確信犯


 確信犯、という言葉がある。



 「だからね、ガウリイったら、…………ちょっとゼル、聞いてるの!?」
 「ああ。ちゃんと聞いてる。だから」

 あんまり俺にからむな。

 言外の言葉が、この酔っぱらいにわかったとは思えないが、リナはとりあえず、ふたたびクダを巻きはじめた。こいつが酒に弱いのは、昔っからだ。
 酒と安煙草のにおいが充満する酒場では、同じように酒気をおびて騒ぐ人間が多いため、誰もリナの大声に注目してはいない。

 「毎度毎度、あたしの崇高な趣味をジャマしてくれちゃって……! だいたいねえ、盗賊いぢめは、世間的にも喜ばれることなのよ!? 盗賊がいなくなれば、みんな大喜びでしょうが! まして、そんなのに奪われてた貴重なお宝が、また世間に返ってくることを思えば、賛成こそすれ、反対する理由なんてなにもないじゃない!」

 真っ赤に上気した顔と、潤んだ瞳で、小柄な美少女に詰め寄ってこられると、相手にその気を持ってなくともウンとうなずいてしまいそうになる。男の悲しい性ってやつか。

 ふらりと立ち寄った酒場で、久々に昔の仲間を見たときは驚いた。一瞬、当人とは思わないくらい綺麗になっていたリナは、しかし昔と変わらない気さくさで俺を同じテーブルに招いたのだ。
 ガウリイはどうした、と聞くと、顔をしかめて、部屋に置いてきたと言う。
 ころころとよく変わる表情は昔のままなのに、しかしその表情ひとつひとつは、昔と違ってまぎれもなく年頃の女性のもので。
 思わず魅了されてしまいそうになり、ドキリとしたものだ。

 これじゃ、毎日こいつと一緒にいるガウリイは、どんなに苦労していることやら。いろいろな面で。……いや、あの男のことだから、案外なにも考えていない、というのもありかもしれない。
 俺の内心など知ったことではなく、昔と変わらぬ、相づちを挟むヒマもないリナのスピーディなお喋りは続く。

 「おかげで路銀にも困らないし、そのうえ、盗賊を退治するなんていいことだって、あたしの評判が上がるかもしんないのよ!? いいことづくめじゃないの!」
 「………………」

 上がるどころか、逆に『盗賊殺し(ロバーズ・キラー)』という二つ名がついていることは、どうやら酒のせいで忘れているらしい。たしかに、その名を聞いて恐れおののくのはほとんどが盗賊なのだが、世間一般の評価でも、乱暴者というレッテルを貼られてしまう二つ名だ。

 「それなのにっっ! ガウリイってば……夜、あたしが部屋を抜け出そうとすると、決まって訪ねてくるの! 決まってよ!? そんで、盗賊いぢめに行くなとか、夜はちゃんと部屋にいろとかなんとかっっ……!」

 確信犯だな。
 俺は心のなかでつぶやいて、コクリとひとくち酒をのむ。甘味のない液体が、わずかに喉を通りぬけた。

 「ガウリイはガウリイなりに、お前のことが心配なんだろう。あいつは超のつく一流剣士だが、争いごとは好まないからな。
  進んで厄介ごとに首をつっこんで、お前にもしものことがあると嫌だと思ってるんじゃないか」
 「そうだとしても!! 他にもうちょっと止め方ってものがあるんぢゃないっっっ!?!」
 「どんな止め方をされるんだ?」
 「〜〜〜〜〜〜ッッ、言えないっっ!!!」

 さっきまで、酒のせいで赤かった顔が、さらに赤く染まってゆく。どうやら、多少なりとも理性が残っていては、口にできない止め方らしい。
 やはり確信犯だな。

 「ちょっと、ねえ、ゼルからもなにか言ってやってよ!! あたしは保護される年の子供じゃないのよ! 夜に出歩いたって、自分の身ぐらい自分で守れる、一人前の大人なんだって!!」
 「いや、それは…………」
 「……ほほぅ? ゼルちゃんまで、あたしを子供扱いするのかなぁ〜〜?」
 「う゛っ…………」

 マズい。リナの目が据わってきた。

 俺の意見としては、初めからリナを子供だなどとは思っていない。某保護者とは違うからな。
 初め、彼女は俺の敵だった。一人前に商売の取り引きを巧みにこなし、俺を退け、戦闘慣れした判断力と、熟練した魔力を思うさま見せつけられた。子供だ、などと思うはずはない。
 しかし……それをガウリイに言って、納得させるのは、また別の話じゃないのか?

 「……俺は、馬に蹴られる間抜けにはなりたくない」
 「ちょっ、馬に蹴られるって、なによそれ!?」

 どうやら意味が通じたらしく、リナの顔が赤くなる。ギラギラと怒った瞳に、強い意識が垣間見えた。
 フリなのか本気なのか、憤然とした表情のリナは、ガタンと音をたてて席を立ち、そのままどこかへ歩み行く。

 「どうした?」
 「レディーに野暮なこと、聞くもんじゃないわよ!」

 なるほど。トイレか。
 言い捨てて、リナは足音も高く、酒場の奥へと行ってしまう。その後ろ姿を見送るうちに、今まで彼女がいた席で、前触れもなく物音がたった。
 突然現れた人の気配に、驚きと警戒心がわきおこるが、すぐに気づいて緊張を解く。その人物が、リナと同じくらい、よく知った人物だったからだ。

 「……旦那も苦労するな」
 「よお、ゼル。久しぶりだなあ」

 俺の苦笑に気づいているのかいないのか。昔と同じ、のほほんとした笑みを顔にのせ、現れたのは今の今までリナがグチっていた対象の、ガウリイだった。
 ガウリイは、リナの座っていた席に腰を下ろし、リナの飲みかけのグラスに口をつける。

 「リナのやつ、弱いのにこんな酒呑んでたのか……」

 眉をしかめる保護者殿を見て、俺は苦笑を深くした。
 相変わらずの保護者っぷりだ。たしかに軽い酒ではないが、強い部類に入る酒でもない。どこの酒場にだって、このくらいの強さの酒は、いくらでも置いてある。
 しかしどうやら、リナが呑むのはもっと弱い酒でないと、この保護者殿は気に入らないらしい。

 「……リナが言ってたぞ。盗賊いぢめを止めるのに、もっと他の手段があるんじゃないか、と。
  いったい、どんな方法で止めてるんだ?」
 「ああ。別にたいした方法じゃない。リナの目の前にな、まじめな顔を寄せて、じっと目を見るんだ。それで、盗賊いびりはやめてくれって低く言うと、けっこうスナオに聞いてくれるぞ。
  そのとき、壁際に追い込んでたり、なおかつ手を壁について、耳元とかで言うと、より効果があるみたいなんだ」

 ……………………。……なんて手段を……。
 なるほど、ウブなリナには効果覿面な手段だろう。ましてや、リナとしては人に相談できるような手段でもない。
 偶然か、故意か。こいつの本気は、俺にもなかなか判断がつきにくい。

 「……わざとやってるのか?」
 「わざと? なんのことだ?」

 視線をあわせず、さらっと言うガウリイ。

 「だってなあ、リナの盗賊いびりは、やっぱり良くないと思うんだ。だから、最初はやめてくれって、普通に言ったさ。でも、あいつ聞いてくれないから、これくらいしか手段がないんだよな」

 ああ、やはり確信犯だったのか。
 俺はこっそりとため息をつく。

 「……リナはリナなりに、盗賊に対してしっかりした勝算があるからやってるんだろう。あいつはトラブルに首を突っ込むのと、お宝が大好きだからな。
  あんまりうるさく言う必要もないんじゃないか」
 「そうだとしても、進んで乱暴者の巣窟に乗り込むことはないと思わないか?」

 考えるのが面倒くさくて、さっきと似たような言い回しを使ってやると、さっきと似たような答えが返ってくる。まったく、こいつらはよく似たもの同士だ。
 とはいえ、ガウリイがここまで進んでグチるのは珍しい。酔っている、とは思えないのだが、もしかするとこの男も、普段言いたいことがたまっていたのかもしれない。

 「あいつ、最近きれいになってきたんだよ。確実に。そのぶん、当然男の視線もあつめてくるわけで。
  ちゃんとそれなりに自覚してほしいんだよな。昔だって、盗賊にとっ捕まったら、売られるか殺されるかだったっていうのに、今じゃ売られるにしろ殺されるにしろ、その前に間違いなく、男の欲望のエジキになっちまう。
  昔の、もしも捕まったら殺されるかもしれない、ってのも怖かったけど、今じゃ、もしも捕まったら確実に犯されるってのが、イヤでイヤでたまらないんだ。なのに……あいつときたら……」

 本当に珍しい。ガウリイの顔から、すっかりのほほん調子が消えて、眉間にタテジワがよっている。
 はたと気づいてテーブルを見ると、ついおざなりにしていた、俺の頼んだグラスがカラになっている。こいつ、いつの間に。
 酒の勢いも手伝って、ガウリイの口はいつもより滑らかだ。

 「ヘタに腕に自信があるぶん、女の危機感ってものはわかってないクセに、女の使い方ってのだけ覚えてきちまってさあ。
  このあいだなんか、夜中にオレの部屋に来て……しかも、寝る格好して、枕まで持ってきてるんだぞ!? 誰だって驚くじゃないか! それで、どうしたんだって聞いたら……」
 「どうしたんだ?」
 「眠れないの……って言うんだ。オレのことが気になって眠れない、って」
 「それはそれは」

 ごちそうさま。声にならぬ言葉を小さく胸のうちでつぶやく。
 ん? しかし……さっきリナは、ガウリイに見つめられるだけで、固まって動けなくなるとか言ってなかったか?

 「ガウリイ、お前いつからリナとそういう関係になった?」
 「なってないんだ! だからビックリするんだろうが! そんで、呆然としてる隙をついて、あいつ呪文でオレを動けなくしたんだぜ!」
 「…………」

 リナのやつも、確信犯か。

 「ニッコリ笑って、盗賊いぢめに行きたかったんだけど、ガウリイがいつ追っかけてくるかわからなくて、気になって出かけられないし眠れなかったって言うんだ……。そんで、動けないオレを置いて、あいつ着替えて盗賊いびりに出かけちまったんだよぉ…………」

 最後のほうは、すっかり涙まじりになっている。そのときのことを思い出して、悲しんでいるらしい。
 それにしても……どうしてこいつらは、こう、似たようなことしかやらないんだ?
 盗賊いぢめを止めるため、リナに男の顔で迫るガウリイも。
 盗賊いぢめに行くため、ガウリイを女の顔で誘惑するリナも。
 やってることはどっちも同じ、確信犯だ。

 同じようなグチを同じように二回聞かされると、たまる疲労は二乗されるような気がする。
 俺はおおきくためいきをつき、気分直しにもう一杯注文した。酒はすぐさま届けられたが、隣の無骨な手が途中でそれをかっさらう。

 「おい……。料理を奪うのは、リナの皿からだけにしろ」
 「あ? ああ、スマン。ついクセで」
 「お前たち、まさかまだ、料理の奪い合いなんてやってるのか?」
 「だってなあ。リナがしかけてくるんだ。人のもんばっかり食って、育ちざかりだからとか言ってるけど、カンジンなところは外も中もちっとも成長してない――」


 「それってどこのこと?」


 唐突に、ガウリイの言葉を遮って、かけられた声。
 声自体に、温度があるわけはないのだが、俺たちの背筋は冷水をかけられたように震え上がった。
 ガウリイが、声のした方をふりむくこともできず、固まっている。俺はおそるおそる、ガウリイの背後――声のした方を、見た。
 そこには……予想にたがわず、仁王立ちでたたずんでいる……

 「がうりい? ぜるぅ? あんたたち、なんの話をしていたのかなあ?」

 にこやかに。いっそにこやかに笑うリナの顔。
 しかし、発せられるオーラは、すでに殺気と怒気が絶妙にブレンドされていて、ゼロスあたりが喜びそうなシロモノになっている。
 頭の中に浮かんだ言葉は、ただひとつ。
 ――どうして俺まで。



 「乙女のことをバカにする不届き者は、そのまま夜空の星になるといいわ!!
  くらえ!! 怒りのふぁいあーぼ〜るぅぅぅぅぅぅ!!!!!」









 確信犯、という言葉がある。
 政治的、宗教的に使われることが多いが、自分のしていることは正しいという信念の元に、行われる犯罪のことだ。
 使っている言葉から、よく、悪いことだと知っていて行動する人間、と意味をまちがわれがちなのだが……。
 どちらにしても、犯罪は犯罪。

 「あいつら……結局は確信犯だな」

 リナの魔力は絶好調のようだ。ずいぶん高くまで飛ばされた。
 正しい意味であっても、間違った意味であっても。
 あいつらのしていることは、互いに確信犯だ。

 「頼むから、それに俺をまきこまないでくれ」

 ロクなことにならないから、と。
 つぶやいた言葉は、強い風の音にかきけされ、俺の耳にすら届くことはなかった。



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 驚かれる方も多いかと思いますが、これが正しい確信犯の意味だそうです。in広辞苑。
 「確信犯なガウリイ」という言葉が当たり前のように使われるネットガウリナ界に投じられた一石。
 …………むしろ、言わぬが花ってヤツでしたでしょうか…………?(滝滝汗汗)
 ちなみにこの確信犯という言葉、神坂先生も本編15巻で間違われてます。
 本当の意味が、かなりマイナーです。
 ここまでマイナーではありませんが、同じように間違われやすいのが『役不足』。
 「こいつにこんな大きな役割は勤まらない、未熟すぎる」って意味は『役者不足』。
 『役不足』は、「こんな実力派の役者さんに、このチョイ役をやらせるなんてもったいない」って意味 です。




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