それは、小さな猫だった。
真っ黒な毛並み、金色の瞳。
捨て猫らしく、首輪は無いけど………その猫には気迫があった。
何が何でも生きてやる………そんな気迫が。
悲しいほどに、強い瞳。
そこには怒りとプライドと………そして、寂しさがあった。
あぁ、そうか。あんたはあたしに、似てるんだ。
黒猫
あたしが、この星に来たのは、言うまでもなく、仕事の為。
依頼人の家出息子を探す…と、これだけ。この星の治安は、それほど悪くないから、
そんなに難しい仕事じゃない。
今日は、情報収集のために、町を歩いているのだ。
何処の町にも1つはある裏通り………いわゆる、無法地帯。
スナック菓子のゴミらしき物が、あちらこちらにちらばっている。さすが、無法地帯。
ざっとあたりを見回し、良いターゲットはいないかと探す。そんな時………
『そいつ』と目が合った。
『そいつ』は金色の目だった。あたしの相棒のイーザーも、片目がこんな色だ。
だからだろうか?なんとなく気になって、あたしは『そいつ』に近づいた。
『そいつ』は怪我をした黒猫だった。
真っ黒な毛並みにべっとりとこびり付いた赤黒い血。
それを見て、あたしは思わず、顔をしかめる。
傷口は背中一面だ。それも、じわじわといたぶる事が目的の傷跡。浅い傷が無数にある。
手当てをした方が良い。あたしはそう思って、『そいつ』に手を伸ばした。
「………おいで」
『そいつ』は「にゃあ」とも言わず、そっぽを向く。
「………可愛くないわね。その怪我、ほっておいていいもんじゃないでしょ?」
あたしは、『そいつ』を抱えあげようと、再び、手を伸ばす。
途端。『そいつ』は「ふぎゃあっ!!!」と叫び、あたしの手を力いっぱい引っかいた。
あたしの頭に血が上る。
「いったいわねっ!!人が親切にも手当てをしてあげようとしてんのにっ!!!」
あたしが怒鳴ると、『そいつ』は鋭い目であたしを見返した。
………孤独と誇りが混じった、強い瞳。
………悲しい金色………
「……………………………」
あたしは何も言わなかった。否、なにも言えなかった。
そんなあたしに見向きもせず、『そいつ』は自分の傷口をペロリと舐めた。
あたしも、右手の引っかき傷をペロリと舐める。
………真似するな…と言いたげな目で、『そいつ』があたしを睨む。
あたしも負けじと、
………あたしが何をしようがあたしの勝手よ…と目で語る。
しばし睨みあっていたが、やがて、黒猫はフイ…と目をそらし、トテテと何処かに行ってしまった。
3日が過ぎた。依頼人の息子は見つかったけど、無事じゃなかった。
いや………正確には、無事じゃなくしちゃったんだ。
………あたしが。
あたし達が手に入れた情報の通り、依頼人の息子は、とある裏道で、輪になって談笑をしていた。
依頼人の息子の周りには、見るからにガラの悪そうな連中。
あたしとイーザーが、とりあえず依頼人の息子に声をかけようとしたとき………あたしの耳に、
彼らの会話が聞こえた。
「見ろよ、こいつまだ生きてるぜ」
「すっげー、しぶてー」
「3日前にあんだけ、ずたずたにしたのになぁ〜」
そして、あたしは見た。
輪になっている彼らの隙間から、真赤な血を流す、黒い………猫が。
「っ!!!あんた達っ!!!」
イーザーの静止の声が聞こえたような気がしたけど、その時あたしは、
それを思いっきり無視した。
そして………あたしは、『あいつ』に金串を指していた、男の頬を殴りつける。
驚いている男の鳩尾にも一発。呆けた顔をしていた奴にも同様。
気が付けば、あたしは無茶苦茶に暴れていた。
「サミィッ!」
イーザーが後ろから、あたしを押さえつける。
「サミィ!それは依頼人の息子だ」
「判ってるわよっ!!離してイーザーッ!!!」
「言っている事が滅茶苦茶だ。落ち着け、サミィ」
あたし達が暴れている間に、男達は、気絶した仲間をさっさと見捨てて、
ばたばたと逃げていった。
気絶している男達の中に、依頼人の息子もいる……………………………そうだ、『あいつ』は?
あたしは、視線を落とし………………息を呑んだ。
「………………イーザー、離して」
「………………………」
「………暴れないから」
「………判った」
イーザーがあたしの手を離す。
あたしは、のろのろと…『そいつ』に歩み寄った。
『そいつ』は、小さく痙攣していた。
右足には金串、背中には無数の切り傷。
「………おいで、手当て、するから」
あたしは、3日前と同じように手を伸ばした。
『そいつ』はピクピクと痙攣していた体を必死に動かして、あたしの方を見る。
一瞬合う、碧と金の瞳。
…あぁ、あたし達は、本当に似てるね。
ふい、と、『そいつ』はあたしから目をそらした。
まるで、『助けは要らない』と言っているかのように。
…意地っ張りで、いつも何かに怒っていて…
しばし、お互いに沈黙していたが、何を思ったのか、『そいつ』は突然あたしの右手の甲……
ちょうど三日前に引っかかれた場所……をぺロリと舐めた。
傷跡なんて…残ってないのに…3日目の引っかき傷なんて、もう消えちゃったのに…
…それでも、本当は寂しくて…
そして『そいつ』は、目をつぶった。
二度とその目は開かなかった。
あたしは何も言わなかった。
イーザーも何も言わずに、依頼人の息子を肩に担いだ。
イーザーは『行くぞ』とも『どうした』とも言わない。ただ、そこに佇んでいる。
「馬鹿…だよね」
「…馬鹿…とは、何が?」
「…依頼、滅茶苦茶にしちゃったし…」
まだ、イーザーは何も言わない。
ただ黙って、私を正視する。
隠し事は出来ない。
「………助からないって、判ってたのに…っ」
なのに、なんで、こんなに涙が止まらないの?
手の中には、冷たい黒猫が一匹。制服についた血がどす黒くなって、まるで、返り血みたい。
あたしは、馬鹿だ。本当に、掛け値なしの愚か者だ。
結局、腕の中の猫は死んで、結局、依頼は滅茶苦茶になって………
「サミィ」
イーザーがあたしを呼んだ。
あぁ、彼は今、どんな顔をしているのだろう?
きっと軽蔑の眼差しであたしを見ているに違いない。
それを見るのが怖くて、あたしはぎゅっと目を閉じ、体を縮こまらせた。
はたから見たら、あたしは怒られるのが怖くて怯える子供みたいだった事だろう。
「帰るぞ」
差し伸べられた右手。
いつもと変わらない、イーザーの瞳。
あたしは、『あいつ』とよく似ている。
いつでも、何かに怒っている。いつでも何かを拒絶している。
『あいつ』は差し伸べられた手を振り払い、気丈に立ち上がった。
でも………あたしは………たぶん、『あいつ』より、弱いんだ。
だから今だけは、その差し伸べられた手を、握る事にした。
あたしはまだ、『あいつ』ほど、気丈には振舞えない。
握ったイーザーの手は、少し冷たくって………それでも、じんわりと暖かかった。
〜fin〜