のこと?」
きょとん、とした顔で問い返すリナ。――おや?
「それじゃお前、ゆうべはどこへ行ってたんだ」 「?」 「えーっと、うーん、何かの理由で宿を出たとこまでは覚えてるんだけど……ちょっと待ってね、うーんと…。宿を出て、それから、それから……」 かなり真剣に考え込んでいる。オレが素早くリナのサンドイッチを取ったのにも気づかないようだ。
「うーん、ん〜〜〜…。ダメだわ。どーしても思い出せない」
「おいおい、ゆうべの事――というより明け方の話なのに、覚えてないのかぁ?」 言ってプイッ、と横を向いてしまった。その隙に、オレはもう一度皿に手を伸ばす。
「忘れるのはオレの仕事だろ? お前までボケてどーすんだ」
「ねえ、ガウリイ。しばらくこの町に滞在しない?」 いい仕事でも見つけたんだろうか。 しかしリナは、少し戸惑ったような顔をして、
「んー…。どうしてかわかんないけど、まだこの町にいなくちゃいけない気がするの」 わけがわからぬまま同意する。 この時オレは寝不足のため、リナの表情の一瞬の変化に、気づく事ができなかった。 |