結婚式はオヤクソク!?


 よく晴れたある春の日、リナはプロポーズされた。

 「頼むっ、結婚してくれ!」
 『はぁ!?』

 思わず驚きの声を食堂中に響かせる、リナと「その他一名」。
 なぜならそれは、最近関係の進展しつつあるリナの自称保護者・ガウリイくんの口から出た言葉ではなく、



 目の前の、黒い目をした青年のものだったからである。




           ☆☆☆☆☆




 「……なによそれ」

 数秒の沈黙の後、リナの返した答えはしごく正しかった。ガウリイに至っては、まだ身体が動かないでいる。

 まあ相手は確かに、見知らぬ顔ではない。ここ一週間ばかり護衛を続けていた依頼人で、つい昨日しごとを終えたばかりの相手なのだから。

 「お願いだ、僕にはもう、きみしかいないんだ!」
 「…かつての依頼人に悪いけど、あなたが言うとそれだけ信用できない言葉も、滅多にないわね」

 この青年は町一番の大金持ちで、同時に国でも有名な大貴族の総領息子という、いわゆるいいとこのボンボンなのだ。だが彼は、その身分の知名度と等しく女好きでも有名で、かなりの女性を侍らしているとリナ達も二つ向こうの町で聞いた。

 ちなみに今回、リナたちが一も二もなく護衛に雇われたのも、リナが女の子だったからである。もっともこれは『護衛といえど男ばかりの中にいたくない、一輪の花が欲しい』という意見のためで、事実リナには指一本ふれなかったから、ガウリイなどは安心していたものだが。

 そのガウリイはリナの二の腕を掴んで引き寄せ、自分の胸に抱きこんだ。

 「ダメだダメだダメだ!! リナをお前なんかにやれるか!」
 「ちょっとガウリイ!? 離してよーー!!」

 じたじた暴れるリナをしっかと抱きしめ、元依頼人――ジョイスを睨みつけるガウリイ。しかしジョイスは一歩もひかず、

 「頼む、この通りだ!」

 土下座までしてみせる。
 ガウリイの腕を押しのけ、ようやく自由の身となったリナが聞いた。

 「あなたなら他にいっぱいガールフレンドがいるじゃない。なんであたしなのよ?」
 「あいつらはみんなこの町か、近所に住んでる。それじゃ困るんだ!」

 『はあ?』

 再び声をハモらせて聞き返すリナとガウリイ。ジョイスは居住まいを正し、自分の分の香茶を頼むと、椅子をもってきて腰かけた。

 「…僕がおととい、正式に後を継ぎ、総主となったのは知っての通りだが…」
 リナ達は、その総主の引継式までの護衛を、今回頼まれたのだ。おかしなもので、総主になるととたんに自分達の主人という気がするのか、身内からのありとあらゆるいやがらせ、暗殺者から靴の中にしこまれた画びょうまで、それらは全てピタリと止んだ。おかげで最後の日――引継式の次の日は、何もやる事がなかったが。

 「…実は、我が一族の総主となった者は、それから一週間以内に結婚しなければならない決まりがあるんだ」

 通常は後を継ぐ前に結婚してしまうので、それほど問題は起こらなかった、とジョイスは言う。
 大事な次の後継者を一日も早く作るため、ということだが―――

 「そんな大事なことなら、なんで奥さん候補をもっと早く決めておかなかったのよ!?」
 「……忘れていたんだ」

 ずるるっ、がたがたん。
 リナが椅子からすべり落ち、めずらしく話を聞いていたガウリイが後ろにひっくり返る。

 「昨日、じいやに言われて初めて思い出したんだが、まだ一人の女にしばられたくないし…」
 「―――それで? もしかしてあたしと、とりあえず式だけあげちゃおう、って?」

 さすがにここまでくるとわかる。ジョイスは大きく首を縦にふった。

 「結婚した次の日に離婚してはならない、って決まりはないし、きみなら偽名でも親族が一人もいなくても、みんな怪しまない。どうせすぐに町を出るんだろうから、いつまでも噂されることもない。きみが一番いいんだ」

 「んーー……。でもねぇ……」
 ちびり、と香茶をすすって、渋い顔をするリナ。やはり女の子、ニセの結婚式にはためらいがあるのかとガウリイは思ったが、それはいささか甘かった。

 「もちろんタダとは言わない。必要なものは全てこちらで揃え、それとは別に金貨200枚!!」
 「のった!」
 「リナ!?」

 ジョイスの言葉に身を乗り出すリナと、そんなリナに驚くガウリイ。
 リナはガウリイに向かって、

 「こんなおいしい仕事、めったにないわよ? たった一日おしばいするだけで、金貨200枚だなんて」

 「おまえな! わかってんのか!? 結婚式っていったら……!」

 ガウリイの頭を、よからぬ想像がよぎる。

 「だーいじょうぶだって。一日くらい、おとなしい『おじょーさま』演じてみせるから♪」

 ぜんっぜん、わかってない。

 リナのお気楽な返事にガウリイが憤りを感じ、なおも言い募ろうとしたその時。

 「いやーあ。相変わらずやってますねえ」

 突如姿を現す黒衣の神官。空中から現れなかったということは、ジョイスを驚かさないよう、丁寧にもどこからか歩いてきたらしい。

 リナとガウリイは同時に一瞬ゼロスの方を振り向く。
 …が、すぐにお互い向き直った。

 「だいたいリナ、お前簡単に式なんてあげて、後の始末は――」
 「だからとっととこの町出て、しばらく近寄らなければ――」
 「無視しないでくださいよぉぉぉっ!!」

 ゼロスは叫びながら、わざわざ目に涙まで浮かべてみせる。芸が細かい。
 リナはゼロスをできるだけ冷ややかにねめつけて、

 「まだいたの? 銀バエ魔族」
 「ぎ、銀ば……?」
 「呼んでもないのに臭いにひかれてやって来て、何度おっぱらってもしつこくつきまとう。これをハエと言わずして何と言うのよ?」
 「リナさん…。いっそう表現がキビしくなりましたね……」

 ゼロスはやれやれ、と息を吐き、
 「いえ、この辺をフラフラ〜ッとしていたら、近頃まれな極上の負の感情が漂ってきたものですから。ぜひとも製造元が知りたくて、つい…」
 「それって…」

 リナとゼロスは、ガウリイへと視線を向ける。
 ガウリイはまだ憮然としていた。

 「…なんだよ、二人でコソコソと」

 「あのぉ……」

 控えめな発言に、今度は3人が一斉に振り向いた。
 そこには置いてきぼりにされた、例の金持ちボンボンの姿。

 「…僕の依頼は…?」
 「あーっ、そうだった!」

 さすがに金貨200枚の依頼主となると、リナもそうそう放っておかない。ガウリイやゼロスそっちのけで、今は当日の式の段どりなんぞ話しあっていたりする。
 ゼロスはガウリイの隣へ腰かけた。

 「すごいですねえ、ガウリイさん。”あんな放蕩息子にオレのリナを触れさせるか”って気配がビシビシ伝わってきますよ。いい言葉使いじゃないですか♪ 今回の依頼人に♪」
 「…別に。依頼を受けたのはリナであって、オレじゃないからな」
 ふてくされたように言うガウリイ。

 「そうですよねぇ。今回ガウリイさんは無関係ですから。リナさんがあの人と腕を組もうとバージンロードを歩もうと、一切関与できな……」



 どずっ!!



 ゼロスの言葉をさえぎり、ガウリイのブラストソードが壁につき刺さった。ゼロスの髪の一部が切りとられ、そのままハラハラと落ちながら闇に還る。ゼロスの顔に一筋の冷や汗が流れた。

 「ガウリイさん…。ほんのオチャメなのに…」
 「魔族に人権はないってな。リナが言ってたぜ」

 ガウリイはまだまだ、不機嫌なままである。それでもちょっとは気がはれたのか、ドス黒い殺気のような気配が少しはおさまっていた。

 そして間もなくリナが話を終え、ガウリイとゼロスの方へ向き直り、

 「じゃああたし、ちょっと行ってくるわ。待っててね」
 「あ、時間があるなら、君たち二人も参列者として来てくれないか」

 ジョイスの言葉にリナは露骨にイヤな顔をした。
 「ガウリイはともかく、ゼロスも〜〜?」
 「参列者が少ないより、親族に説得力があると思ったんだけど…ダメかな?」
 「もちろん参列させていただきます。ねえガウリイさん♪」
 何を考えているのか、いつにも増してニコニコ顔のゼロス。

 たとえ偽装でも、リナが他人と結婚式をあげるのなんて見たくない。しかし一人部屋でイライラしながら待っているのもいただけない。だったら近くで、この男が調子に乗らないよう睨みをきかせている方がまだマシだ。

 ガウリイの中で激しい葛藤が続き、その結果。
 「…オレも行く」
 地獄の底から響くような声でガウリイはそう言った。





 目の回るようなせわしさでドレスを作りあげ、二日後には教会にゾロゾロと人が集まっていた。
 だが、そのほとんどが新郎側の客である。『急なことで新婦側の客が来られなかった』という説明を人々は訝しんでいたが、何せリナの故郷ゼフィーリアは正真正銘、この町から片道一週間はかかる場所にある。「結婚する」のは嘘でも「親族が来られない」のは本当だから、客も信じざるをえないわけだ。

 そしてここに。新婦の数少ない客人たちがいた。

 「いやー、きれいですよリナさん」
 芝居がかった様子で手を広げ、花嫁姿のリナをほめるゼロス。リナはベッ、と舌をつきだして、

 「あんたにほめてもらわなくてもいいわよーだ。なんか裏がありそうだもーん」
 「ほんとですよぉ。人間の価値観では、って上につきますけど」

 確かにリナはきれいだった。急ごしらえで作ったドレスは時間をかけないよう、布を『縫合する』というより『要所要所を止めて服にする』といった感じでかなり奇抜なデザインだったが、最上級の絹でよく作られていた。身頃(身体を包む部分)で余った布を切り取らず、そのままリボンや花の形に整えブローチなどで止めるという手法を使っていて、ドレスの飾りや華やかさにも事欠かない。

 何より、緊張も手伝って頬を赤くしている花嫁の初々しさを、白という色がいっそう引きたてている。
 ガウリイに至っては、一回見て完全に言葉を失ってしまった。

 「…ガ、ガウリイ…。ど? 似合う?」

 ずっと見てるばかりで何も言わないガウリイに恥ずかしくなったのか、リナが赤い顔をさらに染めてたずねた。ゼロスの反応は歯牙にもかけなくても、やはりガウリイの反応は気になるらしい。

 それでもガウリイは、しばらく口を開けて見つめていたが、やがて無言のままリナへ近づき―――

 「…ガウリイ?」

 不思議そうにしているリナを、強く、抱きしめた。

 「な、なっ!? ちょっとガウリイこら、離しなさい! ドレスが崩れちゃうでしょお!?」
 「…ちきしょう」

 怒りを含んだ彼の声に、思わず動きを止めるリナ。

 「リナのこんな姿、仕事なんかで人に見せたくない」
 「ガウリイ」
 「こんなリナを…オレ以外が…」

 そして、ガウリイの顔はリナの顔へ近づいてゆく……。

 「………っって!!」

 唇の距離あと2cm、というところでリナが我に返った。思いきりガウリイをつきとばす。

 「なんだよリナー、オレとキスするのイヤなのか?」
 「こんな時にこんなところでするのはイヤッッ!!」

 リナの視界の片隅には、ひっそりたたずむゼロスが一匹。
 ちなみにワザとリナの視界に入り、ガウリイの落胆とリナの羞恥心を食らってひそかに満足していたのは、ゼロスしか知らない事実であったが。




 おごそかな鐘の音が響く中、結婚式は始められた。
 新郎役のジョイスと新婦役のリナが祭壇の前に並ぶと、神父が口を開く。

 「新郎ジョイス=シルヴェルス。汝は彼の者を妻とし、永遠に愛することを誓うか?」
 「誓います」
 「新婦ミナ=サンダース。汝は彼の者を夫とし、永遠に愛することを誓うか?」

 ちなみにリナの偽名は、以前彼女が使っていた『ミナ=サンダース』である。

 「誓います」

 リナ自身に言わせると、『この誓いはミナとしての誓いで、リナ=インバースじゃないからいいのっ!』ということになるらしい。ついでにこれを聞いたジョイスも調子に乗って、『じゃあ僕が誓うのも架空の女性にだから、この誓いは架空のものってことになるな』などとぬかしていた。
 まったく人間ってやつは、正論が好きである。

 「では、誓いのキスを」

 どきっ!! とガウリイの心臓がはね上がった。
 リナのことだ、何か考えがあると思うのだが……。

 「ガウリイさん、ガウリイさん」
 ゼロスが抜け目なくつつつ、と寄ってくる。

 「いいんですか? リナさん、キスしちゃいますよ」
 「…あいつが好きでもない男と、キスなんかするわけない」

 平静を装ったつもりだが、ゼロスは小さくげっぷしつつ、
 「いいんですかねえ。何せ守銭奴のリナさん、ましてこの大観衆の中、キスせずに事を終わらせられるとは思えませんし。あ、もしかして、ジョイスさんの方が何か……」

 ガウリイの目が突如、剣呑なものとなる。

 「なにしろ女性が好きな方らしいですから。いいきっかけとばかりに、キスのひとつくらい…」

 無言でガウリイが立ち上がった。リナしか見ていないガウリイにはわからなかったが、ゼロスは煽るような笑みを浮かべながらガウリイを押しとどめる。

 「落ち着いてください、ガウリイさん♪」
 「離せ! もしリナが、オレのリナが…」

 ちょうどその時、リナの右手が小さく動くのが見えた。

 次の瞬間、バン!という大きな音と共に教会の扉が開き、強風が中に吹きこんでくる。
 風で髪が、リナのヴェールが、みんなの気持ちが舞い上がった一瞬のスキをつき。

 「――――!」

 さっと、リナの影がジョイスのそれに重なる。
 あっという間に離れた彼らに、しかし見届けた者は大きく拍手を送り、それで他の者も状況を判断して前者にならう。誰もがこの時行われたことを信じて疑わなかった。

 「うーん…やりますね、リナさん」
 「……ああ」
 ガウリイは安堵の顔で頷く。

 他の人間はごまかせても、ケダモノ視力を持つガウリイと人外のゼロスにはわかったのだ。
 リナが風を起こし、人々を浮き足だたせ、またヴェールを使い、目くらまししたことが。そしてそのスキに、キスしたふりをして見せたことが。




 さて、さらに式は終わって、その日の夜。

 結婚式の客にはジョイスの屋敷の客間が今夜の宿として貸し与えられた。とーぜんガウリイもゼロスも、そのうち一室をもらっているはずなのだが、今、彼らは共に庭にいた。
 その理由は、庭の一角にある離れの存在である。

 リナたちは明朝まで『夫婦』を装わねばならない。もちろん一緒の部屋で一晩過ごすわけだが、それでは他人に気づかれる恐れもある。
 というわけで急ぎ、少々の異常は気づかれないこの離れを”新居”としたわけだ。おかげでこうやって、こっそり中の様子をうかがうのは容易だが、ガウリイの気苦労は絶えない。

 「さあ、いよいよ初夜の床ですよ。何をする気なんでしょうかねえ、あのお二方は」
 これはゼロス。もちろん面白そうだからついてきたに決まっている。
 ガウリイはといえば、リナの方が気になって、ゼロスに構っているヒマはまるっきりない。

 「…まあ、まさかとは思うが…」
 ここ数年で、リナの『自称美少女魔道士』が”自称”ではなくなったのを、ガウリイはよく知っている。それでも、普通の状態なら寄ってくる男などかたっぱしからぶっ飛ばしているのだが……

 「万が一、ということもありえますもんね♪」

 心を読んだかのように、絶妙のタイミングでゼロスが声をかける。
 ガウリイは面白くなさそうに、離れの壁へ耳をつけた。
 すると。

 「えっ…。ちょっとまって……」
 「だめ。待ったなし」

 リナとジョイスの声が聞こえる。二人ともまだ起きているようだ。
 ゼロスがガウリイと一緒に、中の様子に耳を傾ける。

 「何をやってるんでしょうね…ほんとに」

 さらに聞こえてきたのは、

 「や……、ダメよ、そんな…!」
 「だめって言われてもな。いいじゃないか、これくらい」
 「う゛〜〜〜…」

 何だか嬉しそうなジョイスの声と、慌てたようなリナの声。それを聞いてもっと嬉しそうなゼロスと、もっと慌てるガウリイ。

 「ガウリイさん♪ 中はどうなってるんでしょうね♪♪」
 「べべべ別に、どうもなってないだろ。そう、別に……」

 「やぁっ、ダメだってばっ!」

 突然聞こえたリナの声に、男2人はヤモリのごとく壁にはりつく。それにリナ達の声が続いた。

 「しっ、声が大きすぎる」
 「だ、だって…」

 ゼロスはさらに笑みを深くして、
 「これはいよいよ、お楽しみの時間ですかね?」
 「…………。どーせこんな展開、結果は目に見えてる。中を見たらマッサージ、とかいうに決まってるんだ」
 「お約束、ってヤツですか。さあ、どうでしょうかねえ。世の中そんなに甘くないと思いますよ。それにリナさんのドレス、なんだか脱がしやすそうですし」

 ガウリイの握っていた木の枝がバキ、と音をたてて折れ、木片がパラパラ散らばる。しかし、彼の表情はもはや全く変化がない。

 それからしばらく盗み聞きを続けていた二人だが、なぜか声は聞こえなくなった。
 かわりに聞こえるのは、息を飲み込む音と、時々乱れる呼吸……。

 「…これはまた、ほんとに意外な展開になるやもしれませんね…」
 さすがにゼロスも、驚きを隠せない様子で言う。

 ガウリイはゼロスの首ねっこ掴みあげ、
 「おかしなこと言うな! そんなはずない!」
 「いえしかし、マッサージというにはあまりにも激し…」

 ゼロスの言葉を最後まで待たず、ガウリイはゼロスを下に落とした。ムギュ、とカエルの潰れたよーな音をたてたゼロスが、ガウリイの手にある物を見てあとずさる。

 「ガ、ガ、ガウリイさんっっ!? ブラストソードはちょっと、シャレにならないと…」

 と同時に、中に変化があった。

 「ああぁっ、もうダメェ!?」
 「ほら、出すぞっ…!」
 「あぁっ……!」

 再び、ガウリイはビタッと壁際のヤモリと化す。
 余裕を取り戻したゼロスが、またも嬉しそうに囁いたものだ。

 「マッサージの行為で、何か『出す』ものなんかありましたっけねえ? これはやっぱり…」
 「………」

 「それに、ガウリイさん。仮にマッサージだとしても、ジョイスさんがリナさんの肌に触れることに、代わりはないんじゃないですか?」



 「!!!」



 怒髪天を衝く形相、とはおそらくこのことを言うのであろう。
 ゼロスのトドメの一言に、スィーフィードナイト顔負けのスピードでガウリイは扉のかんぬきを斬り、蹴破ろうと足をあげ――――



 同時に、リナの声がした。




 「もーっ、なんでここで、3のカードがくるかなぁ!!?」




 バン!!
 勢いのついた足はそう簡単に止まらない。大きな音を立てて開かれた扉の向こうには、散らばるゲーム用のカードの中、突然の来訪者にリアクションを返せず止まった、リナとジョイスの姿があった。



 長い長い沈黙の後ろを、ゼロスが笛吹きながら通りすぎてゆく。





           ☆☆☆☆☆





 ガウリイ=ガブリエフ。
 それはひとつのお約束に気をとられるあまり、他のお約束まで頭が回らなかった男の名前である。



 教訓:
  お約束で始まった話は、お約束で幕を閉じる。
  しかし、そのお約束が必ずしも、ワンパターンであるという保証はない。




 早朝。

 リナとガウリイは、まだ陽の昇る前から旅立っていた。出立の姿を人に見られると厄介だからだ。ちなみにゼロスは、ゆうべの混乱がおさまった時点でメリットがなくなったのか、すでにいなくなっていた。

 「ラッキーー♪ 思わぬところで臨時収入だわーー♪」

 金貨の入った袋にほおずりしながらほくほく顔のリナと対照的に、ガウリイの顔にはかなり疲労の影が色濃い。あれだけ感情の起伏が激しかったのだから、当然といえば当然だが。
 とぼとぼとリナの後ろを歩きながら、暗く息を吐く。

 「…オレは二度と、こんな仕事ゴメンだ…」
 「なに、妬いてた?」

 いたずらっぽく微笑むリナに、さすがに今回はため息しか出ない。
 すっかり目線が下を向いていると、その視界に突然リナが飛び込んできた。

 「ねえ…。ガウリイ怒ってる?」

 しゃがみこんでそっと、囁くようにうかがう。少しは罪悪感があるんだろうか、という希望的観測にすがり、ガウリイはリナの髪をかきまぜた。

 「反省してるなら、それでいいさ」

 そう言って、リナと目線の高さをあわせるためにしゃがんだ、その時。

 「……今度は、ガウリイとも、ね……」

 フワ、と彼の頬にふれる、春風のような感触。
 風のように暖かく、風のように一瞬で通り過ぎたそれに続いて、リナも駆け出す。
 ガウリイは中腰のマヌケな格好のまま完全に固まってしまった。

 「………今……リナ……?」
 「ほら、ガウリイ! さっさと行くわよ、置いてかれたいの?」

 もう表情が見えないほど遠くまで走ったリナが叫ぶ。
 昇り始めた朝日がリナを背中から照らし、彼女を金色に染めた。

 「待ってくれよ、リナ!」

 ガウリイはその、金色の世界へ向かって走りだしてゆき―――

 また、今日が始まる。




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