セイラ・3


 フロゥエイブまでの行程、およそ1月半。

 ガウリイたち3人は、あちこちの町に宿泊しながら道を進んでいた。
 本当は一刻も早く進むなら、町など通過して野宿するのがいいのだが、そうすると完全に疲れはとれない。
 いつ敵が襲ってくるかもしれない状況で、襲われやすく疲れのとれない野宿をするわけにはいかなかった。それに、女の子のアメリアもいる。

 ガウリイにもそれはわかっていたから、町で泊まることに関して口出ししなかった。
 だが、やはり感情では落ち着かなかったのも事実だ。

 目的地まで半分ほど来たある日、ガウリイがアメリアの部屋の扉をたたいた。

 「どなた? …あ、ガウリイさん」

 アメリアの開けた扉の向こうで、ガウリイは少し言いにくそうな顔をしつつ、

 「…あの、な。アメリア。ちょっと外に出たいから、つきあってくんないか?」
 「いいですよ。ガウリイさんじゃ、道を忘れちゃうってことね?」

 きれいにウインクをして、アメリアは了承した。
 これがいい気分転換になれば、と思ったのだ。
 リナのことを案じて次第に食欲のなくなっていく彼を、心優しい巫女姫はとても心配していたから。

 「それで。何の用なんですか?」

 宿屋を出てすぐの通りを歩きながら、アメリアはガウリイに問いかける。

 「買い物なんだ」
 「買い物?」

 アメリアは首をかしげる。彼女の記憶では、今のところ足りないものはないはずだ。

 「リナが…さ。もし捕まった先でろくなもん食わしてもらってなかったら、きっと腹すかしてるだろ? なんか持ち運べて保存のきくもの、買っとこうと思って」

 はずかしそうに言うガウリイに、アメリアはにっこりとほほえんだ。

 「ええ……そうね」

 大丈夫。
 誰よりリナに近しいこの人が、きっとリナを救いだせると信じてる。
 だから大丈夫。

 理屈ではないどこかで、アメリアはそう確信していた。









 干し肉など数種類の保存食をとりあえず2人前ほど買い、ガウリイとアメリアは宿へ戻ることにした。
 このシェドの町はそこそこ大きめで、結構にぎやかだ。どこにでもいる露店のおばちゃんから、流れの吟遊詩人の姿も見える。

 「あーーーっ、ガウリイさん! あれあれーー!」

 アメリアが嬉しそうな声をあげる。ガウリイが視線をうつすと、そこには道端で絵を売っている絵描きがいた。

 「…あの絵かきがどうしたんだ?」
 「せっかくだから、あのセイラって人の似顔絵を描いてもらいましょうっ! 聞きこみがグッと楽になるわっ!」

 断言してあさっての方向を指さすアメリア。きっと彼女の目には、そこに希望の星とやらでも見えているのだろう。

 「似顔絵、な……」

 ガウリイが苦笑するが、正義に燃えているアメリアは気づかない。
 さっそく絵描きの元へ走り、金貨を1枚渡す。

 「おじさんっ! 正義の人相がきを作るので、協力してくださいっ!」

 勢いこんだ少女の言う”正義”の2文字はわからねど、とりあえず人相がきが欲しいのだと理解できた絵描きが、こころよく頷く。
 アメリアは、セイラの顔を思い出し始めた。

 「んーとぉ……。目は大きくて、鼻の高さは普通だったかな? 髪は短くて、口もたぶんそんなに大きくなくて……」

 絵描きはアメリアの言った通りに描いてゆく。
 だが、遠くから見ただけのアメリアの説明では限度があったのだろう。おぼえているセイラとはかなり顔のパーツのバランスが違う人相になってしまった。

 「あ、あれ? おかしいわね…」

 しきりに首をかしげるアメリア。
 そこへ、ずっと横からのぞいていたガウリイが口をはさむ。

 「…そうじゃなくて。目はもっとぱっちりと。鼻が低くて、全体的にもう少し顔が小さいんだ」

 絵描きは言われた通りに直してゆく。修正された絵を見て、アメリアが声をあげた。

 「すごーいガウリイさん、これそっくりだわ! よく覚えてましたねー!」
 「……まあな」

 再度苦笑するガウリイに今度は気づき、アメリアが不思議そうな顔をする。
 そんな2人にできあがった人相がきを渡しながら、絵描きが口を開いた。

 「…なあ。この人相がきの相手って、あの娘じゃないのかい?」

 『!?』

 ガウリイとアメリアが絵描きの指さした方向をふりかえると。
 まさにその場に、絵とそっくりな容姿の女。『セイラ』が立っている。

 「ついに見つけたわっ!」

 アメリアがセイラを指し、高らかに宣言する。あまりの非日常的な光景に、2人とセイラまでの間にいる人々がざざざっと道をあけた。

 「悪にその身をそめしものっ! あなたの未来に光はないっ! 今すぐ改心し――」

 アメリアの口上の途中で、セイラはきびすを返し、町の雑踏の中へと駆けだした!

 「待てっ!」

 間髪入れず、その後を追うガウリイ。

 「ガウリイさん!」

 出遅れたアメリアは、似顔絵の描いてある羊皮紙を丸めて胸元へしまい、走り始めた。








 セイラはいったん道を横切り、路地裏を逃げてゆく。
 ガウリイは必死にその後へ続いた。
 まるで彼女を逃がせば、二度とリナの手がかりは得られなくなる、とでも言いたげに。

 (頼む―――!)

 ほんの、わずかな一瞬でいい。
 こっちを向いて、顔を見せてくれ。
 そうすれば、もしかして―――

 「待ってくれ――!」

 ガウリイの懇願するような叫びにも、セイラは反応しない。
 じりじりとつまってきた差があと少しでなくなる、というところで。

 「――っ!?」

 セイラが路地裏を抜けた。
 その先はこの町のメインストリート。とてつもない人ごみである。
 小柄な身体をうまく利用し、セイラは人と人の間をスルリと走り抜けてゆく。

 「…!? 待っ……!」

 人よりかなり身長の高く、さらにあれこれ装備しているガウリイでは、この人ごみの中で小回りがまったくきかない。
 あと少しで追いつくはずだった距離を広げ、セイラは人ごみへと溶けこんでいった。

 「…………」

 セイラの後ろ姿を見つめながら立ちつくすガウリイ。通行人たちがジャマそうに彼をよけていく。
 呆然としていたガウリイの身体が突然、ぐいっとひっぱられた。

 「大丈夫ですか、ガウリイさん!?」
 「――あ……アメリア、か……」
 「セイラは? どうなったんです?」
 「――――」

 表情を固くしてうつむいてしまったガウリイに、アメリアはため息ひとつ。

 「…まあ、この人ごみじゃ仕方ないし…。とりあえずいったん戻りましょ。ゼルガディスさんだって待ってますから」
 「――ああ………」

 足は先に立っていくアメリアを追いながらも、ガウリイの目は振り返り振り返り、セイラの見えなくなった雑踏に向けられていた。










 「この町で『セイラ』に会ったって!?」

 予想通り、一連の出来事を話すとゼルガディスが驚きの声をあげた。
 食事時で騒がしい宿屋の食堂。あまりオーバーアクションにならないゼルガディスの声は、ここの喧噪にまぎれてしまう。
 ミックスジュースで口の中のものを飲み下してから、アメリアが言った。

 「そうです。すぐに逃げてしまったんですけど、あれは間違いありません。心にやましいことがなければ、逃げるはずないじゃないですか」
 「心にやましいことうんぬんはともかく、確かに他人のそら似だったら、その状況でいきなり逃げるのはおかしいな…。ガウリイ、あんたもそいつはセイラだと、太鼓判を押すのか?」

 ゼルガディスが視線をやると、ガウリイはやはりあの時のまま――セイラを見失った時のままの表情で、ひたすらテーブルを見ている。
 いや、たぶん彼には、別のなにかが見えているに違いない。

 それでも、ゼルガディスの問いにははっきり答えた。

 「………ああ……」
 「ガウリイさん、元気出して下さい。どうせあの人捕まえたって、フロゥエイブまで行かなきゃリナは助けられないと思いますよ」

 アメリアが珍しく、慰めの言葉を口にする。あまりのガウリイの落ちこみように、いつものハッパかけができないでいるのだ。
 けれど、このアメリアの行動は、どうやら裏目に出たらしい。

 ガウリイは、怖いくらい悲壮な顔になり、

 「―――そうじゃないんだ―――」

 この世のありとあらゆる悲しみを背負ったかのようなガウリイに、アメリアもゼルガディスも何と言ってよいのかわからない。
 ゼルガディスがアメリアの耳元へ口を寄せる。

 「…お前たちが見たのは『セイラ』1人きりで、リナを見つけたわけじゃないんだろう?」
 「ええ、もちろん。それも一言も言わず逃げちゃって、さらったリナをどうこうするって脅された覚えも……」
 「それじゃ、なんだってガウリイのヤツはああも落ちこんでるんだ」
 「さあ……」

 その答えは、いまだガウリイの胸の中。
 また今日もろくに夕飯をとらなかったガウリイを不安げに見ていた2人が、その時ガウリイの見えていたものを知るのは、もう少し後のこととなる。




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