用を足しに部屋の外へ出た帰り道。オレは廊下で宿屋のおばちゃんに呼び止められた。
「ちょいと、にーさん。にーさん」 そう言いながらおばちゃんは、右手の握り拳を開く。そこにあったのはイヤリング。オレには見覚えがあった。間違いない。リナのだ。
「脱衣所に忘れていったんだよ。悪いけど届けておくれ」 あれこれ想像しているうちに、リナの部屋へ着いてしまった。いやな考えはとりあえず置いておき、ドアをノックする。 ………。 …返事がない。これはやっぱり… (あーあ。また盗賊いぢめかよ)
ここんとこ、いい収穫があったようには思えなかったからな。けど、こう連日で抜け出されたんじゃ、さすがに放ってもおけない。 階下に下り、偶然そこにいた宿屋のおばちゃんからこの辺で一番物騒な場所を聞きだして、オレはリナを探しに出た。
男達の話し声がかすかに聞こえてくる。
「そろそろ一働きしねーとなぁ。頭領に何か言われねーうちによぉ」 最後の男の言葉が終わる前に、オレは飛び出していた。我ながら頭に血がのぼっていたようで、物も言わずいきなり男の一人の喉元に剣をつきつける。 「ひ、ひええぇぇぇ!!」 「質問に答えろ。――さもなくば、斬る」 オレの一睨みで、やつらは腰を抜かした。野盗のくせによっぽど度胸がなかったのか、中には歯の根が合わないやつもいる。
「おとなしく答えれば殺しはしない。お前ら、この辺で栗色の髪の女魔道士を見なかったか?」 助かりたい一心で、我先に答える男達。いつの間にか敬語になってるし…。
「それで? そいつはどこだ?」 指先を震わせながら、一人が一方向を指し示す。…あれ、あの方向は…。 「よくわかった。手間をとらせて悪かったな」 そう言ってオレは剣を腰に戻した。それでようやく、男達が安堵の息を吐く。やっと心のゆとりができたのか、一人の男がおずおずと口を開いた。
「あの…でも、まだあそこにいるかは…」 「どういう事だ?」 おかしいな。リナが盗賊いぢめの時空を飛ぶ呪文を使うのは、早く移動したいからだったと思っていたのに。
「へえ。それが…」 オレは猛烈に胸騒ぎがした。 (リナ―――) あいつが防具もつけずに外へ出るなんて滅多にない。少なくとも盗賊いぢめじゃない事だけは確かだ。イヤな、胸の奥がチリチリ焼けるようなすごく嫌な予感がする。 「リナ!!」 オレはその場を駆け出した。
男達の言っていた場所であろう高台は見つかったが、すでにそこにはリナの姿はなかった。 「リナー!!」 森の中にはオレの声だけがむなしく響く。息が乱れ汗が落ちるが、そんなこと構っちゃいられない。リナの姿を求めて、オレはひたすら走り続けた。 「どこだー!! リナー!!」 そうしてどのくらい経ったのか―― 少し大きな道の向こうから、ふらふら歩いてくる影に気づいた。足取りはおぼつかないくせに、気配がほとんどない。何かのワナだったらやっかいだな。オレはその影を見定めようと目を凝らした。 すると、そこにいたのは――― 「リナ!」
オレは叫んで駆け寄った。間違いない。夜着を着ているが、リナだ。 「…リナ…?」 いつも輝いている彼女の目には、意志の光がまるでない。しかも、この距離なら確実にオレの姿が見えているはずなのに、人形のようなその瞳にはオレが映っていないようだ。
いや、オレの姿が見えてはいるのだろう。ただ、見えているだけだ。そこらの木と何の変わりもない扱いで…。 オレは慌てて前に回り込み、肩を掴んでゆさぶった。 「おいリナ! 目ぇ覚ませ、リナッ! リナッ!!」 力いっぱい首が前後にゆれるほどゆさぶりながら怒鳴っていると、突然リナの体からクタッと力が抜けた。 「リナ、どうした!?」 手を止め、リナの顔を見ると……目が、閉じられている。 思わず最悪の事態を想像してしまい、オレはおそるおそるリナの顔へ手を近づけた。わずかに感じる空気の流れ。 「…脅かすなよ…」 大丈夫。呼吸はしっかりしている。少なくとも命に別状はない。だが。 「…だが…。これは一体、どういう事なんだ……?」 オレは一人、答えの出ない問いを呟いた。 |