過去からの来訪者 2章


 リナは、声をかけることができなかった。
 例の爆発のあと。リナとアメリアの必死の捜索も虚しく、見つかったのは船員たちの無惨な遺体の欠片ばかり。
 それが一層、アメリアの不安を募らせる結果となってしまった。
 信じてる。必ず生きてるって信じてる。だけど……。
 言い知れぬ不安が、アメリアの胸を駆け巡る。
 その大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべ、一心不乱にゼルガディスを捜し続けようとするアメリアを、リナが無理矢理引きずるように宿屋へと連れ帰ったのはつい先程のこと。
 翔封界(レイ・ウイング)ならば空中からはもちろん、海中をも捜索することが可能だ。しかし如何なリナとアメリアとはいえ、コントロールの難しい翔封界(レイ・ウイング)を維持し続けるための精神力が限界に達していた。
 宿屋に戻ったアメリアは、ベッドに潜り込んだまま。時折漏れてくる嗚咽から、眠っていないことがわかる程度だ。
「ゼルのことだもん。きっと大丈夫よ」
 何度も言いかけて、リナはその言葉を飲み込む。
 今そんな言葉をかけたところで、気休めにすらならないことは十分わかっていたから。
 何もしてあげられない。ただそばで見守っていることしかできない。そんな自分の不甲斐なさに無性に腹が立つ。
 ったく! こんな大変な時にあのくらげは何処で何やってんのよ!!
 持て余した怒りは、この場にいないガウリイへと向けられた。
 そのまましばらくリナはベッドのアメリアを見つめているだけだったが、やがて意を決したように話しかける。
 このまま放ってはおけない。
「あ……アメリア。あのさ……」
「……大丈夫です。ちゃんと、わかってますから」
 リナの言葉を遮るように返ってきたのは、毛布を頭からすっぽりと被っているせいでくぐもってはいるが、意外にも静かなはっきりとした声。
「アメリア?」
「頭ではわかっているつもりなんです。でも、心がそれに追いついてくれなくて。
 少し休めばきっといつもの私に戻りますから。だから……、今は1人にしてもらえませんか?」
 いつもの元気は感じられないが、それでもしっかりとした口調で言う。
 思いっきり泣いて、いくらか気が晴れたのかもしれない。
「……わかったわ」
 確かに自分がヘタに慰めるより、1人にしてあげた方がいいのかも。
 そう判断したリナが部屋を出ようとノブに手を伸ばした時、アメリアが声をかけてきた。エルフ並の耳を持つリナにしか聞こえないであろう、小さな声。
「……ゼルガディスさん、無事ですよね……?」
 その言葉にリナは一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの輝きを取り戻す。
「もちろんよ。当ったり前でしょ!!」
 慰めから来る気休めなどではなく、リナは心からそう言った。
 ゼルがあんな爆発くらいで死ぬはずがない。それは、共に死線を生き抜いてきた仲間だからこそ持ち得る確信。
「んなことより、今はゆっくりと休んで早く元気になんなさいよね。明日こそはゼルの奴見つけ出して、心配かけるなって怒鳴ってやんなきゃ気が済まないわっ!」
「……はい」
 リナの言葉が届いたのか。アメリアの声は、先程よりも力強く響いたような気がした。
「じゃあ、あたしは1階の食堂にいるからね」
 ほんの少し後ろ髪を引かれながら、リナは部屋を出た。
 扉にもたれ掛かり、重い溜息を吐く。
 アメリアの気持ちは、リナにも痛いほどわかっていた。
 状況は違えど、突然いなくなったことへの不安はきっと同じだから。
 あの時の恐ろしさ。悔しさ。哀しみ。憤り。切なさ。そして、改めて実感させられた想い──。
 それは今なお鮮明に思い出すことができる。
 必ずゼルを見つけ出さなきゃ。アメリアのために。何よりもあたし自身のために。
 溢れそうになっていたものを封じ込めたリナは、ふと人の気配に気づいた。
 見ると、1人の少年が階段を昇ってくる。
 年はリナと同じかそれ以下だろうか。
 真ん中分けにしたサラサラの銀髪にグレイの瞳。ゼルガディスに劣らぬ華奢な体つき。人形のように端正で綺麗な顔立ちのため、それだけならば冷たい印象を持っただろうが、浮かんだ柔らかな表情がそれを幾分和らげていた。
 こんな場末の宿屋に不似合いな奴よね。
 リナ自身も十分不似合いなのだが、自分を知らない彼女は少年を見てそう思った。
 扉から体を離し、食堂に降りようと階段に足を掛けたリナは、なんとなく気になって再び少年の方へと目を向ける。
 すると少年はリナとアメリアの部屋の隣……ガウリイの部屋の前で立ち止まった。
「ガウリイなら今はいないわよ」
 何度かノックをして、返事がないため落胆の溜息をついた少年に、リナは声をかける。
 驚いたように少年はリナを見たが、やがてにっこりと微笑んだ。
「君はガウリイ=ガブリエフの知り合い?」
「え・ええ、まぁね」
 その見事としか言いようのない完璧な笑みに、リナは思わず見取れてしまい、声をどもらせる。
 ガウリイの顔を見慣れてしまっているせいか、リナが男に見取れることは珍しい。そのことからも、少年の美貌がどれほどのものかが窺えるだろう。
「残念、いないのか。折角久しぶりに昔の親友に会えるって楽しみにしてたのに」
「親友……?」
 少年のその言葉に違和感を覚え、リナは眉を顰めた。
 どう見ても自分と同じ年くらいの少年に、『ガウリイの昔の親友』という言葉は不釣合いだ。
 リナの様子から、言いたいことがわかったのだろう。ああと少年は呟き苦笑した。
「どうも僕って若く見られるらしいんだよね。こう見えても、ガウリイとは同じ年なんだけどな」
「えぇっ!?」
「僕はカミル=ラッツェル。ガウリイとはかつての傭兵仲間なんだ」
 その名前にリナは聞き覚えがあるように思えた。しかし、それよりもこの華奢な少年……カミルがガウリイと同じ年であり、さらには傭兵だということへの驚きが勝り、気のせいだとすぐに打ち消してしまう。
「君は……ガウリイの恋人?」
「んなっ!? ち・違うわよ、そんなんじゃないって! あたしはただの旅の相棒で……」
 興味津々に尋ねるカミルにリナは否定するが、頬を真っ赤に染めていては説得力など皆無である。
「旅の相棒……か。
 そうだ! よかったら、ガウリイがここに戻って来るまで、ガウリイの話を聞かせてくれないかな」
「ガウリイの話を?」
「うん。知りたいんだ。ガウリイが君とどんな風に旅をしてきたのか、をね。なんなら、下の食堂で何かご馳走するよ」
「話させていただきますぅ♪」
 ご馳走の一言で、リナの訝しげな態度は一変する。
 それに、リナ自身もカミルと話をしてみたかった。
 自分の知らない過去のガウリイに興味があったし、何より、誰かと喋って気を紛らわせたかった。
 嬉しげに食堂へと向かうリナ。
 その背中を見つめていたカミルの笑みが冷たく変わったことに、リナは気づかなかった。



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管理者から一言:
 先が見えないーーー!!ゼルは今どうしてるのか!?カミルは一体何する気なのか!?
 ガウリイが帰ってこないのは道に迷ってるからじゃねえだろうな!?(笑)
 そして一番気になるのは、ガウリイとゼルの出番はいつだ!!?(待てこら)
 胸騒がせながら、第三章を待て!!




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