春の風と比べると肌寒い
夏の風に比べると爽やかで
冬の風に比べると少し優しい
秋風は――
暮れゆく空に問ふ、誰そ彼
─ONE SCENE STORY─
四季シリーズ第三弾『秋風』
「体に障る」
きっと彼は、私が聞き入れないと知りつつも言わずにおれないのだろう。
「もう少しだけ――」
その言葉に彼は、肩口のショールを掛け直してくれるだけで応えてくれた。
秋の夕暮れは刹那の輝き。世界がオレンジ色に染まる中、病院の屋上も例外なく色彩を失ってゆく。
それは急速に私の身にも降りかかる。
一体私には、どれだけの時間が残されているのだろう……この薄れゆく世界のように、確実に削り取られてゆく。
それでも私は、この屋上で夕陽が沈みきるのを見続けていたかった。
陽が傾き出す頃から、それこそ完全に沈み込むまでの短い時間。私はこの時間が好きだった。
例えそれが、私に残された時間を容赦なく削り取る、涼やかな秋風に晒されようとも、やめる訳にはいかない。
私が私で居続ける為にも、この時間は大切なものだから。
秋風が、髪の毛を乱して頬に触れる――
「ごめんなさい、つき合わせてしまって。戻りましょう」
今日も一日が終わる。
「ねえ涼君……もう、病室には来ないで」
「瑞葉――」
私がこの言葉を言うと、彼は本当に悲しそうな表情をする。必死に隠そうとするのだが、私にはそれがよく解る。
きっと唇を奪ってでも、私の言葉を封じたかったと思う。
それが叶わぬと知ってなお、彼が病室に来てくれるのは――正直辛い。私が選択した事とは言え、私たちは、私と涼は、つい二ヶ月前までつき合っていたのだから。
その関係を一方的に断ち切ったのも私だった。
「涼、別れましょう――」
私はこの言葉を言う前に、ある一つの決心をしていた。きっと決心しなければ、私は彼の前で、無様な泣き顔を晒していたと思う。
それでも――
それでも私はその決心に逆らってまで、彼を引き留める事はしたくなかった。きっと、最後に、別れの言葉を言えなくなる……その為だけに、私はある一つの決意を形にしたのだ。
「ふざけてるのか?」
「私は本気よ」
あの頃の私は、まだそれ程衰弱していなかった。私を見つめ返す彼の瞳にも、見つめ返すだけの力が残っていたはずである。例え余命三ヶ月を宣告されていたとしても、あの時ばかりは逃げる訳にいかなかった。
「理由は、教えてくれないのか」
「ごめんなさい」
「どうして理由も言えない」
「ごめんなさい」
問いかけの全てに「ごめんなさい」とだけ答え、私は彼の元を去った。
それが私に残された唯一の選択と、それが一番正しい選択だと思ったから――
私が最後の刻を迎える時、きっと彼は、私の側にいてくれる。それは分かり切っていた。だから――だから私は、一方的な別れの言葉を口にした。
きっと私は、私の最後の刻に、口にしてはならない言葉を言ってしまう。
――愛してる。
彼を縛り付けてしまう、私のわがまま。
私は秋風にならなければならないのだ。
春の風と比べると肌寒い
夏の風に比べると爽やかで
冬の風に比べると少し優しい
秋風は――ただの想い出。
秋風のように、彼の中ではただの想い出にならなければならない。この先彼に訪れる、春風の前の、ただの想い出に。
ああ、でも、彼からは、一度も別れの言葉、聞いて、ない――
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