表裏のヒミツ


 「まっ…また一部屋しかないのぉ?」

 宿の受付で、あたしはトコトン脱力しながらぼやいた。

 今夜の宿を探してたどり着いた村に、一軒しかない宿屋。そう、つまり、ここで宿泊を断られると、あとは野宿することになる。
 あらかじめ一部屋しかとれないだろうと覚悟しているなら、まだ心の準備もできる。あんましないけど…その、二人で一部屋しかとらないと決めたことも、ないこともないけれど……。

 ただ、こんな風に不意打ちで一部屋にされると、なぜか面白くない。

 ムッ、誰だ、『単なるワガママ』なんて言ってるヤツは!

 「おーいリナぁ、鍵もらってきたぞー。早く部屋に入ろーぜー」
 後ろからのほほんとした声をかけるのは、あたしの相棒兼自称保護者のガウリイくん。
 もっとも……最近は、そう呼べるのか疑問だけれど。

 「あんたねぇぇ。勝手に一部屋にされて、どーしてそう呑気にしてられるわけ?」
 「何で怒るんだ? 別に構わんじゃないか」

 うっ……。
 ……心なしか嬉しそーに見えるのは、あたしの気のせいだろーか?

 「ほらほら、早く部屋に行かないと、寝るのが遅くなっちまうぞ」
 言い忘れていたが、あたし達がこの宿に着いたのは、時間の関係ですでに深夜だったりする。
 ……これも部屋の空きに関して、マズかったのかもしんない。

 「わ、わかったわよ…」

 そしてあたしはガウリイの持ってきた鍵で、部屋のドアを開けた。が。

 どえええぇぇぇっっ!!?

 まっさきに目に入ったのは、どでーんと部屋の中央に置かれた大きな大きなダブルベッド。

 こっ……、ここ、新婚さん用の部屋だから、最後まで残ったんじゃあ……?

 天啓のような予感がふと頭をよぎる。

 「リナ? どーした?」

 見るとガウリイは、すでに鎧を脱いで軽装になっている。あたしも慌ててショルダーガードを外しにかかった。

 「……あれ」

 ふとその時、あたしはベッドの上に置かれた枕に興味を覚えた。
 枕の上に、大きく赤い糸で”Yes”と縫い取ってある。
 ひっくり返して裏を見ると、今度は黒い文字で”No”。
 なんだろこれ?

 「ねーガウリイ。これ、何だと思う?」

 呼ぶとガウリイは、あたしが持ちあげた枕をしげしげと見て、

 「もしかしてこれ、『YesNo枕』とか言うやつじゃないか?」

 なんだそりゃ。

 「何なの? この枕」
 「だから、見た通りだろ。……それより、リナ」

 言いながら、ガウリイが肩を抱いてくる。…いやな予感。

 「今夜……いいか?」

 「ダメ」
 あたしはすげなく言い返す。

 「ええーっ、なんでだよぉ!」
 「いいのっ! ともかくダメったらダメ!」

 その、何と言うか……ガウリイと、その、肌を合わせる……ようになってから、ひとつ決まりを作ったのだ。

 夜、どちらかが嫌がったら、無理じいはしない、と。

 もっとも今まで、あたしが嫌がった事はあるが、ガウリイが嫌がった事はない。何せ、あたしが言いだしたことはないからである。

 「リナぁ………」
 ええいっ、捨てられた子犬のような瞳をするんぢゃないっ!

 「あたし、お風呂入ってくるから。あんまし遅いと、先に寝ちゃうからね!」
 ガウリイの手をかわし、洗面用具を持って、あたしは部屋を出た。




 キィ……。

 「ガウリイ?」

 大浴場から部屋に戻ったあたしは、ガウリイの名を呼んでみた。が、返事はない。
 ガウリイもお風呂行ったのかな……。
 ぼふ、と大きなベッドに腰をおろす。

 別に、ガウリイとそーゆー事するのが、キライなんじゃない。ガウリイの身体ってあったかいし……って、何考えてんだ、あたしはっ!
 ただちょっと、今日は気にいらなかったんである。ぐーぜんとった宿屋で、ぐーぜんこんな部屋しか空いてなかったことが、運命というより誰かにハメられたような気がして。

 ガウリイには……ちょっと悪かったかも、とは思ってるけど。

 そんな事を考えてたら、さすがに昼間歩き通した疲れが出たのか、次第に眠くなってきた。
 ガウリイにはホントに悪いけど、先に寝ちゃお………。
 あたしは枕の”Yes”の文字をぽんぽんと叩いてならし、そこに頭をのせた。




 んっ………。
 何か………もぞもぞするな?
 あれ……? こ、この触り方はもしかしてっっ………!!!

 ばちぃっ!!

 あたしの意識は、ねぼけモードから一気に覚醒した。

 「ガウリイ!! 人が寝てるのに、何やってんのよあんたはぁぁ!?」

 夜の暗さに目が慣れてくると、予想通りあたしのパジャマの上着をめくって、胸に手をかけてるガウリイが見える。
 「だってリナ、『いい』って言ったじゃないか♪」

 「はぁ?」

 ガウリイの表情が見えるほど、あたしの目は良くないが……この口調からすると、この上なく楽しそうな顔で笑っているのだろう、たぶん。

 ガウリイは、あたしが使っていたYesNo枕をぼふぼふと叩き、

 「知らなかったか? この枕のYesとNoって、今晩するかどうかのYesとNoなんだぞ」

 なっ、なにいぃぃぃ!?

 た、確かにあたしはYesを上にして寝てたけど……。
 それは単に最初からこっちが上だっただけであって………!

 「ちょっとガウリイ! あたしはそんなこと、全然知らな……あぁん!」
 「照れない照れない♪ ちゃーんと枕で意志表示してくれたもんな、リナは♪」

 してないいぃぃぃ!!!

 あたしの心の叫びは、声にされることなく消えていった。



                                    END




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