『女の子はね?砂糖菓子で出来ているのよ。甘くていい匂いがして壊れやすいの。だから、大事に優しく丁寧に扱ってあげなくちゃいけないよ』
 砂糖菓子か。
 俺は祖母が大好きで、膝に抱いてもらい昔話をして貰うのを楽しみにしていた。
 いつ頃からだろうか?
 子供だった俺に、祖母はそう繰り返し教えるようになった。

連続うちわうけどらま
スレイヤーズ あだると

番外編 追憶



「明日も逢えない?」
 化粧の匂いが鼻につく。
 部屋全体がねっとりとした空気に包まれている。
「いや、もう会わない」
 肩にしなだれていた身体が、パッと離れた。
 何故か、ほっとする。
「ちょっと………何よ、それ」
 怒りが空気を震わせる。
 ったく、女という生き物は。
「少し休んでいくだけって約束だろ?誰も、あんたとつきあうとは言ってない」
 言葉が冷たくなる。
 心の底から、嫌悪したくなるような顔で、女は毒づいた。
「最低っ!あんたみたいな男っっ!こっちから、願いさげよっっ!早く、出ていってっ!」
「ああ、そうさせて貰う」
 ベッドに突っ伏して、あられもない声を上げて泣く。
 聞いてられない。鬱陶しい。
 立ち上がると腕にしがみついてくる。
「いかないでっ!」
 気持ち悪い。
 まるで、ねっとりとしたモノが触れられた腕からしみてくるような気がした。
「触るなっ!」
 力一杯、はね除ける。
 身体ごと飛んで、ベッドに叩き付ける格好になってしまう。
 少し、やりすぎだと後悔しながらも、俺は泣きわめく女を置いて、部屋を後にする。


 二十歳の俺は、そんな事を何度となく繰り返し、日々を過した。
 その頃、俺が経営を任されていた喫茶店は、元々、祖父のモノだったのだが、いい加減な経営が災いし、破綻を来していた。
 すでに、悪友達とのたまり場に過ぎなくなっていたのだ。
「で?この前の女はモノにしたのか?」
 ロッドの言葉に顔をあげる。
 軽く頷いて、またグラスに手を伸ばした。
「さすがは兄貴っ!やっぱそうでないと。しかし、アレはむしゃぶりつきたくなるような良い女でしたっすね。で?で?」
 ランツは身を乗り出すように、たたみかける。
「で?とは?」
「やだなぁ。どーだったか教えて下さいよぉ」
 お世辞にも上品とは言えない目つきが、期待に満ちあふれている。
 何が、そんなに嬉しいのか………
「女なんて、みんな一緒だ。変わりゃしない」
 兄貴は秘密主義だからとか、なんとか訳の解らん事をブツブツと呟きながら、大人しくなる。
「さてと、そろそろ閉めるぞ」
 二人を追い出し、店を閉じる。
 世の中は面白くない事ばかり。
 適当にやってきた、この喫茶店も今日を限りに閉店だ。
 これで、五月蠅くよってくる害虫のような女どもからも解放される。
『女の子には優しくしなくちゃいけないよ』
 婆ちゃん。
 婆ちゃんの事は大好きだし、尊敬もしてる。
 だから、婆ちゃんの言う通り、女の子には優しくしてきた。
 彼女達の望む通り、やってきたつもりだった。
 だが、最後は皆一様に、俺を罵り、泣きわめく。
 何故だろう?
 抱いてくれというから、抱いた。
 愛してないなら、別れてというから、別れた。
 全ては彼女たちの望むままに。
 今は、それも疲れ果て、関わりを薄くする事だけに、全神経を傾ける。
 一夜の快楽以外のモノを彼女たちに求めようとは思わない。
『砂糖菓子のように甘くて、壊れやすいんだから』
 婆ちゃん。
 今の女の子達は、タフで強いぜ?
 その時は身も世もなく泣き崩れても、すぐに新しい男を見つけて俺の事なんか、忘れちまってる。
 婆ちゃんの言う砂糖菓子のような女の子は、どうやら絶滅してしまったようだ。

 ちりん ちりん

「ガウリイ様。ご苦労様でした」
「シルフィール」
 そう言えば、彼女だけは少し違うな。
 いや、俺はこれ以上、女という生き物に幻滅しないようにわざとどうしようもない女としか付き合わないのだから、当然か。
 彼女とは子供の頃からの付き合いなので、排除する事が出来ないでいた。
「お店にお別れを言いにきたんです。ついでにお食事も作ってまいりました。ご一緒させて頂いてよろしいですか?」
 にっこりと微笑む表情に、女が見え隠れする。
 彼女もまた、女なのだ。
 粘着質のネバネバと絡み付く視線に耐えられない。
 俺は、とうとうシルフィールすら、受け付けなくなりつつあるらしい。
「一人でいたいんだ。今日は………悪いが、帰ってくれないか?」
 ぴくりと眉が動く。
 断るとは思っていなかったのだろう。
 確かに、俺は幼なじみとしての敬意を払って、彼女を特別に扱っていた。
 だが、その度に優越感に浸る彼女の表情を嫌悪してもいた。
 それが俺の嫌いな『女』の顔だったからだ。
「解りました。出直してまいります」
 さらりと黒い髪を揺らして、シルフィールは店を出ていく。

 俺はその日から、人との関わりをなるべく絶ち、静かに毎日を過ごした。
 煩わしい人間関係のない、静かで穏やかな日々。
 働く事もせず、外にも極力出ず、惚けたような時を半年ばかり過ごした後、喫茶店の買い手が決まったと報告が入った。
 条件は、其処に出来るスナックで俺が働く事。
 持ち主が調理師の免許を持っていない為だ。
 飲食店を経営するのに、他の人間を捜す手間を省いたわけだ。
 初めは断った俺に、爺さんは笑いながら言った。
『ダメじゃよ、ガウリイ。メリルーンの命令じゃからな?お前だとて、逆らえまい』
 意地悪そうに片目をつぶって、かっかっかと笑いながら去っていく。
 婆ちゃん。あんたが、俺に失望していたのも良く知ってるよ。
 だけど、そりゃないんじゃないか?
 結局、俺の意志は葬られ、済し崩し的に話は決まってしまったのだった。
 それから一ヶ月ばかりたったある日。
 俺の雇い主がやってくる日。
 家で待つのがイヤで外へ出た。
「久しぶりだなぁ……遠出は」
 遠出と言っても、歩いていける距離のディスカウントショップ。
 全く、身体が萎えている。
 駅前では、いつものようにヤンキー達が吼えていた。
 通り過ぎようとした俺の耳に、澄んだ声が飛び込む。
「あんた達にやるお金は、一円も持ち合わせてないわ」
 子供だ。
 小学生くらいの女の子。
 ヤンキー達に囲まれても、怯みもせず、逆に挑発している。
 怖いモノ知らずなのか………いや、その瞳に脅えはない。
 揺らぎもしない確固たる自信。
 それは自分自身の存在意義を知っているモノだけが持つ事を許された力。
 俺が探し求めて止まぬ力。
 …………どうかしている。
 こんな小さな少女に、何の幻影を重ねているのか。
 隠遁生活で、頭がおかしくなったのかも知れない。
 しかし、何故か、放っておけないような気がして、俺はヤンキー達の前へと足を進めていた。
「そこまでにしておくんだな」

 ヤンキーを叩きのめし、振り向いた俺の前に佇んでいた少女は、最初の印象とは遠く、震えながら礼だけをのべると走り去る。
 俺の幻想をうち消すように。
 しかし、何分も経たないうちに俺達は再会した。
 そう、俺の店で。
 彼女が俺の雇い主だったのだ。
「リナ。あたしの名前はリナよ」
 彼女は旺盛な行動力で、次々に仕事をこなしていく。
 建物の改装。
 人材の発掘。
 何をさせても、そつがない。
 たった十五の少女とは思えない才覚だ。
「ねぇ、ガウリイ。バイトしてくれそうな女の子の知り合いいない?」
 カウンターに頬杖ついて、溜息をつく。
 面接にきた女の子達を、追い返したばかりだった。
 困惑気味の俺を振り向いて、人の悪そうな笑顔を向ける。
「ガウリイってば、黙ってればいい男に見えるんだから、女の一人や二人、その辺でナンパしてきてよ。ね?ガウリイちゃん」
「お……お前なぁ……」
 しかし、俺の知り合いの女達が、リナのお眼鏡にかなうとは思えなかった。
 彼女は人の本質のみに重点を置く。
 容姿や、性別すら、彼女にとっては只の付属品に過ぎなかった。

ちりん ちりん

「ガウリイ様。開店おめでとうございます」
「シルフィールっ!」
 俺は心の中で、笑った。
 今の今まで、この幼なじみの事を一度も想い出さなかったからだ。
「あの……どなたなの?」
 惚けていた俺に、リナは遠慮がちに問いかける。
「ああ、俺の幼なじみだ。シルフィール。近所の神社の巫女さんだよ」
 リナは、にっこり微笑んで、シルフィールに自己紹介をし、挨拶を交わす。
 それは俺にとって少し、新鮮な姿だった。
 今まで、女友達……いや、只の知り合いにしても、皆一様にシルフィールを紹介すると、表面上は穏やかに会話していても、その奥では、火花が散っていた。
 俺の意志に関係なく彼女たちは密かな戦いを繰り広げ、嫌みの応酬に辟易となるのが常である。
 だが、リナは違った。
 素直にシルフィールを受け入れる。
 シルフィールの戸惑いが愉快だった。
 彼女のあの優越感に浸る醜悪な表情を見る事もなく、リナは彼女をバイトへと引き込んだ。
 そう、それは俺の望む事では無かったが、リナに振り回されるシルフィールを見る事が、俺の密かな楽しみであった事も、嘘ではない。
 リナは本当に、俺が知っていた女達とは違っていた。
 強い意志の輝きを秘めた瞳を持っていた。
 小さな身体に不似合いな大きな力を持っていた。
 強さに裏付けされた優しさは、不器用だが、暖かかった。
 何をしでかすか解らない。
 一秒たりと目が離せない。
 この俺が常識を解いてしまう程に突飛な行動で、常に周りを翻弄する。
 ハチャメチャな性格。
 なのに、情に脆く、人が良い。
 そして、誰よりも女の子なのに、俺の嫌いな『女』の表情を、絶対に見せない。
 いつしか虜になっている自分が居た。
「ガウリイっ!フレア・アロー一つっ!お願いね」
「あいよっ!」
 店の喧噪。
 リナとの掛け合い。
 全てが充実した日々。
 生きている事を実感する日々。
 そして、気付く。
 甘く、切ない香りに。
「お前……いい匂いがするな」
「なっ!何言ってんのよっっ!」
 何でも出来る少女が唯一苦手としているモノに気付く。
 極端に奥手。
 利発で早熟な彼女は、その点だけが特別に鈍い。
 それすらも新鮮で、心地よい。
 何者にも汚されていない魂の輝きが、俺の心を捕らえて放さない。
 時折、触れる手。
 風に靡く髪。
 一時も同じで居られない表情。
 抱きしめたい。
 今まで女に求めてきた快楽ではなく、彼女を抱きしめたい。
 苦しい程の渇望。
 胸に揺れ動く感情。
 彼女に対して抱く思いに、恐怖する。
 俺のしてきた事に、畏れを抱いた。
 もしも、自分がしてきたような扱いを彼女にする男が出てくれば、生かしては置かない。それ程の憤りが、胸に拡がる。
 イヤ違う。
 誰であろう、渡したくないのだ。
 護りたいと願った。
 全てのものから。
 あの輝きが失われないように。
 自分自身からですら、護りたいと。
 しかし、その時の俺は気付いてさえ居なかった。
 その誓いを自らの手で、破る事になろうとは………




 ひょんな事件から、リナと俺は一緒に暮らすようになる。
 それは変な意味ではなく、只のルームメイトであった。
 リナにとっての俺は、父や兄のように、家族と同じ存在になっていたのだろう。
 それは、俺の中で芽生えていた彼女への愛情とは、かなりすれ違っていた。
 そのすれ違いは、徐々に俺の心を蝕んでいく。
 どんなに望んでも、手に入らない。解って貰えない。
 その感情は、奇しくも今まで俺が捨ててきた女達の想いと同じモノであった事を、思い知る。
 今にして思えば、なんと言う罪な事をしていたのだろうか?
 リナに出会ってから、一度もそんな風に女性に接した事は無かったが、妙な罪悪感が心の何処かで燻っていた。
 しかし、リナが俺を好きでいてくれている事も知っていた。
 恋愛というものに免疫のない彼女には、まだ理解出来ていないようではあるが。
 一緒に暮らすようになって、シルフィールの風当たりは強くなる。
 リナ自身もそれを理解していながら、彼女は絶対に反撃しなかった。
 まるで、俺が愛しているのはシルフィールで、その間に割って入ってしまった片思いの女のように。
 俺の気持ちに気付かない、リナの鈍感さに苦笑する。
 そして、俺はあの日、心を決めた。
「シルフィール………もうバイトやめても良いんだぜ?従業員も揃ったし、君がスナックなんかで、客の相手をする必要はないよ」
 客も少なくなり、閉店間際。
 シルフィールを厨房へと呼んだ。
 リナは訝しげにこちらを見つめていたが、何も言わない。
「どういう事ですか?ガウリイ様」
 シルフィールは絞り出すような声で、答える。
 彼女には俺の本当に言いたいことが解っているようだ。
「辞めた方が良い」
 唇を噛みしめて、それでも真っ直ぐに俺を見つめる。
 彼女を傷つけている。
 だが、それよりも護りたいものが、彼女よりも大切な人が、俺には居た。
「…………本当に、もうわたくしには振り向いて下さらないという事ですね?」
 泣き出しそうな声。
 十数年もの長い間、俺は彼女の心を知っていたのに、放っていた事を後悔していた。
 彼女は、こんな俺を本気で好きになってくれていたのだ。
「悪い。俺はリナを愛してる。他の女を愛する事はもう出来ない。たとえ、彼女に振られたとしても、君の気持ちに答える事は出来ないんだ」
 死刑宣告を受けた囚人のように青ざめた顔。
 だが、暫くの後、彼女は弱々しく微笑んだ。
「ガウリイ様の気持ちは解りました。でも、わたくしはこのお店が『がうりん』が好きなんです。それにわたくしはリナさんに雇って頂いてるんですわ。ガウリイ様に、わたくしを首にする権限はないと思います」
 きっぱり言った彼女の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。
 俺は、それ以上何も言う事が出来なかった。
「お〜い、ガウリイっ!閉店したぞっっ!シルフィールも上がってくれ」
 ゼルガディスの声が俺達を呼ぶ。
 シルフィールは何も言わずに帰っていった。
「………らうりぃのばか……」
 そして、俺を待っていたのは、へべれけに酔っぱらったリナだった。
「後は任せるからな。ちゃんとつれて帰れよ」
 ゼルガディスは器用なウィンクとともに俺達を送り出す。
 その夜俺は、酔って解らなくなっているリナに自分の気持ちを初めてぶちまけた。
 それは初恋をした子供のように、不器用なモノであった。
 リナは、そんな俺の我が儘を笑って許してくれる。
 その輝きを失う事なく、ただ、俺を受け入れてくれた。
 そして、俺は初めて知ったのだ。
 何故、女の子が砂糖菓子なのかを。
 彼女はとろける程に甘かった。
 砂糖菓子なんかより、もっと甘くて、優しく、繊細で…………
 婆ちゃん。
 俺は、婆ちゃんの言った言葉の意味を初めてちゃんと知ったよ。
 彼女を髪の毛一筋だって、損ないたくない。
 傷つけたくない。
 大切に、大切に腕の中にしまって、誰の目にも触れさせず、慈しんでいたい。
 そんな気持ちを初めて知った。
 どんな女の子もみんなリナと同じなんだ。
 誰かにとっての大切なモノ。
 それを損なう権利はどんな男にだって、存在しない。
 リナのおかげで、俺は誰に対しても優しくなれた。
 うわべの優しさではなく、本当の意味での優しさを知った。
 リナと結婚して、二十八年。
 今なお、彼女の甘さに俺は酔っている。
 護り、慈しむべきものも増えた。
 その全てはリナが与えてくれたもの。
 婆ちゃん。
 婆ちゃんはリナをすごく気に入ってくれたね。
 とても仲が良かった。
 だから解るだろ?俺は大丈夫だよ。
 ちゃんと男になれた。
 だから安心して、爺ちゃんと仲良くしてくれよな。



「大丈夫?ガウリイ」
 心配そうなリナの顔が俺を見つめている。
 俺は彼女に手を伸ばし、腕の中に抱き込んだ。
「ガウリイ?」
「大丈夫だ。今、婆ちゃんと話してたんだぜ?リナの事」
 栗色の髪をいつものように撫でる。
 返事はいつもとは違う神妙な顔。
「なぁリナ?」
「何?」
 大人しく腕の中に収まった着物姿の彼女は、年相応に大人びて見えた。
 いくつになっても少女のようなリナ。
 しかし、彼女は、今、俺に対して母の顔を見せている。
 ああ、そういえば、婆ちゃんもずっと少女のままだったなぁ。
「いつか約束したように………俺は、お前より絶対長生きするからな」
 小さく微笑んだ顔は、初めて逢った時と同じ輝きを失っていない。
 大丈夫。俺はリナを護れてる。そして、彼女に護られている。
 爺ちゃんのように、婆ちゃんを置いていったりも絶対にしない。
 爺ちゃんが亡くなってから、一年の間、寂しかったんだろう?婆ちゃん。
 だけど、良かったな。今度は永遠に離れず、ずっと一緒にいられるんだぜ?

 そのまま、暫く婆ちゃんの棺の前で、リナを抱きしめていた。



******************************

管理者から一言:
 今明かされるガウリイの過去っっ!こいつ女の敵や……。
 しかも無意識なところがまた憎いっっ!!むきーーーー!!
 万一リナが同じような目にあってたとしたら、今からでも相手殺しに行くだろうに、この男(笑)
 ちなみに、ガウリイ喪服に欲情してるそーです。ええい、不届き者め(笑)
 Sさんどうもありがとうっ!大好きだよーーーーー!!!(がばっっ)




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 (迷惑メール防止のため、@を大文字表記にしています。実際は小文字です)

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