ツインスターズ


 さして広くない室内を、皓々と明かりが照らしている。
 普通、明かりとは火を燃やして得る物である。だからそこには薪のはぜる音か、油の芯のこげる音がするものだ。

 だが、ここからはそのどちらも聞こえて来ない。

 当然だ。この明かりは火を燃やしているのではなく、部屋にいる少女が道理を越えた力で作ったものなのだから。

 そしてリナが、宿屋の室内で「明かり」を使うわけといえば――ひとつしかないんである。




 コン、コンッ

 「開いてるわよー」

 誰何の声もかけず、背後のドアを振り返ってリナが叫んだ。ドアの向こうの人物が部屋に入って来るのを待たないで、再び彼女は自分の仕事に没頭する。
 別に姿を見なくても、誰だかわかっているから、必要ないのだ。

 「うっわ……。お前さん、またやらかしたな?」

 部屋に一歩足を踏み入れた途端、ガウリイが言う。彼が見たのは、リナの周りに散乱する、一面の宝石や魔法具だ。

 「そ♪ 今日はなかなか大きいとこ潰してきたからね。大収穫よ♪」
 その言葉に、ガウリイは苦笑を洩らす。

 かなり前から彼は、現行犯でない限りリナの盗賊いぢめを止めなくなってきた。行く前に見つけたなら止める事も、ついて行く事もできるが、帰ってきてから叱ったところで、次に行かなくなるわけでもないからだ。

 「……そんなにいい収穫だったのか?」
 「そりゃもう♪ 500年前のレティディウスの金細工に、今やほとんどいなくなった三目竜の胸当て、十年に一度しか実らないパルコムの実……どれも普通の盗賊団の目玉ばっかりよ〜〜♪」

 リナはホクホクしながらお宝の説明をする。だが悲しいかな、ガウリイにはその価値は全くといっていいほどわからない。

 だから、目についた最も綺麗な石を、その手にとって転がす。

 「なぁリナ。この石キレイだな」

 その声に振り返り、ガウリイの手にある宝石を見て、リナは声をあげた。

 「あーーーっっ!! ルビーとサファイアじゃなーーーい♪」

 喜々として立ち上がり、ガウリイの手から宝石をひったくる。突然手持ちぶさたになったガウリイは、それでもわきわきと手を動かしていた。

 「キレイよねぇ……。スタールビーとスターサファイアよ、これ」

 蒼い石を光に透かし、リナがうっとりと呟く。

 「スター…? 星なのか、それ?」

 ようやく手を止めて、ガウリイが訊ねると、リナは小さく苦笑して、
 「確かにスターは『星』って意味だけど、これ自体が星ってわけじゃあないわ。見て、これ」

 ガウリイはリナが明かりにかざしてくれた、紅い石を覗き込む。先程見た時にもあったが、燃えるような紅の中には白い輝き。

 「……星ってこれか?」
 「そう。ルビーやサファイアの中に、白い星状のラインが入ってんの。これがあると、高く売れるのよ♪」

 いかにも最後の一言が、普段から商売人と豪語するリナらしい、と思いながら、ガウリイはルビーから目を離した。代わりに、まだルビーに魅入っているリナを見る。

 瞳を輝かせて、自分の瞳と同じ色の宝石を見ている、リナを。



 「本当に綺麗だな」

 自分だけの紅い宝石。
 きっと、この世界のどの宝石より輝いている。



 「うん……」
 今度はもう一方の手に持っていたサファイアを見つめて言うリナ。

 その時ガウリイは、ふと気がついた。
 リナの頬が、いつの間にかほんのり赤く染まっている事に。

 「どうした? リナ」

 なんとなくボンヤリしていたリナは、かけられた声で我に返ったようだ。
 慌てて手を振りながら答える。

 「な、な、なんでもない! ……そーいえばガウリイ、何の用でここに来たの?」
 「おお、そういえば! ――すっかり忘れた」
 「あほかぁーーーー!!!」
 リナのスリッパが鋭く閃く!
 次の瞬間、ガウリイは空の星になっていた。




 翌朝。盗賊いぢめの後だというのに、珍しくリナは機嫌が悪い。

 「まったく……。どこ行っちゃったのよ、あのスタールビーは……」
 ブツブツ言いながら歩くリナの後ろを、ガウリイはのほほんとついてゆく。
 「いいじゃないか。もう一個、蒼い石があったろ? あれ売ったらどうだ?」
 ガウリイの言葉に、しかしなぜかリナは顔を赤くして、

 「あっ…あれはダメなの」
 「なんで?」
 「いいのっ! ダメったらダメなんだから!!」





 ――言えるわけないよな。

 ガウリイはポケットの中にそっと手を忍ばせ、入れてある物をこっそり取り出した。
 美しいスターの入った、真っ赤なルビー。

 ――リナの瞳みたいで手放せなかった、なんて。





 ――言えないよぉ。こんなこと。

 リナは昨日のスターサファイアを、自分のポケットの上からさわった。

 ――ガウリイの瞳に見えて、売る気がしなくなった、なんて。

 「絶対言えない……」
 「ん? 何か言ったか、リナ?」
 「なんにもっ!」
 お互いの心中も知らず、二対の宝石は今日も輝いていた。




                            END




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