「ん…」 ふと。あたしは目を覚ました。 いつの間にか眠っていたらしい。眠かった自覚は全然なかったけど。 ここんとこ、疲れてたからな…。 気力を出して、身体をおこすとそこに響いた軽いノックの音。
「はぁい。…ガウリイ?」 言葉も終わらぬそのうちから、ガウリイはドアを開けて入ってくる。いつもなら返事くらい待てとどなるところだが、今日は何も言わないでおいた。珍しいことではないのだ、こいつがこういう時、あたしの部屋に来るのは。
「なんの用?」 ガウリイは、ベッドに座ったままのあたしの隣へ腰かけた。それから頭をぽりょぽりょとかいて、 「ほら、お前さんさ…。ここ最近、盗賊いぢめも行ってないだろ? たまにはいいんだぞ、オレを連れてくなら。盗賊いぢめ行ったって」 こんなことを言い出してくれるガウリイが嬉しくて、あたしは素直に礼をいう。
「ありがと。……でも今夜はいいわ。さすがにそんな気になれないし」 そのままふたりで黙りこむ。
セレンティア・シティを出たのは、まだ今日の昼前のこと。 …でも…まだ、心にかけずにはいられない。『彼』のことがあるかぎり。
その時、手にあたたかいものを感じて、あたしは顔をあげた。
「ガウリイ?」 あまりに切ないその声に。あたしの声のトーンも、自然と落ちる。 「うん…」 「ミリーナの手……冷たかったな」 「…うん」
ミリーナをベッドからおろす時、身体に触れた感じは、まだこの手に残っている。 けれど、それに慣れるなんてできない。…できやしない。 そんな時は、無性に人肌が恋しくなる。あたしもガウリイの手を握りかえし、その手を見て初めて気づいた。 「ガウリイ…。手、すりむいてたの?」 「あ? ああ、ルークとやりあった時、ちょっとな。大丈夫、なめときゃ治るって」 「治んないっ!」 ちからいっぱい断言したあたしに、ガウリイが面くらう。
「お、おい、リナぁ?」
わかってる。
「でも…。ミリーナはあんな、『めったにありえないこと』で……」
ゾードに毒のついた剣で斬りつけられたのは、確かに彼女の油断だった。 あの時は、ゾードたちの正体など、誰も見破れていなかった。多分ほかの誰でも、ミリーナと同じ行動をとったろう。 つまり、誰が『ミリーナ』になっても、そして『ルーク』になっても、おかしくなかったのだ。 ミリーナにふりかかった不幸の、最大の原因は―――『偶然』。 「もし…あれが、あたしやガウリイだったら……」
毒は確実に体内を蝕み、その命を奪う。 …それで、かもしれない。ガウリイに指摘されるまで、ルークの『止めてくれ』という叫びが聞こえなかったのは。 あたしの思考が終わる前に、とつぜんガウリイがあたしを抱きよせた。 「そんなことには、ならない」 あたしと、そして自分自身に言い聞かせるように。 「オレは…リナを失うことも、リナをそんな気持ちにさせることもゴメンだ。全力で、お前とオレの身を守る。だから」 大丈夫だ、と。 けれど、あたしにはわかっていた。誰よりガウリイ自身が、この言葉に不安を持っている。
今回と同じ事態にもしあたしが陥って、傍にガウリイしかいなかった時。 でも。もうひとつ、わかっていた。たとえ信憑性のない言葉でも、これがガウリイの精一杯の慰め方だということ。 だから、あたしはその胸にもたれる。 泣いていいぞ、とガウリイは言った。 「…ここなら誰も見てない。オレにも、お前の泣き顔は、見えないから。泣いてるのを見られたくないなら、せめて、背中を向けては、泣くな……」 …以前、誰かが言っていたような気がする。 泣ける人間は心配ない。悲しみもつらさも、いつか涙が押し流してくれるから。 気をつけるべきなのは泣けない人。涙も出ないほど哀しいのに、それをいつまでも心に止めておくことになる。
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