すぺしうむその1
 〜事件はいつも唐突にの巻〜


 「あ、おっちゃーん。AランチとCランチ追加ねー!」
 「じゃあオレは、Bランチ三つ追加ー!」

 いつもの町のいつもの食堂に、ちょっといつもじゃない多めの追加注文が出された。周りの客にはちらちらと視線を向けている者もいるが、食べる二人はいつものことなので気にしない。

 はたして、その二人組のうち片方が、相棒へとジト目を向けた。

 「まったく……。ガウリイ、あんた少しは遠慮しようって気、ないの?」
 「何言ってんだ。リナがオレの食いもん取っちまうから、オレがよけい頼むことになるんだろーが」

 まあ、どちらが多く注文しても、結局二人とも満足いくまで食べるのだから、合計の注文量は同じなのだ。一応二人でサイフは分けているが、大元の管理はリナがしているのだし。
 「それでもっっ! 心がけが大事なのよっっ!」
 「おまえなぁ…」

 ガウリイを呆れさせ、その場に唯一残っていた香茶にリナが手を伸ばしたその時。彼女の背後から笑い声が聞こえた。


 「ほ―――っほっほっほっほっほ!!!」


 ガダンッ!!


 うっとーしい声が響くやいなや、リナは音を立てて椅子から立ち上がる。だが、それも一瞬のこと。すぐに、も一度腰をおろした。

 食堂の扉が開き、そこにいた人物の登場で、場が騒然となる。

 「おっ、すげぇカッコしてるな、あの姉ちゃん。大道芸人かな? なぁリナ、あれ何だと思う?」
 入り口の方へ目をやったガウリイが、正直な反応をもらす。だが、リナは決してそちらを振り返ろうとはしない。

 リナが必死で知らぬふりを決めこんでいるというのに―――

 笑い声を聞かせながら入ってきた謎の人物は、つかつかとリナの横まで歩み寄ってきた。
 何のためらいもなくポン、と肩にその手を置く。

 「ふっ。久しぶりね、リナ=インバース」

 「だああああぁぁぁっっ、ナーガ!! あんたなんで、今さらこんなところにぃぃぃぃぃ!?」

 振り向きざま、リナが絶叫した。ナーガは以前とまったく変わらない調子で胸を張り、
 「ほーっほっほ! あなたの最大最強のライバル、この白蛇のナーガが、いつまでもあなたを野放しにしておくと思って!?」
 「思うかああぁぁ! どーせ路銀が尽きたから、またあたしにタカろうってコンタンなんでしょーがっ!!」

 ナーガは答えない。代わりに、顔にひとすじの汗が流れる。

 「図星か……をい……」
 「ふ…ふっ。いいじゃないの、そんな事」
 二人と同じテーブルにつき、ちょうど運ばれてきた追加注文をつまみながら言うナーガ。
 「ちょっとナーガっっ!! 食べるんだったら、後で代金払ってよねっっ!!」
 「まだまだ甘いわねリナッ! あなた、『ないソデは振れぬ』ってことわざ、知らないの!?」
 「うだあああぁぁぁっっ!!!」

 しばらく会っていなかったせいで、免疫力(?)が落ちていたらしい。リナは頭を抱えたまま、早々にテーブルにつっぷした。





 結局その夜は、本当に文無しだったナーガのために、一人部屋と二人部屋の両方をとったのだった。もちろんタダではなく、明日行う予定のしごとを手伝うという条件つきである。

 「ヘタすると、手間が増えるだけのよーな気もするけどね」
 「まかせておきなさい、リナ! このわたしが動くからには敵も味方も一網打尽! 一瞬で全てを消しさってあげるわっ!!」
 「消すなああぁぁぁ!!!」

 まあ不安は残るにせよ、ただオゴるだけというのは、リナのプライドが許さないのだろう。
 どうもナーガの路銀が尽きたのは、昨日今日ではなかったらしい。部屋に入るなり、ベッドに横になってしまった。身体を伸ばした時、『ひさびさのおフトン…』と言っていたことからも、そのことがうかがえる。

 そんなわけで、ナーガがすぴょすぴょと寝息をたててる今、リナは明日の打ち合わせという名目で、ガウリイの部屋へ息抜きに来ていたりする。

 「は〜〜…。まったくまいっちゃうわよね」

 額をおさえてついたリナのため息は、彼女にしては珍しく深かった。

 「あのねーちゃん、一体なんなんだ?」
 心底不思議そうにガウリイが問う。普通、あんなおかしいカッコの人間少しは怪しんでもよさそうなものだが、リナの知り合いであるという一事において、危険人物ではないと彼は判断したらしい。

 「ガウリイと会う前、一緒に旅してた女魔道士でね…。前から神出鬼没なヤツだったけど、まさか数年ごしで出てくるとは思わなかったわ。あ、断っておくけど、アレは友達じゃないから」

 「おまえの友達か?」と聞かれる前に、しっかりクギをさしておくリナ。次の言葉をとられたガウリイは、何か言いたそうにしていたが、結局おとなしく口を閉じる。

 「まったく…。あいつに会わなくなって、せーせーしたとか思ってたのにな…」

 小さく呟いたリナをしばし見つめていたガウリイは、やがて笑いながらリナの頭をかきまぜた。

 「うきゃ!? ちょ、なに、ガウリイ!」
 「ははは、よしよし」
 「もぉ、また子供あつかいしてえ!」

 リナはなんとかガウリイの手から逃れ、照れたような表情ですっと立ちあがる。

 「まったく…。もう寝るわ。おやすみ」
 「ああ、また明日な」
 ガウリイも軽い挨拶を返した。優しい瞳で。

 先程のナーガを語る呟きの時、懐かしいような、どこか嬉しいような表情をしていたのに気づかなかったのは、どうも当のリナ本人だけであったらしい。






 翌朝、食堂中の食料を食い尽くして、朝寝坊した客を大いに嘆かせた三人は、一路町外れの山へと向かったのだった。歩く道すがら、ナーガが問いかけてくる。

 「リナ。今回のしごとはどんな内容なの?」
 「こっから見える、あの山に巣くうオーク退治。ま、簡単なしごとよね」
 「ほんとに簡単ね、礼金も安そうだし…。ねえリナ、オークなんかより、盗賊退治に行った方がずっと効率いいんじゃないの?」
 「そうしたいのはやまやまなんだけどね…」

 リナはちろりと隣を歩くガウリイを見上げる。

 そのガウリイはリナをはさんで、少し怒ったような目つきをナーガに向けていた。

 「おい、あんた。いくらリナの昔なじみだからって、こいつに盗賊いぢめをすすめるのはやめてくれないか」
 「ふっ。たしか、ガウリイとかいったわね。あの習慣は、リナの本能みたいなものよ。それをどうこう止められると思って?」

 ガウリイはナーガをスリッパでひっぱたこうとするリナを、後ろからはがいじめにして、

 「それでもいいんだ。オレはこいつの保護者なんだから」

 「保護者…?」

 ナーガはリナとガウリイをしばし訝しげに見比べてから、おもむろに口を開いた。
 「リナ、あなた……お兄さんがいたの?」
 「違うわぁぁぁ! 全然似てないでしょぉ!?」
 「それじゃあもしかして…お父さま?」
 「もっと似てないいぃぃぃ!!」
 「まっ…! まさかリナ、この人あなたのか………!」
 「―――隠し子、なんてバカなこと言ったら、首絞めるわよ」
 「リ゛、リ゛ナ゛ち゛ゃん゛……。も゛う゛し゛め゛て゛る゛……」

 いつの間にかガウリイの手から抜けだしていたリナが、半ば本気でナーガの首を絞めあげる。その一部始終を見ていたガウリイは、何とも言えない顔になって言った。

 「なあ、リナ…。なんちゅーか、その…かなり問題のある考え方をする人だな…」
 「ガウリイの頭でも、よーやくわかったみたいね……」

 リナもげんなりとした調子で答えたのだった。





 「今回のオークは、探すのはラクよ。何でも、グループで行動してるらしいから」
 猟師たちの使う獣道を通りながら、リナがしごとの説明をする。ガウリイは歩くのにジャマな小枝を折りながら肩ごしに聞いた。

 「それって珍しいのか?」
 「うーん、そんなに珍しいってモンでもないけど。でもオークって、普通いくつかの群で生活してるのよね。それがこの山のは、どこかの魔道士の呼び出したヤツが野良になったんだそーよ。その頃のクセで、今でも集団行動をしてるらしくって…」

 リナはひょい、と倒木を跳びこし、

 「ま、最初にふい打ちすれば、一度でほとんど倒せるから。楽勝よね」
 「ふーん…。なら、少しは余裕がある、ということね」
 これまで最後尾でおとなしく話を聞いていたナーガが突然声をあげた。見ると、ナーガは不敵な笑みを浮かべ腕組みしている。

 「ちょうどいい機会ねリナ! そのオーク、どちらが多く倒せるか勝負しない? わたしが勝ったら、礼金の取り分を多くさせてもらうわ!」
 「…それで、あたしが勝ったら?」
 ジト目で入れられたリナのツッコミに、ナーガはあさってを向いた空笑いで応対する。

 「…ほ…ほ――っほっほっほ」

 「ごまかすなぁっ! いーいナーガ、そーゆー条件を出すんだったら、あたしが勝った場合、あんたの取り分はナシよ!」
 「な…なし? それはいくらなんでも差が大きすぎない!?」
 「どやかましい! そもそも昨日の宿代食事代を考えれば、あんたはただ働きでもいーはずの……」

 「――リナッ!」

 二人の言い合いを遮って、ガウリイの声が鋭く通る。その中に含まれた緊迫感に、リナは慌てて彼の視線を追った。

 「――オーク!? いつのまに!?」
 「ああ、こんな近くまで接近を許すとは…。油断してた」

 リナとナーガのかけ合いのおかげで、リナはおろかガウリイまで気配の察知が遅れてしまったのだ。向こうに先に見つかってしまっては、不意打ちなどできっこない。
 「面倒なことになったわね…」
 そんなグチをこぼしている間にも、オークは後から後からわいてくる。リナは口の中で呪文を唱えながら一歩後ろに下がった。

 と、その時。

 「ほーっほっほ! これだけいれば、相手に不足はないわ! さあリナ、これで勝負よ!」
 言うが早いか、ナーガは駆け出してしまっている。

 「もーっ、ナーガのやつー!」

 リナも文句を言いながら、戦線に参加した。




 「ファイアーボール! さらにブレイク!」
 リナのアレンジ版火炎球が、オーク二匹を火だるまにする。
 「おっしゃあ! まずは二匹!」

 「デモナ・クリスタル!」
 息つく間もなく、今度はナーガの呪文がオーク三匹を氷づけにした。
 「ふっ! やはりわたしの方が実力は上ね!」
 「おにょれ認めないわよそんなことっ! ブラスト・アッシュ!」

 オークたちも反撃しようとはするのだが、通常でもオーク程度では彼女らの敵ではない。
 ましてこんな状況では、格好の標的にすぎなかった。あとできる事といえば、せいぜい逃げ回るくらいである。

 「ったく、チョコマカとうっとーしい! 八匹目っ!」
 「少しはじっとしてなさい! 九匹目!」
 やがて、オークは最後の数匹を残すのみとなった。そこへ向かってリナが走る。

 「もらったぁぁ! これであたしの勝ちよっ!」
 その時だった。
 「………――」

 びくんっ!

 リナが思わず足を止める。
 そのまま呪文詠唱も中断し、ガウリイに向かって叫んだ。

 「ガウリイ! ここから離れるわよ!」
 「はぁ? なんでだリナ?」
 最後のオークをリナ達にまかせ傍観モードに入っていたガウリイが、のほほんと聞いてくる。
 「いーからっ! 早く!」
 わけがわからないながらも避難を始めるガウリイ。それほど間もおかず、ナーガの声が響き渡った。

 「フリーズ・レイン!」





 「ほ――っほっほっほっほ!! やはりこの白蛇のナーガの前には手も足も出なかったよーね!」
 「よーね、ぢゃなあぁぁぁい!!」

 ごげっ!ととんできたひとかかえもある石が、ナーガのあたまを直撃する。
 ちょっぴし首をおかしな方向に曲げて、ついでに先程使った術の影響で少しだけあちこちしもやけになりながら、ナーガが叫んだ。

 「痛いじゃない! なにするのよ!」
 「どやかましいいぃぃぃ! あたしたちまで一緒に攻撃してどーすんのよ!? 数年前から進歩がないんかおまいはっ!」

 魔結球(フリーズ・レイン)。大きな氷の球から、雨のように氷の矢が降ってくる術である。その対象は無差別で、術者さえも例外ではない。リナが怒るのもとーぜん、一歩まちがえば自分たちが穴だらけになっている呪文だ。

 しかしナーガは、怒りまくるリナに余裕の表情をして、

 「ごまかそうったってそうはいかないわよリナ! これでわたしの倒したオークの数は13、約束どうり礼金のとり分は7まで増やしてもらうわ!」

 リナは一瞬言葉に詰まった。確かに結果だけ見れば、ナーガの勝ちに違いはないのだ。だがしかし、ここで黙っていては、本当に礼金の七割をもっていかれてしまう。

 「なにいってんのよ! こんな広範囲呪文を使っていいなら、あたしの最初の一発で勝負はついてたわ! こんなの無効よ無効!」
 「言い逃れは見苦しいわよ! そもそも―――」

 「へえ、13か。じゃあオレと同じくらいだなあ」

 またドロ沼の舌戦がくりひろげられそーな雰囲気は、この牧歌的な一言で破られた。
 二人は思わず発言者のガウリイへと目を向ける。

 「ガウリイ…それホント?」
 「ああ。詳しく数えたわけじゃないけどな。お前さんたちが数えてるもんだから、つい一緒に数えちまった」

 リナはいそいで斬り傷のあるオークの死体をかぞえにかかった。リナやナーガの呪文の余波をあびているとはいえ、致命傷になるならかなり深い傷だ。一目でわかる。

 「13……14……15!?」

 「…ま…まさか……」

 呆然としたナーガの声がして、リナは得たりとばかり笑みをうかべた。

 「どうやらこの勝負、『ガウリイ』の勝ちみたいね…。ならやっぱし、あんたの取り分はナシね♪」
 「なっ…、そっ…!? こ、この人は関係ないじゃない!」
 「いーえ。ガウリイはあたしの『自称保護者』ですもの。とーぜんあたしの関係者よ」

 きっぱり言いきったリナに、ナーガは返す言葉がおもいつかずしばし考えこんでいたが、やがてポンとひとつ手をうった。

 無意味にバサァッと髪をかきあげ、

 「…ふっ。わかったわリナ=インバース。あなたとその人は一心同体! ならば! 二人そろってこの白蛇のナーガの最大最強のライバルとなるわけねっ!!」
 「どええええ!!? どっからそーゆー理屈が出んのよ!?」
 「あなたたちを倒すまで、しっかりつきまとわせてもらうわよ! 覚悟なさい!」

 そう言って高笑いを始めたナーガに背を向け、リナはガウリイの腕を両腕でしっかと抱きかかえた。
 「――逃げるわよ。ガウリイ」
 「えっ? に、逃げるってどこへだ?? 依頼料はどうすんだ??」
 「いーからっ!! こいつをまくのが先よ! ――レイ・ウィング!」
 「ほ―――っほほほほ! 待ちなさいリナ―――!!」

 結局、夕日にすべてが暮れなずむ時刻になっても、3つの影の追いかけっこは続いていたらしい……。



                                    fin


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 やっぱしすぺしゃるといえば最初はナーガでしょう。(でもナーガってむずかしい…)
 私、じつはけっこうナーガってキライじゃなかったりします。
 だからかもしれませんが、リナもけしてナーガを嫌ってはいなかったと思うのです。
 だって、ねえ。何だかんだいって、あれだけしっかり面倒見てるんですから。
 ちなみに、このシリーズの主題。
 「見る人が見れば妄想できるように、さりげなーくガウリナをまぜよう」。
 さあ、あとはお好きにトリップしてください(笑)




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