すぺしうむその4
 〜愛のコトバは細やかにの巻・前編〜


 ――殺気が向けられた。
 夜中、宿屋のベッドの中で。あたしに向けられたのは――まぎれもなく殺気。

 なぜか眠れない日、というのが、あたしには存在する。昼寝しすぎてしまったとか、悩み事があるとか、そんな理由ではもちろんない。
 どれだけ疲れていようとも、胸の奥がちりちりして、眠れない夜。そんな夜は、たいてい来るのだ。
 こんな夜襲が。

 口の中で、小さく呪文を唱え――

 「火炎球(ファイアー・ボール)」
 「炎裂壁(バルス・ウォール)!」

 あたしの放った防御呪文は、どこからか飛来した攻撃呪文を、寸分の狂いもなく撃退した。
 動揺の気配は伝わってこない。あたしの実力をみくびった相手、ということはないようだ。
 ならば。次は、さらなる攻撃が来る。

 空気がふるえ、音を運ぶ。暗殺者の声を。
 しかしそれは、敵意ある攻撃呪文の韻律ではなかった。

 「……さすがだな。『赤い糸切りのリナ』」
 「まっ……まさか…………!?」

 あたしは愕然と、声をもらしていた。










 同じ宿に泊まった者たちが、数多く顔を合わせる唯一の機会。
 それが、朝食の席なのは言うまでもない。

 もちろん全員の顔が揃うわけではないが、人数の制限されるトイレや風呂と違って、広い食堂は数多くの宿泊客が同時に使用することができる。
 ただし言い換えれば、その中から特定の人間に会うためには、短時間とはいえ相手を探す必要がある、とも言える。

 そして喧噪の中、ぐるりと食堂内を見回し、あたしの姿を見つけたガウリイは、一瞬驚いた表情を見せた。
 いや、正確に言えば、驚いているのはあたしの姿に、じゃない。
 ガウリイはすぐに元ののほほん顔に戻ると、こちらに向かって歩み寄ってきた。

 「リナ、どうしたんだ? その人たち」
 「ほう、お前が」
 「ガウリイ=ガブリエフか」

 ガウリイの問いに反応する、あたしではない他2名。
 一人はショートカットの美人。もう一人は、ごつい体格に似合わぬハンサムな男。

 まず間違いなくガウリイの知らない顔である。というか、あたしですら声はかろうじて覚えているけれど、顔などほとんど忘れ去っていた。
 そりゃ誰だって驚くだろう。ある朝目覚めて、朝食を取りに食堂へ行ったら、相棒が自分の知らない人間と、食堂のテーブルに相席しているなんて。

 意外に礼儀正しく、立ち上がったその2人は、ガウリイに向かって自己紹介をした。

 「俺は『絆を嘲笑う(わらう)者』ギルメジア」
 「私は『運命(さだめ)を破る者』ルロウグ」
 「…………ええっと…………」

 眉をよせるガウリイ。あたしはそちらを見ようともせず、

 「『ギルメジア』と『ルロウグ』のとこだけが名前」
 「おおっ! そうか!」

 ぽん、と一転明るい顔で手を打つガウリイに、頭の痛みが増したのは無理からぬことであろう。
 しかし2人は、ガウリイのボケっぷりを気にした風もなく、再び席につく。続いてガウリイも、あたしの前の、空いている席に腰をおろした。
 話のためにと頼んでおいた香茶が届き、それぞれに食事を注文してから、改めてあたしは彼らに向き直る。

 夜中あたしの部屋に、攻撃呪文をぶちこんでくれた二人組。彼らはなぜか、朝食の相席を申し入れてきたのだ。もちろん断ることもできたのだが――

 「……で? ゆうべ、あたしの部屋を襲ってきた理由(わけ)。
  ガウリイがそろったら、話してくれるって言ってたけど――?」

 じろり、と2人を睨め付けると、ギルメジアの方が大きくうなずき、口を開いた。

 「うむ。それでは説明しよう。
  知ってのとおり、俺たちはお前と同じく、縁切り業界に身を置く者」
 「待ったっっっ!!!
  あたしはそんなトコに身を置いた覚えはなあああぁぁぁぁいい!!!!」

 まず最初の大前提のところで、あたしは力いっぱいツッコんだ。
 ギルメジアとルロウグは、不満そうな顔であたしを見、

 「何を言う。ここ数年、ますます仕事の腕に磨きがかかってきたと、業界では評判なのだぞ」
 「いつ!? いつあたしがンなシゴトしたって言うのよおおおぉぉぉぉ!!!!」

 肩で息つき大絶叫。ここ数年といえば、もっぱら魔王を倒したり冥王にちょっかい出されたりと、魔族がらみの事件が多かったはず。そんなことをした覚えは、誓ってない。

 ふと正面を見ると、ガウリイがあたしを見ていた。初めてあたしが『盗賊殺し(ロバーズ・キラー)』と呼ばれているのを聞いたときのような、かなり引きぎみの目で。

 「……お前……オレにだまって、いつどこでそんな依頼を……」
 「受けた覚えもなければ実行した覚えもないっっっ!!!」

 かつて。あたしは一度だけ、このギルメジアとルロウグに、関わりを持ったことがあった。
 そん時のことは、あまり思い出したくないのだが、なにはともあれこの2人。恋人たちを別れさせる、縁切りを生業にしているという。
 そして、どうまかりまちがったか、あたしはその縁切り業界とやらで知らぬ間に、郷里で呼ばれていた『赤い糸切りのリナ』の名で、業界のトップクラスにランクインされていた。

 どうやら郷里にいた頃、あたしがとりもったカップルがことごとく、通常の3倍近いスピードで別れていった、という不運な巡り合わせが、噂の種となってしまったようなのだが……。

 「とにかく、だ」

 ズレにズレまくった話のスジを、ギルメジアが修正する。

 「俺たちは人と人との縁を切ることが仕事。
  しかし、俺たちは同時に、強く、深い愛がどれだけ素晴らしいかも、よく知っている」
 「そこで私たちは、最近縁結びの仕事も始めたのだ」

 ギルメジアの後をついで、言うルロウグ。

 ……って、縁結びの仕事って、全然正反対の仕事だと思うんですけど……。
 たとえて言うなら、暗殺者(アサッシン)が医者や産婆の仕事をするようなモンである。
 それでいいのか、縁切り業界。

 「だが、それゆえに困ったことも起こってしまった」

 ルロウグが香茶を一口飲みながら、続ける。

 「同じ2人について、『縁を結んでほしい』という依頼と、『縁を切ってほしい』という依頼が、同時に来てしまったのだ」
 「へーほーふーん。そりゃタイヘンねー」
 「その2人というのが、お前たちだ。リナ=インバース。ガウリイ=ガブリエフ」

 ……………………

 「なっっっにいいいぃぃぃぃぃ!!!??」

 がだだんっ!とイスが激しく音をたてるが、そんなものを気にしている場合ではない。
 なぜか激昂しているのはあたしだけで、ガウリイはいつもの通り、ぼーっとしている。
 ……もしかすると、話がわかってないのかもしんない。

 「ちょっと!! どこのどいつよ!! ンなヒマな依頼したのは!!??」
 「残念ながら、依頼人に対しては守秘義務がある。しかし、どちらも2人に近しい人物のようだった、とだけ言っておこうか」

 おにょれ、人の関係に口出しするとは言語道断!! それも金まで払って他人にやらせよう、なんてのがまず気に入らないっっ!
 怒りがおさまらないあたしに気づかないのか、はたまた気にしていないのか、ルロウグの後をさらにギルメジアがついだ。

 「そこで、俺たちは考えた。どちらの依頼を遂行すべきか、と」
 「…………聞きたくないけど、聞かざるをえないようね。どうすることにしたの?」
 「まずは対象の観察。その結果、まだ恋人でないならば縁を結び、すでに恋人ならば縁を切ることにした」

 なるほど。元からない縁は切れないし、すでに恋人同士の縁結びもできない、というわけか。

 「それで?」
 「1週間ほど観察した結果、リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフは、どこからどう見てもらぶらぶバカップルだったので、これは切るしかなかろうと――」

 げほほがほぐごほごほほほっっっ!!!
 香茶をのどにつまらせて、盛大にむせてしまう。

 「リ、リナ!? だいじょうぶか!?」
 「へ、いき……げほっ……それ、より、えほっ、あたしと、ガウリ、の……ごほ、どこ、が、バカ、っぷ……ごほっ」
 『そういうところだ。』

 2人がそろって、こちらを指さす。後ろに視線をやると、むせたあたしの背中を、席まで立ってかけつけたガウリイが心配そうにさすっていた。
 なぜか恥ずかしくなって、ガウリイを思いっきり押しのける。

 「っっって!! こんなの、親子でもやることでしょ!?
  こいつはあたしの自称保護者なんだから、こんなの全っ然バカップルでもなんでもないでしょうが!
  バカップルってのは、あんたたちみたいなのを言うのよ!!」

 「失礼な。俺たちはバカップルなどではない」
 「そうだ。互いに深い愛で結ばれている、真の夫婦だ」
 「ルーちゃん……
 「ギルぴょん……

 ……………………あのね……………………
 互いに顔を寄せ合い、見つめあってしまった真のバカップルに、もはやあたしは何も言えない。

 なんでもこいつら、縁切り業界にいながら職場結婚とやらをしてしまったらしい。まあシゴトでもないのに、わざわざできた縁を切る必要もないということなのだろうか。
 バカップルの一番の問題は、本人たちにその自覚がほとんどないことだ。そーいえば、こいつらがこんな愛(?)だかなんだかに目覚めたきっかけになるバカップルも、自分たちのくだらない行為が、どれだけ周囲にメイワクをおよぼすか、まったく考えないやつらだったっけ。

 「そんなわけで。私たちはこれから、お前たちの縁を切らせてもらう。昨晩の攻撃呪文は、宣戦布告と受け取ってもらってかまわない」

 愛(?)をはぐくむ時間は終わったのか、こちらを向いて言うルロウグ。
 あたしも口の端に、不敵な笑みを浮かべ、

 「へえ……。やる気なの? あたしの実力は知ってるわよね」
 「むろんだ。ゆえに私たちは、お前とことを構える気はない」
 「え?」

 言われて、思わずきょとんとした。たしかこいつらの――少なくともルロウグのやりかたは、対象の2人をいっしょくたに吹っ飛ばし、縁どころか命さえも切るという、荒っぽいやりかただったはずだが。

 「たしかに、私の以前のやりかたは、確実ではあったかもしれない。
  しかし今、私たちが縁を切った二人でも、それぞれ他の縁を見つけ、真の愛を見つけることもあるだろう。縁結びも生業としている私たちにとって、そんな未来への可能性まで摘み取るのは、望むところではない。
  ――と、ギルぴょんに説得されてな。私も目がさめたのだ」

 「わかってくれて嬉しいぞ、ルーちゃん」
 「ギルぴょん
 「ルーちゃん

 あああああああああああああ。
 頭を抱えて悩むあたしに、さらにギルメジアが追い討ちをかける。

 「それに、リナ=インバース。いくらお前とて、攻撃もしかけてこない相手を無造作に吹っ飛ばせるほど、見境がないわけではあるまい」
 「…………う゛っ!」

 痛いところを突いてくれる。
 考えてみれば、こいつらが正面きって攻撃呪文の1発や2発、ぶちかましてきたところで恐くない。前の事件のときも、何度か戦ったことがあるのだが、こいつらは決して強くはないのだ。あたしとガウリイなら、たぶん楽勝で勝てる。

 とはいえ、向こうが攻撃をしてくれば正当防衛と言えるものの、ちょこっとちょっかいをかけてくるだけの相手を完膚なきまで吹っ飛ばしたとしたら。あたしが悪人扱いされるのは、言うまでもない。
 むむむぅ。……となると今回、こいつらはどういう手で仕掛けてくるのやら……。
 うなるあたしの前で、ガウリイが小首をかしげた。

 「そうか? こいつ、わりと相手も場所も見境なく――」
 「やかましわっっ!」

 すっぱぁぁん!
 景気のいいスリッパの音が響き渡る。

 「ああもお、第一、なんでガウリイはそんなに他人事みたいな顔してられんのよ!」
 「んー? って言われてもなあ……」

 ガウリイは、なんでもないような表情で頬をかき、

 「お前さんが、そう簡単にやられたり、出し抜かれたりしないと思うから」

 そう言うと、全開の笑顔を向けてきた。
 …………ううう。そう剥き出しの信頼を寄せられると、ちょっぴり照れるじゃない。

 「なるほど。さすがだな」
 「噂はやはり侮れない、ということか」

 突然わりこんだ声に隣を見ると、なぜかうんうんと頷きあっている、ギルメジアとルロウグ。

 「なによ、『さすが』とか、『侮れないウワサ』って」
 「知らないのか、赤い糸切りのリナ。ガウリイ=ガブリエフといえば、縁切り業界でも赤マル急上昇中の、注目新人だぞ」
 『はあっっ!?』

 声をハモらせて驚きの声をあげたのは、当然あたしとガウリイである。

 「縁切り業界にあって、二流の技術と言われてきた、『恋人たちの片方を色仕掛けでたぶらかす』手法で最近の成功率はうなぎのぼりという話だ」
 「優しげな態度と雰囲気、母性本能をくすぐる頼りなさ。そうかと思えば力仕事と剣の腕は、持てる力と凛々しさを、最大限女性に見せつける。そのギャップと己の魅力とを駆使し、女性を虜にする魔性の剣士」
 「しかも女装して、男性をたぶらかし、一度の変装で7組のカップルを別れさせたとか」
 「その二つ名は『美女殺し(レディース・キラー)のガウリイ』。この業界、お前の名を知らん者はない」

 『……………………』

 かわるがわる紡がれる、ルロウグとギルメジアの説明に、思わず言葉を奪われるあたしとガウリイ。
 むろん、ガウリイがンなアヤシゲな世界に、足を踏み入れたとは思わない。ガウリイだって心当たりがないだろう。
 どう考えてもあたしの時と同じく、勝手に別れたカップルの責任を、押しつけられているとしか考えられない。

 「しかし、まさか『赤い糸切りのリナ』と『美女殺しのガウリイ』が、夫婦であったとはな」
 「うむ。俺たちと同じく、縁切り業界内の職場結婚というやつだな」
 『ちっがあああああぁぁぁぁぁぁううう!!!!!』

 あたしとガウリイは、渾身の力をこめて、その言葉を否定したのだった。








 「――それでは、リナ=インバース。ガウリイ=ガブリエフ」
 「束の間の、はかない逢瀬を楽しむがいい。覚悟しておくことだ」

 モーニングセットBと、モーニングセットCを、それぞれ食べ終えて。
 捨てゼリフなんだか宣戦布告なんだかよくわからないセリフを吐くと、ギルメジアとルロウグの2人は、食堂を後にした。

 「ふっ…………ふっふっふっふっふっふっふっ…………」
 「お……おい。リナ……?」

 含み笑いをもらすあたしに、恐る恐る声をかけるガウリイ。
 あたしは怯えるガウリイの手を、がしっっ!!とわしづかみ、

 「行くわよガウリイ! 戦闘の準備をしに!」
 「え……ええっ?!」

 こうなったら、目にもの見せてくれる。
 勝手にあたしたちの仲を、取り持つだの引き裂くだの、どうこうしようとする奴等にも。そんなくだらない依頼を受けるあの2人にも。
 覚悟しておくことだと、あたしは心の中でつぶやいた。




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