密やかに銅鑼は鳴り響く





 ぽん。
「よお」
「うどわあああああっっ!?」
「うをををををををっ!?」
 男二人で叫びあってしまうと、何となくちょっぴり気恥ずかしかった。

 新月の深夜、唯一の光源である焚き火に照らされる男二人。片方は長い金髪を揺らし、片方は黒の長髪と釣竿を揺らし、ついでに消えたタバコを揺らし。二人共眼福に相応しい容姿を赤々と暗闇に浮かべ、絵画のような沈黙を結ぶ。
 気まずかった。
「えーと、久し振りだな」
「うぇ? あああうんおお」
「だあーっ、てめぇがンな大声出すから、白けちまったじゃねえか。つーか、それ以前にまた会うとは思ってなかったがな」
 呼びかけた男はにっと笑った。
「そー、あー、そそうだな」
「……大丈夫かお前」
「だだだ大丈夫だ大丈夫、うん」
 黒髪の男は心なしか距離をとって金髪の青年を見やる。青年はわたわたと両手と金髪を揺らし、ぐっと膝を掴んで何を決心したのやら、ひとつ頷いて男に笑いかけた。
「久し振りだなぁ」
「遅ぇよ」
 ごつん、と鈍い音がした。青年が律儀に頭を抱える。涙目だが。相変わらず天然だな、と男は呟いた。それにしても、と続ける。
「お前もまあ、ちいと見ねえうちにいっちょまえのツラしやがって」
 にじり寄ってこぉいつう、と額をつついてやると、青年はさあっと青褪めた。
「まま待ってくれ、オレそーゆー趣味はっ」
「いやもういいからそれは。――ったく、育ったんだか育ってねえんだか」
 男は呆れて再び離れた位置に腰を下ろした。野宿中の青年を見つけて、居座る気満々である。
「ちったあ息してるような顔してんじゃねぇか。前は魚みてえなひでぇ目してたくせによ」
 実際、男は驚いていた。数年前の青年は、それはもう思春期真っ只中の辛気臭い不幸青年だった。それが数年でいっぱしの男の面構えである。
 おかしい。
 どっかの山奥で見かけた下の娘のコピーのような別人振りである。あの湿った背負いものはどこへいった。
 今や白くほのぼのした空気をびしびし飛ばす青年は、男の観察に居心地が悪そうに困っている。それだけの余裕がある。
 きっといい出会いをしたのだろう。
 男は生温かい視線で青年に微笑みかけた。
 にやり。
「女か?」
 げほっ。
 にたり。
「な、何をいきなり」
 ビーンゴー! 男は満面の笑みを浮かべた。
「ほおそーかそーか、お前は女で変わるタイプだったか」
 うんうんと頷く。前途ある青年の成長、よいではないかよいではないか。恥ずかしがる必要も謙遜する必要も隠し立てする必要も何も全くこれっぽっちもないのだ。
 レッツコイバナ。
 おじさまの目は爛々と光り輝いていた。
「で、美人か?」
 まな板の上の鯉、哀れなる好奇心の生贄なる青年は、はあ、と大きく溜息をついた。
「あんた暇なのか?」
 そんな答えを期待していなかった黒髪は、さも心外だという角度で顎を上げた。
「俺は仕入れに行く途中なんだよ。今回はナマモノじゃないんだ、逃げやしねえ」
「アバウトだな」
「なんとかすりゃいいんだよ。それより」
 黒髪がぐっと乗り出し、青年がうっと引いた。
「美人なのか?」
 振り出しに戻る。
 青年は顔を顰めた。そんな詮索で人生を彩るのは、かの伝説の人種、暇なおばさまだけでいい。男は面白げに呟いた。
「なんだ、美人じゃないのか」 
「いや、美人だぞ!」
 男が青年の沈黙を別にとると、青年は慌てて否定した。
「美人っていうか、まあそうだけど、それよりも可愛いっていうか、その、なんだ」
 しどろもどろでそれでも女を褒めようとする青年に、男は呆れた溜息をついた。
「なんだ、人のことを恐妻家呼ばわりする割に、尻に敷かれてんじゃねえか」
「別に尻に敷かれてるつもりはないんだがなあ」
 んー、と青年は首を傾げる。うっわ可愛らし、とか思った黒髪は、自分で自分の考えが嫌になったようで苦虫を噛み潰した顔をした。
「バカップルみてえな回答だな」
 百歩は五十歩を笑った。
「だってなあ、本当に、びっくりするほど大人びてたかと思えばガキっぽかったりするし無茶するし」
「あーご馳走様。んで? ちったあ守ってんのか?」
 男はいきなり渋い会話に切り替えた。言っているうちにへにゃった青年の顔と鳥肌の関係性について、今は述べないことにする。
「……いや」
 それを疑問に思った風もなく、青年はぽつりと答えた。
「難しいな。守りたいとかじゃなくて、守ると決めたんだが」
 焚き火に視線を移し、見るともなく炎のさまを瞳に照らす。ぱちりと音が爆ぜる。
 男はまたもや渋面で、けっ、と吐き捨てた。
「言うこともいっちょまえかー、ああ?」
「あんた何さっきから絡んでんだよ」
 ぱちっ、と音がする。
「気にすんな。前会った時はこーんなちっこかったのになあ」
 地面すれすれで左手を振る男に、青年はそんなわけないだろう、と言いかけ、やめた。
「で、今は?」
 ぱちっ。
「んー、まあなあ。ところで当たれ」
「嫌だ」
 ぱちっ。
「年長者の意見は聞いとけって」
「痛いだろうが」
 ぱちっ。
 青年は右手で手を振った。手の中には小石。それを足元に落とすと、小石同士が音を立てて小山を崩した。無言の応酬。今のところ、青年は、男から寄せられるそれを全て防いでいた。
「目とか狙うなよ」
「こんなもん防げなくてどうやって女守るんだ? つーか当たれ。逆らうな」
「逆らわなかったら痛いだろうが」
「だから当たれってんだよ」
 それをマゾと言う。
 しばらく、ぱちぱちという音と当たり障りもない会話がひんやりとした空気に流れる。静かな夜だった。
 ふいに怠惰な空気が途切れる。
「あー、やめたやめた。つまんねえやつになっちまったな」
 男が両手を挙げて頭を組んだ。それに青年はのほほんと問いかける。
「好きなようにとるぞ?」
「いいんじゃねえか?」
 く、と笑んで、男はタバコを噛み潰した。こんなに満足したことはなかなかない。
「ま、守るって言ってもな。うちの上の娘でもできるかできねえか、ってくらいだしな」
「何者だよその上の娘って」
「おー、美人だぞ。最近はめっきり大人びちまってよ。俺としちゃあどっかの悪い奴にかどわかされんか心配で心配で」
「無理だろ。それは。下手に声もかけられん」
 本当に心配そうな男に、青年は親バカどうしたもんかと頭を掻いた。親とはかくなるものなのか。へにゃった表情が自分と同じだということに、気づくはずもない百歩予備軍である。親バカは拳を握って抗議した。
「何を言う、うちの娘達は本当に美人だぞ。片方しばらく見てないが。上の娘なんかちょうど年頃でいつ嫁に行ってもおかしくねえし。はっ! やらんぞてめえなんぞに!」
「いやいらんし」
「何だとうちの娘に不満でもあるってのか、ああ!?」
「あんたの娘知らねえよ!」
 突っ込みもなしの二人の会話を止める者もいない、新月の真夜中。野生の獣が遠巻きに二人をぎらぎらと見つめる。そんな中で、青年は焚き火に照らされた頬をさすりながら、ぶっきらぼうに言った。
「それにオレにはあいつがいるし」
 男は長い黒髪を地面にぶちまけた。ばっちり聞き取ってしまった耳の良さと闇夜の沈黙が痛い。
 青い。
 青臭ぇ。
 清々しくていとおしくなりそうである。
 数年前ちょっとケツ叩いてやった青年が、今立派にすくすくと、青竹のように真っ直ぐ育ちました。
 おめでとう。赤飯もんだ。
 俺も今すぐ帰ってうちのに「愛してる」とか言ってみようか。
「おーい、どうしたんだ。大丈夫か?」
 頭上の青年の声は、自分の発言を全く分かっていないようである。滅多にない物件かもしれない。色々な意味で。
 そう考えて、男はふっと笑って顔を上げ、そのまま立ち上がった。
「なんだ、もう行くのか?」
「おう。仕入れる品物が、ちっとばかり競争率が高いもんでな。あまり長居もしてられねえんだ」
「じゃあ長居しなければよかったじゃないか」
 青年のふくれた声に、男は分かってねえなあ、とふんぞり返った。
「あいつが俺に言いつけたんだ。仕入れねえはずねぇだろうが。ってなわけで、俺は行くぞ」
 おめぇの女ってのにも会ってみたいがよ。
 そう言うと、青年は奇妙な顔をした。
 訳の分からない男は訝しげに眉を寄せ、
「何だよ、まさか一緒に旅するだけ旅して何もしてねえってのか? まさか何も言ってねぇなんてことは……」
「うっ」
 青年は怯んだ。
「何ぃ!? わはははははははっ」
「い、いいだろうが、あんたには関係ないだろっ」
 青年は必死に言い張るが、ハリボテもいいところである。つつきがいがありすぎる。男は親切にも、笑うだけですませることにした。本当に時間がないのが惜しまれる。
「わーははははははは! そーかそーか、純情かおめぇそのツラで!」
 ひいひい言っているうちに脇腹が痛くなった。いやあいいもん聞いた。見かけていちいち寄ってって良かった。本当に良かった。
「はー笑った笑った。じゃあな。また縁があったら会おうぜ」
「あっおい」
「ん?」
 頬を紅く染めた青年は、それもさめやらぬ風体で男を呼び止めた。何ぞ、まだ墓穴があるのか。にやにやと振り向いた男は、意外に真面目な表情の青年と視線をかち合わせた。真っ直ぐにそれは自分を追う。
「あんたの名前は?」
 男はぱちくりと瞬いた。そういや名乗ってなかったか。和みすぎて忘れていた。傭兵時代の名残でもあるが。青年は相変わらず馬鹿正直に男の返事を待っている。男はにやりと笑った。これくらいの楽しみがなくちゃあな。
「自分の女に本音言えたらな」
 じゃあな、と今度こそ背を向ける。その背中に、青年の声が迫った。
「絶対だぞ!」
 片手を挙げて応える。
 それきり、男は、目を凝らしてもお互いを見ることもかなわない闇の黒に消えた。




「おかえり、リナ。温泉は気持ち良かったか?」
「ただいまガウリイ、そうね、そこそこ、かな?」
 青年は、戻ってきた少女を、するりと腕の中に迎え入れた。冷える夜間、少女は青年の温もりをあまり拒むことはない。腕の中で、少女は青年を見上げて首を傾げた。
「どうしたのガウリイ、何かいいことでもあった?」
「ん? ああ、まあな」
「どんな?」
「懐かしい人に会った」
 嬉しそうに言うガウリイに、リナはふ、と頬を緩めた。それにガウリイはすりすりと頬を寄せる。その人とよっぽど楽しいことでもあったのね、と、リナは思う。でもちょっとうざったい。
「何よガウリイ、そんなにひっつかないでよ」
 対するガウリイは、反省した風もなく、のらりくらりとリナの腕の力を避けてぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「くーるーしーいー」
 湯上がりの少女には、ガウリイの体温は熱いのだ。
「いいじゃないか、オレ今日はめちゃくちゃいい日だ。リナがオレを受け入れてくれたし」
「言うなっ」
 駄目なのか? と首を傾げるガウリイは、スリッパでまんべんなく叩きのめした。乙女心を分かれと常々言い聞かせているのに。
「なあリナ」
 効いているのかいないのか、おそらくは全く効いていないガウリイは、地面に沈んだ後も相も変わらずぎゅうぎゅうとリナを腕に囲った。
「何よ」
「愛してる」
「んなっ!?」
 カウンターパンチ。
 眩暈がして、リナは本当に殴られたかと思った。
「きちんと改めては、言ってなかっただろ? だから。愛してる、リナ」
 男は笑顔だが、至極真面目である。すうはあとやっとのことで息をして、リナはやっと呆れた溜息をつけた。
「何、馬鹿な事言ってんのよ。当然なんだから」
 少女の婉曲で難解な言葉をいとも簡単に解読して、青年は本当に嬉しそうに笑う。それで、リナは、つい言うつもりもないことも訊いた。
「あたしの返事はいいの?」
「ああ。リナが言いたい時に言ってくれ」
 くらげ、と言って、その言葉も青年は解読したらしくにこにこと続ける。
「ゼフィーリアに行く約束したからな。そういやさ、リナの父親ってどんな人だっけ?」
「もう、せっかく説明してやったのに、忘れたの? 美形で、あたしが旅に出る頃には髪を長く伸ばしてて、皆が年を当てられなくて、男の中であたしの知っている限り唯一まともな人よ。……って、何よ、気持ち悪いわね」
「いや、そうか?」
「そうよ。さっきからにやにやしちゃってさ」
 全く、何が楽しいんだか。仕方ないわね、と言って、少女は焚き火の火を足した。
「寝てていいぞ。今日は身体辛いだろ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
 少女は地面に寝ようとするが、青年は彼女を放さない。しばらくじたばたした挙句、少女は諦めて特大の溜息をついて、ご機嫌な青年の腕の中でうたた寝を始めた。
 青年が、嬉しくて今日は眠れない、と言うものだから。



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管理者から一言:
 うっっぎゃああぁぁぁぁぁ!!!!!!!めっさ鼻血モンですぅぅぅぅぅ!!!!!!!(汚)
 おやじさまもガウリイも可愛すぎ。管理者は悩殺されまくりです。
 リクエストは「リナのおやじさまに出会うガウリイ(orリナ)。相棒はヤボ用で席外し。
 おやじさまがいなくなってから相棒は戻ってくる」だったんですけど……
 「ヤボ用ちゃうやーーーーん!!!!!(ばびーーん!!!)」と思いっきりツッコミましたよ、ええ(笑)
 お初の後の風呂!!こんなのも、彼女にかかれば「えー、ヤボ用ですよう」だそうで。お、恐ろしい よ後輩……。
 父は、ガウリイのオンナが娘と知ってたんでしょうか?どっちにもとれる表現のようですが。
 でも、●●●の後ってコトは、ゼッタイ知らなかったでしょうね(笑)知ってたらなます斬りだー♪ (楽しそう)
 あちこちにギャグを散りばめた、ひたきさん節。誰より管理者が楽しませていただきました。
 何度アタマを下げても足りません。しかもセットで、ホントのホントに、ありがとうございました 〜〜〜!!




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