PROMISE


 視覚に直接訴えかける、赤、白、黄。極彩色の明かりたち。
 さまざまな音が雑多に混じりあい、もはや騒音というひとつの音になってしまったそれは、たえまなく耳に響き続ける。
 街中の雑踏なら、今までに何度も経験してきた。だが、今この空間にある色と音は、これまで彼女が感じたことのない、騒々しさにあふれている。
 サミィはただ呆然と、目の前に広がる風景に、言葉を失っていた。

 「……すっごい……ね……」
 「――ああ……」

 隣で同じように立ちつくすイーザーの声も、なんだか耳に届きづらくて。

 サミィたちの活動期間が長くなるにつれ、シェリフスター・カンパニーの名も、広く世間に知れ渡っていった。
 依頼料タダのトラブルシューター。いつまでたっても創立無料キャンペーン中。これで元が取れるのか。

 だが、実はシェリフスター・カンパニーそのものが、親会社のクロフトによる、新兵器開発の実験とデモンストレーションのために設立された、という事実。それは、ある程度大きな組織の上層部ならば、ほとんどが知っている。
 大きな組織。すなわち、国家や大会社、犯罪組織のことだ。

 そうすると当然、ラガイン・コネクションを皮切りに、数々の犯罪組織から被害報告の出されているシェリフスター・カンパニーを、台風のごとく考えている犯罪組織もある。
 今回の仕事も、そのうちの1件だった。

 店の入り口をくぐったまま微動だにしないサミィとイーザーに、真後ろの男が声をかけてくる。中年だが、健康的に浅黒く焼けた顔を、笑みの形にして。

 「さあさあサミィ、イーザー、遠慮しないで遊んでくれよ」
 「あの……何度も言うようだけど、うちは元々、依頼料のいらないトラブルシューティングの会社なのよ」
 「いや、これはオレの感謝の証だよ。それでダメならどうだい、モニターっていうのは」
 「モニター?」
 「ああ。遊び終わった後、『おもしろかった』とか『つまらなかった』とか言ってもらえればいいんだよ。それなら仕事にもなるだろう?」

 惑星パーカスでの、かなりハデな地上げ騒動。
 とある犯罪組織が裏で糸を引いていたが、サミィたちが乗り出したことであっさり解決。事件の最中に知り合った、被害者の1人であるこのおじさんは、解決を1番おおげさに喜んでくれた。
 そして、依頼料はいらない、と辞退するサミィたちを、どうしてもと彼の店まで引っぱってきたのである。

 「仕事、っていうことなら……お言葉に甘えちゃおっか、イーザー」
 「そうだな」
 「そうこなくっちゃ! この店は20世紀末、地球にあったゲームの専門店を復元してるアミューズメントセンターなんだ。最近はお客もうなぎのぼりでな。この惑星以外にも進出を考えてる。ぜひ、都会を知ってるヤツの意見が聞きたかったんだよ。
 これを地上げなんぞに取られちゃ、首くくるしかなかったからな。楽しんでくれよ、20世紀末世界の店、”ゲーセン”を」
 「うん、ありがと」

 一応遠慮の姿勢をとっていたサミィだったが、好奇心旺盛な彼女だからこそ、本当は遊んでみたくてたまらなかった。
 連日の雨がやみ、数日ぶりの外遊びにうずうずしてる仔猫のように、小走りで店の奥へと駆け込んでゆく。
 イーザーは、男からゲーム用のコインを受け取ると、サミィの後に続いた。






 店はかなりの広さを持ち、色々な形状の機械が、色々なところに置いてある。
 サミィはそのうちのひとつ、大きなグローブのあるところで立ち止まった。

 「ねえイーザー、これやろう!」

 先にやっている人の動きで、だいたいやり方はわかる。まんなかのグローブを思いっきり殴り、その強さを測定する機械のようだ。
 力いっぱい殴れる、という辺りが、ストレス過多のサミィの心をくすぐったらしい。
 だが、イーザーは小さく首を横に振った。

 「やめておいた方がいい」
 「なんでよ。こんなに楽しそうなのに」
 「このような機械は、一般人を想定して製作されている。サミィの力で思いきり殴ったら、間違いなく壊れるだろう」
 「う゛っ……」

 ひとつ呻いて、サミィはそそくさとその場を離れる。破壊活動が目的なら真っ先にここから壊すのだが、今回は善意で遊ばせてもらっているのだ。

 「でもさ……そうしたら、どんなゲームで遊べばいいの?」

 出鼻をくじかれ、やや憮然と言うサミィ。

 「まずは、現状の調査から始めるべきだろう。どのようなゲームを、どのように遊ぶのか、調べる必要がある」

 イーザーはそう答えると、店の中央辺りを見た。

 「まずは――あれだ」

 『You Great! Perfect!』

 やたら陽気な声でまくし立てる、男の機械声。たしかに、あの辺りが一番人が多い。
 サミィとイーザーが近づいてみると、それはダンスゲームとでも言うべきシロモノだった。
 曲に合わせて、画面の下から矢印がのぼってくるので、その通りにステップを踏む。うまく踏めたら高得点、というゲームらしい。

 「……面白い――のかな?」
 「わからん」

 意味のない動きに身体を動かすだけ。あまり有意義なこととは思えない。
 これまでの人生で、『意味のない行動』というものをロクに許されなかったサミィには、今いちピンと来ない。
 しかし、キャアキャア騒ぎながらステップを踏む客たちの顔は、とても楽しそうだ。

 「やってみようか」
 「ああ」

 イーザーも何か思うところがあったのか、すんなりサミィに同意する。
 列とも言えない、短い順番待ちに並んでから、まもなく。
 前に並ぶ人がいなくなって、サミィは、はたと止まってしまった。

 「……ねえ、イーザー」
 「どうした、サミィ」
 「――どうやって操作するの?」
 「……わからん」

 2人で4コイン、というのはかろうじて理解できる。だが、そこから先がよくわからない。
 列に並んでしまったので、他の人間が操作しているところを見られなかったのだ。
 2人がしばし、機械の前で固まっていると。

 「よおねーちゃん、踊らねーならよそ行ってくんねーか?」

 突如割りこんできた声に、サミィとイーザーは顔を上げる。そこには、少年が1人立っていた。
 ブラウンの長髪を後ろでひとつに束ね、着崩しているのかだらしないだけなのか判断しづらいTシャツとGパン。顔には、どこか人を食ったような、いやらしい笑みが浮かんでいる。

 「あれー? もしかして初めて? 機械の操作がわかんないとか?」
 「――よくわかったわね」
 「オレ、ここの常連だもん。それじゃあさあ――」

 少年は、にやり、と口の端をさらにつり上げ、

 「オレが曲を選んでやるよ」








 うおおおおォおおォォっっ!!!
 店中に、熱狂的な歓声が響きわたる。
 もちろん、先程からミスひとつなくステップをこなす、サミィとイーザーに贈られるものだ。

 彼らの視力・反射神経・運動神経をもってすれば、こんなゲームは造作もない。昔やらされた戦闘訓練では、これとよく似た、もっとハードなものもあった。
 普通の人なら、周囲が熱くなるとその声で曲が聞こえなくなり、ミスを連発してしまうものだが、サミィたちの場合は純粋に、画面表示だけを見てステップを踏んでいるのである。彼女たちの動きに乱れはなく、それがまた観客を興奮させる。

 「すげえ……すげえや!」

 陶酔したように感動の声をあげるのは、サミィたちに声をかけた少年。
 彼の選んだ難しい曲を苦もなくこなす2人に、怒りも驚きも通りこして、純粋な憧れを抱いているようだ。

 実は、サミィたちの踊っている曲は、この機体で3本指に入る、難易度の高い曲。これで失敗させ、さっさと退かせる、というのが少年の計画だった。
 しかし2人は、そんな浅薄な知恵の通用する相手ではない。ちなみに3本指の他の2曲は、すでにノンミスでクリアー済である。

 ダンッ!!
 サミィとイーザー、2人の右足がフィニッシュを決めた。一糸乱れぬ動きで。

 『You're Perfect!』
 ワアアアァァァ……!!

 まさに最高得点を叩き出した2人に、機械と観客が惜しみなく賛辞の声を上げる。
 一方、周りの注目と尊敬を集めまくった当の本人たちは、何事もなかったかのように涼しい顔で筐体から降りた。

 「思ったより面白かったね、イーザー」
 「ああ。行動を同調させる訓練などにも、いいかもしれない」
 「なっ……なあ、あんたら!」

 言葉を交わしながら、平然と立ち去ろうとする2人の背中に、さっきの茶髪の少年が声をかけた。

 「ひょっとしてプロかなんかか!? どうやったらそんなすげぇ踊りができんだ!?」

 先程とまるで反応が違う少年に、サミィは目を見張り、そして気づいた。
 少年の後ろに見える、彼と似た年の若者が、みんな彼と同じ――賞賛の眼差しで2人を見ていることに。
 ……どうやら自分とイーザーは、相当目立つ行為をしてしまったらしい。別に隠密行動をしろ、と言われているわけではないが、周囲の注目を集めるのは好きではない。
 ここは、なんとか取り繕わねば。

 「そっ……そーなのよー! あたしたち、いちおープロだから! 気にしないでねっ、みんな!
  ほら、次行こうイーザー!」

 ごまかし笑いでその場を切り抜けるサミィ。ただし、ダンスのプロではなくトラブルシューティングのプロだが。
 しかし、普通はトラブルシューターはダンスなど踊れないものだし、彼女はダンスで生計を立てているプロの存在を知らなかった。ボロが出ないうち、イーザー片手に慌てて逃げ出す。

 「あっ、待ってくれよ! どこの――」

 なおも止める少年の声を置いて、2人は店の奥へと走っていった。








 「……ふー、ちょっとハデにやりすぎたかしら?」
 「普段の仕事中ならともかく、もう少し手を抜くべきだったかもしれないな」

 やっと少年たちの熱い眼差しから解放され、サミィとイーザーは肩の力を抜いた。
 店の最奥部であるこの辺りにも、所狭しとゲーム機が置いてあるのだが、中心部に比べるとかなり人の数はまばらだった。ここならば、今度は並ばずにゲームが楽しめそうだ。

 サミィはその中のひとつ、垂れ幕のついた機体に目を止めた。

 「ねえ、イーザー。あれなんかいいんじゃない? ほら、垂れ幕つきだから、周りに見られないし」
 「行ってみるか」

 先程のように、お手本としてやってくれる人がいないので、どんなゲームかはわからないが、イーザーがとりあえずコインを入れる。それと同時に、機械から人工音声が流れた。

 『すきなフレームを選んでね!』
 「……フレーム?」
 「これのことか?」

 画面に表示される、いくつもの四角形。サミィは適当に、花柄のものを選んだ。すると。

 『それじゃあいくよー。1、2の、3っ!』
 パシャッ!

 シャッター音と共に、画面には、可愛らしく小首を傾げて覗き込むサミィとイーザーのアップが映し出される。

 『これでよければ、ボタンを押してね! 撮り直しするときは――』
 「? ? な、なにがいいの? イーザー?」
 「…………理解不能だ」

 混乱してうろたえるサミィ。気づきづらいが、焦りで目の据わっているイーザー。
 慌てたサミィの指先が、選択ボタンをわずかにかすめ――

 『できあがるまでー、ちょーっと待ってねー!』
 「………………」
 「………………」

 もはや何が起こっているのか。2人には全くわからない。
 ゲームとは普通、何か一定の基準をクリアして遊ぶものだと思っていた。さっきのダンスゲームならステップのレベル。シューティングゲームなら倒した敵の数。
 なのにこのゲームは、そもそも何をするのが目的なのか、皆目見当もつかないのだ。
 サミィの中で、混乱した思考がストレスとなり、外部へ向かいかけた、その時。

 『はい、終わりー!』
 べーーーっ

 やたらハイテンションな声と共に、1枚の紙が吐き出される。
 見てみると、さきほど画面に映し出されたサミィとイーザーの写真が、小さく、16個印刷されていた。

 「へえ……なんだろ、これ? あっ、裏がシールになってる」
 「どうやらこれはゲームではなく、写真の撮影機だったようだな」

 イーザーに言われると、サミィは青空のように晴れ晴れとした笑顔で、ポンと手をうった。

 「そっか! 証明用写真の撮影に使うのね!」

 違う。
 ぜーんぜん、力の限り、全く違う。
 だが、そのように的確なツッコミを入れられる者は、ここには1人もいなかった。そもそも店主からして、この20世紀末機械の本当の意味などわかっていないのだから、サミィの誤解も無理からぬ事だったろう。

 プリクラシールをしまいこみ、サミィの目は次に遊ぶ機体を探して周囲を見渡す。と、その目が1点で、ピタリと止まった。
 わずかな逡巡を見せつつ、ためらいがちにイーザーへ声をかける。

 「ねえ……イーザー」
 「どうした」
 「あたし、ちょっとトイレ行ってくるから……待っててね」
 「……? わかった」

 イーザーが、かすかではあるが訝しげな顔をしている。気づかれただろうか?
 問い詰められるその前に、さっさと逃げた方がよさそうだ。

 サミィは急いで、店の入り口に見つけておいたトイレを目指す。イーザーの姿が見えなくなったところで、くるりと方向転換。
 足を止めたのは、1番最初に彼女が心ひかれた、パンチングマシンの前だった。

 「ふふふ〜、こういうのは、見つけたら必ずやるのが礼儀ってもんよね♪」

 よくわからない独自の理屈をこねながら、サミィはマシンにコインを入れる。
 その機体から、他と同じく人工の声が流れた。

 『さあ、キライな人を殴ると思って、Let's パンチング!』
 「キライな人? そうねえ……」

 いつもいつもやっかいな依頼を持ってくる社長? ムダにエラそうにしてる上、高笑いが耳に多大な影響を及ぼす装備課主任?
 いやいや、ここはやはり。

 「クロフトの……ばっかやろ〜〜〜〜!!」

 いつかどこかの映画で見たなじり文句を叫んで、サミィはマシンのグローブ部分を殴りつけた。
 そのとたん、バキィ、と景気のいい音を立て、グローブ部分が根元から折れる。
 ……どうも今の叫びに感情を入れすぎて、手加減するのをすっかり忘れていたらしい。

 「…………。やば…………」

 脂汗を流しつつ横目で周囲を見ると、ゲームに熱中していなかった半数ほどの人間が、何が起きたのか判断しきれず、呆然とサミィの方を見つめている。

 「あは、あはは……やっだー、壊れてたのね、これー!」

 自分でも、苦しい言い訳だとは思うが仕方ない。
 甚だ説得力にかけるひきつり笑いを辺りにふりまいて、サミィは即刻その場から逃げ去った。

 イーザーから離れた時よりさらに素早いスピードで、混み合った店内をすり抜ける。
 5分と経たずに元いた場所に戻ってみると、そこに置いていった相棒の姿はなかった。

 「? どこに行っちゃったのかな……。待ってて、って言ったのに」

 きょろきょろ辺りを見回すサミィ。すると、薄暗い店内でも色鮮やかな、いつもの長い銀髪が視界の隅に飛び込んできた。
 サミィがそちらへ駆け寄ってみても、イーザーは気づかないのか、難しい顔を崩さないまま考え込んでいる。

 数種類のぬいぐるみがたくさん詰まった、何かのゲーム機の前で。

 サミィがイーザーの真横に来たちょうどその時、イーザーは視線をゲーム機に向けたまま口を開いた。

 「サミィか」
 「……? イーザー、なにやってんの?」
 「ぬいぐるみをとるゲーム、らしい。だが――」

 ピロリロリン、と軽い音がして、ガラスケースの中でクレーンが動く。最初は横に、次は縦に。
 そして止まったところでクレーンが、ぬいぐるみを掴もうとするのだが――クレーンはぬいぐるみを掴みそこね、元の場所へと戻ってゆく。

 「あーあ……」
 「横軸と縦軸を指示するだけの、簡単な操作方法だ。しかし、目標の真上に到着させていても、なぜか目標をとり逃がしてしまうようだ」

 実はクレーンゲームとは、ぬいぐるみの真上ではなくぬいぐるみの掴みやすいところを狙って動かすものである。そのため、欲しいぬいぐるみでも掴みやすい状態でないと、取れないのだ。
 しかし、そんなことはイーザーには、そしてもちろんサミィにもわからない。

 「ふーん……イーザーがそう言うなら、よっぽど難しいのね。とりあえず、目標を1つに絞って狙ってみたら?
  たとえば……あれ、とか」

 サミィはゲーム機の中にある、白いネコのぬいぐるみを指さした。
 特にとりやすそうだったとか、そういうことではない。単に以前、テレビで見かけたことがある、というだけだった。それでも、他の見たこともないぬいぐるみよりはよほど馴染みがある。

 「わかった。やってみよう」

 小さく頷き、イーザーは操作ボタンを押した。
 先程と同じ動きで、クレーンはぬいぐるみの上へ行き、そしてまたも白いネコを掴み損ねる。

 「残念、やっぱりダメ……って、あれ?」

 サミィが落胆のため息をついた、次の瞬間。
 偶然ではあるが、白いネコを掴めなかったクレーンに、隣の黄色いイヌについている、チェーンホルダーがひっかかっていた。
 そのままクレーンは黄色いイヌを、取出口まで運んでくる。
 サミィは出てきたぬいぐるみを手に取って、嬉しそうに笑った。

 「やったねイーザー! 狙ってたのじゃないけど、取れたわよ!」
 「…………」

 しかしイーザーは無言で、喜ぶサミィからゲーム機へと、再び向き直る。

 「……イーザー?」
 「まだ一度、機会が残っている。仕事は可能性ある限り、成功を志さねばならない」

 これは仕事じゃないんだけど、と言ってやりたい気はしたが、イーザー本人は真剣そのものなので、サミィはあえて何も言わないことにした。

 いつになく本気の表情をしているイーザーの横顔を見て、サミィの鼓動がなぜか早くなる。通った鼻筋も鋭角なあごの形もいつも通りなのに、左右色違いの瞳だけが、普段と微妙に違う色に見えた。
 考えてみれば、イーザーのこんな顔など、ゆっくりと見たことはなかった気がする。いつも仕事中は自分も真剣で、そんな余裕はなかったから。

 初めて、うまく取れればいい、と心から思った。誰よりも、こんなに懸命になっている、イーザーのために。
 ラストチャンスに望みをかけて、イーザーの操るクレーンが、白いネコめがけて下降する。

 (お願い――うまくいって!)

 知らず知らず、自分が祈っていたことさえ、サミィは気づかなかった。
 そんなサミィの祈りが、天に通じたのかどうか。

 ガッ!
 クレーンは的確に、白いネコのぬいぐるみを、山の中から掴みあげる!

 「すごい! すごいイーザー!!」
 「……ああ」

 大きなリアクションで喜ぶサミィに、小さくうなずくだけのイーザー。とはいえイーザーも、心なしかいつもより達成感を味わっているように見える。
 だが、しかし。
 彼らが喜びを分かち合っている間に、取出口へ落ちてくるはずのぬいぐるみは、いつまでたっても落ちてこなかった。

 「……あれ……?」

 サミィが気の抜けた声を出す。見ると、クレーンが掴みあげたぬいぐるみは、取出口の入り口でつっかえてしまっている。クレーンから離れてすぐ、取出口にはみだしていた、他のぬいぐるみと触れ合ってしまったのだろう。
 この白ネコのぬいぐるみが、取出口に栓をしている今の状態では、もうこのゲームでぬいぐるみを取れそうになかった。

 「ううう……なんてツイてない……」

 けれど彼女たちにできそうな事は何もない。サミィが諦めてゲーム機から離れようとした、その時。
 無言で機体を見つめていた、イーザーの右手が動いた。

 「イーザー?」

 ガチャアアァァン!
 ……シーン……

 あまりにもハデな、この場所には少ない天然の音に、半径10mの客が皆、もれなく注目する。人の声が消え、機械の人工音声だけが、いっそ虚しく鳴り続けていた。
 サミィは大慌てで、ガラスケースをつき破ったイーザーの右手をひっこ抜く。

 「イイイイイイイーザーッッッッ!!! な、な、なんのつもりっ!?」

 自分より頭ひとつ以上高いイーザーの胸ぐらをつかんで、問い詰めるサミィ。彼が説明をする前に、店主のおじさんが青い顔で飛んできた。

 「サッ、サミィ、イーザー! ど、どうしたんだ!? なんだこりゃ!?」

 よほど混乱しているのか、怒るより先に頭を抱えてしまう。イーザーは、ガラスケースの割れたゲーム機を指さして、

 「目標を取得する手段は、こうするより他になかった」
 「機械につかえたぬいぐるみは、店員に言ってくれれば取り出すしくみになってるんだよおおぉぉぉ!!」

 泣きそうな声で、おじさんはエキサイトする。かわいそうに、目尻にうっすら涙まで浮かべて。
 そして、何の因果かそれを追うように、若い店員の声が響いた。

 「わああああ!? なんだ!? このパンチングマシン!!」
 ――ドキィィィッッ……!

 心当たりありまくりのサミィの心臓が、口からはみ出しそうなほどはね上がる。サミィは手加減なしに、イーザーの手をひっつかみ、

 「あはは、おじさん、やっぱり楽しーわよこれ! 中央銀河でも十分やっていけるって!
  じゃあ、あたしたちは、次の仕事があるから、これで!!」

 律儀にもモニターとしての感想を告げると、一音すらも相手に言う間を与えず、まさしくサミィはイーザー連れて、脱兎のごとく逃げたのだった。








 追って来ないのはわかっていたが、それでもさらに逃げるように、さっさと『ドラグゥーン』で大気圏を離脱する。もともと、今度のお誘いがなければ、今頃はとっくにこうして宇宙に出ていたはずなのだ。

 「はあ……悪いことしちゃったわねえ」

 自分のコントロール席についたサミィが、膝をかかえてため息をつく。向こうは善意で遊ばせてくれたのに、2人そろって破壊活動を行ってしまったのだ。
 恩を仇で返す、とはまさにこのことである。

 「そのうち、ちゃんと謝っておかなくちゃ。楽しかったのはホントだし」
 「そうだな」

 小さく笑ったサミィの言葉に、イーザーも同意を示した。やはり彼も、自由な時間をそれなりに楽しんでいたのだろう。
 ゲームももちろん楽しかったけど、それ以上に、イーザーとのんびりできたことが楽しかった。仕事の時間でも生活上必要な時間でもなく、ただ遊ぶだけの、ムダともいえる時間を過ごす楽しさなど、今まで知らなかった。
 イーザーがとってくれた、黄色いイヌのぬいぐるみを手で弄びながら、そんなことを考えていると。

 「サミィ」
 「なに?」
 「また行こう」
 「……え?」

 サミィは、驚いて身体ごとイーザーを振り向いた。イーザーはいつもとたいして変わらない、当たり前のような声で、もう一度くり返す。

 「いつか、また行こう。その時は、今度こそあのネコを取る」

 サミィの顔が、大輪の花が開くように、自然に、そしてゆっくりと幸せそうにほころんでゆく。
 知らなかった。
 何気ないヒトコトが、こんなに嬉しいものだなんて。

 「…………うん。そうだね…………」








 未来など、どこにあるのかわからない、実験生体兵器のこの運命。
 『いつか』なんて、永遠に来ないのかもしれない。

 しかし、それでも。
 その言葉を、約束を信じていれば、どこへでも歩いてゆける気がした。
 イーザーと、2人でなら。


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