いや、むしろ彼の場合、悪化していると言ってよかろう。
　それが如実に表れたのが今回、第５巻の話だ。

　本日２度目の盗賊団が現れた。
　実はガウリイ、盗賊が出るのはあまり好きじゃない。めんどくさい、リナにもしものことがあったら、と理由は色々あるのだが、何より大きな理由は。

　その間、リナはちっともかまってくれないっっ！

　というものだった。

　まるで飼い主にかまってほしい犬である。リナの男になろうとあれこれ画策していたはずなのに、とうとう女王様と犬の関係に成り下がったか、この男は。

　ただでさえここのところ、アメリアが一緒でリナがかまってくれないのだ。同年代の女の子が２人でいたら、女のおしゃべりから男ははじき出されるのが世の常である。

　ここはひとつ、いいとこ見せてリナにオレの存在をアピールせねばっ！

　たかだか盗賊相手に、ガウリイは固く誓った。盗賊を吹きとばすのがリナのストレス解消、ということをすっかり忘れている。愚かな男だ。
　しかしその意気は、空振りに終わった。

　リナとアメリアの呪文一発で、盗賊は全員倒れ伏してしまう。

　「オレの出番ってぇやつは……？」
　「そんなものはない」

　あっさりはっきり言い切られてしまい、ガウリイは袖口を涙で濡らす。すでにリナは盗賊たちからお宝をはぎとるのに夢中で、ガウリイの方なんぞかけらも向いちゃくれなかった。

　今回の彼の存在感のなさは、おそらくこれが序章だったのだろう。

　悪の宗教団体の集会をぶっ潰し、徹夜で逃げるその途中。そろそろ休む場所や対策を考えないと、というところで、突然アメリアが立ったまま寝てしまった。
　口には出していないが、リナも相当疲れているようである。

　「このまましばらくそっとしといてやろう」

　アメリアがこうして寝ていれば、その間だけでもオレはリナを独りじめ！　今は他に人の姿もないし、リナと久しぶりにゆっくり話せる！　ああ長かった、これで最近のおあずけ生活からはさよならなんだーー！！

　初恋したての男の子ではあるまいし、『２人っきりで話せる』というシチュエーションで満足してどーするのだろう。
　まあ安上がりだから、これはこれでいいのかもしれないが。

　けれど神様は、そのチャンスさえも奪っていった。

　他でもないリナが、こんなところで寝かしておけないとアメリアを起こす。なかなか起きないアメリアを見て、リナが一言。

　「こーなったらガウリイ、あなたが彼女背負って……」

　ダメだそれは！！　冗談じゃない！！　リナの目の前で、他の女を背負えるかああぁぁぁ！！！

　別に浮気をしろと言っているわけではない。何をそんなに慌てているのだ。それともまさか、彼は俗に言う『手を握られただけで妊娠しそうな男』だからとでも言うつもりか。
　いや、ガウリイの場合、ほんとーにそんな気がしてくるからタチが悪い。

　そんな風に騒いでいると、唐突に敵出現。まったくもって面倒だったらありゃしない。しかしこの時、ガウリイの頭の中でひとつの計画が持ちあがった。

　（ここでいいとこ見せて、今度こそオレという存在を見直させようっ！）

　「リナ！　アメリア！　逃げろっ！　オレひとりならなんとでもなるっ！」

　呪文の使えないリナ。寝不足で精神集中のできないアメリア。２人を逃がし、自分が囮になるという非常に自然なシチュエーション。

　これでリナは、再びオレと会えた時、感激のあまり抱きついてくるはずだ。以前は「光の剣ちょーだい！」なんぞとかわされてしまったが、あの時の、あの時の雪辱ははらしてみせるぜ今度こそ！！！
　涙をたたえて潤んだ瞳で「ガウリイ…ッ！」なんて抱きつかれた日にゃあ……！！！

　考えていたことがつい顔に出て、ガウリイの表情が思いっきりふやけまくる。

　３体１（２．５対１？）という圧倒的不利な戦況で二へ二へとしまりのない笑みを浮かべる男はめちゃくちゃ気持ち悪い。襲ってきた獣人たちは思わず一歩ひいた。
　ガウリイはその隙をついて、けっこう易々と包囲網を突破することができたのだった。

　しかし、リナを探しに行こうとした時、その足がハタリと止まる。

　確か今、オレたちは３人で旅をしていたはず。リナとの２人旅をジャマされていたのだから、それは間違いない。そして、オレ１人が今ここにいる。

　３ひく１は２。

　うどぉおおぉぉぁぁっっ！！？　リナとアメリアが２人っきりじゃねーーかっっっっ！！！
　これを機に、リナがアブノーマルな道に走ったらどーーーしてくれるっっっ！！！！

　なんでこんな滅多なことではありえないことまで思いつくのだろう。これでは心配性と言われてもまったく弁解できない。

　（余談だが本当に、アメ×リナのカップリングはここから発生した、とするウワサが存在する。ウワサは存在するのだが、事実の確認はとれていない）

　ちなみに、ガウリイの危惧は半分あたりで、半分はずれだった。
　その頃リナは、すでに気絶したアメリアをさらわれ、ゼロスと出会ってにわかコンビまで結成していたのである。

　彼の不安は、どちらかといえば悪い方へ的中していたといえよう。

　やはり感動の再会は、”ピンチのお姫さまを助けるナイト”的登場だろう。前回もそうだったし。
　とゆーことで、今回もみんなのピンチにさっそうと登場する、という効果を狙ったガウリイ。本当ならリナの方を助けたいところだったのだが、ゼルガディスが本当にピンチに立たされた以上、さすがに見捨てるわけにもいかない。

　その分は、戦況を一変させるほどの大活躍でカバーした。

　戦闘が終わった後、敵のリーダー格の獣人――デュクリスが呟く。

　「――何なんだ――あの武器は……？」
　「あれが――伝説の光の剣よ」

　デュクリスの問いに、答えたのはなんと、リナ！！
　しかもよくよく見ると、デュクリスの視線はしっっかりとリナに向けられている！！

　まさか、リナ、お前あいつと知り合いなのかっっ！？　しかしいったい、いつの間に！！？
　おのれえええぇ！！！　こいつはオレの女（予定）なんどわぁぁぁぁ！！！

　しかし、重傷のデュクリスにはなかなか伝わらない。

　「おまえさんが気に入っちまったからじゃねぇか――」

　―――びきびきびっっ

　目に見えて、ガウリイの額を青筋が走る！
　先程の闘いとは比べ物にならない殺気に、気配を感知するのは得意なアメリアやゼロスが思わず反応する。

　彼らほど敏感ではなく、大ケガをしていても、さすがにそれが自分に向けられていてはいくら何でもわかる。デュクリスは生命の危機を感じた。
　ガウリイの鬼気迫る目に睨まれ、早々に死んだフリするデュクリス。

　彼が倒れたことでガウリイはその殺気を消し、いそいそとリナに近づいた。

　さあお待ちかね、感動の再会シーンだっっ！！　今度こそ、リナはオレの胸に抱きついて離さないだろうっ！　てゆーか、もう虫つけたくないから、オレが絶対はなさないし！！！

　「――なんとか無事だったようだな」

　しかし。

　どげしぃぃぃっ！

　もらったのは熱い抱擁ではなく、愛のアッパー。

　合流するのが遅くなった、というのがリナの気に触っているらしい。気の立ってるリナは、さらにスリッパを使いガウリイをひっぱたいた。
　なんでそんなのが、今ここにあるのだ。

　「こんなこともあろうかと思って、しばらく前に宿屋でパクっといたのよっ！」
　「……こ……こんなこと、って……一体……」

　もしやリナ、お前はオレがいつかこういうことをすると、オレのことを考えてくれてたのか！！？？

　そうだよなあ、やっぱり夫婦はお互い、どんなことをすればどういう反応が返ってくるか、わかり合ってるべきなんだっっ！！！
　リナ、お前の愛、確かに受け取ったぜ！！　お前の努力に報いるため、オレも頑張るぞおおおぉぉ！！！

　まだ夫婦になってない、などとゆーツッコミも、この男には効きゃしない。

　この場合、リナがガウリイを理解しようと歩みよってくれたというよりも、めちゃくちゃあっさりと思考回路を読まれるほどガウリイが単純なだけという気もするが、そんなこと言おうもんなら「リナがわかりやすいんだからいいじゃないか」と真顔で返されそうな予感がして、筆者としてはとても怖い。

　しかも、その考えにガウリイがひたっていて『一瞬落ちた沈黙』に、アメリアが追い打ちをかけた。

　「リナっ！　ゆーちょーに夫婦漫才やってる場合じゃないわっ！」

　ア、アメリアァァァ！！！　オレとリナのジャマばっかするやつだと思ってたけど（それ以外の見方はないのか）、お前さんは、オレとリナが夫婦だと、愛を育んでいるのだと、認めてくれるんだなぁぁ！？

　あぁ、リナ、真っ赤な顔で照れちまって…かわいいやつｩ（やだ、こんなガウリイ…）

　妄想の中でリナと夫婦になり、幸せ絶頂大爆発のガウリイ。
　そして、この幸せな気分は最後まで続かないところが、このシリーズが『生殺し』と呼ばれるゆえんである。

　ザナッファーが復活し、主役ともいえる『光の剣の勇者の末裔』ガウリイははりきった。

　まさにこれは、天がオレのために、リナにいいとこ見せるために用意してくれた舞台ではないかっっ！！

　ザナッファーの説明を、リナから受けるガウリイ。だが、頭はすでにリナとのらぶらぶｩ 妄想モード。今イチ説明が、しっかり頭に入ってこない。
　キレたリナがついに、最もわかりやすい例えを出した。

　「『僕がきみを守ってやる』なんて甘いこと言いながら女に近づいて、ぼろぼろになるまでさんざん利用したあげくポイ捨てする、悪逆スケコマシヒモ男みたいなもんよっ！」
　「……なんとなくわかったよーな気がする……」

　そりゃわかるだろう。何たって、自分が今やってることとそっくりなのだから。
　違うのは、さすがにぼろぼろにはさせないことと、絶対ポイ捨てしないところだけである。
　守ってやりながらも結局の寄生生活。ザナッファーの場合は故意にやっているのだが、似たような境遇に、思わずガウリイは同情した。

　（…待てよ）

　ガウリイは一瞬、足を止める。

　まさかとは思うが、こんな例えが出るとゆーことは、リナ自身そうされた体験があるんじゃなかろうな！？　だからオレの同行をあんな簡単に許可したのか！？　いやいやいや、もしそうだとしたら、逆に似たような状況で現れた俺はとことん避けられるはずだ。だが、だがしかし、いまだリナがその男を忘れられなくて、オレは身代わりって可能性も………！

　ぐるぐるとガウリイが思考の海にトリップしている間に、リナは話を進めていた。

　「デュクリスは――そのことを知ってたの？」

　リナの口から出たデュクリスの名に、ガウリイがピクリと反応する。

　「知ってたはずだ。ザナッファーの二号を『着る』のを自分から志願したって話だ」
　「――そう――」

　小さく呟いたリナの顔は。寂しげで、切なげで。めったに見せないそんな表情は、ガウリイに衝撃を与えるには充分だった。
　むろん誰を思ってのことなのかは丸わかりだ。

　おのれデュクリスウウゥウウ！！？　死して（るかどうかはともかく）なお、オレのリナの心に居座り続けるとわっっっ！！！！
　許せん……許せん……許せーーーーーーーんっっ！！！！！

　たった数日目をはなしているうちに、リナはゼロスと出会い、ゼルと再会して、デュクリスに気を許していた。

　２巻当時以上に虫がつきやすくなってしまったリナのため、ガウリイは虫を追っ払うのに労力を費やすのであった。人畜無害と思わせるためおバカのフリをしていたはずなのに、とうとう本来の『リナをオトす』という目標まで忘れるほど脳ミソがスポンジになってしまったとは、まったくもってあわれである。

　　　ブラックサンダーガウリイごーごーっっ♪
　　　リナちんを汚すぅ、その日のために、日夜闘い続けるお〜と〜こおお〜♪♪
　　　ごーごーごーごーっっ♪♪♪

　ガウリイと別行動をとっていた時、リナは何かにつけてガウリイを思い出し、気にしていた。ザナッファーに対抗できるのは確かに光の剣だけなのだが、むしろ、今回の件にザナッファーが絡んでいると判明する前の方が、その傾向は顕著だ。
　そしてガウリイと再会できると同時に、思いっきり拳をふるっている。これはやはり、安心したと見るべきであろう。よくよく考えれば、リナがここまで派手に手を下す仲間は、ガウリイだけなのだ。