ぬくもりを思い出し


 この間まで道ゆく人々の目を楽しませていた紅葉も、すっかり木から落ちきっている。身を切るような木枯らし、とは今のような風をいうのだろう。

 吐く息まで白く凍りつきそうな季節。普通の人々は家路を急ぎ、家を持たぬ旅人たちも、暖かい場所を求めて足を早める。

 だが、それでも人は、時間が経てば腹が減る。ましてやそれが、あのリナ=インバースならば。

 「お腹すいた〜〜〜。ねーガウリイ、お昼にしようよ〜〜」

 彼女の相棒・ガウリイが、呆れ顔で振り返る。

 「お前なぁ……。ようやく『寒い寒い』って言わなくなったと思ったら、今度はそれか?」
 「だぁってここんとこ、ご飯の時もっぱらあんたに食べられちゃって、満足いくまで食べらんないんだもん」

 「………。そりゃあ、そんな格好してりゃ、な……」

 ガウリイがジト目でダルマ…もといリナを見た。

 今の彼女は重ね着しすぎてすっかり着ぶくれ、すでに体型すらわからない。

 かつてこの格好を、周囲の人間がよってたかってダルマストーブ扱いした事は、さすがにガウリイの知らない過去だったが。

 「だってぇ、寒いもん」
 「わかったわかった。んじゃ、ちょうどそっちに川があるみたいだから、リナは魚釣っててくれ。オレは薪を集めてくるから。な?」
 言ってポン、ポンと軽く頭をたたくガウリイ。
 「OK。そんじゃ行ってくるわ」
 答えてリナはガウリイと別れ、川の方へと向かった。

 旅をし始めた頃は、こんな風に昼ご飯を魚釣りですまそう、という時は、リナとガウリイ交互で魚釣りと薪集めをしていた。だが、リナの体格の関係上、薪拾いはガウリイにかなわないし、ガウリイよりはリナの方が釣りをする要領がいい。それが判明した時点で、二人の役割は自然決まったのである。

 川に着いたリナはいつものように、髪を数本引き抜き釣り針を取り出して釣り竿を作った。
 「お魚さんはおいいしいけど、これが厄介なのよねぇ……よっと!」
 かけ声と共に手近の石をひっくり返すと、さすがに夏ほど多くはないが、姿を現すおなじみの変な虫。

 「うー、ちべたい。とっとと釣って、さっさと帰ろ」
 水が流れている以上、やはりここら一帯は他の場所より寒いようだ。

 リナが手袋を片方はずし、確実に虫を捕まえようとしたその時。コケで足がすべった。

 「んきゃん! ……なんとぉ!」

 思わず叫んでしまったが、リナは足を踏んばって何とか耐える。どうやら冬の川で濡れねずみ、という事態だけはまぬがれたようだ。

 が、そのかわりに。

 「ふぅ…って、ああああぁぁぁっっ!!」

 安堵して顔を上げたリナの目に映ったのは、流れてゆく自分の手袋。先程虫を捕まえるために外した片方を、今ので落としてしまったようだ。

 いつもの格好なら岩を跳んで追いかけていけるのに……と歯がみしてる間にも、手袋はどんどん流れていく。

 その時突然、後ろのしげみがガサガサと鳴った。

 「どうした、リナ! 何があった!」

 飛び出してきたのはガウリイだった。どうやらさっきのリナの悲鳴を聞きつけて来たらしい。

 「ガウリイ、あれっ、あれっ! 追いかけてっっ!」
 リナは手袋を指さし、もどかしげに叫ぶ。ガウリイはそれを見やって、
 「ハァ? ああ、あの手袋か。あれは無理だ。もうオレでも追いつかん」
 「あきらめるなガウリイ! 死ぬ気で追うのよ! ほら行けぇっ!!」
 「だからムリだって。…だいたい、お前さん自分で追えばいいじゃないか。あの空とぶ呪文はどうしたんだ?」
 「浮遊(レビテーション)じゃ遅くて追いつけないし、翔封界(レイ・ウイング)じゃ風の結界が邪魔で近づけないわ……ああぁ、行っちゃった……」

 結局手袋は、リナとガウリイが話しているうちに流れて見えなくなってしまった。

 「いいじゃないか。手袋なんて、昨日今日困るもんでもないだろ?」
 「あのねぇっ、ガウリイ! 手袋ってのは、防寒具なのよ!? 冬なくしたら、すぐにでも困るに決まってるでしょーが!」

 そうか? とボケるガウリイを無視し、リナははや赤くなり始める手に息を吐きかけた。





 (明日も寒くなりそうね……)

 窓ガラスが風でカタカタ鳴る音を、リナはげんなりと聞いていた。
 その夜とった宿の一室。そろそろ寝ようかと思っていたら、急に風が強くなってきた。明日の寒さも心配だが、今夜の寒さはもっと心配だ。

 と、そこへ。

 こんっ、こんっ。

 「何? ガウリイでしょ?」
 リナは名指しで問い返した。このノックの仕方は、かの自称保護者のものだ。
 「ああ。リナ、ちょっといいか?」
 「いいわよ。今開けるわ」

 リナはもそもそとベッドから降り、部屋の鍵とドアを開けた。ドアの外側にいたガウリイが、彼女の姿を見て一瞬絶句する。

 「……相変わらずすごいカッコだな……」

 すでに着替えているので昼間ほど厚着ではないが、ありったけの毛布を引っ被るリナの姿は、何度見ても言葉を失う。

 「ほっといて。それより、何の用?」
 「あ? ああ。お前さん、結局あれから手袋買ってないんだろ?」
 「…見ての通りよ」
 リナは毛布の中から両手を出してみせる。左手には手袋があるが、右手にはそれがない。

 リナの場合手袋もマジックアイテムのひとつなので、そう簡単には手に入らないのだ。かといって、数日しか使わないとわかっている普通の手袋を買うのは、リナの商売人根性が許さない。

 「おかげで右手が冷えちゃって……。冬は手袋と靴下がないと眠れないのに」
 言ってリナは手を擦り合わせた。
 その手をいきなりガウリイが掴む。

 「どれどれ。……うわっ、ホントに冷たいな、お前の手」

 「ちょっ、ガッ……! は、離してよ!」

 予想外の行動とガウリイの手のあたたかさに、リナの心臓が大きくはねる。しかしガウリイは離すどころか、その手を口元に持っていって何度も息を吐きかけた。

 「ガ、ガウリイ…!」
 「こんなに冷たくちゃ、辛いだろ」

 独り言のように言って、再び息を吐きかけるガウリイ。
 リナの顔は真っ赤にそまり、熱を持っているのが自分でもわかる。だが、それ以上に、

 (手、あったかい……)

 ガウリイの手と、ガウリイの息が。冷えきったリナの手をあたためてゆく。リナの手がほどよくあたたまったところで、ガウリイはその手を離した。

 「リナが寒がってると思ってさ。ほら、宿屋のおばちゃんに頼んで、これ作ってもらったんだ」
 そう言いながらガウリイが差し出したのは、湯気をたてるほど温められた蒸しタオル。出されたタオルを受け取って、リナの顔がほころんだ。

 「わぁ……ほかほかしてる」
 「これなら手袋の代わりになるだろ?」
 「うん。十分すぎるくらいよ」

 「そうか。…ついでだから、もっとあっためてやろうか」

 「え? あっ、きゃっ!」

 言うが早いか、ガウリイはまとっている毛布ごとリナを抱き上げる。リナを運んでベッドの上におろすと、自分もそこに寝そべった。

 「な、な、な………」
 「今夜は一緒に寝てやるよ。オレだって湯たんぽ代わりぐらいにはなるだろ」
 「一緒にって、あんた女の子相手に…! あっ、ちょっとこら、待ちなさいってば!」

 リナの抗議を無視して、ガウリイは異常なほど器用にリナの毛布をひっぺがし、それを自分とリナの2人にかける。

 「リナ、この方があったかいだろ」
 そしてガウリイは、優しくリナの身体を自分の方へ引き寄せた。

 (あ、あったかいけど――!)
 リナは心の中で叫んだ。

 (これじゃ眠れない……)

 心臓は再びばくばく言いだしている。思わずギュッと目を閉じて身を固くしていると、ガウリイが軽く背中をたたき始めた。

 とん、とん、と優しくゆったりしたリズムは、不思議と懐かしささえ感じさせる。

 リナの身体からすぅっと力が抜けた。全身が軽くなった気がする。寒かったところもそうでないところも、内側からあたたかくなって、冷たいところが消えてゆく。

 (…気持ちいい…)




 間もなくリナから柔らかな寝息が聞こえてきた。
 腕の中に抱いたリナの幸せそうな寝顔を見て、ガウリイは笑みをもらす。

 「よく眠ってるな。嬉しそうな顔して」

 そしてリナの額に、触れるだけのキスをした。
 いつまでも、飽きることなく髪を撫でながら…。

 「これっくらいは、礼として我慢してくれよ」




 翌朝目覚めたリナが、自分の置かれた状況に気づき真っ赤な顔でガウリイをぶちのめすのは、また別の話である。




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