「ガウリイさんっ! リナを探しに行ってあげてください!」 ダァンっ! とテーブルをたたいて、朝食の席でガウリイにそう詰めよったのはアメリアだった。対して、いつもはボーッとしたり、のほほんとしているガウリイが、この時ばかりは顔をしかめる。
「別に…。たいした事じゃないだろう」 「あのリナが? そりゃ珍しいな…」 不思議そうに呟いたのはゼルガディス。リナが夜に出かけることはままあるが、どんなに遅くとも空が白むまでには帰ってくるのが普通だった。「寝不足はお肌と美容の天敵」と豪語する彼女は、盗賊いぢめの後もしっかり寝てきちんと睡眠をとるのが常であるからだ。 一方ガウリイは、運ばれてきた香ばしい香りのホットサンドイッチをひとつ手にとり、そっぽを向いて言った。
「どうせいつもの盗賊狩りが長引いてるんだろ。あいつだって腹が減ったら帰ってくるさ」
バンバンバン、とものすごい音を響かせながら連続でたたかれたテーブルは、硬くて丈夫なことで名高いオーク材製である。にもかかわらず、そのテーブルにはなんだか細かい亀裂が縦横に走り始めていた。 荒く息をつくアメリアをこれ以上刺激しないよう慎重に、ゼルガディスはアメリアの服をひっぱり注目させた。
「あのな、アメリア。ガウリイの旦那をよく見てみろ」 ひそひそと声を落としてささやいてきたゼルガディスの言葉に、ガウリイをよく観察するアメリア。 たんに素っ気ないのかと最初は思っていたが、どうも微妙に違うらしい。自分のひざといいテーブルといいやたらあちこちを指でトントンたたくしぐさが見られ、手の中のホットサンドイッチをかなりちまちまとかじっている。
「…やけにいらついてるだろ?」 アメリアはコクコクとうなずき返す。
「これはあくまで俺の予想だが…。旦那はリナと、かなり本気のケンカでもやらかしたんじゃないのか?」 思わず大声をだすアメリアに、ゼルガディスが眉をひそめた。 「声が大きいぞ、アメリア。…ともかく、それならガウリイがあんなに動かない理由も説明がつく。そもそもいつものあの保護者ぶりを考えてみろ。リナが事情もなく帰らなかったとしたらそれこそ大騒ぎして、草の根分けても探し出そうとするはずだ。違うか?」 「いえ、その通りだと思います――。だからガウリイさんがあんな淡泊なのに、わたしもいらだって…」 「さらに仮定の話になるが、もしかすると旦那は少なくともリナのいる場所ぐらいは見当がついているのかもしれん。今回はいつもと違ってガウリイが折れないから長引いているが、そうだとしたら遅くとも昼過ぎにはどうにか収まっているだろう。心配するだけムダってことさ」 「それもそうですね。わたしも、リナが事件に関わってるんじゃなければ、それでいーです。2人の痴話ゲンカなら、わたしはお呼びじゃありませんから」
ふう、と同時に息を吐いて、落ち着き払ってしまったゼルガディスとアメリア。
この時、実はリナはかなり意外なところにいた。 食堂にはあまり人がおらず、幸か不幸かガウリイたちの会話はリナに筒抜けだ。特に先程のアメリアのどなり声に至っては、耳をすます必要もないほどストレートに聞こえていた。 リナは今朝早くに宿のおっちゃんからもらってきたリンゴを、怒りにまかせてシャクシャクかじりまくる。 「アメリアまで! 『事件に巻き込まれてる』なんて人聞きの悪い!! まるであたしがトラブルを呼んでるみたいじゃない!!」
しかしそれをハッキリ否定できるほど平穏な人生送っていない自覚はあるので、さすがに表立っては否定しなかった。 「…ガウリイの、バカ…」
だからこそ、あんな心配の仕方をされると子供扱いされてるようでイヤなのだ。
ガウリイは知らない。リナが子供扱いされていると感じる時、ひそかにその心に痛みを伴うことを。 (あたしはいつまで、ガウリイにとって『子供』なんだろ……――) 物悲しそうな顔をして考えていたリナだが、ふいに口元へ不敵な笑みを浮かべる。 「ええぇーーい、いつまでも悩んでたってしょーがないっ! なんか理由つけて、ガウリイを一発吹っとばせば、スッキリするわよねっっ!」
他人が聞けばおそろしいセリフだが、彼らは過去に何度もこの方法で、気まずい雰囲気をうやむやにしてきたのだ。これはもう、立派なコミュニケーションの一種である。
「失礼―――。リナ=インバースさん…ですね……」 リナの前にひとつの、ローブをまとった影が気配もなく現れた。
周りから見れば唐突に、ガウリイは音をたてて椅子から立ちあがった。 「どうした? ガウリイ」
食後のお茶の香りを堪能していたゼルガディスが、それに気づき声をかける。さくらんぼのケーキをつついていたアメリアも同様だ。
「おいっ、ガウリイ!?」 慌てて2人も後を追う。ガウリイの足は彼らよりずっと早い。置いてゆかれたら、もう見つけるのは不可能なのだ。 だが、その心配はなかった。ガウリイは宿の裏手――食堂のすぐ外で足を止めたからである。ただ彼は、じっとその場を見つめていた。萌える若草の緑と、誰が捨てたのか落ちている食べかけのリンゴの赤のコントラストがやけに目を引くが、それだけの、何の変哲もない光景だ。
普通なら、気にも止めないありふれた場面。それでもガウリイは、まるで楔を打ちこまれたかのように動かず、その場を――さっきまでかじられていたリンゴをくいいるように見つめていた。 「リナ……」 ぽつりともらした呟きは、誰の耳にも届かず風に溶けていった。
リナがいなくて、心配ないわけがない。うろたえなかったのは、そこにいると知っていたからだ。 けれど久々に、自分も本気で腹を立てていたし、ここで謝ったら盗賊狩りを”黙認”ではなく”公認”してしまいそうだったので、リナがうやむやにするまで待っていたのだ。 だけど……………。
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