比翼の鳥連理の枝


 森を渡る風の音が、かすかに耳へ届く。
 小さくなった火をぼんやり見つめながら、ガウリイは火の番をしていた。

 リナはすでに寝ている。後で起こして火の番を代わる予定だったが、まあ自分から起きてくるまで寝かしといてもいいだろう。何だか今日は疲れてたようだったし。

 そんな事を思いながらまたひとつ、火に小枝をくべた時、ガウリイはふと人の気配を感じた。とてもよく知った気配だ。その方向を見ると、やはりそこには予想に違わずリナの姿があった。

 「起きたのか、リナ」

 交代の時間まで、まだ少し間がある。もうちょっと寝てろ、と言おうとして、ガウリイはリナの様子に気づいた。唇を強く噛みしめ、じっとガウリイを見ている。

 ガウリイが無言で隣に来るよう指示すると、リナは大人しくそれにしたがった。

 「どうかしたのか?」

 リナの頭を自分の肩によりかからせ、ガウリイはリナの肩を抱きよせた。リナはまだ残っている火を瞳に映しながら、ガウリイの服をそっと掴む。そして初めて口を開いた。

 「……夢を見たのよ」
 「どんな?」

 「………」

 リナは答えない。代わりにガウリイの服を掴んだ手に力をこめた。

 ガウリイはリナの肩に回した手を、肩にのせたまま髪をいじる。少しからませ、何度か指を動かしてから戻し、また一房とる。そんな事を繰り返しているうちに、ずっと火を見つめていたリナが、視線はそのままで小さく呟いた。

 「ガウリイ…」
 「ん?」

 「比翼の鳥、って知ってる?」
 「ひよくの…とり?」

 不思議そうなガウリイの言葉に、ようやくリナはガウリイを見て、

 「やっぱりね。ガウリイじゃ知ってるわけないか」
 「…そう思うなら聞くな。怒るぞ」

 かけらも怒ってないくせに、わざと不機嫌そうな顔で言うガウリイ。リナはおかしそうにクスクス笑った。

 「『生まれ変わっても、我ら比翼の鳥となり連理の枝とならん』――遠い昔に滅びた国の王様が、死んだ恋人を惜しんだ言葉よ。比翼の鳥とは片方の目と翼しか持たず、夫婦対にならないと飛べない架空の鳥。連理の枝は二本の木の枝がからみあい、お互いの枝が同化して通じあった、これも架空の植物のこと」

 そして笑みをおさめ、再び火に視線を戻す。

 「…あたしね。そんなのになりたくない」

 ひた、とリナの髪をさわっていたガウリイの手が動きを止めた。

 「お互いがいないと生きてゆけない、なんて…。ロマンチックかもしれないけど、あたしはいや。…そんな、弱い人間になりたくない…」
 「リナ…」

 リナの瞳には、暗い陰が落ちている。少なくとも普段のように、勝ち気な性格が運命などという曖昧なものを信じない、という理由ではないようだ。ガウリイはそう判断した。

 髪をさわっていた手を今度は頭に乗せ、優しく撫でる。こちらも普段のように、からかったり子供扱いするそれではない。相手を落ち着かせる、恋人としてのものだ。

 「…リナは、飛べない鳥を見たことあるか?」

 「……? 何よ突然?」

 リナが訝しそうに声をあげる。唐突すぎて、全然話が見えないために。

 「珍しいけど、飛べない鳥っているじゃないか。オレは話にしか聞いたことないけど、足が速かったり泳げたりして、飛べなくても十分やっていける鳥が」
 「…いるらしいわね。それがどうしたの?」

 ガウリイはまだリナの頭をなでている。リナもそれをうっとうしがることなく、ガウリイの手に任せていた。

 「比翼の鳥も…それと同じなんじゃないか」

 「…………」

 「お互い一人だってやっていけるんだ、本当は。ただ、二人になれば、もっと遠いところまで行ける。高いところへ飛んでいける。それは別に、一人になると弱くなるってことじゃない。
 連理の枝とやらだって一本の木として生きていけるけど、どちらか片方が大変な時、もう片方が水や養分を分けてやれる。それは依存じゃなくて、助け合うってことだろう?」

 そしてまた沈黙が落ちる。ガウリイは今もリナの頭をなでていた。

 リナはしばらく燃える火を見つめながら、大人しくガウリイになでられていたが、やがて小さく笑って、

 「…あんたバカね。こんな話に、真剣に答えてくれるなんて…」

 言ってガウリイの肩に顔をうずめる。ガウリイはリナの頭をもう一度抱き寄せた。

 「…ありがと…ガウリイ……」




 惹かれたのは互いの強さ、そして優しさ。
 望んだのは共に在ること、相手を守れること。
 けして、弱くなるために、好きになったんじゃない。



 二羽の鳥は、更なる高みを目指す。
 そして、一羽だけでは見えなかった、聖地へたどり着く。



 ガウリイはリナの頭を撫で続ける。
 今度は良い夢が彼女に訪れるよう、祈りをこめて。



 人は人を愛することで、
 どれだけ弱く、どこまで強く、変わることができるのだろう―――。




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