すぺしうむ2
 〜乙女ゴコロは複雑にの巻〜


 『それ』が現実になるなんて、あたしは思いもしなかった。

 結構大きな町に、いくつかあるマジック・ショップのひとつ。店同士の競争を理由に、少しでも高く盗賊いぢめで手に入れたお宝を売ろうと、必死だったその時。
 同伴していたガウリイが、店のおばちゃんに声をかけられたのに、あたしは気づいた。

 「ねえ、あんた。ちょっといいヨロイがあるんだけど、試着してみないかい?」
 「えー。でもオレ…」
 「いいからいいから。着たら買え、なんて言わないからさ」

 ガウリイ一人だったら、この商売人のおばちゃんに十中八九買わされてるだろうけど、あたしはとりあえずほっとくことにした。ガウリイが買う前にあたしが断ればいいんだし、あたしが交渉してる間、ガウリイもいいヒマつぶしになるだろう。
 え? 店のおっちゃんとのかけ合いが、ちょうどいいとこだったんじゃないかって?
 うーん、そーゆー事実もあったかもしれない。

 でも、この時ガウリイを止めてればと、今になって思うのだった。
 そうすれば、あんな恐ろしい事には……。




 わりあい早く、店のおっちゃんとの交渉は終わった。
 予想してたよりかなりいい値がつき、あたしの機嫌は上々である。うん、やっぱ美少女はトクだわ。

 「…リナー…」

 あ、いけない、忘れてた。
 あたしはヨロイを試着したとかいう、ガウリイの方を向き、

 「っっきゃははははは!!!!」

 …爆笑した。
 「リナぁ、そんなに笑うことないだろーが…」
 「だ、だって、あんた、あはは、す、っごく、おか…っぷぷぷ」

 恨みがましげにあたしを見るガウリイ。しかしあたしは、それでも笑い続ける。
 まさかっ!まさかこんなに、似合わないシロモノだったとわっっ!!!
 いつもの軽装備を見慣れてるから余計なのかもしれないが、今ガウリイが着ているのは胸あて肘あてはもちろんのこと、ご丁寧に兜までくっついてるまさにヨロイ一式。
 かなり大きめのサイズだというのに、ガウリイはやっとこさ着ているといった感じだ。

 「はは、あはは…あー、おかし。ガウリイ、あんたそーしてると、どっかのお城の騎士サマみたいよ?」
 さすがの脳ミソタルタルソース男でも、あたしがからかってるとわかったのだろう。ガウリイがむくれた。
 「くそ、そんなに笑うとは思わんかった。いいさ、とっとと脱いでやるから」
 そう言って金具に手をかける。

 と、すぐに、ヨロイをはずそうとしていたガウリイの顔色が変わった。おや?
 「どしたの?」
 「んー、ちょっと、なかなか、はずれなくって…」
 ガウリイはかなり悪戦苦闘していたようだが、どうにもはずれない。
 彼が力強く金具を引っぱった、その時。

 「あん! 痛ぃい! 乱暴しちゃい・や

 「どわあぁぁぁっっ!!? ヨロイがしゃべったああぁぁぁ!!?」
 驚愕の叫びをあげるガウリイ。
 でもあたしは、それとは別の意味で驚いていた。
 聞き覚えのある声に、思わずその名前を呟く。

 「あ…あなたもしかして、動く鎧(リビング・メイル)のナタリー………?」

 「えへ♪ リナ、また会ったね!」

 この時あたしは、間違いなく硬直していた。




 「…んで。例の『ステキな剣士様に着られて旅をする』夢をかなえたくて、あそこに時々置いてもらってるところへ…」
 「リナたちが来た、ってワケ。もぉ、リナったら、こぉんなステキな人と旅してるんだもん。ビックリしちゃったぁ」

 とりあえず、気持ちを落ち着け…られるかどうかは別として、場所を変えての事情説明をあたしとガウリイは聞いていた。ナタリーのいたお店のおっちゃんとおばちゃんが、『だからこんなブキミなモン置くなって…』『でもおまえさん、この娘の声、あたしが若い頃死んだ妹によく似てて…』なんて言ってたから、迷惑料のひとつもぶんどってやればよかったのだが…いかんせん、事のショックが大きすぎてすっかり忘れていたのである。
 ちっ、何たる不覚!

 「それでよぉ…。お前さん、これからどーする気なんだ?」
 これはガウリイの、ナタリーへ向けての問いかけ。
 彼は今、2つの椅子を並べて、両方に体重をかけて座っていた。りっぱに成人男性のうえ相当いい体格をしているガウリイと、一式そろったヨロイの重量を持つナタリーがひとつの椅子に座っては、椅子の強度がもたないのである。

 あ、食堂のウエイトレスさん、すごくイヤそうな顔してるし。

 「とりあえず、わたしの王子様と旅をご一緒させてほしいなぁって…。きゃ〜、ナタリーだいたんっ
 「…やっぱりそーなるのね…」

 まあ当然といえば当然の成りゆきである。ナタリーは、そのためにあの店にいたのだから。
 でも。それってこれから、いったいいつまで…?


 ちくり。


 (あれ?)
 なんだかちょっとだけ、胸が痛かったよーな…?


 「…ナ…。おい、リナってば」
 ガウリイの呼びかけで、あたしは我に返った。

 「あ、うん、なに?」
 「なに、じゃないって。どーすんだ? ホントにこのヨロイと一緒に旅するのか?」
 「いやん、ヨロイなんて言っちゃイヤだってば♪」
 …はは…相変わらずね…ナタリー……。
 しかしそーすると、ヘタに断って暴れだしたりしたらひたすらおーごとである。

 「まあ…しばらくはしょーがないんじゃない? 少しだけやってみて、その後どうするか決めればいいわ」

 「ええ〜〜〜!?」
 ガウリイの意外そうな声と。
 「きゃあ〜〜〜
 ナタリーのうれしそうな声が見事にハモった。




 やがて長い一日が終わり、今日もまた夜が来る。

 「…はぁ…。つっかれた…」
 思わずもれる声。

 そもそも、歩くことすら大変だったのだ。何せあたしたちがいるのは、騎士の闊歩する城でもなければ、重装備を好む人間がゴロゴロいる戦場でもない。
 子供が走り回り、おばちゃんがオレンジを売る町中で、ガウリイのカッコはまあ浮くこと浮くこと。

 恥ずかしーので距離をとって歩こうとすれば、あんな重いヨロイつきなのに走って追いかけ、しかも大声で名前を呼ぶ。
 …って、よくよく考えれば、ナタリーもガウリイと一緒に動いてれば、重さなんてカンケーないか…。
 とにかく、ガウリイに呼ばれるだけでも目立つとゆーのに、そのうえ時にはナタリーまでもがあたしを呼ぶ。

 想像してみてほしい。ごっついヨロイつけた182cmの男から、キャピルンの少女の声が出る様子を。

 だからって離れようとすると、また2人(?)が追いかけて…という悪循環に、すっかりはまってしまったのだった。

 「あれー? リナ、なんか元気ないね。どうしたの?」
 「…あんたは元気ね…ナタリー」
 あたしはベッドの横の椅子に腰かけるナタリーをチラと見てそう言う。
 ナタリーが『結婚前の乙女が男性と同室なんて…』と言ったため、こーゆー部屋割りになったのだ。
 まあ、ナタリーはヨロイ扱いだから、あたしがいるのは一人部屋だけど。

 「そりゃあもう♪ だって今日は、理想の王子サマとお会いできたんですものー♪今度こそ、本物の王子サマだわ♪」

 ナタリーは夢みるオトメのブリッコポーズで、ふるふると首を振る。
 いや、確かにあいつ、顔だけはいいけどさ。

 「…でもガウリイは、顔と剣の腕しかとりえないのよ? 三歩あるく前に忘れるし、デリカシーないし、大食らいのくせに甲斐性なしだし……」
 あたしがベッドに寝転がりながらガウリイの欠点をひとつひとつあげていくと、ふとナタリーが呟いた。

 「いいなぁ…リナは」

 「え?」

 「リナはず―――っと王子サマと旅してきたのよねぇ…。あたしのまだまだ知らない王子サマのこと、いっぱいいっぱい知ってるじゃない? ちょっと、妬けちゃうかなぁって」

 「…妬ける…?」

 「あは、変なこと言ったね。ごめん、忘れて♪ じゃ、もう寝ましょうか」

 動く鎧(リビング・メイル)が眠るかどうかあたしは知らないが、とにかくナタリーはそう言って明かりを消した。あたしも毛布にくるまり、寝ようとするけど眠れない。

 さきほどのナタリーの言葉が、なんだか気になってる。

 …そういえばガウリイと旅するようになってから、彼といちばん一緒にいたのはあたしだと思う。
 そりゃ一緒に旅してるんだし近くにいるのは当たり前なんだけど、事件のせいで数日離れてた時なんかは、再会したときやけに懐かしい気がしたりして。

 だけど、ナタリーがこれからもついてくるとしたら、間違いなくあたしよりガウリイと一緒にいる時間は長い。

 そう考えたら、なぜか胸の奥がチリチリした。

 …やっぱ…嫉妬なのかなぁ、これって…。

 まあ、相手がヨロイだからヤキモチって認める方がくやしいし、ガウリイとナタリーのハッピーエンディング、なんてホント、想像もつかないけど。
 そーいや子供のころ、仲のいい友達が知らない子と遊んでるの見て、イヤな気持ちになったことがあったなあ。あれとおんなじなのかな……。

 そういうことを考えてる間に、夜はゆっくりと更けていった。





 考え事をしていたはずなのに、それでもうとうとしていたらしい。気がついたら朝だった。
 うひゃ。目の下、クマができてる…。
 部屋にもうナタリーの姿はない。あたしは顔を洗うため部屋を出た。いきなし隣の部屋から出てきたガウリイとはちあわせる。

 「おっ、リナ、おはよう。うわ、すっげえ寝不足のカオ。さてはまた、盗賊いぢめ行ってたな?」
 「なっ、なによ、失礼ね! あたしにだって盗賊いぢめの他に、いろいろあんのよ!」
 「ははは、冗談だって。これから顔洗いに行くんだろ? ほら、行こーぜ」

 あたり前のように誘いかけるガウリイに、あたしもあたり前のように頷こうとして…

 「王子サマァァァ お水持ってきましたぁぁぁ!」

 思わず二人で振り向くと、ナタリーが水を入れた桶持って、廊下を爆進してくる!

 「は、はは…。ガウリイ、人の好意はありがたく受け取りなさいよ。じゃ、あたしは行ってくるから」
 「おっ、おい、見捨てるのか? 待ってくれよ、リナー!」

 叫ぶガウリイの声を背に、あたしはそそくさとその場を立ち去った。


 また、胸がチクンと痛んだ。




 あんまし食欲の出ない朝食を終え、あたしたちは町を出た。ここから今日一日は、少しさびしい街道が続く。

 そして。さびしい街道といえば、やっぱりこれ。

 「おいこら、そこの嬢ちゃんと優男。足を止めな!」

 きたきたきたっっ!! あたしのストレス解消必須アイテムがっっ!!
 昨日たまったストレスも含めて念入りにふっ飛んでもらう予定の野盗が、あたしたちの前に立ちはだかるっ!!

 まずは挑発してやろうと、あたしは一歩足をふみだし―――

 「いやあん、王子サマぁ ナタリー怖いぃん」

 ………ど………
 どひいいいぃぃぃぃぃ!!!??

 …………この時、思わず後ろを振り向いてしまったことを、あたしはかなり後々まで後悔することになるのだった。

 もう一度、思い出してみてほしい。今のナタリーは、ガウリイに『着られて』いるのだ。
 つまり、ナタリーの行動にガウリイが動きを合わせても、人の目には『ヨロイを着たガウリイ』がやってるようにしか映らないのである。

 ぶっちゃけた話…………

 そこには…………



 乙女ちっくに両腕で自分の身体抱きながら、内股で、身をくねくねさせるガウリイの姿!!!



 『――――――!!!!!』



 ――――――はっ。
 あたしが正気に戻ったのは、盗賊たちが逃げ出した、かなり後だった。




 おひさまが頭の真上にくる頃、あたしたちはお昼にすることにした。
 ガウリイもさっきのは相当疲れたようで、ため息なんぞついてたりする。
 あたしが腰をおろした横にガウリイは荷物をおろし、軽く手をあげた。

 「じゃ、リナ。オレ、ちょっと」
 「あー、うん…」
 この時、もーちょっと冷静な頭だったら、この後の事態が予測できたのかもしれないが、いー加減あたしもめいっぱいだった。

 ぽか、ぽか、ぽか。
 あー、おひさまがあったかい。
 こーしてると、さっきまでの大騒ぎがウソのよーねぇ……。

 あたしが思わず、ごろりと草に寝ころんだ、その時。

 「キャアアアァァァ!!」
 突如聞こえるナタリーの絶叫!

 「ナタリー!? …ガウリイ!!」

 あわてて駆け出す。幸いそんなに離れておらず、すぐ2人は見つかった。
 …ってあれ。ナタリー、ヨロイだけに戻ってる…?

 「どうしたの? 何があったの!?」
 「リ……。リナァ……。あれ、あれぇ……」

 カチャカチャと震える指先でナタリーが指し示す先には、あたしに背中向け、必死にズボンをいぢくるガウリイの姿。
 なるほど…。ボーッとしてて、ナタリー着たまま立ちションしようとしたな…ガウリイ…。
 普通のヨロイならウンともスンとも言わないが、やっぱり乙女のココロにはショックがでかすぎたようである。

 ナタリーは、少し興奮した口調で、
 「いきなりこんなことするなんて…もしかして、プロポーズ!?」
 いや、絶対ちがうって。

 一方ガウリイは、頭ぽりょぽりょとかきながら、こうのたもーた。

 「いやぁ…。結婚とかって言われても、オレ、一度も考えたことないし……」

 うああぁぁっっ!! なんちゅーデリカシーのないことをぉぉぉ!!?

 案の定、ナタリーは目に涙を浮かべ(って目はないけど、あったらたぶんそう)、
 「そんなっ、ひどいわっ! わたしとのことは遊びだったのねっ!?」

 「あ、ちょっと待って、ナタ……!」

 「もう誰も信じられな―――い!!!」

 ……げっしょんげっしょん足音を響かせながら、どこかへ走り去ってしまった。

 あーゆータイプって…結構思いこみ激しいからな…。『恋愛=結婚』の方程式ができあがっちゃってるんだろう。


 「…やっぱ、マズかった、かな?」
 ガウリイがあたしの方を見ながら、冷や汗を流しつつ言う。
 あたしはガウリイをジト目でにらみつけた。

 「乙女ゴコロを傷つけた罪は重いわよ? とってもナイーブなんだから」
 「だってなあ。そんなに言うならお前、オレがあのヨロイとできちゃえばいい、とか思ってたのか?」
 「う…。そ、そりは……」

 …ちょっとガウリイ、かわいそうかも…。

 「それに、だ」

 ガウリイは、あたしの頭にぽんっ、と手をおいて、

 「オレは、結婚はもう少ししてから、考えようと思ってるんだ」

 そう言って大きな手でわしわしとなでる。
 それがなんだか、あたしにはてれくさかった。



                                    fin


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 もうナタリー書きたくない…ハートマーク多すぎ(死)←書くのがめんどい
 最初のネタはかなり少女マンガだったはずなのに、
 ナタリーが思った以上のギャグ出してくれました(笑)
 だけどなんか、冷静になってみると、よりによってリナのヤキモチの
 原因がヨロイだし、ガウリイのナタリーに対する態度ひどすぎだし。
 …ジブン、キャラの扱い悪すぎ?(汗)




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