From: michael
To: chao
Subject: ごめんなさいの話
Date: Fri, 26 Nov 1999 05:18:46ちゃお☆ 様
今日は,あなたのページを少し時間をかけて読ませてもらって
いるのですが,そろそろばてたのか?どこまで読んだのか分からなく
なってきたので,取りあえず打ち切ります.あなたのテキストを読んでいると,それぞれについて,何かしら
応答したい(あなたと対話したい)衝動を感じるのですが,そうも
いかないので,単純な例をひとつだけあげてみます.あなたが,中学生のとき「決して謝らなかった」エピソードを読んで
胸が熱くなりました.女子生徒をなぐることのできる先生のいる中学
があったなんて私には想像も付きませんが,ある時期(あるいは今も)
そういうことがあったんですね.今はちょっとそのこと(学校教育の
問題)は置いて,私の小学生のときのことを書きます.私にも,ちょうど逆のシチュエーションでやや類似した思い出があり
ます.小学6年生のときです.放課後,同級生の中でもっとも腕力の
ある男子(スポーツ万能で成績も上位だった)をグラウンド中追い回し
て,最後に土下座させたことがあります.(私はクラスで一番ちびの
虚弱児でした)彼は,私に何度も謝ったのですが,私は彼が本当に地べたに土下座して
謝るまで許しませんでした.原因はその男子が私の帽子を取って,私が
当時好きだった(小学1年のときからずっと好きだった)女の子の
座っている前に抛りこんだことにあります.彼女はひざ小僧のところに落ちてきた私の帽子をちらっと見て,それを
ポーンと投げ出しました.記憶はやや不鮮明になっていますが,確か
その男子はそのとき,「NクンはFが好きなんだろう」と言った
ような気がします.私は「今のことばを取り消せ!」と言っていたこと
を覚えています.私が彼を追い回している間,グラウンドにいる者全員がそれを総立ちで
観戦していました.私は彼の前に仁王立ちになって,涙をボロボロボロ
ボロこぼしながら,「謝れ!謝れ!」と叫んでいました.その後,私は
「Nクンは涙を拭かないで泣く」ということで有名になりました.その子は村で一番リッチな家の子,つまりお医者さんの子どもでとても
大きな目を持った頭のよい子でした.このときの状況を正確に伝える
ためには,そのころこの子がクラスの中で今で言う一種の「いじめ」の
ような渦中にあったということを指摘しなくてはならないでしょう.
(その女の子は,普通のいじめの対象になるような,いわゆる「いじめ
られ易いタイプ」ではありません)その子はいつの頃か「赤」と呼ばれるようになっていました.つまり
一種のタブーのようなものがその子に着せられるようになったのです.
その子に触れることはもちろん,口を利くことすらその禁忌に触れる
ことになりました.(もちろんこれは,男子生徒にのみ関わる事柄です)
その対象は本人を離れてその持ち物にまで及びました.ある種の不浄の感覚があって,たとえば,その子の持ち物に触れた者
は,それを他の者に移転しない限り,穢れているということになり
ました.これを「たける」と言っていましたが,伝染病に「たかる」
という語意を含むことばです(方言かもしれません).たけられた者は
それを他の人間の衣服などにこすりつけることによって移転することが
できます.これによって延々と続く「たけっこ」の連鎖反応が繰り広げ
られることになりました.不浄なものと神聖なものがあるところで逆転するということは,明ら
かにこの例からも分かります.彼女はクラスのすべての男子生徒から
忌避される者となったのですが,それは彼女がすでに聖別されている
こと,つまり,不可触であることの転倒です.この状況は病的なものですが,クラス全体がその病に冒されていました.
私自身もそれに否応無しに巻き込まれていました.(この問題は最終的に
私たちのクラスの担任だった女の先生によって解決されるのですが,
その話は保留します.)帽子が彼女の目の前に落ちた瞬間,私は一瞬ためらいましたが,多分
彼女の方へ一歩進もうとしていたと思います.もし,私が彼女の手から
直接にその帽子を受け取ることになれば,それはもはやスキャンダルの
域を脱したものになることは明らかでした.緊迫した瞬間でした.
そして次の瞬間,彼女はそれを手に取って,遠くの方に投げたのです.彼女が私の帽子をどのように扱うかということは,私に取っても重大事
でした.私は彼女のその冷淡な仕草にショックを受けました.私は
「本当に」その子が好きだったので,もはや私には,そのことを全面的に
否定する以外なくなりました.私にとって彼女は「至高」の存在でした.中途半端に「謝った」くらいでは,侵犯された彼女の絶対性を回復する
ことはできなかったのです.私は,その男子を土下座させることによって,
ようやく,私の「純粋な思い」を守りました.体力的には倍以上の差が
あったのに,私の剣幕に押されてというより,そうしなければ「絶対」
私が許さないということが分かったので,最後に彼は手をついて謝りました.彼女の目は大きくて,見つめられると吸いこまれてしまうような力を
持っていました.写真からは分かりませんが,あなたの目に似ていた
とあえて言ってみたい気がします.mch. 99/11/26