リナリナの花




「おい、リナ! あれ見てみろ、あれ! リナリナ! リナリナっ!!」

  ごちんっっ!!!

「うっさいわねっ!!
 リナリナって、町中で人の名前連呼すんじゃないわよ恥ずかしいっっ!!
 なんだっての一体!?」
「あ、あれ‥‥」

少女は、頭を抱え涙目でうずくまる相棒の指さす方を見遣る。

ここは昼下がりの商店街。
格別不審なものはなにも見当たらない。

「あれって、どれよ?」
「ほら、あそこの花屋。 キレイな赤い花が置いてあるだろ?」

彼の言うとおり、花屋の店先には様々な切り花を生けた木桶がずらりと並べられている。
中でもひときわ目を引くのが、茎の長い紅紫の花。
しかしそれが何だと言うのか?

青年は嬉しそうに続けた。

「“リナリナ”だってさ。 お前さんと同じ名前だな〜♪」

一瞬の沈黙の後。
少女は肩を落とし、はぁぁっと溜息を吐いた。

「‥‥ガウリイくん。 あんたついに視力までクラゲになっちゃったの?
 おメメよぉーーっく見開いて、もう一度、落ち着いて、読んでごらん」
「へ? お、おう。
 ‥‥‥リ・ナ・リ‥‥‥‥‥‥‥あ?」
「そーゆーこと。 つまんない早とちりで騒がないでよね。 まったく‥‥
 さ、行くわよ」

もう用は済んだとばかりに踵を返す少女。
だが青年は一向にその場を動こうとしない。

「どーしたのよ、ガウリイ! ぐずぐずしてると置いてくわよっ!」
「なぁリナ。 オレあの花欲しい。 買って♪」
「‥‥はああっ!!?」

思いがけない彼の言葉に、少女の目がテンになる。

「な‥‥なによイキナリ‥‥! 大の男が花なんか欲しがったりしてっっ!!」
「いーだろ別に? 気に入っちまったモンは〜」

言いながら青年は彼女のマントの端をつかむ。
うるうるとおねだりの瞳で。

「なぁなぁリナぁ〜、買ってぇ〜〜〜! 一本でいいからさぁ〜〜〜!!」
「だああああああマント引っ張るなあああああっっっっっ!!!!
 5歳のガキかおまいわっっっ!!!
 ダメよ! んなムダに使うお金は銅貨1枚だって無いんだからっ!!
 ほら、さっさと来なさいっ!!!」

言うなり少女は青年の襟首をむんずとひっ掴み、
そのままずるずる引きずって歩き出す。

「ああああああああああああリナリナ〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!」
「ばかっ!! リナリ“ア”だってばっっっ!!!!!」


周囲の視線が、かなりイタかった‥‥‥‥

























町を抜け出し街道に差し掛かったところで、
ようやくリナはガウリイを解放した。

「ほ〜らガウリイ、あんたの欲しがってた花よ。 お好きなだけどーぞ!」
「うわ‥‥」

目の前に広がる鮮やかな色彩に言葉を失うガウリイ。

季節は春から初夏に移らんとする頃。
街道の脇にはたくさんのワイルド・フラワーが今を盛りと咲き匂っている。
その中にはあの“リナリナ”‥‥‥もとい、“リナリア”の花もあった。

「すっげ〜〜! 満開だ〜〜!!
 リナは知ってたのか? これが野生の花だってこと」
「ま〜ね。 その辺の道端でも摘める花にお金出すなんてばからしいじゃない?」

そう言って、リナはふと微笑んだ。

「実を言うと、この花あたしの実家にもあるのよ。
 いつだったか、あたしの誕生日にとーちゃんが植えてくれたの。
 一番お金のかからないプレゼントだって、姉ちゃんもかーちゃんも笑ってたっけ」
「へぇ‥‥」

懐かしそうな彼女の笑顔にガウリイも目を細める。

「そりゃあこっちのは本当の野生種だから、お店のより花はちょっと小ぶりだけどね。
‥‥ねぇ、摘まないの、ガウリイ?」
「ん? ああ。
 歩きながら見ていたかったから欲しいと思ったんだ。
 でも道沿いにこんなに咲いてるんなら、わざわざ摘む必要もないな」
「わがままなんだから、もう‥‥」

さっきまであんなに駄々こねていたのに。

思い出して、リナは苦笑する。

「ねぇ、ガウリイ。 この花のどこがそんなに気に入ったの?」
「そ〜だなぁ〜‥‥」

隣を歩く青年は、手を伸ばして花に触れながら答える。

「まず、名前」
「‥‥安直」
「それと、やっぱ名前のせいかな、どことなくリナっぽく見えるんだよな〜。
 小さくて可愛いし、ほそっこいのにしっかりしてるところなんかがさ」
「‥‥悪かったわね、ちっこくて!」

リナはぷいと顔を背けた。
その耳がピンクに色づいている。

ガウリイはくつくつ笑いながら柔らかい栗色の髪をかき回す。

「なんで怒るんだよ。 褒めてんのに」

ごく自然に肩に滑り落ちてきた手をするりとかわし、
すばやく彼の正面にまわるリナ。

「ね、ガウリイ。 リナリアの別名、知ってる?」

無理矢理話を逸らそうという彼女の魂胆は見え見え。
しかしガウリイは一応つき合ってやることにする。

「いや、知らん」
「“ヒメキンギョソウ”って言うのよ。
 ほら、花の形が小さいキンギョみたいでしょ?」

花を引き寄せて見せながら、なぜかリナはくすりと笑った。

「なにが可笑しいんだ?」
「だって‥‥クラゲのお気に入りがキンギョだなんて、なんか似合いすぎ〜」

  くすくすくす

悪戯っぽく笑う少女に、しかし彼もにやりと笑い返す。

「そ〜か?
 ガウリイとリナだってお似合いだと思うぞオレは」
「なっ‥‥‥!!」

今度こそ真っ赤になって固まってしまったリナを
すかさず腕の中に攫い込む。

「スキあり!!」
「きゃっ‥‥!
 こ、こら〜っ!! 不意打ちなんて卑怯〜〜っっ!!」
「油断する方が悪い♪」
「ばか〜〜〜っっ!! 放せぇ〜〜〜〜っっっ!!!」

  じたばた じたばた

いくらリナが暴れても、逞しい腕の拘束は少しも緩まない。


やがて、観念したのか疲れ果てたのか、
ようやく大人しくなった彼女の耳に、ガウリイはそっと囁いた。

「なぁリナ‥‥お前の親父さんって、優しい人なんだな」
「‥‥どーしてそう思うの?」

腕の中からくぐもった声。

「誕生日に娘の名前にちなんだ花を贈るなんてさ。
 お前さんのこと、とっても愛してるんだ」
「当たり前じゃない、そんな事」
「‥‥強敵だな」

思わずリナが顔を上げると、自分を見下ろしている限りなく優しい青い瞳。


「応援してくれるか?」
「‥‥それは、あんたの努力次第ね」

鼻先に指をぴっとつきつけられ、破顔するガウリイ。

「命懸けで頑張らせてもらいます」
「よろしい!」



声を合わせて笑いながら、


少女は青年の首に腕をまわし背伸びする。
青年は少女の上にゆっくりとかがみ込む。


甘い花の香の風が二人を取り巻き、吹きすぎていく。






道はゼフィーリアへと続いていた。








 ・・・・・・・・おしまひ☆ 



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管理者から一言:
 いくら愛しいからって、町中で大声で連呼しちゃダメよ、ガウリイ(笑)
 P.Iさんが花の名前のお話を書いた時、「こんな名前の花があるよ」と言ったのがきっかけでした。
 こんなええ話をいただけるとは、タレコミ(おい)した時は思いもしませんでしたね〜〜。
 さあ、リナリアの花持って、ご両親への挨拶がんばれガウリイ♪
 この花の花言葉は、リナのご両親へも通じるぞ!(こらこら)
 一緒におまけの話もいただいちゃいましたので、ぜひどーぞ♪




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