赤い花白い花


 ゴンゴン、ゴン。

 「…?」

 ドアから聞こえたおかしな音に、リナは首をかしげた。
 このドアには、確かノッカーがついている。訪問客ならそれを叩くし、もし外にいるのがガウリイなら、ノックの必要もない。なのに今のは、ノッカーよりずっと重い、にぶい音がしたのだ。

 「誰?」
 「リナ、オレだ」

 ドアの向こうから聞こえた声に、リナはますます首をかしげる。

 「ガウリイ? どうしたのよ、入ってくればいーじゃない」
 「すまん、手がふさがってるんだ。悪いが開けてくれるか」
 「何なのよ、まったく…」

 リナはエプロンで手をふきながら、ドアへと向かった。パタパタと軽快にスリッパの音がする。

 「はーいはい、今あけ、る、わ……」

 ドアを開ければそこにはいつも通り、おひさまの笑顔をした金髪碧眼の男。とリナは信じて疑わなかった。
 しかし。そこにあったのは見慣れた人の顔ではなく、大輪の赤いバラの花束。
 その花束の横から、ひょこっとガウリイが顔をのぞかせる。

 「サンキュー。リナ」
 「サンキューって、あんたこれ、いったいどーしたのよ」
 「ん? なんでだか知らんが、仕事先の人にもらった」
 「あ、そ」

 リナはそっけなく返事を返した。どうせもらった相手は女性だと、リナの女のカンが告げているのだ。

 まったくこの男は既婚者だとゆーのに、しかも仕事先では評判の愛妻家らしいのに、このテの贈り物がいまだ絶えたことはない。もちろんガウリイのせいでないのはわかっている。わかってはいるがしかし、どうにもこうにも新妻の心中は穏やかでない。

 そんなリナの内心には気づかず、ガウリイはどこからか花瓶をひっぱりだしてきた。見たことのあるデザインに、リナは声をあげる。

 「あ、それ…」
 「そ。前につかってたやつ」

 前に一度だけつかったきり、どこかへいってしまっていた花瓶だった。どこへいったのだろうと思いつつ、とくに使う用事もないから、べつに不自由は感じないでいたものだが。

 「ガウリイ、これどこにあったの?」
 「え? 寝室の棚にしまっておいたんだぞ?」
 「なんであんたがわざわざそんなとこにこんなもんしまって、しかもそれを覚えてるのよ!?」
 「大事なものだからな、なくさないようにしまうのは当然だろ?」

 驚いているリナを後目に、ガウリイは喜々として花を活けはじめた。しかし、最初の用途にあわせて買ったため、この花瓶はそれほど大きくない。かなり詰め込んだのに、それでもいくらか入りきらない花がでた。

 「困ったわねえ。うちには花瓶、これしかないわよ」
 「う――ん、そうだな……」
 いっそまとめてバケツにでも、とリナが椅子に座りながら考えこんでいると、ガウリイは余った花をパチンとハサミで切りはじめた。

 「なにしてんの? ガウリイ」
 「ああ。ちょっと待ってろよ…」

 言う間にも手は休まらず、花はその姿を変えてゆく。
 やがてガウリイが差し出してきたのは、赤いバラとそのまわりを彩る白い小花でつくった、簡単なコサージュだった。

 「へえ、きれい。意外ね、ガウリイにこんな才能があるなんて」
 「どうだ。ちょっとびっくりしたろ?」
 「うんうん。てっきり剣術くらいしか、とりえないと思ってたのに」
 「リナァ…」

 ガウリイは情けない声をだしたが、肩を落としつつも、リナの胸にコサージュを飾る。清潔感あふれる白で統一されたエプロン姿は、その飾りひとつで、はなやかな雰囲気をかもしだした。

 リナの姿を確認して、ガウリイは満足げに大きくうなずく。

 「よしよし、我ながらよくできたな。…あ、そうだ」

 何かを思いついたガウリイはパアッと顔を輝かせると、うれしそうに残った白い花を細工しはじめた。それだけでは足りないらしく、花瓶からも数本小花だけをとりだして使ってゆく。

 その作業に興味をおぼえたリナがのぞきこもうとすると。

 「あー、まったまった。すまんが動かないでくれ、リナ」
 「なんだってゆーのよ、いったい」

 リナはぶーたれたが、ガウリイがあまり楽しそうにしているから、おとなしく待ってやることにした。
 とはいえ。いいかげん待たされるのに飽きて、リナがしびれをきらしかけた頃。

 「……できたっ!」

 声をあげ、ガウリイが高々とかかげたもの。

 それは白い花だけでつくった、まっしろな花かんむり。

 自信作をリナの頭にのせると、ガウリイは寝室から大きな姿見をもってきた。姿見をリナの前におくと、自分はリナの後ろに立つ。

 「ほら。なかなかのできだろ?」
 「ほんとだ。すごい…」

 リナも思わず感心した。鏡に映った自分の姿は、まるで純白のドレスを着たように見える。コサージュの赤が服の白さを際だたせ、頭の花かんむりは白いブーケをかぶったようだった。

 真っ白なドレス。つい半年前のできごとが思い出される。

 リナが思い出にふけっていると、突然ガウリイが後ろから抱きついてきた。

 「…きれいだな。リナ」

 「ちょ、ちょっとガウリイ、何いってんの!? や、離してってばあ!」

 暴れるリナをものともせず、ガウリイは逆に抱きしめる腕に力をこめる。
 「……こうしてると、結婚式のときみたいだな」

 そっと囁く声に、リナも抵抗をやめてうなずいた。

 「…うん。そうだね」

 そして、そのままガウリイを見上げる。

 「ねえ。――ガウリイ=ガブリエフはリナ=インバースを妻とし、生涯愛することをここに誓いますか?」

 いたずらっぽく笑ったリナに、ガウリイも笑みを返して、

 「―誓います。永遠に。
 ではリナ=インバース、あなたはガウリイ=ガブリエフを夫とし、変わらぬ愛を誓いますか?」
 「……誓います」
 リナは左手の薬指に光る、指輪を見せながら答えた。

 そして今度はふたりきりで、もう一度誓いのキスをかわす。

 テーブルの上の花瓶には、初めてそれが使われたときと同じ、バラでつくられたブーケが、風に揺れていた。




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